水島新司さんの「野球狂の詩」をご存知の世代ならば、説明は必要ないと思います。
ショーマン 千藤光はまさに新庄剛志を彷彿とさせるキャラクターですね。
千藤光の方が先だから、新庄がインスパイアされたのか?

とまれ、両名とも強烈な記憶に残る選手であることは間違いない。

 

その新庄が岩田鉄五郎を目指して(?)、またプロ野球界に復帰するとのこと。
すごい!すごすぎる。
トライアウトに受かるか受からないかはこの際、どうでもいい。
そのチャレンジする姿勢に心打たれる。

さすが、新庄、宇宙人!
また、勇気を与えてもらった気がする。

 

ありがとう!新庄!

 

野球狂の詩 選手名鑑

https://www.ne.jp/asahi/krk/kct/mz/mz_kyo.htm

 

私は今、サラリーマンをやっていますが、
自宅にてテレワークを行っています。
特に問題なく、日々つつがなく進んいます。

今までしゃかりきになって満員電車にゆられて会社に行かなくても、
大丈夫だったのではないですか?

 

これからの働き方が大きく変わることを望みます。

 

日本は元々、農業国でした。
それが明治以降、大正、昭和とへて
近代化路線を走り続けることにより、
第2次産業、第3次産業へ多くの若い労働力が移りました。

地方から都会へ。
分散型社会から都市過密社会へシフトしました。

今回、緊急事態宣言が解除されない都府県は都市過密社会です。

 

アフターコロナの社会の基本的な社会の在り方は、
過密から分散社会。
2次3次産業から1次産業への回帰。
核家族から大家族へ。

そんなキーワードが頭に浮かびます。

 

介護の問題も医療の発達で寿命が延びたことが大きな原因かもしれませんが、

核家族になったことで、家族の絆、支えあいが失われたことも大きな原因だったのではないでしょうか。


働き方、ライフスタイルの大きな転換点が目の前にあるような、
とにかく、満員電車や狭いところで多くの人間が集まるようなことは
今後、避けられていくような気もしますし、

社会や個人のニーズに必要のないものは売れなくなっていくでしょうし、

存在自体もあり得ない、残ってもいけなくなってくると思います。


都会にいなくても十分に満足できる安心社会への大きなターニングポイントのとば口に
私たちは存在しているのです。

 

そんな気がします。



 

2011年3月に発生した東日本大震災時に、
東北から支援要請があり、
行くこととなりました。
結果として5年間、山形県米沢市を中心として

被災者支援活動を行うこととなりました。


もしあの時に定職に就いており、
やらねばならない仕事があれば、
そんなに長期間東北にはいなかったと思います。

全てはタイミングの問題だと思うのです。
その時に「風が吹いているのか 川が流れているか」
がなければ、つまり行くことが必然であれば、状況がそれを許してくれるのだと思います。

 

今回の新型コロナウイルスの全世界を巻き込んでの騒動はきっと大きな意味があるのだとおもっています。

 

このパンデミックの後の世界がどのようになっていくのか?
まだまだ見えていないのですが、きっと良い方向に社会が進んでいくことを信じ、
今を大切に過ごしていきたいと思っています。

 

だから人生は面白い。
 

今年の1月にこのような状況になると思った人は果たして何人にいたことでしょうか。
これからの4か月後はどのような社会になっているのでしょうか?
全く予想もできない状況にこの社会は突入しています。
テレンス・マッケンナのタイムウエーブ・ゼロ理論がまさに今、
その究極の形で実現しているような気がしています。
さて、このようなパンデミックの後、カオスの後、チャンスが生まれるような気がします。
世界が大きく変わるのはこのコロナで一瞬で変わることを我々は経験しました。

これからどんな社会になっていくのか楽しみです。
さて明日はどんなことがあるのでしょうか。

 

想えば、このブログは2018年10月以降、更新されませんでしたね。
この間もいろいろなことがありましたが、
ブログを書こうという気にならなかったのです。
あまり、自分のことを発信したくなかったというのが正直な気持ちでした。

いずれこの期間のことを書く時期がくるのかもしれませんが、
これからまた少しづつ、再開していきたいと思います。

もともと日記ですから、自分の備忘録のつもりで初めた訳です。
気楽に続けていけば良いのではないかと思います。

 

何故、今日からから再開したのかと問われますと、
東京新聞に田中秀征さん(元経済企画庁長官)の言葉をみつけたからです。
昔から聞いていた言葉ですが、

以下引用です。

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言葉は人間にとって、大事なものですが、政治家や官僚にはとりわけ重要です。
私は、官僚の言葉は人の頭に届け、
政治家の言葉は人の心に届けるものと思っています。

だから、官僚の言葉は理解されればそれですむのですが、
政治家の言葉は人が共鳴し、協力のために立ち上がるものでなければなりません。

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まさに正鵠をついた言葉だと思います。

新型コロナウイルスが引き金となって大きく社会が転換する時が来たのかと思います。
その時に政治家はどんな言葉を発するのか、
時代の証人として、しっかりと心に留めていきたいと思います。


 

ノーマークだった地域での大きな地震。

私の実弟が茨木市に住んでおり、家の中はめちゃくちゃ。

彼は阪神淡路大震災の時も神戸市東灘区に済んでおり、2度目の震度6以上の大震災を経験した。

 

この地震で亡くなった方へ、心よりお悔やみ申し上げます。

そして、まだまだ余震の続く中、北大阪にお住いの皆様のご無事をお祈り申し上げます。

 

関東も大きな揺れが続いています。

日本全国どこでも大きな地震の可能性があります。

引き続き警戒をお願いいたします。

都会で通勤を余儀なくされている人は、
経験すること多々あることだと思います。

京浜東北線で帰宅途中ですが、桜木町駅での人身事故のため、新子安駅で電車が止まっています。

午前1時過ぎ。

事故に遭遇した方は無事なのだろうか?
酒を飲んで事故に遭ったのか?
自殺?

残念ながら、乗車している方にとっては関係ないことで、「いったいいつになったら電車が動くのか?」

その点にしか関心はない。

だから何なんだ。それが都会で生きていくということなのだろう。

疲れ果てた顔、顔、顔、顔、、、、、

この生活から卒業できるのだろうか?

この社会の延長線上に未来はない。

夢と希望とロマン溢れる未来を創りたい。

母校の関西学院大学があってはならない事件によりにわかに有名になった。

「かんせいがくいん」という読み方もメディアのおかげで広く人口に膾炙したのではないでしょうか?

一アメリカンフットボールファンとしてこの問題にあまりコミットしたくないのですが、

日大フェニックスの存在があって、KGファイターズも共に輝くという構図だったのではないでしょうか?

非常に残念なことでした。

この問題の根源は日本社会のアナロジーというかフラクタル構造を多くの人に見せつけたのではないでしょうか?

加計学園問題、森友学園問題と同じ構造ですよね。

今回はその点にフォーカスするのではなく、

友人のFacebookからの引用をご紹介します。

 

以下引用です。

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アメフトの件、大学スポーツは人間教育の場です。

関西学院大学では、夏合宿で副将の大切な命が急性心不全で失われて以降、

ゲーム前には静かな聖書朗読と相手の安全とクリーンな闘いを願うお祈りが、

ロッカールームで欠かさず続いているらしいです。

さらに大切な試合の前には、この【堂々と勝ち、堂々と負けよ】という詩が朗読されます。

「いかなる闘いにもたじろぐな。偶然の利益は騎士的に潔く捨てよ。威張らず、

誇りを持って勝て。言い訳せず、品位を持って負けよ。

堂々と勝ち、堂々と負けよ。勝利より大切なのはこの態度なのだ。

汝を打ち破りし者に最初の感激を、汝が打ち破りし者に感動を与えよ。

堂々と勝ち、堂々と負けよ。汝の精神を汝の体を常に清潔に保て。

そして汝自身の、汝のクラブの、汝の国の名誉を汚すことなかれ」

『西宮の誇り、我が関西学院アメフト部の強さの秘密』より

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私はこの大学で学べたことを誇りに思います。