何年か前のステージにて、お客さんからの突然のリクエストを頂いたことがありました。けど、その歌が僕の知らない歌だったため、リクエストに答えられなかったのです。知らないんだから歌いようもないのですが、それでもその時は申し訳ない思いをしました。

確かその時のステージで僕、さだまさしをたまたま歌ってたのです。何をやったか忘れたけど、たぶん「夕凪」か「つゆのあとさき」あたりを歌って、さだまさし好きなんですよーとか喋ったら、客席にいらした、おそらくはさだまさしファンの方から、《「夢の夢」!》と声を頂いてしまった。「夢の夢」?知らない!?

さだまさしの人気曲ならひと通り知ってるつもりでいたのに、90年代からのアルバムは(当時は)ほとんどノーチェックだったのです。さだまさし好きなんですって言ったばかりのクチで、その歌は知りません、と言わなきゃならない悲しさ悔しさときたら。無念でした。

仮に歌ったことなくても、聞き覚えさえあれば、なんとか強引にワンコーラスくらいやれたと思うのに。せっかく勇気を出してリクエストくださったのに、ああ残念。

それ以来、さだまさしの「夢の夢」のタイトルが僕の頭に焼き付いてしまったのです。どんな歌なのか気になって仕方ない。いつか聴いて確認出来たらいいな、と思っていました。


そして、時は流れて、先週のこと、仕事帰りに寄ったブックオフで、さだまさしのアルバム『季節の栖』を見つけたのです。

『季節の栖』は、いろいろなアーティストの方より頂いた歌詞や曲を歌う、という、コラボレーションの性質の強い、さだまさしの作品群の中ではとても異質なアルバムのようです。

作家陣にそうそうたる名前が連なってます。このアルバムの存在は、僕はさだまさしよりも小椋佳のルートで知っていました。小椋佳が書き下ろした「なんということもなく」が聴きたくて、気になっていたのです。

「なんということもなく」を聴いた感想は、まんまというか、小椋佳の歌をさだまさしが歌ってるなぁって感じです。小椋佳の声じゃないのが不自然に感じてしまうほどに、小椋佳ここにありって感じ。正直これ、小椋佳が歌った方が好きになれそうって思ってしまったスミマセン。

そして、アルバム最後の曲「夢の夢」、ようやく聴けました。感想?うーん、あの時のお客さんは本当にさだまさしが好きだったのだな、と感じ入りました。これはとても良い歌だけれど、いわゆる、通、な歌だと思います。よほど聴き込まないと鼻歌も歌えない。すごく難しい歌です。

他の歌では、意外や意外、南こうせつ作曲の「歌紡ぎの小夜曲」が凄くいい歌。その次にル・クプル藤田恵美作詞「佐世保」がいい。この歌の重厚なコーラスは小田和正で、流石のお手前。

どの歌もマァ良い歌なのですけど、なーんかさだまさしのアルバムを聴いてる気分になれません。よくあるトリビュートアルバムみたいに幕の内な内容で、これはこれで楽しいとは思う。けど、通してユルい。僕がさだまさしに求めているものと、ちょい違います。


その『季節の栖』と一緒に、『夢の轍』もあったので、購入。こちらは僕がさだまさしで最初に買ったオリジナルアルバムで、思い出深い一枚です。
当時はカセットで買ったのです。なぜ『夢の轍』を最初に買ったか?それは当時の最新アルバムで店頭に並んでたからです。懐かしい。これは決して一番好きなアルバムじゃないけど、10代の頃に僕がさんざん聴き込んだ、これぞさだまさしってアルバム。

これ、先日の豊沢ほっこり音楽会に行く道中に、聴きながら行ったのです。昔はこのアルバムの曲をよく歌ったものだし、歌詞も覚えている。歌ってけば声だし(発声練習)が出来るだろう、と思ってかけてたら、二曲目の「極光」で泣けちゃって、嗚咽で歌うどころじゃなくなりました。

泣くと喉が閉じてしまうので、これから歌うのにヤバいと焦った焦った。次の「虫くだしのララバイ」ですぐ落ち着きましたけど。発声練習はやめて聴く方に専念。しかし「極光」であんなに泣くとは予想外でした。