こんにちは
まーにゃですニコ


江戸の食文化が発展した理由は
様々ありますが

その理由の一つに醤油があげられます。

濃口醤油の出現により
蕎麦屋
天麩羅
おでん
寿司屋

と、まず屋台が発展したそうです。


安達吟光/大江戸芝居年中行事
芝居小屋前の蕎麦の屋台です。

ピンク薔薇

大豆を発酵させたのが味噌と醤油。

味噌は元々、戦の非常食として発達し
強い武将の居る土地は旨い味噌があるそうです♫

醤油は大豆と小麦を発酵させた調味料で
江戸の初期は京都・大阪からの
上方からのくだりものでした。

当初は上方からの醤油しかなく
高価でしたので

江戸の初期の庶民の調味料は
手に入りやすい塩と味噌でした。


17世紀の終わりから18世紀にかけて
江戸は全国から商人や職人
参勤交代の武士らが集まりました。

肉体労働の多かった江戸庶民は
しょっぱい味を好んだため

江戸好みの濃口醤油が登場したそうです。

やがて
野田や銚子など
関東の地廻り濃口醤油が主流になり
質も向上し
一気に庶民に広がり
これが江戸食の基本となったそうです。



三代 歌川広重/下総国醤油製造之図』 

野田の醤油は
高梨兵左衛門が寛文元年(1661)に創業
その後茂木七左衛門などが次々と開業。

高瀬船による河川流通により
大消費地であった江戸に
大量輸送して繁栄していったそうです。


ピンク薔薇


天秤棒に
しじみ、あさり、塩魚、野菜
漬物、醤油、酢、納豆、豆腐
煮豆、佃煮などを載せた
棒手振りの商売が繁盛しました。

調理を済ませた惣菜を売る
菜屋も重宝がられたそうです。

これらの味付けに
醤油は欠かせない貴重な存在ですねウインク



寿司屋の屋台では
いちいち洗えないので小皿は使えません。

そこで、醤油は
「はけ」で一塗りしていたそうです。

今でもはけで醤油を塗りますが
その名残と考えられています。


握り寿司を考案したのは
本所横綱の花屋与兵衛とされていて
文化年間(1804~1817)の頃とのこと。

客の目の前で握って出すので
せっかちな江戸っ子には
ぴったりだったようです寿司💫

当時の寿司屋台の人たちが
寿司が芸術の域の高級食材になった
と知ったら
めちゃくちゃびっくりすることでしょうねウインク


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