日曜日の掛川ひぐらしに続いて、連チャンで月曜日も外出。仕事終えた足でそそくさとエスケリータ68まで車を走らせました。平井正也と森孝允のバンドold & modernsの浜松公演を観るためです。

この日6月10日はなんと、平井くんの42歳の誕生日。誕生日にエスケリータ公演なんて、こんな機会はそうはない。二晩続けての夜遊びでナンですが、ご機嫌な音楽を聴きに、お祝いに駆けつけねばと思いました。

帰宅ラッシュの渋滞を抜け、開演時間に遅れること約15分。お店に入ると、まさにウズラス兄弟の演奏が始まるところでした。最初から観れて良かった。

この見た目のインパクト!二人の区別つかねー。タカベさんやじさん最高。

面白すぎて死ぬかと思った。


ウズラス兄弟の強烈なデビューステージの後は、old & moderns登場です。
昨年エスケリータで観た時は【平井正也Duo】と名乗ってた二人が【old & moderns】となって帰って来ました。新しい曲も増えて、一体感が増したというか、よりバンドらしくなったような印象です。平井くんの歌だけでなく、ベースの森くんの歌とか、平井くんのコーラスやハーモニカとか、二人の様子がとても良かった。新しく聴く歌がどれも素敵で、仲の良さが自然と演奏にも表れてました。

平井正也は何度観てもいいな。どの歌も素晴らしいし、とにかく楽しいのがいい。ぜったい外れなしに楽しませてくれるから嬉しい。

落語家が客を見て喋りの間を調整するように、おそらくは平井くんも歌いながら、肌で客の温度を計ってる。ここぞという絶妙な間で《イエー!》と絶叫して、この日はキーのオクターブ上で喉も裂けよとばかり熱唱して客を沸かせました。あれって、きっと咄嗟にやっちゃうんだよ。平井くんは絶対そういう人だよ。


いろいろなタイプの歌が世に溢れてるから、自分が何を思って良い歌と感じるか、うっかりすると忘れそうになるけど、でも大丈夫。つまるところ、迷ったら、平井正也を聴けばいいのだと思う。いろいろな正解があるけれど、平井くんの歌なら間違いない、って思わせてくれるのです。


この日は大好きな「べいびー」の演奏の終盤で、まるでスイッチが押されたように涙が出て、焦りました。ヤバい、と思った時にはブワーッてなって、その次の「明星」で、なんとか顔を上げたけど、次の「斜陽」で、再びダム決壊。この曲順はマズイでしょう。嗚咽を抑えるのに必死でした。アレはなんだったのか。仕事帰りでおかしなテンションだったせいかも知れません。

泣いた後は、ご機嫌なナンバーの連打連打。騒いで騒いで、月曜日のユウウツな気分はすっかり吹っ飛びました。「少年」「うその地球儀」ではラララの合唱に参加。でも声が出なかった。泣いちゃうと喉が詰まっちゃってダメ。

アンコールの「不滅の男」には驚かされました。エンケンのナンバーがこんなに似合うのは平井正也しかいない。


終演後はマダムお手製のケーキをみんなで頂きました。
上の小さなクッキーに一つ一つ字が書いてある。さすがはマダム。仕事が細かいです。
《ヒライマサヤ タンジョウビオメデトウ ヤクドシ オメデトウ エスケリータ68》と書いてある。おそらく。



ケーキ美味かったです。ご馳走さまでした。


マシスが平井正也バンドの前座をエスケリータ68でやらせてもらってから、もう二年も経つのです。素敵な縁と機会をいただけて、この上なく幸運だったと思います。機会をくれたエスケリータとポテティ中村さんには感謝しかありません。

その年の平井くんは40歳の誕生日を前にして、誕生日に40曲歌うというライブをアナウンスしてました。で、その時の演奏がノーカット五枚組でライブアルバムのボックスセットとして商品化されたのです。


豪華な装丁に詩集のような歌詞カード。ベストオブ平井正也な選曲は、高いけどファンにはたまりません。だあこえさんは帰りの代行代に使うはずだった予算を投げうって購入されてました。さすがの男気に感心しました。僕もゆっくり楽しませていただきます。



僕の6月の予定もお知らせさせてください。

↓こちらはもう来週。平日の木曜日です。
創太くん、かつらさんとご一緒させてもらいます。


↓そして6月30日は日曜日。
ハルノオト、ユンヤオ、マシスで【カタカナな三人】。浜松POPS倶楽部で2連チャン。よろしくお願いします。


マシス
6月9日(日)、掛川の音楽的処【ひぐらし】が閉店するということで、ゆかりのミュージシャンが明るいうちから集まり、オープンマイク形式で演奏を繰り広げました。

マシスはひぐらしに縁のミュージシャンではぜんぜんないのですが、今回、石神atkのお誘いをもらって、参加させて頂きました。






なにせ、お店の中に入ったのがこの日で二回目。それも前に来た時だって、鈴木トオルさんを観に来たお客として、で、演奏しに来たんじゃない。

何度かこれまでも、《おいでよー》って誘われてたのに、ようやく来たと思えば閉店なんて、来るのが遅すぎる。そんな僕が、閉店淋しいですーなんて、どのクチが言うかって話です。ひぐらしに足繁く集っていたミュージシャン達に対してお恥ずかしい限り。

それでも、せめて最後にだけは間に合った、と思って、ありがたい機会をいただけたお誘いに感謝なのです。


聞けば、事前のエントリー者が36組。13時始まりで21時まで長時間のライブになったとか。

僕がお店に居られたのは13時半より19時15分くらいまで。全部を観れず残念。出演者全員の写真は当然ないので、薫さんだけ載せます。
橋本薫さんがMCで、《ひぐらしは木の造りだから、大きい音は外に漏れてしまってて。すげー漏れるなァと最初は思ったけど、そのうちに、この建物自体が楽器で、自分たちは楽器のサウンドホールの中で歌ってるのだ、と思うようになった》と仰ってた。これ、スゲー良い話。

集まった人達↓
この日、僕が歌ったのは8番目。歌った二曲は、あとになって、あの選曲で良かったのか、と考えてます。自己紹介のつもりが、空気を読んでなかったかも知れません。あの空間で、もう少し別のことがやれた気もするし、正解は分かりません。それでも、お店を愛する人の演奏が正しく鳴ってる中で、自分のことだけ考える演奏になってなければいい。そう願って止みません。

皆さんお疲れ様でした。最後の日を、時間を共有させてもらえて良かった。ありがとうございました。

この建物は9月よりJANさんのお店としてオープンするのだそうです。掛川の音楽処が引き継がれて行くことを嬉しく思います。こうしていつでもフラッと来れて歌えるお店が地元にあるって、とても幸せなことです。



マシス
中学二年生の時、僕が自分の意思で初めて《チケット取りたい》と思って行ったコンサートは、谷村新司でした。自分で、といっても親父に取ってもらったのですけど、当時は谷村新司に心底参っていた中学生だったのです。

いわゆる《シンガーソングライター》に憧れていた頃で、作詞作曲と歌を一人でやってる、ってのがとても格好良かった。歌謡曲の並ぶ歌番組を観ていて、その中で《作詞作曲 : 谷村新司》のクレジットがひときわ輝いて見えたものです。

自作自演の人の歌に憧れて、数々のシンガーソングライターを聴いていく中、アリスや谷村新司もしっかり聴いてきたくせに、その後、谷村新司にすごく苦手意識を持つようになりました。あたかも仮想敵の如く、谷村新司はイケてない、この真似はしちゃダメだ、と思ってしまった。コレは憧れの対象にしちゃいけない、と。

例えば、清水アキラの物真似に見られるような仰々しさ、歌詞の男女のネチネチとしたドラマだったり、クサいほど芝居がかった歌い方だったり、正直いろいろと鬱陶しく感じてしまって、敬遠してたのです。

どうも、谷村新司が好き、と公言するのは結構恥ずかしいことという風潮も、僕の周囲にずっとあったような気がする。今でもあるのか?おそらくはさだまさしファンをカミングアウトするよりも、谷村新司のソレを言う方がハードルが高いと思う。僕の勝手な思い込みかも知れませんが。アリスファンは堂々と言えるけど、谷村新司は言いにくいような?


とは言え、アリスの歌を例に取っても、僕は堀内孝雄の作曲より谷村新司の作る曲が圧倒的に好きでした。「つむじ風」「帰らざる日々」「涙の誓い」「フィーネ」「さらば青春の時」と、挙げればキリがない。鬱陶しく思っても、谷村新司の作る歌のドロッとした闇のようなモノに、ずっと惹かれていた気がします。堀内メロディのアリスナンバーも良いけど、堀内メロディは闇の成分が少ないのですね。

でも、谷村メロディでも堀内メロディでも、アリスの真骨頂はその闇だと思っています。どんな明るい歌でも底に闇が流れてる。その暗さがいい。


ここ数年、揺り返しが来たかのように、谷村新司のアルバムって、実はちゃんと聴いたことないよな、と興味を持つようになりました。CD屋の棚で見かける谷村新司のCDってベストばっかり(小椋佳も然り)。調べると、最近のソロアルバムは手軽に買えるけど、初期のアルバムは廃盤でネットで高値が付いてる状態。すぐに手に入らないと思うとかえって聴きたくなるモノです。


先日、ミニギターを買った静岡の楽曲屋の隣が中古CD屋で、そこに谷村新司のアルバムが300円~800円で並んでたのを見つけ、思わず鷲掴みにしてレジへ持ち込みました。

買ったのは三枚。いま少しずつ聴いています。
『EMBLEM』/谷村新司

僕が中学生の時に観たコンサート、オープニングナンバーが、このアルバムの一曲目「龍のエンブレム」でした。知らない歌だけど格好いい歌だなァと思ったっけ。ドラーゴン、ドラーゴン、フォエバー、のフレーズに、当時の記憶がマザマザと蘇って来ました。

A面がドラゴンサイド、B面がドリームサイドとなってて、それぞれぜんぜん違うタイプの曲が集められてます。特にドラゴンサイドの曲の粒の揃い方は圧倒的です。ドリームサイドも悪くないけど、ドラゴンサイドはあたかも「チャンピオン」が五曲入ってるかの如くテンションが高い。

『喝采』/谷村新司

シャンソンのアルバム、って言い切ってしまうにはちょっとスゴいアルバム。こういう音楽って、若い頃には分からなかったかも知れない。一曲一曲に込めた歌のエネルギーの熱量たるや、この仕事はスゴいですよ。贅沢にお金をかけた音がします。ここまですると歌が業のようです。えげつなくて感動します。大傑作。


『棘』/谷村新司

これは80年代後半か。男と女のドロドロ系を集めたアルバム。シングル「青春残酷物語」「夜顔」が収録されてます。タイトル曲の「棘」も《これぞ谷村新司》って歌でいい。でも『喝采』の後に聴くと、これすらも穏やかに感じます。

棚にはもっと並んでたのですけど、『棘』より古いアルバムだけ買ってきました。初期の『蜩』『黒い鷲』『引き潮』なんかも聴いてみたいのです。『喝采』がこんなに良いのなら、と期待してしまいます。
(『蜩』は後日入手しました)

いまアリスの武道館コンサートの生中継がWOWOWでやってたのを録画で観てたけど、このアリスには見事に闇はない気がします。近年の谷村新司のソロと同様に、笑顔で明るいステージ。ずっと、みんな元気でやってこうねーって呼び掛けて、終始その雰囲気で懐かしい歌を歌う。で、アリスの闇に共感してきたファンは闇歌を笑顔で合唱する。《やっぱりこの闇(歌)って美味しいよね》と光に照らされながら大勢で味わってる感じ。

谷村新司は70歳をすぎて、今も新作を作ってツアーやって、アリスの度重なる再結成の際もちゃんと新作を作ってくる。ただの金儲けなリバイバルじゃなくて、それはとてもエライことです。新しい歌のメッセージ感動するファンもきっといると思うけど、でも、そこにはやはりもう闇はないですね。長いことキャリアを重ねてきて、若い頃の闇の成分が時に濾過されてきた。

ずっと鬱陶しく思ってたところが、実はそれこそ好きだったのだ、と気づかされます。でも、いまの谷村新司にとっては闇よりも、希望を歌う方がきっとリアルなのでしょう。その意味では、谷村新司はとても正直なクリエイターなんだなと思います。



静岡に用事があって出掛けて、たまたま通りかかった楽器屋さんに、小さくてかわいいギターがありました。


ホールをのぞくとYM-02/NTLとラベルに書いてあります。

定価は12000円くらいだけど、僕が見つけたのは中古で7000円ちょい(定価の新品も同じフロアで売ってた)。

おお、この大きさなら娘が遊ぶのに良さそう、とか思いながら見てたら、店員さんが話しかけてきました。

《こんなにキレイなのが出るのは珍しいんです。背中や胴に弾いた跡がないので、ほとんど弾かれてない。おそらく楽器屋で売れずにずっと並んでたモノが出てきたのだと思います》

と、説明してくれました。そして、このギターは手の小さな女性や子供向き、というばかりでは決してなくて、旅とか山とか、ちょっと出先へギター持っていって弾きたい、って人にとても重宝されてます、とも仰ってた。

で、店員さんが目の前でチューニングして、ジャンと弾いてくれたら、小さなボディからなかなか大きな音が出て、おおスゲーと感心しました。僕も手渡されて弾いてみたのですけど、これは、ヤバい、連れて帰りたくなる、と思い、一旦、一旦置きますヤバいヤバい欲しくなる、と返しました。今日は楽器買いに来たわけじゃないのだ、と、未練を断ち切るように店を出たのです。




買ってしまいました。

用事が済んだあと、すぐ引き返しましたよ。店員さんが《この中(中古ギターの列を指差して)ではおそらく(ヤイリのミニギターが)一番に売れるでしょうねー》なーんて脅かすものだから。まんまと術中にはまってしまいました。

楽しい。超かわいい。ちなみにこのギターで初めて弾いてみたのは「雨のハイウェイ」/原田真二。

僕はギターは過去、ヤマハしか買ったことなかったのですけど、ついにヤマハ以外のギターを手にしてしまいました。衝動買いですが、後悔はしてませぬ。部屋に転がしておいて手軽に弾けるギターがずっと欲しかったのです。



6月30日は浜松POPS倶楽部でイベント【カタカナな三人】をやります。そこではヤイリでなく、いつものヤマハのギターで歌います。
自分の作った歌を思いっきり歌えそうなイベントです。マシスも出し惜しみ無しで、いろいろな歌を歌ってみたいと思っています。ユンヤオさんとハルノオトさんと僕と、いろいろな歌が飛び交って、面白い日曜日になるんじゃないかと楽しみです。日曜日の昼間、ぜひお時間を作って浜松POPS倶楽部までおいでくださいませ。


それと、やはりPOPS倶楽部でのイベントなのですが、マシスは6月20日の木曜日にも歌わせてもらえそうなのです。そちらはチケット代やら時間やらの詳細はまだなのですけど、【カタカナな三人】より10日早いので、一応告知させてください。愛知の創太さん、他、とご一緒させてもらえそうです。
(ライブ詳細はわかり次第お伝えしてゆきます)

同じハコで6月に二回も歌うの?ってお客さんに呆れられそう。お話をもらって節操なく引き受けてしまったのですが、だってどちらもとても面白そうだったもので、やってみたかったのです。二回歌います6月20日(木)と6月30日(日)、どうぞ、心に留めておいていただけるとありがたいです。

どちらも、チケットの予約はマシスの方に連絡くださいませ。


母方の祖母の三回忌で、おふくろの実家、香川県に行ってました。日曜日の法要に参加するため、土曜日の朝より出発して、日曜日に法要。そして今日、月曜日の午後に静岡に戻ってきました。

ばあちゃんの葬儀から数えれば、今回で三年連続で四国へ行ってることになります。運転も慣れた、と言いたいですが、長距離の運転はなかなか慣れるものじゃありません(よく三重と神戸で道が混むのがイヤ)。「四国へ向かう渋滞の中で」って歌でも作れそうな気分になります。作らないけど。

静岡↔️四国の道中は、片道だいたい7~8時間くらいのドライブで(途中の渋滞や休憩の長さ次第で変わります)、でも今年は新しく出来た新名神の道のおかげか、びっくりするほど移動時間が短縮されました。休憩入れても片道6時間程度で行って来れた。こんなの初めてだーと親父と言ってたのです。


昨年までは、法要が終わってからすぐ帰ってたので一泊でしたが、今年は二泊しました。昨年帰る際に《なんでそんなに急いで帰るん》って叔母たちに言われたらしく、今回はもう一日のんびりして帰ろう、とおふくろに言われてたのです。

僕と親父はどちらかと言うと、二泊して身体を休めるよりは、とにかく一日でも早く帰って家で寝たい派なのですが、実際にやってみると、疲労がだいぶ楽に感じます。明るいうちに運転する方が夜に走るよりぜんぜん楽でした。土日、プラス月曜日と三日間法事に時間を取られるのかァとも思ったけど、結果としては二泊して良かったですね。


日曜日の法事のあと、午後から夜までぽっかり時間が空いたので、実は初めてのことですが、僕一人で車で出掛けてみました。いつもだったらこんなことも出来ない。すぐ家に帰ってたから。

香川に良い本屋でもないのか、と、ちょっと調べたところ、香川県の宮脇書店(総本店)は売り場の面積が日本でも三番目くらいに広い、とのことで、それは面白そうだと思い、小雨の中での単独外出を決行してみました。
高松まで、グーグルナビを使って迷わず行けました。屋上の観覧車が目印です。

広い広い。一階から三階まで、棚を眺めているだけで胸が高鳴るほどに本がいっぱいあって、楽しかったですよ。何冊か自分へのお土産を買い込んだのは言うまでもありません。

おふくろの実家にいるだけでは見えない屋島のそばを通りました。昔、屋島に連れて来てもらって、上まで登ったっけな、と懐かしく思いました。
この日は雨だったので、屋島の上に行ってみようとはならなかったけど、屋島へ登れば壇之浦も見えた、と記憶してます。


四国への旅の道中、音楽は何を聴いて行こうか迷ったけど、親父おふくろとの三人旅なので、懐メロ中心の選曲で行きました。ずいぶん昔に自分が聴きたくて作った演歌セレクトCD(都はるみ、森進一、八代亜紀、森昌子、クールファイブ、研ナオコから選曲)をかけたら、年寄りにとてもウケました。研ナオコは別として、この五人の歌声はソウルフルでいいです。アンコ椿とか女港町とか、盛り上がりますね。

あと、泉谷しげるの『昭和の歌よ、ありがとう』もウケた。ジュリーの『ロイヤルストレートフラッシュ』も楽しく聴いて行けました。




マシス

長らく絶盤状態だった山田稔明のソロアルバム、1stの『pilgrim』と2ndの『home sweet home』が、このたび山田稔明ソロデビュー10周年ということで、めでたく再発されました。嬉しい嬉しい嬉しい。この喜びは昨年のゴメス・ザ・ヒットマン20周年の時のボックスセット発売を個人的に上回ります。やった。

僕はゴメス・ザ・ヒットマンも知らずに、3rdソロの『新しい青の時代』から山田稔明に大ハマりした遅れてきたファンでして、遅れてきたくせにあまりに好きになりすぎて、1stと2ndが手に入らないことをずっと残念に思ってました。発売時に山田稔明を知らずにいた自分を悔やみましたとも。だから、この再発は本当に待ってたのです。

通販で注文して、無事手元にやってきた。やったやった。

なんと、今回の再発は1stと2ndを合わせた二枚組パッケージで、ボーナストラックもそれぞれに付いてお得感満載。待っていた甲斐があるというものです。
猫のポストカードもおまけ。

さらに、先着特典のCDRが付いてくる。これは本当に普通にCDR。なんの印もクレジットもないので家にある市販のCDRに紛れそうです。あまりにも素敵な内容は内緒。


とりあえず1stの『pilgrim』から聴いてみた。ジャケットの雰囲気から一見内省的な内容かしらと想像してたけど、ところがドッコイ。愛嬌が音に隅隅まで溢れてて、即効で気に入りました。クレーメンタイン、クレーメンタインってすぐ歌っちまいましたよ。《初めてのソロ頑張るぞー》って想いが伝わってくるかのような気合い入った楽曲、音がいい。これはあまりにも素敵な3rd『新しい青の時代』に負けないくらい好きかも。

いきなりこれですもの、『home sweet home』を聴くのが俄然楽しみになってきました。でも、一旦休憩なのです。この土日はガッツリ法事に自由を捧げる予定なので、2ndアルバムは月曜日以降にお預けです。いや、法事に行く車で聴けるけど、親父おふくろを一緒に乗せて行くから、カーステの選曲も一応TPOを考えて、お預け。


山田稔明の天才というのは、その楽曲の人懐っこさにあると思っています。凄いことやってるのにその凄さを全く感じさせない、天才に有りがちな難しさとか冷たさ、はたまた偏狭なところが一切ない、一聴して耳に心地好い心踊るポップス。でもスゴいんです。要するに、曲がめちゃめちゃ良いんです。

いくらでも沸いて尽きない泉の如く、あんなメロディこんなメロディが惜しげもなく使われてて、それをあのどこまでも人懐っこい歌声で歌うのです。声も尋常じゃなく良い上に、歌詞がまた尋常じゃなくいいときてる。

山田稔明の歌詞は、本当に天才。もう一度書きます、山田稔明の歌詞は天才。奇をてらうことなく普通の日常を普通の言葉で輝かせる天才。なんでこの才能が邦楽シーンを席巻してないのだろうって僕は不思議です。少なくとも僕にとってはミスチル桜井や小沢健二に負けないレベルで邦楽の宝ですよ。

まぁ、誰も知らなかったからこそ、僕がここまでハマったのだとは思います。見つけた瞬間に《これは僕の為だけにある音楽だ》と勘違いしましたから。それはそれは幸せな勘違いなのです。


所詮は口当たりが良いだけのポップスでしょ、ポップスなんて聴いて喜ぶのは女子供だけさ、などと、この手の才能に否定的な人も世にはおられますが、女子供を喜ばせられないで何がロック、何が音楽かって話です。甘口ポップスよ永遠であれ。


山田稔明は僕よりも四つ五つ年下のミュージシャンで、実はそれも嬉しいところです。僕はいつも、自分より若くて心から好きになれる音楽家を探してるのです。なかなか、山田稔明みたいにピタッと好みにハマる若手はいないのですけど。

で、探し疲れると、ついつい昔から馴染みのミュージシャンを取り出して、懐メロに浸ってしまう。それはマァ、素晴らしいことではあるのです。実際、好きな音楽はもう山ほどあるのだから、懐メロだけずっと聴き続けたって、それはそれでご機嫌な音楽ライフです。

でも、自分もいい歳になったってことですが、いつまでこの人の新作が聴けるだろう、いつまでコンサートやってくれるんだろう、って、漠然と考えてしまう時もあるのです。確かに、年寄りの歌ばかり聴いてりゃ幸せだけど、自分より先に旅立たれることもあったりで。考えたくないけど、そうなると切ないもので。

たかが四つ五つ下なだけだけど、山田稔明には一生楽しませてもらえそうだと期待してるし、一生聴き倒してやろうと思ってます。


マシス

1stソロアルバム『pilgrim』と2ndソロアルバム『home sweet home』は
リリースからしばらく流通に頼らずライブ会場物販とオフィシャル通販
のみでの販売で数年かけて最初のプレスを売り切り、2013年にセカンド
プレスを行い、3rdソロアルバム『新しい青の時代』のリリースと時を同
じくして全国流通販売を開始しました。2タイトルともCDが完売となり
この数年入手困難盤となっていましたが、ソロデビュー10周年を機に、
山田稔明ソロ黎明期を支えた2作品『pilgrim』『home sweet home』に
ボーナストラックを加えた2枚組セットとしてリイシュー。

山田稔明『pilgrim/home sweet home』
GTHC-0017:2019年5月25日発売/CD2枚組/3500円

<DISC1:pilgrim(2009年作品)>
1.harvest moon theme
2.blue moon skyline
3.clementine
4.夏の日の幻 
5.三日月のフープ
6.pilgrim 
7.雨に負け風に負け 
8.ONE
9.SING A SONG 
10.ユートピア
ーbonus track
11.水彩組曲 
12.clementine(acoustic demo)

<DISC2:home sweet home(2010年作品)>
1.harvest moon
2.歓びの歌 
3.home sweet home
4.クレールとノアール 
5.milk moon canyon
6.glenville 
7.hanalee 
8.星降る街
9.sweet home comfort 
10.距離を越えてゆく言葉
ーbonus track
11.ユーフォリア 
12.hanalee(ukulele demo)

*ライブ会場と通販でご購入の方に先着で特典CDRをプレゼント




先日、BSでルパン三世の映画『DEAD OR ALIVE』が放送されてて、ああ、これ劇場へ観に行ったっけなぁ、と懐かしく思い出しました。

ぜんぜん僕はルパン通ではないのですけど、多くのファン同様、ルパン三世には幼少よりずいぶん楽しませてもらってきました。

作品によってルパン一家の顔が違うのですけど、例えば不二子なら、僕はどうしても、

これ。この絵の峰不二子が一番馴染みがあります。

頭頂部がポッコリ盛り上がってるヘアスタイルで、そして、

片眉がつり上がる表情。これはこの時期のルパンの作画に共通してます。


この顔です。この顔がハンサムでとても好きなのですね。

このお猿顔なルパンも好きですけどね。

ルパン三世のシリーズでいくら顔が違おうと、ルパンと不二子の二人の顔さえ納得できれば、僕は他の人はあまり気になりません。そういう人は結構多いんじゃないかしら。とにかく重要なのはルパンと不二子の顔です。

次元も五右衛門も銭形も、デザインとしてはほとんど記号のようなもので、不思議と誰が描いても次元大介は次元大介(大好き)、五右衛門もとっつあんも然り、です。

でも最近は、ルパンの造形もすっかり記号として見ちゃってるのか、どんな顔のルパンを観ても、結構見れる。となると、重要なのは不二子の顔だけです。絶世の美女、ってのは特徴があるようでないものですからね。

アニメ一期の不二子はとても人気あるみたいです。


映画『ルパン対クローン人間』の不二子。こんなんでも、映画を観てるといい女に見えるから不思議。


映画『バビロンの黄金伝説』みんな凄い顔してます。よくこの顔にオーケーを出したと思う。


近年作られてるアニメの不二子の顔はいいですね。この絵なんかちゃんと片眉が上がってます。


映画『DEAD OR ALIVE』は絵がとてもシリアスタッチで、原作マンガのイメージに立ち返って映画化された、という宣伝を当時やってた記憶があります。ルパンもだけど、特に五右衛門と銭形の顔が(無駄に)格好良い。確かモンキーパンチがシナリオ書いたんじゃなかったっけ(なんと監督でした!)。調べてないので確かじゃないけど、公開当時はちょっと話題になってました。

観に行ったくせに内容はすっかり忘れてます。あまり面白くなかった、って印象だけは覚えてる。今回ひさしぶりにチラと見た感想は、サブキャラクターのデザインがつまらない。この絵だけ見せられたら、ルパン三世の登場人物だなんて誰も思わないでしょう。ルパンと不二子さえ良ければ他は気にならない、って、さっき書いたくせに、勝手なこと言ってますが、そう思っちゃったんだから仕方ない。懐かしかったけど、最後までは観れませんでした(この映画のファンの方ごめんなさい)。



連休前のことだったか、職場の同僚から唐突に、《うちにクラビノーバあってさ、娘に買ったんだけど、ぜんぜん弾いてなくて、処分したいんだけど、アマノさん(僕)一万で買わない?》と持ちかけられたのです。

定価で三十万円のクラビノーバを一万円で譲ってくれんの?、と、ちょっと食指が動いた。自分専用のクラビノーバがあれば、録音に便利だ、と速攻で妄想しました。クラビなら夜中でもおもいっきり弾けるし。

僕の娘がピアノを習ってる、ということで同僚は持ちかけてくれた訳ですが、冷静に考えれば、既にうちにはアップライトあるし、連れ合いのライブ用の電子ピアノもある。さすがに三台はいらない。もらっても置く部屋、場所がない。欲しいけど無理だなー、と答えたのです。

そんな話があったよ、と家に帰って家族にしたら、それ、連れ合いのお母さんが欲しがるかもしれない、って話になって。もともと連れ合いの実家にあったアップライトピアノが僕の家に来てるので、いまそちらにはピアノがない。おお、それならもらう方向で話を進めようか、ってことになったのです。

で、この休みに、同僚の家に取りに行って来ました。クラビノーバ。ワンボックスカーの後ろのシート動かして、男手二人で積み込んだのですが、重い重い。腰に良くない。大汗かいた。
連れ合いの実家に置いてきました。

ちょっと見は小さく感じたけど、やはりクラビはそれなりに大きかった。椅子も立派でした(大事です)。もし連れ合いのお母さんが《やっぱりいらないわ》とか言ったら、俺が自分のモノにしよう、とも思ったけど、これは貰ったとしても、僕の部屋にとても運べなかった。とても階段を通らない。そうなったら結局売るしかなかったかも。

きっとこれからお母さんが大事に弾いてくれると思います。娘がこっちに遊びに来た時も練習が出来る。良かった良かった。


日曜日は娘が浜松でピアノのグレード試験でした。そちらは連れ合いが付き添って行ってくれました。受かってると良いなと思います。

この週末も、浜松で掛川であちこちイベントだらけ。でも5月はもう連休も含め、結構遊びに出てしまったので、おとなしくしてました。まーた父さん一人で出かける、と家族に冷たい目をされるのは切ないので。

浜松での奇妙礼太郎ライブはすごく興味あったけど、迷って迷って断念。名古屋で竹内まりやのシアターライブのリバイバルも行きたいけど、おそらく行かないでしょう。お金は極力使わない。6月にまた、行きたいライブや自分の歌イベントがいくつかあるので、今からそちらに備えて、家族の目と財布を気にしつつ、遊び外出自粛中です。

そんな6月のイベントの一つが、POPS倶楽部の【カタカナな三人】ですが、実はもう一つ、お話をいただいて、内定してます。ひと月に二本もマシスが歌うなんて、ちょっと歌い過ぎ、出過ぎかとも思うけど、スミマセン頑張って歌うことにしました。新しい歌イベントは詳細がわかり次第に報告させてもらいますので、よろしくです。


マシス










先日、佐野元春のファントピックスを覗くと、元春の初期の楽曲「Heartbeat(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」の歌詞がいかに素晴らしいか、と盛り上がっていました。


ファンがそれぞれ、「Heartbeat」のどの歌詞に、どのフレーズに痺れるか?の回答でコメント欄を賑わせていたのです。スゲー楽しそうでした。

歌詞だけの話をしてよければ、僕は個人的に「Heartbeat」、「Do what you like」、「欲望」の三曲こそが、佐野元春の作った邦楽史上最高の歌詞、と思っています。黙読しても、音読しても、もちろん歌っても、この三曲の歌詞はとっても良いんです。

こと、「Heartbeat(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」の歌詞は、冒頭から終わりまで、すべてがいい。どのフレーズが好き?と聞かれれば《全部》と答える人だっているんじゃないか、と思うほど、どこもかしこも名フレーズだらけです。

「Heartbeat」は、ざっくりと言えば、夜中に男の子がガールフレンドを街に誘い出す歌。《夢から覚めた天使みたいにテラスを飛び越え》てくる彼女と、男の子(小さなカサノバ)は、さながらロミオとジュリエットのように人目を忍んで逃避行よろしくハイウェイをドライブする。そして、車中で夜明かしをして、次第に登ってくる朝日の中、眠っちゃった彼女の顔をいつまでも見つめているうちに、訳もわからず涙が溢れてきた、という、そんな内容。

恋人同士にとって、車の中というのは特別な、親密な密閉空間です。手を伸ばせば互いに触れ合える距離感。

息を潜めて家を抜け出してきた二人は、きっと互いに鼓動が聞こえちゃうんじゃないか、というほど胸が高鳴っていたはず。そこで、サビの英語フレーズが静かに炸裂する。《Can you hear my Heartbeat?(僕の鼓動が聞こえる?)》

ロマンチック、ここに極めり、ですよ。情景を思うだに赤面しちまいそうです。

まぁ冷静に思えば、若い娘が夜のテラスで一人、「スターダスト」のメロディを口ずさんでる、なーんてシチュエーションはちょっと現実的じゃないですけど、あたかも昔の外国映画を観てるみたいで、雰囲気があります。


僕が好きなのは、このサビにつながる直前、英語フレーズの畳み掛けるところです。チープな英語だけど、特に一番が鳥肌モノに良くて、たまらない。

まず、《その瞳とじて》ときて、《Feel me(僕を感じて),baby》とくる。ここはまだジャブです。

次に《窓辺にもたれて》で《kiss me,baby》とくるのです。ラブソングの常套句です。窓辺にもたれる彼女の姿が浮かび上がってくる。

で、で、次ですよ。《そこに座って》と、ここで具体的にヤツは彼女と向かいあうのです。そして、

《Listen to me, baby》

これ、この Listen to me,baby の破壊力が、ヤバい。男の子が女の子にあらたまって《そこに座って》なんて言うときは、おそらく、ちょっと真面目に話を聞いて欲しいんですよ。《聞いて欲しいんだ》なんて元春の声で、こんなナイーブなこと言われちゃたまらんでしょ。リィッスントゥミィベイベー、僕はここで、このシャイな主人公に気持ちがグッと入るのです。


ちなみに、トピックスでの一番人気のフレーズは、

《「でもまだ四時半だぜ」と小さなカサノバ》

でした。


誰もいない街路に
朝の光こぼれて
「でもまだ四時半だぜ」と
小さなカサノバ
ゆるやかに続く
このハイウェーの果てで
ビブラートする朝日も 今は
彼女の吐息の中


ビブラートする朝日!いいですねー。「でもまァだ四時半だぜ」ここ、元春は呟くように歌うんです。「こっちこっち..」と同様、元春の小芝居が楽しい。


「Heartbeat」は有名なライブ映像があります。1983年の渡米直前の、ロックンロールナイトツアー最終公演。ここでのパフォーマンスはレコードを完全に凌駕してます。10分近くもある長い演奏ですが、観たことない人はぜひ一度チェックしてもらいたいです。
Can you hear my、Can you hear my、と、しゃくりあげながら叫ぶ元春の格好良いこと。そして、6:53頃より始まる元春の渾身のハーモニカ演奏は必聴。こんなに切々と胸を打つハーモニカのソロを僕は他に知りません。この時の元春には神が降りてきてます。


世には、格言めいた良いメッセージとか、自分の心情を赤裸々に吐露するような内容の歌はいっぱいあるけど、その中に、言葉の選択や組み立てが美しく洒落ている、いわゆる詩情を描けたものって、どのくらいあるでしょうか。「Heartbeat」に溢れる詩情、詩心は本当に素敵で、こういう歌を知ると、僕も、良いこと上手いこと偉いことを書けなくても、詩情に溢れた平凡を書けたらいい、そうなれたらどんなにいいだろうか、と憧れます。





先日のフリーダムフォーク集会の際に、下尾真秀としばらく振りに話せて、ああ相変わらずだな、と安心しました。知り合ってかれこれ26年、懐かしい話をしたり、近況を話し合ったりと、旧交を温めることができました。

1993年12月6日に、下尾が企画してくれたイベントで、僕は人前で歌を歌う一歩を踏み出しました。当時ヤツは20歳で、僕は23歳。基本的に二人とも、その頃から何も変わっていないと思います。下尾は当時からあんなヤツで、僕もこんなんでした。

下尾のことは、僕は勝手に《兄貴分ぶりたい甘えん坊》という印象を持ってます(怒られるかな)。先日も、いろいろヤツが言ってくれるのを、おお大した情熱だわ、と僕は静かに聞いてたのです。いいことを確かに言うんです。けど、《男の子の夢だなー》とも思う。親身なアドバイスをもらって、どうしたものかなーと考えてみたりして。ホント、面白い男です。

漠然とした書き方をしていますけど、歌が抜群に上手い下尾真秀は、どんな風呂敷を広げても、その歌さえあれば最後は説得できちゃう。それは下尾だからできるんだよ。アンタは何をしても、歌さえ忘れなければ、いつだって同じところから始められる。

何でもやってみるがいいよ。僕も僕のできることを地道にやっていく。そしてまた、こんな風に近況を照らし合わせよう。今度会うときはきっと、もうちょっと面白い報告ができると信じて。


僕はこれまで、自分で歌イベントの企画をしたことがありません。一度も、ありません。ずっと、すべて誰かからのお誘いで歌ってきました。《歌いに来てよ》《ここでなら歌えるよ》と言ってもらえて、初めて《人前で歌う理由》ができると思ってた。需要があってこそで、自分勝手に出てっていいモノじゃないと。それくらい、人前で歌うってのは特別なことだと。それは今でもそう思ってます。

マシスはワンマンやらないの?と、ごくごくたまに言ってもらえることがあります。そんなことがもし出来たら、それはこの上なく贅沢なことですけど、イヤイヤ、お客さん呼べません実力が足りません、と、そこは正直に答えます。

本音の本音。

ヒトサマの時間とお金を、自分の歌に費やしてもらうなんて、なんておそれ多い、大それたことでしょうか。自分に、お客様の払った木戸銭に見合う歌が提供できるのか?応援してくださーい、と胸を張って言えるだけの価値が自分にあるのか?そう思っちゃうと、《この日に唄いますから来てくださいよー》なんて企画を立てることが、分不相応に思えて(需要ないのにモノを作って、知り合いに売り付けるみたいな)、で、今日まできてしまった。

だから《マシスこのイベントで歌ってよ》って言われるのはありがたいんです。こんな歌で良ければどこでも行ってやろう、って思う。精一杯お客さんに楽しんでいただけるように頑張ろうって思う。つまるところ、文ストの中島敦なみに《自分は必要とされてる》って需要を実感しないと、歌っててビクビクしちまうとこがあるのかも。

いや、歌うのに誰かの許可なんて要らないだろう、自分で人前で歌うと決めてノコノコ出ていってるくせに、その考えは消極的過ぎるだろう、って怒られそうですが、でも、本音です。

(その昔、とある歌い手さんに、怒られはしなかったけど、優しく諭されたことがあります。自分の歌を無価値のように思っては絶対にいけない、と。心に刺さるありがたい言葉でした)


なんでこんなことを書いてるかというと、ひとつ、企画を考えてるからです。自分で自分の歌う場所を作る、初めての企画です。こんなこと、考えていいのだろうか、と、こう書いてるうちにも思います。昨年よりフリーダムフォーク集会の段取り役を引き継いでから、ゆっくりと、頭のなかでぼんやり見えてきた絵です。

場所はマムゼルで、

おそらく半年くらい先に、

フリーダムフォーク集会の番外編として、マシスのわがままを何かやるつもりです。詳細は決まり次第報告します。

いろいろウダウダ書いてきましたが、今年、50歳になるので(早生まれなので来年ですが)、思いきってもよいかな、と思いました。50歳記念でもないけど、実際、今やらなきゃ出来ないような気もするのです。お店があって、仲間がいる今、声が出るうちに、身体が元気なうちに、自分が歌作りを面白がっているうちに、やっておきたい。試してみたい。

そんな訳で、マシスが何か言い出したら、温かくご協力いただけたら嬉しいです。



マシス


以下、この日記のボツ文章。くどい内容ですが、消すのももったいないので掲載。

ナンシー関の著書の中に《ゴン中山のように、自分のことを名物男と自覚してる人はどうも好きになれない》と書いた文章があって、ことあるごとにその一説が頭に甦ってきます。僕は決して名物男にはなれないけど、自分を勘違いしちゃいかんよな、と、時をみて戒めるようにしてます。なまじ歌を歌ってると、どうかしたらうっかり勘違いすることもあり得るのです。

自分の音楽はドウデモイイ、なんて過ぎた謙虚さはいただけませんが、謙虚さは必要です。どんな凄いパフォーマンスでも、どうだ歌が上手いだろうギター上手いだろうステージ面白いだろう、なんてどや顔を見せられたら、興が覚めるってものです。


自分のやってる歌は、誰と比べるでなく、自分の好きなものを作れていると自負していて、歌ってる時は確かに、余計なこと何も考えず楽しんで歌っています。それでも、その歌をもって人前に出ていく時の姿勢だけは、面倒くさくても、自分なりに理屈を踏まえておきたいのです。




稚文長々と失礼しました。