数はどこまで広がるのだろう?
前回の記事では、
実数から複素数の世界への広がりを書きました。
今回は、さらに大きな広がりについて、
紹介させていただきます。
複素数は3+5i のように2つの実数をもちますが(今の場合は、3と5)、
3つの実数をもつような数は作れないのでしょうか?
アイルランドの数学者・ハミルトンは、
3つの実数をもつような数を作れないか考えていました。
彼は何年も考え続けましたが、うまくいきませんでした。
実は、3つの実数ではうまくいかず、4つの実数が必要なのです。
これを四元数といいます。
843年、ハミルトンが妻とともにロイヤル運河沿いに歩いているとき、
4つの実数をもつ数の考え方が頭の中にひらめきました。
彼はうれしさのあまり、渡っていたブルーム橋の石に、
ひらめいた公式を刻みつけました。
ハミルトンが刻んだ文字を、今はもう見ることはできませんが、
ブルーム橋には四元数の発見を記念した盾が建てられています。
<アイルランドのダブリンにある ブルーム橋に建てられた盾>
その盾には、次のように書かれています。
「1943年の10月16日、
ここを通りかかったウィリアム・ローワン・ハミルトンは、
天才のひらめきをもって四元数の乗法の基本公式
i×i = j×j = k×k = i×j×k = -1
を思いつき、この橋の石にそれを刻んだ」
では、四元数がどんな数なのかを、
数学的にみていきたいと思います。
複素数の場合は、 i が1つでしたが、
四元数では、2乗すると-1になる文字を
3つ考えてそれらを i, j. k とします。
式で書くと
i×i = -1,
j×j = -1,
k×k = -1
となります。
このとき、
□+□i+□j+□k
と表される数を四元数といいます。
つまり、
7
1+3i
4+5j
6i+2k
3+5i-2j+8k
といった形の数のことです。
ここで、1+3i のように
「数字と i だけの形の数」は複素数を表しているので、
四元数は複素数を含む、より大きな数ということになります。
つまり、
複素数 1+3i は、
四元数 1+3i+0j+0k のことだと考えられるのです。
ここで、 i, j. k の間の積は次のように定めます。
i×j = k, j×i = -k
j×k = i, k×j = -i
k×i = j, i×k = -j
この積を見て、何か気づくことはありませんか?
そう、i×j と j×i が等しくなりません。
交換法則が成り立たないのです。
すごいですね。
また、i, j. k の順番でかけ算をするときは、符号はプラスで、
逆の順番、k, j, i のかけ算では、符号がマイナスになることが分かります。
これは一見、ややこしそうに見えますが、
実は自然な規則性に基づいて積が定まっているのです。
この関係式を、ハミルトンは発見したのです。
< ハミルトン >
四元数の発見によって、
私たちは、実数や複素数より、
さらに広い数の世界へ飛びだすことができました。
しかも、
その数の世界では交換法則が成り立たない。
これを数学では、 「非可換 (noncommutative) 」 といいます。
(交換法則が成り立たつことを 「可換 (commutative) 」 といいます。)
つまり、四元数は非可換な世界の数なのです。
一方、実数や複素数は可換な世界の数といえます。
可換から非可換への広がり・・・
ハミルトンによる四元数の発見により、
数の世界は大きく広がってゆこうとしています。
続く
■ さらに詳しくは、私の本 『数の世界』 をご覧ください。
数の世界 自然数から実数、複素数、そして四元数へ (ブルーバックス)
(Amazon)
『数の世界』 では、
自然数から実数、複素数、四元数、八元数への「数の広がり」
について、数学的に詳しく書かれています。
【コラムの執筆者】
松岡 学
高知工科大学 准教授、博士 (学術)
数学者、数学教育学者
大学で研究や教育に携わる傍ら、
一般向けの講座を行っている。
アドラー心理学の造詣も深く、
数学の教育や一般向け講座に取り入れている。
音楽 (J-POP) を聴くのが趣味。
ファッションを意識し、自然な生活を心がけている。
出版物:『数の世界』ブルーバックスシリーズ、講談社。
『5歳からはじめる いつのまにか子どもが算数を好きになる本』スタンダーズ社。
< 数学コラム >