先日、『「子ども」という得体の知れないもの( http://blogs.yahoo.co.jp/ato_matsukawa/27482956.html )』というタイトルの考察を書きましたが、その中で僕は「発達障害」についての疑念を呈しました。しかし、そのことについて深く考察することはしませんでしたので、改めてここで考えてみたいと思います。
先日の考察を書いた後、「発達障害」の子どもに対しての学習支援について、文部科学省のHPで調べてみました。
それによると、従来「特殊教育」と呼ばれていた盲・聾・養護学校における教育に加え、いわゆる 学習障害(LD)、多動性障害(ADHD)の子どもに対して、『特別支援教育』という名称の教育活動が企画され、それについて平成15年3月に「今後の特別支援教育の在り方について」という最終報告が提出されています。( http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/018/toushin/030301.htm )
ところが、この答申に出てくる「6%」という数値を追っていくと、とんでもない場所に出ることが分かりました。
まず、答申の項目を見ますと、『第4章 特別支援教育を推進する上での小・中学校の在り方について』の第2項に「 2. LD、ADHD等の現状と対応 」とあります。そこを読んでみると、
『(3) LD、ADHD、高機能自閉症により、学習面や生活面で特別な教育的支援を必要とする児童生徒数は、既に述べたとおり、通常の学級に在籍する児童生徒の6%程度と考えられること、また、学習上で著しい困難を示すLDと、行動上で著しい困難を示すADHDや高機能自閉症とが重複している場合があること、LD、ADHD等については指導内容や指導上配慮すべき点について類似する点も少なくないことから、個々の障害ごとにではなく総合的に対処することが適切な場合も考えられることから、これらの実態を踏まえて効果的かつ効率的に対応することが求められる。』
とあり、どうやら現在の学校では、教室にいる子どもの6%程度といいますから、1クラス当たり2~3人ぐらいでしょうか、それぐらいの割合でLDやADHDの子どもがいるらしいことが分かります。
しかし、この6%の根拠はどこから来るのだろうかと思い、「既に述べたとおり」が何所なのか探しました。
すると、『第1章 特殊教育から特別支援教育へ』の「2 障害のある児童生徒の教育をめぐる諸情勢の変化 」の中で、
『また、LD、ADHD、高機能自閉症により学習や生活の面で特別な教育的支援を必要とする児童生徒数について、平成14年文部科学省が実施した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」(別添)の結果は、その調査の方法が医師等の診断を経たものでないので、直ちにこれらの障害と判断することはできないものの、約6%程度の割合で通常の学級に在籍している可能性を示している』
とありました。
正直なところ、「何だ?これは」と思いました。『医師等の診断を経たものではない』『可能性を示している』数値を根拠に、『これらの実態を踏まえて効果的かつ効率的に対応することが求められる』という答申が行われています。
これだけでも十分に胡散臭いのですが、ついでだからその全国実態調査とはいかなるのものか、調べてみました。
愕然としました。
なんと、「担任の先生へのアンケート」なのです。 ( http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004c.htm )
ある意味逆に「6%」という数値に納得しました。
この数値は、従来であれば通知票の評定が「1」になる子どもの割合とほぼ一致します。(義務教育で導入されている相対評価は、評定「5」と「1」を、統計的にそれぞれ5%づつに与えられます。)
LDやADHDの専門的な知識の乏しい学校の先生にとって、従来評定を「1」としてきた生徒の動向と、本当の意味で「障害」を抱えている生徒の動向を見分ける事が、果たして可能でしょうか。
確かに、その「6%」の子ども達の中に、実際にLD、ADHDの子どもがいることは否定できませんし、その子たちに対しての適切な教育的な指導を行うことに関しては異存ありません。
しかし、上記の通り、文部科学省の答申が進むに従って、この「6%」という数値がどんどん一人歩きしはじめていく様子が伺えるのです。
これまでは教育現場において、「手がかかり」「勉強もできない」評定「1」の子ども達でも、他の子ども達と何の違いもありませんでした。
しかし、もうあと少しすると、「1」=「6%の障害者」という構図が、教育現場に入り込んでくるかもしれません。
恐ろしい予想ですが、評定が「1」だった子ども達に「障害者」というレッテルを貼り付ければ、彼らを様々な統計から外すことも可能です。そうすると見かけ上、子ども達の統計的な「学力」は向上します。
これは新たな「優性保護法」だと言えるかも知れません。
先日の考察を書いた後、「発達障害」の子どもに対しての学習支援について、文部科学省のHPで調べてみました。
それによると、従来「特殊教育」と呼ばれていた盲・聾・養護学校における教育に加え、いわゆる 学習障害(LD)、多動性障害(ADHD)の子どもに対して、『特別支援教育』という名称の教育活動が企画され、それについて平成15年3月に「今後の特別支援教育の在り方について」という最終報告が提出されています。( http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/018/toushin/030301.htm )
ところが、この答申に出てくる「6%」という数値を追っていくと、とんでもない場所に出ることが分かりました。
まず、答申の項目を見ますと、『第4章 特別支援教育を推進する上での小・中学校の在り方について』の第2項に「 2. LD、ADHD等の現状と対応 」とあります。そこを読んでみると、
『(3) LD、ADHD、高機能自閉症により、学習面や生活面で特別な教育的支援を必要とする児童生徒数は、既に述べたとおり、通常の学級に在籍する児童生徒の6%程度と考えられること、また、学習上で著しい困難を示すLDと、行動上で著しい困難を示すADHDや高機能自閉症とが重複している場合があること、LD、ADHD等については指導内容や指導上配慮すべき点について類似する点も少なくないことから、個々の障害ごとにではなく総合的に対処することが適切な場合も考えられることから、これらの実態を踏まえて効果的かつ効率的に対応することが求められる。』
とあり、どうやら現在の学校では、教室にいる子どもの6%程度といいますから、1クラス当たり2~3人ぐらいでしょうか、それぐらいの割合でLDやADHDの子どもがいるらしいことが分かります。
しかし、この6%の根拠はどこから来るのだろうかと思い、「既に述べたとおり」が何所なのか探しました。
すると、『第1章 特殊教育から特別支援教育へ』の「2 障害のある児童生徒の教育をめぐる諸情勢の変化 」の中で、
『また、LD、ADHD、高機能自閉症により学習や生活の面で特別な教育的支援を必要とする児童生徒数について、平成14年文部科学省が実施した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」(別添)の結果は、その調査の方法が医師等の診断を経たものでないので、直ちにこれらの障害と判断することはできないものの、約6%程度の割合で通常の学級に在籍している可能性を示している』
とありました。
正直なところ、「何だ?これは」と思いました。『医師等の診断を経たものではない』『可能性を示している』数値を根拠に、『これらの実態を踏まえて効果的かつ効率的に対応することが求められる』という答申が行われています。
これだけでも十分に胡散臭いのですが、ついでだからその全国実態調査とはいかなるのものか、調べてみました。
愕然としました。
なんと、「担任の先生へのアンケート」なのです。 ( http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004c.htm )
ある意味逆に「6%」という数値に納得しました。
この数値は、従来であれば通知票の評定が「1」になる子どもの割合とほぼ一致します。(義務教育で導入されている相対評価は、評定「5」と「1」を、統計的にそれぞれ5%づつに与えられます。)
LDやADHDの専門的な知識の乏しい学校の先生にとって、従来評定を「1」としてきた生徒の動向と、本当の意味で「障害」を抱えている生徒の動向を見分ける事が、果たして可能でしょうか。
確かに、その「6%」の子ども達の中に、実際にLD、ADHDの子どもがいることは否定できませんし、その子たちに対しての適切な教育的な指導を行うことに関しては異存ありません。
しかし、上記の通り、文部科学省の答申が進むに従って、この「6%」という数値がどんどん一人歩きしはじめていく様子が伺えるのです。
これまでは教育現場において、「手がかかり」「勉強もできない」評定「1」の子ども達でも、他の子ども達と何の違いもありませんでした。
しかし、もうあと少しすると、「1」=「6%の障害者」という構図が、教育現場に入り込んでくるかもしれません。
恐ろしい予想ですが、評定が「1」だった子ども達に「障害者」というレッテルを貼り付ければ、彼らを様々な統計から外すことも可能です。そうすると見かけ上、子ども達の統計的な「学力」は向上します。
これは新たな「優性保護法」だと言えるかも知れません。