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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

昔々、アニメの一休さんで観た印象的な場面より
一休さんは新年早々、お経唱えながら街を歩き、「縁起でもない~」とヒンシュク買うの
新年は確かに、人間誰しもまた1年あの世に近づくわけで、何が不思議なものかっての




つまり、「明けましておめでとうございます。今年も良いお年を」って
日本語、ドイツ語、カタルーニャ語、スワヒリ語etc.の言語、洋の東西や半球の南北に関係なく
心にもない美辞麗句を年明け早々とも取れますな








Spaghetti tree hoax(スパゲッティの木)
1957年4月1日、BBCの時事番組‘パノラマ’で放送された3分間のいたずらレポート
エープリルフールの催し物で有名ですね
話の信憑性だけでなく、スパゲッティの栽培方法、スパゲッティの木の育て方を尋ねる数百件の電話がって
さすがは英国、食事情マズサを少しでも改善しようと?
ジェーミー・オリヴァーの給食革命か続編では、らせん状のソーセージもどきがキモかった…
そりゃ真剣に、家庭菜園を耕し、毎日美味いスパゲッティ♪☆と、大英帝国の皆様は考えるでしょうよ
BBCは罪つくりだってのぉ。誤報の心配増えるわ~




『嘘つきはドロボーの始まり』『嘘も方便』『嘘から出た真』といいます
どれが本当でウソよとツッコミ入れたくなる?
人生約半世紀の経験から、全部、真実と断言しましょう
嘘に関することで一つ確かなのは、ウソつき人生は頭がそれなり以上に良くなければダメ
最初の嘘を真実として成立させるには、キッチリ記憶、じゃないと次以降の嘘でホコロビ招く




嘘がバレた場合に、恥ずかし~い例としては
「四十肩のオケラ親父が、イケメンなテニスの王子様日記」
「婚活中のFカップおねえさん、実は離乳前の赤ん坊抱えるんでFカップ母さんのウサ晴らし」
てな感じのブログざます
この手のタイプって想像以上に多いと想像します
年齢や性別、職業の詐称なんか、これと難しくないでしょ?
mathichenさんが、1966年2月1日生まれ・丙午オンナ・天才以上の天才、これ全て真実ですけど




『ネットの異性の友達に嘘をついてしまっていてつらいです。』(ヤホー知恵袋)
「ある日、身長を聞かれて私は実際168センチなのに、
それがコンプレックスだったので154センチと答えてしまいました。」
アナタは反省するだけ、まだ可愛いじゃん
『身長をけなす人』を見な。ベストアンサー以外の回答だ…
「以前男女数人の飲み会の席である人が
『男は170センチ以上女は160センチ以上、それ以下の身長は人間ではない』
背の高い人は(高いことに自信がある人は)低身長の人の事は少なからず心の中でバカにしてしまいます。
そういうもんです。仕方ないです。」
その飲み会にいた連中全員、ドイツではサル扱いだぜ。あの国では、男は175cmでようやく人間扱いだもん
年を取れば縮むから、170や160を切った時には、間違いなく年金制度破綻しているし人間廃業お願いします
…ウドの大木に何言っても馬の耳に念仏、この辺で置いといて
中3女子質問者はね、まず誠心誠意、友だちに謝りましょう
それでゴチャゴチャぬかす奴いたら、ネットだろうが上辺しか見ていないアホンダラと絶縁すりゃよろしい
というか、想像以上に麗しい(アタクシ以外は視力地下級だけど)、でも年齢は…の例を1件経験あるから
傷つきやすい乙女らしい悩みであるし、恥ずかしくない、気にしなさんな
「日常ウソつかない基本精神と、自分の軸ブレない範囲でやれば、多少の粉飾や化かし合いはアリ」
「あと、『自由』には義務が伴うの意識」
この2点を守り自己制御出来ればいいのですよ




嘘つきはドロボーの始まりの例として、次のヤホ-知恵袋2例より




『バツイチの衝撃カミングアウト』
「婚約した彼から、バツイチの衝撃カミングアウトをされ、逃げました。」
彼は41歳。11歳年下と、2年つき合って。か
分別持つべき立場が、最初に告白せず、適齢期の彼女から時間ドロボーし、「知らなかったの?」と居直る
たぶん…職場を婚活サイトと勘違いし、飲み会でデキ上がり、「価値観がね~」とナマぬかして離婚した
そのタイプの不良物件だろ。バツイチですわと公言出来ない秘密を抱えているかもね
婚約、二人だけの口約束?結納だか両家顔合わせの食事会だかの上で?どっちよ?
正式にであれば、彼は家族ぐるみで騙しているようなもんだ
いずれにせよ、サイテー
これからは、相手の「初婚です」自己申告を信用せず、まず戸籍調べましょ
初婚だからお試し同棲10回や隠し子1人の黒歴史を抱えていないとは限らんものの




『私のお母さんが浮気?しています。』
「お母さんはお父さんと結婚する前から海外出張が多いことを知っていて結婚したのに
お母さんの覚悟のぬるさに唖然としました。」
亭主元気で留守がイイ。お父さんはカモにされたんじゃないの?
でなくたって、一人でオンナとして現役の妄想楽しむならともかく、年頃の娘に話すなんてね~
娘はお母さんに、「オンナ気分より、まず主婦の仕事を努めやがれ」、釘をグサグサ刺しまくって下され
「ただ告白した男性には要注意です。本当にお金持っているかもかなり怪しいです。」
いま浮気していなくても、その段階に達した際、お母さんを法的にドロボーされる恐れのみならず
浮気に終わっても、お母さんの預貯金をドロボーされていた恐れもあるぞ




嘘も方便というか、嘘によって人間の優しさを示す映画として




mathichenの徒然なるままに-Jakob the Liar


第二次世界大戦中、ポーランドはナチスの占領下にあった。そこのユダヤ人居住区「ゲットー」に住んでいる元パン職人のジェイコブは、ある日偶然ドイツ軍の司令部でラジオ放送を耳にする。それはドイツ軍の戦況不利を伝えるものだった。ジェイコブは早速この情報を仲間たちに広め、自分たちの解放もすぐだと皆を励ますのだった。だが、これの続報はジェイコブの耳に届くことはなかった。しかし、彼は解放は目前だという嘘の情報を仲間たちに広め続けるのだった。それは仲間たちに希望を与えたいと願う、彼の精一杯の優しさだった。

( Wikipedia:『聖なる嘘つき、その名はジェイコブ』より引用 )




ゲットーは外界から遮断され、住人はラジオを持つことも禁じられている
住人は皆、ヤーコブ( * 旧東ドイツ作品の再映画化なので、ドイツ語風に)がラジオを持っていると思い込む
1944年なら、時期にもよるが、ポーランドまでソ連軍が近づきドイツ軍は大慌ては嘘じゃない
しかし囚われの身であるユダヤ人に、最初に聞いた以上の情報を知り得るはずなく、嘘をつき続ける
やがて連合軍の進攻で、町のゲシュタポは撤退の準備を始めたものの
一方で、町で語題になっているラジオの持ち主を捜索に乗り出し、本人が出頭しなければ人質10人を殺すという
司令部でラジオのニュースを偶然聞いた事実を将校に語ったヤーコブは
住民たちの前でラジオのニュースも抵抗運動も嘘だったと告白するように強要される
嘘を認めれば、少なくともその時は命拾いする…人々から生きる希望を奪ってまで?
ヤーコブは自己犠牲を選び、駅の司令台の上へと引き立てられていく




嘘をつくに必要なのは、人生や生命さえも投げ出す覚悟。その教訓映画ですかね




最後に




亭主の浮気現場に嫁が踏み込んだ際、とにかくシラを切れといいます
艶っぽい下着姿の美女を、「彼女が身体の具合悪いから介抱してるんや~」みたいにね
鬼嫁から解放されたい火遊びでしょうが、オトコより賢いオンナには通じるか、慰謝料だ養育費だと高くつくよ
さよう、軽い気持ちの嘘とて、処刑され、なおかつ長い余生をコンビニ弁当食って暮らすを招く
惨めな末路お忘れなくメモメモ


【「私のマンガ大賞」は、コレ:ベルサイユのばら~新しい運命の渦の中に】
【「私のマンガ大賞」は、コレ:ベルサイユのばら~栄光の座に酔いしれて】
2011年4月30日本館記事です
Yahoo!の数少ない取り柄の一つだったブログネタ提供『Close up』、早い話がネタ切れ利用者救済策を利用して
Yahoo!の数え切れないほどの欠点の一つである記事5000文字制限を軽く越えるため
オスカル篇とマリー・アントワネット篇に分けました
アメブロやFC2では常識の予約投稿が、Yahoo!では非常識で出来ないため
文字数を数えながらワードで原稿作り、ブラウザ2枚から同時刻に同時投稿、もおクタビレたの何の…




それはさておき
池田理代子先生の漫画では、ベルばらに負けず劣らず好きな作品として
mathichenさんのドイツ愛に貢献した‘オルフェウスの窓’は完読していないので除外して




$mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(1)




今月11日当所記事【金の儚さ、銀の優しさ】で取り上げた‘おにいさまへ…’
池田先生の現代物屈指の名作だと思います




前回は、「この作品こそ、アタクシが軽蔑してやまない現代の有名私立お受験狂想曲、そのアレルギーの原因だ」
一の宮蕗子と彼女の拠り所である特権組織ソロリティ、蕗子に虐げられた朝霞れいに重点を置きましたが
今回は、当所検索キーワードに多い、辺見武彦と折原薫に目を向けてみましょう




辺見 武彦(へんみ たけひこ)
奈々子が中学の頃に通っていた塾で、講師のアルバイトをしていた大学院生(担当科目は、社会科)。「おにいさま」として奈々子と文通を始め、彼女の心の支えになろうとする。青蘭学園、蕗子、薫、奈々子とも何か因縁があるらしい。
実は奈々子の義父である御苑生教授の実子で、奈々子とは義兄妹である(奈々子は御苑生教授の後妻の連れ子で、私生児)。

( Wikipediaより引用 )




$mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(3)




10年あまり前の御苑生教授。場所は、講義の後に学生や同僚と出かける大学近くの小料理屋
妻が10歳になる息子を連れ、愛人のもとへ走った直後、すっかり腐って独り酒に酔いつぶれる日々
店の女中が教授の身体を気遣い、4歳の娘に水入りコップを教授に持って行かせた
「おじしゃん、おみずのんでげんきだして」。あどけない黒い瞳の少女に教授は心癒されたよう
となると、この子の親は誰?、教授は気になりますわな
小料理屋の女中、長年一緒に暮らしていた男に娘ともども捨てられた、ある意味教授と似た者同士  
教授はその後、小料理屋母娘を正式に妻と娘として迎え入れた




mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(2)




親の勝手な都合で温かい家庭を奪われた息子にすれば?
奈々子への手紙の差出人が武彦を見て、教授夫人は驚き、武彦のもとを訪れた
「奈々子には御苑生に子供があったことを知らせてありません
言えば、不必要に心痛め、わたしを責めるでしょう…」
武彦が奈々子に何も話さず話すつもりもないと聞いて安心した
が、教授夫人は結婚後ずっと、夫の前妻とその息子が心に引っかかっていたらしく
「わたしたちを…きっと恨んでいるのでしょうね…」




父が恋しくて、家が恋しくて、二度だけこっそりと元の家に行き、低い籬から覗いた
一度目は、庭で土遊びする奈々子から、「あなたはだあれ?」
二度目は、雨に濡れながら、家の中から聞こえる家族団欒の楽しそうな笑い声を耳にした
たった半年前まで、僕の頭をなで、僕にボールを投げ、僕に‘トム・ソーヤ’を手渡し、僕の前でパイプを掃除し
ああ、その手…!お父さん…もう僕のものじゃなかったんだね…来てはいけなかったんだね…
「初めは憎みました…僕から父を奪ったあなた方が憎くて…」




mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(4)




「けれど、母が亡くなってから僕の成人する日まで
本当ひと月も欠かさず、銀行へ生活費を振り込んで頂きました
大学教授の薄給がどんなものか、僕なりに知っています
感謝こそすれ、いまは…憎しみなど…」




辺見という姓、武彦の実母のものなのでしょう
前妻が亡くなってから息子の成人する日まで、銀行へ生活費を振り込む
これ、前妻は愛人に走ったものの、同棲にせよ再婚にせよ捨てられ、連れ子もポイされたってこと?
でさ、母子家庭の間はともかく、息子が孤児となってからは別居親の義務である養育費払っていたとか?
実はね、御苑生教授の再婚には謎が見られて…
武彦は、半年前まで父と暮らしていたという
教授から奈々子への説明によれば、妻に逃げられた直後の小料理屋の件から1年後に再婚したという
…計算合いませんよね…教授、そして現夫人、何か嘘ついてるんじゃないの?
と言っては気の毒なので、教授の離婚成立が時間かかる間に、取り敢えず新家庭はスタートとしときましょ
教授は新しい家庭に恵まれたが、息子は不遇とまではいかないが楽じゃない成長期送ったには違いない
世の中の後妻がどう絶叫しようと、前妻の子が夫の正統な子供である
残念がら通じない現代ですが、老婆心から書くと
今昔とも、正統な子も後妻(夫)から生まれた異母(父)弟妹も連れ子も、何らか複雑な感情は抱くわけよ
武彦が現教授夫人を憎み、奈々子がもしも義兄の存在を知っていれば素直に育ったか?、どっちも無理ない
子供たちに心の傷を与えない、与えてしまったら少なくする努力怠らない、要するに親の器次第ということ




武彦はドイツ留学生試験に当たり、御苑生教授に保証人と推薦状を求めた
10年以上経っての再会。どうしたって他人行儀になる
教授はそれでも、武彦の要望をメモしながら、「ドイツ一人暮らしはきついぞ」
「いえ、配偶者1名と一緒にです。これから結婚します…連れて行きます」
教授は自分と同じ学者の道を歩み始めた息子に感慨を覚え、そして…
「武彦、感謝しているよ…奈々子のこと…」
奈々子はソロリティの醜さに巻き込まれ他を始めにいろいろ経験を積み、半年そこいらで成長を遂げた
その背景に心の支え、悩みを聞いてくれるおにいさまとの文通が大きな役割を果たしている
恩讐を超え、義妹を手助けしてくれた息子に、父がたぶん過去の詫びも込めて頭を下げたのですね




…何も考えんとデキ婚するわ、授かり婚などと神さんに責任転嫁してアホンダラ行為を美化するわ
離婚経験者は初婚者と同じ土俵に立てないのに、たまごっちの如く過去をリセット出来ると思ってるわ
正統な子の養育費払わんと、再婚の経緯が正当かどうか怪しい後妻の子だけベタベタ可愛がるわ
好いたハレタが絶対条件としてまかり通る。フシダラ小猫や白い小便タレ小僧増えて胸クソ悪い俗世だぜ
御苑生教授と武彦の再会場面が、アタクシのいまどきの尻軽離婚及び再婚を軽蔑する最大級の理由だ
いまどきのアラサーがこの世に誕生していない、1976年小学5年以来の30数年物信念、クレームは一切認めんぞ




気を取り直し




折原 薫(おりはら かおる)
奈々子のクラスメイト。実は、奈々子より1歳年上だが、病気で1年休学していたため(その病気の影響によるこの物語の結末が、原作とアニメ版では異なる)、奈々子と同級生となった。
ボーイッシュで運動万能な事から生徒に人気だが、家事全般は不得意。バスケ部所属。
名前と『源氏物語』の薫の君にちなんで、生徒から「薫の君」と呼ばれている。ソロリティの存在に反対し、奈々子のことを庇う。

( Wikipediaより引用 )




mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(6)

mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(5)




武彦がドイツへ連れて行くと決めた、奈々子と同級生である折原薫
中等部卒業してから休学ということは…16歳になるかならないかの若年で、乳ガン!?
医学的知識ゼロのため、そーいう設定でも別に構いませんと置き




薫は朝霞れいの親友。れいの異母兄である一の宮貴を通じて武彦と知り合った
大学生と中学生。でも、原作だと40年前の太古とあって、いまより遥かに分別持つ大人の関係での相思相愛
薫は武彦を心から愛するが故に、5年の間にガン再発したら最後の身を思い、武彦のもとを強引に去った




「それが君の愛し方か
愛する者に苦しみを分かつことをせず、愛する者から手を差し伸べられることもせず
それは、僕のためか。だったら僕は、そんな愛され方などごめんだ!!」
「だって、だって…わたしがあなたにあげられるものは、恐れと悲しみしかない!!…」
「それでもいい!!それで薫が少しの間だけでも幸せでいられるなら!!」
「だめーっ。自分の苦しみを他人に預けて甘えて生きろっていうの!?」
「いいんだよ…この世に一人だけ甘え寄りかかってもいい人がいるんだよ
人間が一人だけ愛する者に弱さをさらけ出すのを誰が咎めたり出来るものか
薫、自分を一番愛し、自分の人生を一番大切にしてくれ…
僕を愛しているなら。そうしてくれ…脇目も振らず、自分の幸福だけを考えてくれ
それなら、最後の最期まで全部を引き受けてやるとも、薫…」




…書いてるだけで、もお泣けてくるわ…
「怖い…怖い怖い!!独りで死を待つのは怖い!!独りでは生きられない」
薫も本当は誰かにすがりたくて、でも相手の負担思う気持ちから出来なかった
凍結し昇華させてきた計り知れない孤独と苦しみ
奈々子に文字通り胸襟開いて乳ガンを告白したのは、血は繋がらなくても武彦の妹だったから
それでも、武彦でないと、薫の心を見守り救ってやることは適わない…




mathichenの徒然なるままに-おにいさまへ…(7)




ドイツへ旅立つその日、18歳の花嫁は何にも増して輝いていた
「この一瞬の重み、この一瞬の大切さは、お前さんにとっても、わたしにとっても、同じことなんだよ!」
薫が奈々子にガン告白した時の言葉が、奈々子の脳裏によみがえる




ウィキペディアの「その病気の影響によるこの物語の結末が、原作とアニメ版では異なる」
原作では、2年後、薫が亡くなったとドイツから短い手紙が届く、悲劇的幕切れ
アニメ版では、家事がまるで苦手な薫が何とまァ母親になった写真入り手紙が届く、大団円メデタシメデタシ
生の一瞬の重み、生の一瞬の大切さを強調したいなら
新しい生命誕生より、生き続ける努力し人生を謳歌しながらも力尽きてしまったが、相応しいような…


色気より食い気の人生約半世紀です
ボチボチ老い先見え隠れするので…




【女性編】最後の晩餐に食べたいメニューランキング
12月21日15時00分
提供:マイナビニュース

高級フレンチやイタリアンなど、外食が好きというイメージの強い女性。では、人生の最後に食べる料理となったら、果たしてどんな料理を選ぶのでしょうか? マイナビ会員の女性542名に、最後の晩餐で食べたい料理を聞きました。 >>男性編も見る

Q.最後の晩餐に食べたいメニューを教えてください(複数回答)
1位 母が作ってくれた手料理 43.2%
2位 おばあちゃんが作ってくれた手料理 14.4%
3位 すし 11.8%
4位 焼き肉 10.3%
5位 恋人や夫が作ってくれた手料理 9.4%

■母が作ってくれた手料理
・「今でも毎日作ってくれているので、最後の晩餐にするなら手料理がいいから」(22歳/商社・卸/事務系専門職)
・「母の手料理が大好きだから」(30歳/金融・証券/秘書・アシスタント職)
・「やっぱり母の料理を越えるものはないと思うから」(28歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

■おばあちゃんが作ってくれた手料理
・「おばあちゃんの懐かしいコロッケ」(32歳/金属・鉄鋼・化学/事務系専門職)
・「もう他界してしまったが、おいしかったので」(37歳/自動車関連/技術職)
・「両親が共働きだったので、祖母がよく食事の面倒をみてくれた。私にとってはおふくろの味といえる、おばあちゃんのフワフワの卵焼きを食べたい」(29歳/情報・IT/クリエイティブ職)

■すし
・「好きだが、なかなか食べられないから」(23歳/電機/事務系専門職)
・「超高級ずしが食べたい」(30歳/印刷・紙パルプ/クリエイティブ職)
・「やはり日本食のおいしいものが食べたい」(35歳/その他/クリエイティブ職)

■焼き肉
・「とにかく肉が好きだから」(30歳/機械・精密機器/秘書・アシスタント職)
・「最後なら食べても太らないから」(33歳/情報・IT/事務系専門職)
・「めちゃくちゃ高い肉が食べたい!」(29歳/金属・鉄鋼・化学/営業職)

■恋人や夫が作ってくれた手料理
・「いつも食べ慣れているので」(30歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)
・「食べたいメニューというより、愛する家族と食事をとりたい」(37歳/その他)
・「一度は彼の料理を食べてみたいが、一切作ってくれないから」(32歳/その他/販売職・サービス系)

■番外編:食事によって心を落ち着かせたい
・おにぎり「気分が落ち着きそう」(30歳/金属・鉄鋼・化学/事務系専門職)
・有名パティシエのスイーツ「いつもガマンしているケーキやスイーツを思いっきり食べたい」(29歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)
・何も食べたくない「死ぬのに食べる必要があるのか、と思ってしまうから」(30歳/その他)

総評
ダントツの結果で、1位は「母が作ってくれた手料理」でした。男性と比べ、自ら料理をする女性も多いはず。そのため、いかに料理を作るのが大変か、これまで食べてきた母の手料理がおいしかったかということを身にしみて感じているのではないかと推測できます。

2位は「おばあちゃんが作ってくれた手料理」でした。こちらは懐かしい味として、最期にいろいろと考えたいタイプの人が選んだようです。つまり、自分のこれまでの歩みを振り返るなかで、おばあちゃんの味が出てきたのでしょうね。

3位は「すし」でした。こちらは、日本人としての魚食文化からの結果のようです。中には、「高級」「ウニをたらふく」なんてコメントも。最期にお金を気にしないで満腹になりたいという気持ちがうかがえます。

ランキング外のコメントやその他コメントでも、「愛する人」「家族」と一緒であれば、特に料理にはこだわらない、という意見が多く見られました。食事というのは、単に食欲を満たすためだけでなく、コミュニケーションとしても大切だということですね。
(文・OFFICE-SANGA 杉山忠義)

調査時期:2012年10月15日~2012年10月20日
調査対象:マイナビニュース会員
調査数:女性542名
調査方法:インターネットログイン式アンケート

( 出典先:日刊アメーバニュース )




■母が作ってくれた手料理
ご冗談を。あんな腕悪い元料理番の作ったモノ、天国行けるとしても胃モタレ起こしながら地獄落ち気分で×
冗談抜きで、すき焼きならぬすき煮の中に漬物キムチ入れてキムチ鍋言うた婆さんなのでね~




■おばあちゃんが作ってくれた手料理
そんなモノ食べるくらいなら、我慢して元料理番を指名しますわ
だって、ウチの世帯主側祖母さん、全く料理出来なかったんでっせ
祖父さんは丁稚から入り婿した、大きな商家の跡取り娘で、その母親が家事一切を仕切っていて
このひい祖母さん、アタクシの生まれる17日前に昇天したのですが
( * mathichenさんは、1966年2月1日生まれ。誕生予定日は、1966年1月15日、旧成人の日でした
ひい祖母さんは実家に帰っていた孫嫁に、「まだか」の電話攻撃やり続け
それでも赤ん坊が出てきそうにないので、待ちクタビレたらしく、あの世からのお呼びに応じました
悪い意味での明治のババァとあって、男の子だけを楽しみにしていたとのこと
頑張ってもどっちみち、跡取りひ孫フィーバー踊れなかったんだし、お呼びは天のお慈悲だったのさってのぉ)
つまり、跡取り祖母さんは、母親と嫁がいる環境に置かれ、自分で家事する必要なかったわけよ
もっとも、1972年、旦那さんが亡くなった際に嫁は短期入院中の時は、台所に立ちましたがね
ご飯炊かせたら水加減わからず、柔らか飯嫌いのアタクシが泣いたというベチョベチョだわ
野菜炒め作るのに、フライパン熱していない冷たい油の中に野菜ブチ込みそうになるわ
( * 葬儀諸々で帰阪していた、東京に嫁いだ末妹が見つけて制止し、以来、臨時料理番を務めてくれました)
とにかく、おばあちゃんの手料理なんて、アタクシの辞書には存在しませんの




■すし
魚の下に酢飯が寝そべっているのを許せない世界に冠たるスシ食わねえのため、選択肢にすら入りません
刺身豪華盛り合わせと白飯、これは前向きに考えます




■焼き肉
焼き肉ねえ…これしか選択肢ないとしましょ…
大阪ミナミ通天閣近く、あるいは、東京北区田端周辺、そこにある美味い焼き肉屋を指名出来ます?
バーベキュー未経験なので、この世の記念に。誰かが必要な物全部セッティングしてくれたら~♪☆




■恋人や夫が作ってくれた手料理
まず、料理の腕抜群、なおかつセスク並み男前、そんな恋人や夫をクール宅配便で送って下さい
二人でもまァ団体には違いないでしょ。すき焼き作ってもらいます
世界的に見て生卵は人間の食べるモノじゃない、しかしセスクが食えというなら喜んで頂きます




■番外編:食事によって心を落ち着かせたい




$mathichenの徒然なるままに-サッポロ一番みそ味




mathichenさんの心を落ち着かせるには、人類は麺類だ!の象徴、ラーメン以外にあり得ないッ
かといって、オバQの小池さんとは同席したくありません
小池さんはチキンラーメン一筋。mathichenさんは実を言えば、チキンラーメンと相性悪いの
みそラーメンって、中途半端なラーメン屋では不味く、当たり外れ大きいけど
サッポロ一番、これ食べれば、みそラーメン信者には十二分に満足なはず
もお挽肉と野菜をワンサカ炒め、未踏の3人前食べちゃうもんね~
( * 2人前は何度も経験アリ。その程度じゃ、この世に後ろ髪引かれる思いで浮遊霊になっちまうわ)


住み慣れた故郷から東京へ 若者が「移動」で得るもの、失うもの
WEDGE 12月17日(月)12時22分配信

 地方の疲弊が叫ばれて久しい。東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)で生まれ育ったり、生活をしていたりするとなかなか地方の実情について知ることは少ない。しかし、東京へは毎年、地方から多くの若者が上京し、やがて定住する。

 東北地方出身の若者たちが「なぜ住み慣れた故郷から移動し、何を得て、何を失うのか」――。こうした問のもとに書かれたのが『「東京」に出る若者たち――仕事・社会関係・地域間格差』(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子著・ミネルヴァ書房)だ。今回、著者のひとりで、日本女子大学・人間社会学部准教授の石黒格氏に「東京へ出るメリット・デメリット」「ローカル・トラック」「機会の不平等」についてお話を伺った。

――東北地方の若者の現状がよくわかる本だと思いますが、地方からの視線というのは珍しいと思います。

石黒格氏(以下石黒氏):若者に関する本、たとえば首都圏と地方の若者の地域差などを論じている本では実際に地方の子たちが何を考え、どういった状況に置かれているのかということが具体的に書かれているものは少ないのが現状です。それは大学の研究者の8割が関東や近畿におり、また若者に関する調査をする研究所のほとんどもまた関東や近畿にあるといったことに起因しているのではないでしょうか。そういった状況だと、研究者は自然と都会からの視線に固定されてしまいます。

――特に本書では青森の若者たちについて分析されているわけですが、青森の就業状況はどうなのでしょうか?

石黒氏:たとえば、フリーター率は低いです。それはフリーターになろうにも、まずアルバイトがないからです。求職者ひとりあたりの求人数を表す有効求人倍率に関しては常に全国で下から2番目といった状況です。むつ市の職業安定所に行った際には、職安の求人票にコンビニエンスストアのアルバイトの求人票が貼ってありました。それくらい仕事がないんです。青森では原子力と医療に関する仕事ぐらいが安定雇用で、一番収入が良いとされているのは地方公務員です。東京圏の人からすれば、地方公務員になるのは高い収入を得るためというより、安定を求めてという側面が強いと思いますが、青森ではそれが現実なのです。

――そういった仕事のない状況だとやはり他の土地に出て仕事を求めるしかないわけですね。東京へ出ることのメリット・デメリットについて教えてください。

石黒氏:青森では大学・大学院卒の若者の約半数が進学や就職を機に東京へ出ています。本書のもとになった調査によると、大卒の子たちには経済的利益が間違いなくあります。しかし、高卒の子たちに関しては、移動による経済的利益は少ない傾向にあります。

 ただ、本書の第8章で弘前大学の山口恵子先生が大都市に就職した工業高校卒業生に聞き取り調査をしたように、青森にいてはできないような若干レベルの高い仕事を東京では経験できる可能性は高まります。

 短期的なデメリットとしては故郷を離れることでしょうか。私はこの調査を始める前は、東北の若い子たちは、東京で孤立して暮らしているのではないかと思っていました。ですが、実際に調査を始めてみると、東京に出た東北出身の若い子たちの半分くらいがすぐ会える範囲に友人がいると答えています。

 ただ、このような調査だとどうしても東京に残っている人たちからしか回答を得ることができない。そうすると深刻な問題を抱え、地元に戻ってしまった人たちの言葉を聞き取れない可能性はあります。

 そうだとしても東京へ出るメリットは大きいので、一度は出たほうがいいのではないかと。なによりも故郷という帰れる場所があるわけですから。

――そうして東京へ出た若者にとって、ローカル・トラックの果たす役割が大きいと本書では指摘されていますが、まずローカル・トラックとはなんでしょうか?

石黒氏:ローカル・トラックという概念は大阪大学の吉川徹先生が提唱しています。トラックとは、水路のことで、水路には壁面があり、後ろから水が流れてきますので、水路から逃れようにも逃れられない。つまり、一見その人が生まれや属性によって進路を自由に選んでいるように見えるけれど、その進路自体がある型に定められていて、自由に選んでいるつもりでも実はその型にはまっていることを言います。

 吉川先生の著書『学歴社会のローカル・トラック』(世界思想社)では、それぞれの地域で、その地域出身の若い子たちが自由に進路を決める際にいくつかの型に収斂していくことを指します。

――実際にローカル・トラック果たす役割とは?

石黒氏:東北出身者の場合、仕事や就職先で外へ出るときに、トラックの向かう先は基本的に東京圏になります。全体の約半数が東京圏へ向かいます。特に仕事の場合は、東京圏より先の関西や愛知へ行く必要がない。一般的に東京圏ですべて揃いますから。

 この「東京圏へ移動することが多い」というのが重要です。移動せざるをえないときに、東京へ出ることが当たり前なのです。それは移動する当人だけでなく、親や高校の先生も東京へ行くものだと若者たちに指し示してくれます。

 人間にとって自由に意思決定ができることは良いことでもある反面、辛いことでもあるわけです。「東京へ出るのが当たり前」という状況では不安も小さくなります。また、現実にまわりの友人も東京へ行きますから、ひとりで行ったつもりでも、いつの間にかまわりに地元の人がいるわけですね。特に戦後、高度経済成長期の頃から一貫して東京へ人が流れていますから、親族がいることも多いのです。

――高度経済成長期の頃というと、集団就職で上野駅に到着するイメージがあります。

石黒氏:そこから始まっていて、東京に定着し残っている人がいる。地方は都会と違い、親族関係が密ですから、親族同士で助けあうというのが当たり前のように行われています。たとえば、東京に叔父さんがいる若い子は、東京へ出てしばらくの間は、叔父さんの家に寝泊まりしながら、自立していく。そういった方法が可能になります。

 また、友人も東京にいます。地元にいれば付き合わなかったような同級生であっても、東京でたまたま同じ大学に進学すると仲良くなることがあります。お互いに寂しいですからね。

 さらに、共著者の山口先生が見つけたことですが、制度の側も常に青森から人を引き受けることを前提に構築されることがあります。

――それはどういうことでしょうか?

石黒氏:ある企業が毎年新卒を受け入れる際に、「青森出身者枠」を設けるんです。たとえば、高校生が学校の斡旋で就職し東京へ出てくる。そして会社の寮に入ります。すると、その寮には同じ高校出身の先輩が何人もいて、最低限の人間関係がつくれます。いまの若い子にしてみれば若干うっとおしいことであるかもしれませんが、不安を抱えて東京へ出てきて完全に孤立するよりは良いのではないでしょうか。

 そして先輩たちとお国言葉で話し、愚痴も言える。お国言葉で話せるか話せないかというのは心の安定にとっても大きな問題ですからね。そういう寮だとわかっていれば、高校の先生も安心して送り出すことができるのです。

 このようにそれぞれが自由に進路を選んだとしても、いくつかの型に収斂していく。それをローカル・トラックと呼びます。

――東京へ出る若者のなかでも、特に東京圏の大学に進学し、経済的な利益を一番多く受ける若者は、実家がある程度裕福であるかどうかがどうしても関わってくるという現実があるわけですが。

石黒氏:日本では高等教育の分散化政策がありますから、各都道府県に国公立の大学が必ずひとつはあります。そこで最低限のレベルは保証されています。しかし、偏差値で言う東京の上位の大学の学生と競争すると厳しいのが現実です。ですので、たとえば奨学金制度を充実させたり、本書では、せめて質の面で地方の大学をテコ入れしてほしいと提案しました。そうすることで優秀な人材が育つと、その人材を求め周辺に企業が進出してくる可能性もあります。それは地域経済の活性化につながります。

――他方でグローバル化する世界の中で、日本人の若者は他の地域に移動しないと指摘されます。実際に、青森の若者と接し、地元志向が強いと感じることはありますか?

石黒氏:確かに、青森の若者は「東京は怖い」というイメージを持っていたり、地元志向が強い若者もいます。ただ、彼らは東京やディズニーランドへ遊びに行ったりはするのです。つまり、「東京は遊びに行くところで、自分が生活することは想像できない」と思う若者も少なくないのかもしれません。

 若者の地元志向の問題は難しくよくわかっていないところが多いのですが、「移動する必要がない」と感じている人たちがいるのが、ひとつの理由かもしれません。昔のほうが移動する若者が多かったのだとしたら、それは生活の差が大きかったからではないでしょうか。高度経済成長期を境に都会が文化的にも経済的にも豊かになりました。こうなると、東京へ行かなければチャンスがなかった。

 ところが、バブルを経て、昔と比較すると日本はかなり均等に発展してきている。インターネットの出現により、昔に比べ欲しい物が手に入らないということもない。そうすると移動する理由がないですよね。移動する必要がないならば、生まれ育った土地や家族、友人から離れる理由もない。移動というのは常に就職や進学といった機会に行われます。必ずしも全員が移動しなくてはいけないわけではありません。

 ただ、忘れてはならないのは、「若者の地元志向が問題だ」というのは、それ自体が大都市中心の発想だと言うことです。地方の地域社会では、地域出身の若者がどうすれば地元に留まってくれるのかということのほうが、ずっと大きな問題なのです。

――本書をどんな人に読んで欲しいでしょうか?

石黒氏:ひとつは、一般の東北の人たちです。特に若い人には、地元を離れることを過剰に恐れないで欲しいですし、東京へ過剰な夢も持たないで欲しいと思います。私たちの調査は限定的ではありますが、調査した限りの実態があるということを伝えたいですね。

 もうひとつ、都会中心、都会の利害、都会から見える景色だけを切り取って、アカデミックな議論をしている方々に問いたいと考えています。アカデミック方面の反応はもう少し時間が経たないとわかりませんが…。

石黒格 (いしぐろ・いたる)
日本女子大学人間社会学部准教授。主著に『青森県で生きる若者たち』(共著、弘前大学出版会、2008年)、『Stataによる社会調査データの分析』(編著、北大路書房、2008年)などがある。

著者:本多カツヒロ(ライター)

( 出典先:Yahoo!ニュース )




一応は都会ながら世界一デカイ墓場都市の地縛霊であるmathichenさんはですね…




2011年晩秋、毎度おなじみスペイン風居酒屋でウダウダ過ごしていたら
アタクシの後から来て、右側によっこらしょと腰を下ろした、似た年恰好のOLおねえさん
通っていた小学校ドコよ?により、彼女が「mathichenさんでしょ~。アタシ、マユミ~」
何とま~、アッと驚く為五郎(古の流行語だ。各自で検索せよ)小学1年同級生と判明したのですよ




マユミ~さんは1年生のうちか2年生になってそう経たない頃、市内で引っ越し転校しました
約40年ぶりの邂逅。市内に留まっている
一つ気になった。お独り様か?
お姉ちゃんが嫁に行き、70代半ばジジババとの実家暮らし




花のお江戸に進学や就職するしか浮かばれないド田舎者には想像つかんでしょうが
東京や大阪のような大都市とその近郊に生まれ育つと、地元周辺に学校や仕事があり
遠距離相手と結婚して移住でもしないと、なかなか脱出難しいんですよ
マユミ~さんは安定収入と海外旅行を楽しむ余裕持っているけど、いつまで続けられるかいな
せめて、人間と話せる居酒屋などの確保はしといてね
一度社会との接点が途切れると、アラフィフ以上のお独り様なんて誰にも相手にされないから




スペイン風居酒屋といえば、昨夏のウェブリ休憩所【夢の故郷、人生の夢、覆水盆に返らず】より…




「九州では福岡が一番の大都会、ただ近過ぎるのが魅力薄なんです
地元離れるならほとんどが遠方へ、東京か大阪に行きますね
東京にはそりゃ行ってみたかった
でも特に必要感じなかったし、九州からそう遠くない大阪にしました
ボクの友だちは、東京に行き、いまは地元に帰ってます
期間を決めての勉強であり、東京に居続ける理由なかったからですよ」




進学のため上京上阪した連中は、卒業後どれだけの数、地元に帰るのか
アタクシには未知の話とあって聞いてみたんですわ
彼と同級だか同郷だかのおねえさんが途中食べにやってきて
彼女はどうやら大阪市内に住むOLなんですけど
細っこい腕と体型見たら、「栄養取れ~」と田舎の母ちゃん風気分に




…上段の『大阪市内に住むOL』、実は歯科衛生士
彼女の職業はさておき、彼も彼女もド田舎出身、高卒後に大阪へ出てきました
彼の方は現在、社内のデザイン部門に転職(これが、第一志望職業)、必要に応じて調理もこなす日々です
この店にはもう一人、隣の奈良県とはいえ山奥から出てきた20歳ギャルがいて
彼女は高卒後、バイトしながらお菓子の専門学校に通っています
三人とも早いうちから人生目標を持ち、せっせと頑張っているのを見ると
「いまどき大学出ていないなんて、勉強嫌いか家が貧乏なんですよね~」
お受験勉強は優秀だが、4年間シッカリ遊んで世間見る目が養われていないタイプ、情けねえ~




同郷組が完全帰郷する気は持っていない理由として
「高卒後上阪し、10年経って、大阪の水に染まりました
たまに帰郷した時、友だちと話したりしているとね、彼らとはもう別世界になっちゃってると実感するんですよ
親にすれば、結婚して大阪に住んでいる姉はともかく、ボクには帰ってくれ~みたいですけど
ボクの地元じゃ、家の畑仕事しかないくらい、仕事見つからないからなぁ…」
(過疎地だから若い子は都会へ出て行くのか、若い子が地元を離れるから過疎化するのか
ニワトリと卵の関係ではないのか?とのアタクシの疑問には同意しました)




彼は6人きょうだいの3番目。長子は独立した30代に対して、末っ子はまだまだカネかかる中坊
だから三十路過ぎて悠長に子供作るのは、数多ければ多いほど、後々苦しくなるのよは置き
中坊、その上にいる女子高生、どちらも兄姉と同じ道を狙う気満々の様子なので
アラ還両親が年長の子供たちに帰ってもらいたい気持ちはわかりますわ




大阪の兄、ケッタイな格好でお仕事することあっても、根は真面目ですからな
「本当、実家のことは、上のきょうだい同士で考えとくべきですよね」
もしも末っ子が家にいる段階で、両親バタリしてごらんなさい
末っ子は否応なく実家に縛りつけられたまま将来を潰された挙げ句
最後には、汚宅と化した実家に独り、インスタントラーメン食べた後寝たまま…かもしれない
年功序列の結果による貧乏クジ引きは可哀想なのはわかってるんですよ
親子揃って東京人ぶって地方を見下している、実は故郷に寄りつかない辺境ルーツなんかや
外でフルタイム働いていることを盾に、ジジババ擦り合いやってる小娘主婦や青二才亭主なんかとは
東京で高学歴高収入得ようが、人間の中身どおよ?と比較すれば、何億光年もの差があるわ




ま、少子高齢化の時代、あふれんばかりのジジババに施設や病院は対応出来なくなる一途
ジジババが倒れた結果、いままで浮かれていた連中は全員、恵まれた人生くれた恩返ししましょうね
すっかり東京暮らしに取り憑かれた嫁と子供を置いて単身帰郷の兄
見かねた弟、「ボクが面倒見るよ」、自分の演劇志願を捨て帰郷しようとしたら
「お前だけでも、自分の夢を叶え、人生を楽しんでくれ。オレの救いになる」
のような展開の場合、お兄ちゃんが気の毒過ぎる、何としてでも避けて下され
介護離婚なんて、親と子供どっちが先長いを思えば理不尽そのものでしょ
親が子供に頭を下げ、故郷を離れるのが、本来の筋道です




ジジババの健康に関係なく、結婚した子供夫婦と同居する場合にも適用されます
「家族の主導権は、子供夫婦が掌握し、親は子供の決めたルールに従わせる」
老いては子に従え。「気に食わんなら、父ちゃん母ちゃんが出て行け」
夫婦どちらの親にせよ、同居が円滑に進むのは難しいものの、モメゴト少なくする一つの方法です
息子夫婦と同居の場合、一つ屋根の下に主婦二人は不要を、ババァに徹底させる必要大きいぞ
孫は子供夫婦の子供だから、子供夫婦が頼まない限り、余計な手出しは一切させるべからずもな
とにかく、ジジババには(場合によって、同居小姑どもにも)、誰が主人か思い知らせるのさ
じゃないと、ただでさえ安易なバツ持ち増えて鬱陶しい現代、より空気が悪くなるわ




老若男女問わず、都会と田舎どちらで暮らすが良いか、親きょうだいと同居か別居か
親子は別人格、結婚したら別家庭の他人、いつまでもナレ合いすんなよが原則であるものの
ケースバイケースであり、一概に決められませんが
田舎に仕事見つかるならば、不便な土地でも無理利く若い衆に田舎暮らしさせるのが良いと思います
アチコチ傷んで経年劣化したトシヨリこそ、いざという時に便利な都会に住むのが安心なんですよ




トシヨリが新しい環境に馴染むのは難しい?確かに。それでもね…
湘南ボーイ上がり爺さん、浅草娘婆さんの亡き後、東京で一人暮らし続けていた
70歳を超え、通院が日常になり、短期入院が見られるに及んで
旦那さんの地元である九州に暮らす娘が、家族の同意を得て、自分たちとの同居を親父に勧めた
爺さんは躊躇したが、やっぱ不安だったんでしょうな、病身を娘の家に置かせてもらった結果
受けられる限りの公的介護サーヴィスと、東京とは比較にならない安い入院費で済む病院に恵まれ
爺さんは最晩年を安心して過ごせ、自分の選択は正しかったと喜びながら昇天した
…そういうケースありますから、親が子供の生活に合わせるを度外視するのは許しませんぞ




ヤホー知恵袋より
『「東京の人は冷たい」よく聞く言葉ですが、本当にそう思いますか?』
『よく、都会(東京)の人は冷たい とか言いますが、実際地方のほうが冷たく感じるのは気のせいですか?』




「冷たいのは東京人面してる地方出身者とそいつらに育てられた子に多い。
代々東京に住んでる人達は温かい人が多い。」
決め打ちはカワイソでしょと思う一方、当たってる面はありますね…
・東北出身の舅と同居している東京嫁が、「子供に訛り移って、学校で笑われ、困ってます~」
・都心のラーメン屋で関西弁カップルを見て、「カントリーおっさんとオバハンだよねぇ」のアホーブロガー
・昨年の大震災時、大阪人への悪意持つニコ動を鵜呑みにして憤慨した、ネット閲覧より先に家事しろの主婦
なんかに代表される、東京周辺基準のTV番組製作が異常でなく当たり前と育った連中
…てな感じの連中を見ると、Yahoo!ニュース冒頭にある
「東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)で生まれ育ったり、生活をしていたりすると
なかなか地方の実情について知ることは少ない。」
都会生まれ育ちの方が、地球の中心と勘違いしている精神的にド田舎者である多いと同時に
その手に右へ倣えしている都内基準脳の地方出身者いるだろうから
江戸、明治、大正の頃まで遡れる東京人家庭はさぞかし悔しかろ




‘透明ドリちゃん’(Wikipedia
1978年1月7日-7月1日まで、テレビ朝日の土曜日19:30-20:00枠で放送された、東映製作の特撮ファンタジー番組
全25話観てないけど、確かこんな冒頭場面のエピソードありました
「春休み明けだか連休明けだかの、小学校校庭の木陰に、友だちの輪から外れたドリちゃんの姿
友だちは皆、休暇を過ごした田舎の土産話に盛り上がって楽しそう
だが、両親とも帰省する故郷持たない東京っ子家庭のドリちゃんは加われない」




上段の光景って、二つ目の知恵袋ベストアンサー最後部分
「相手の価値観や文化を認め、かつ自分の故郷の文化を誇りに思う人達もいます。
そういう人達とのコミュニケーションは本当に楽しいですよ。」
東京にも当てはまりますよね
首都ながら、あくまで世界の一地方である日本の一地方でしかないを知り
井の中の蛙的都会人基準でなく、多種多様な文化が堂々と交流し
欠点は見られる、しかし「人と人の間に生きるから、人間だ」が生きていた
東京も冷たいばっかりじゃない、本当の意味での懐深さを持つ町だった時代の証明と思いませんかね




 



工藤夕貴ちゃんのお父さんね
盆や年末の懐メロ番組でよく聴いたわ~の1966年丙午生まれざます(高度成長期の実感持たないの意味)




中学・高校卒業後に、集団就職した10代少年少女たち
故郷の幼い弟妹や年老いた両親にいい生活させてやろうと、安い給料の中から仕送りまでしていた
そんな彼らの努力の上に、高度成長は築かれ、大不況ではあるが世界的にはまだ裕福な現代日本が存在する




おい、うどんは庶民の美食なのに、ザギンの高いショバ代込みの割烹気取りを安く感じる誰かよ
例えば、TVはUHF局主体の辺境出身同士が東京でデキ婚しながら離婚して合コンで再婚活などこそ
似た感じの連中と合わせ、端から都会人ヅラ下げる資格持たないカントリー小娘青二才だ
学習能力持たないとまた同じ失敗するから、アタシの言葉をよーく覚えとけってのぉ
アタシの憧れる夢の故郷を卑しめる奴は誰であろうとも許さんからなッ


選挙カー、ったく五月蠅いわね~
何とかの一つ覚えみたいに候補者の名前連呼って、やっぱアホだ
姓に引っかけたダジャレ系宣伝なんて、それを当選させる世界一デカイ墓場都市市民ともども知的水準サイテー
てか、mathichenさんが赤ん坊の頃から当選し続けてる爺さん、また立候補してたら、死霊の阿波踊りだわ




「選挙権得たばかりの若い連中が与党びいきであれば、大学生の知的水準落ちた証拠やな~
オレらの頃、第一党に投票するのは、何も考えず長いものに巻かれてるという意味で、恥やった」
昔々、1954年生まれのおっさんが言ってましたが
ここ何年か、狂った果実を当選させてしまう実は田舎者多い某選挙民見てると、あながち間違いではないか




政治で何とな~く思い出したお話を、まず2題




(その壱)




1980年代半ばの米国




当時の合衆国大統領は、大根役者、失礼、アルツハイマー、でもない、ロナルド・レーガン
白組マドリーのクリスチアーノ君、彼のロナウドは合衆国大統領が由来といいますね
女優ジョディ・フォスターを狂愛するジョン・ヒンクリーに撃たれてザマミロは置き




前任者の民主党ジミー・カーターが弱腰外交(実は、功績多いんだけど)と対照的に、レーガンは共和党タカ派
民主党支持多い古巣ハリウッドでも、何かケッタイな映画やTVドラマ見られました
‘若き勇者たち’(1984年)、アメリカに侵略してきた共産軍に徹底抗戦を挑んだ高校生の姿を描く
政治的なメッセージを帯びた作品ではなく、物悲しい幕切れから「反戦映画」だと見る向きもある
が、監督のジョン・ミリアスは、健康上の理由でベトナム戦争行けず悔しかった熱烈な反共主義者として有名
しかも、映画の原題、「アカくたばりやがれぃ」じゃあねぇ…
1987年にABCで放送されたドラマ‘アメリカ’なんて、原題はロシア語風にAmerikaだぜ
合衆国がソ連との戦争に敗れて占領され、国名も綴りを変えられたの意味
星条旗も別の国旗に変更された後の10年後のアメリカ人社会を描いたお話の何がワロタって
「今日、○○が手に入るかしら」と、旧共産圏名物である配給の行列を、物質文明アメリカ人がやってる場面




というくらい、政府が軍事力アップに精魂傾けていた時代
当然、福祉予算などはバッサリ切り捨てられました
ダンサーだかの息子が失業保険受けたら(正当な権利を強調しとく)、身びいきじゃ的批判出たし
国民の大半はまァまァ人並みか貧乏だ、そりゃ~怒ったみたいですよ




1983年頃、福祉についてどう考えているか知りたい質問状送った人のもとへ、ホワイトハウスから返事が届きました
こういう手紙への返事は通常、秘書が大統領の意を汲んだ内容をしたためる、これは常識としてもだ
レーガンの秘書は何をボケとったのやら、返事には、「大統領のお好きな料理は○○です」
小学生からの質問への返事やあるまいしの他、「アレレ、日常の食事もなかなか豪勢なんですね~」
返事を受け取った人は早速、国民の生活を逼迫させてまで軍事力増強への批判に利用しちゃいましたとさ




(その弐)




1985年頃の日本




ある夕方、某新聞夕刊の読者当所欄を眺めていたら、中学生男子が「中曽根さん、寂しいな」
寂しい?頭がバーコードだから?
いえいえ、永田町に対して、中坊は中坊なりに失望していたのでした




その中坊はしばらく前から、友だちと共同で英文の質問状を各国トップに送っていました
質問状といっても、学生時代の思い出とか、偉いさんにも子供時代あったでしょ教えてよと他愛もない内容で
レーガンの他、ゴルビー(ゴルバチョフ)、あと忘れたけど、外国はキチンとした返事をくれただけに
秘書が返事はともかく、「国の上に立つ方はそういうお話は致しません」的なのって、つれないですな
ちょいと中曽根爺さん、この話はアタクシの不興も買ったんで、アクセス数稼げるアメブロ別荘に載せとくわよ




$mathichenの徒然なるままに-Samantha Smith

サマンサ・リード・スミスSamantha Reed Smith、1972年6月29日 - 1985年8月25日)は米ソ冷戦下、アメリカ史上最年少の親善大使となり有名になった少女である。1982年、当時、ソビエト連邦共産党書記長に就任したばかりのユーリ・アンドロポフに手紙を親展したところ、アンドロポフ本人からソ連への招待を含む個人的な返信を受領し、彼女はこれを受託した。

スミスは米ソ両国において親善大使としてマスコミから注目を浴び、さらに日本での平和活動を通じ「史上最年少大使」として有名になった。また、スミスは本を執筆し、「ライム・ストリート」という連続テレビシリーズに出演した。13歳の時、バー・ハーバー・エアライン1808便の墜落事故によって他界した。

( Wikipedia:『サマンサ・スミス』より引用 )




ウィキペディアに、サマンサからの手紙と、アンドロポフからの返事が載ってるのをご覧下さいまし
「この質問には答えていただかなくてもいいのですが」
10歳の女の子にしては大人の事情わきまえている以上に
「ソ連の人々がいかに平和と友好関係を望んでいるか、ご自身で判断してください。」
爺さんが「子供だから」と侮らず、彼女の意志を尊重しているのが見て取れますよね




アンドロポフいうたら、こんな小話があります
「友人のアパートでの食事会に招かれた
食事中、テーブルに置かれた調味料を取ろうとすると、友人が慌てて『ワタクシめがお取りします』
すると書記長は、『我が手は何にでも届くよ』」




この小話の意味ですか?




KGB議長
1961年に党中央委員会の一員となり、1962年には党中央委員会書記に昇進した。その後1967年に一旦党中央委員会を離れ、国家保安委員会 (KGB) 議長に就任し、党書記長となるまで以後15年の長きにわたって同職を務めることとなる。KGB議長就任と同時に党政治局員候補となり、1973年に投票権のある正規の党政治局員となる。秘密警察の責任者が政治局に入るのはラヴレンチー・ベリヤ以来のことであった。これはベリヤ追放後にフルシチョフの発意で、軍と秘密警察を党の統制下に置くため、国防相と同じくKGB議長の政治局入りを禁止してきたのを、ブレジネフが解禁した結果であった。1973年には、国防相アンドレイ・グレチコも党政治局員となっている。

KGB議長としては外交面での緊張緩和(デタント)がソ連国内でイデオロギーを弛緩させることに関して警戒し、峻厳な治安政策をとった。アンドロポフは、アレクサンドル・ソルジェニーツィンを国外追放とし、アンドレイ・サハロフをゴーリキーに流刑にするなど反対派の弾圧に辣腕を振るった。一方で、KGB議長としてソ連内外の情報を管理・知悉する立場から、ブレジネフ政権時代の後半の「停滞の時代」にあって危機意識を強め、体制内改革を志向するようになっていった。汚職の摘発にも辣腕をふるい、ブレジネフの親族の逮捕にも大鉈を振るった。KGB議長が政治局に入ることを禁止したフルシチョフの措置を解禁させたブレジネフであったが、その措置によって強大な権力を得たアンドロポフに求心力をそがれていくという皮肉な結果になっていった。

( Wikipedia:『ユーリ・アンドロポフ』より引用 )




「KGBの手はね、何処にも伸ばせるほど長くて、何事も掌握出来るんだよ。ふおっふおっふおっ」
早い話、「ワシ(と、泣く子も黙るKGB)を見くびるなよ」




てな感じのおっかない爺さんではありましたが
サマンサをソ連に招待した本当の所はどうあれ、国の党首に相応しい紳士ではあったと思いませんかね




1983年12月、サマンサは引き続き「最年少親善大使」として、日本に招待され
神戸で開催された国際子供シンポジウムに参加
毎年2週間ずつ米ソの代表者が孫を交換することを提案し
そうすれば大統領が「孫が訪問している国を攻撃したくなくなるだろう」
…この案、日本と隣近所国の間にも適用されると思わん?
日本には、現代のガキンチョを洗脳したトシヨリが「ちゃう!」と絶叫しようが、大陸の血が濃いしさ
どっちが良い悪いじゃなくて、日本と隣近所国はすでに一蓮托生的な関係なんだから、どお?




それよか、サマンサと会った中曽根爺さん、何話したの?
1983年、NHK朝の連続テレビ小説‘おしん’ブームの頃に
少女時代のおしんを演じた小林綾子ちゃん(当時10歳ちょい)を国会に招き
「ダイコン飯だけで、よく頑張ったね~」と激励した
「ドラマと現実の区別つかんほど…」というよか、人気モノには何でも便乗しちゃえ~
ブーム過ぎたら知~らない
を思えば…ま、サマンサが何を力説しても、脳細胞の右から左へだったでしょうけどねーだっと