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幸せの散歩道

2009年生体膵腎同時移植手術をして、普通の人と変わらない!と言われるまで元気に楽しい毎日を送れるようになりました(^-^)旅行等好きなことを好きなように楽しめるなんて本当に幸せ!散歩道を歩く中での出来事等を綴っていきます。

マルクを我が家の愛犬として紹介しましたが、

実はマルクは我が家の愛犬2代目であり、先輩にドルチェと言う犬がいました。


14歳まで頑張っていきましたが、癌には勝てませんでした。

一番心残り・・・というか気になってしまっていることがあります。

、私が目の手術をしたときにドルチェの目が見えなくなったことです。

なんだか私の身代わりとなってくれたみたいで・・・

とても印象的な出来事で忘れられません。


病気の影響で目が見えなくなったみたいなのですが、丁度私の手術をしたときに見えなくなってしまって・・・。


目が悪くなって落ち込んでいる私に

僕も目が見えなくなったけれど、頑張るよって励ましてくれているようでした。



ドルチェは私が高校生2年の夏に購買のおばさんから分けてもらって私が連れてきた犬です。

とても元気だったのに、癌になって私より先に行ってしまいました。


目が見えなくて、色んなものが怖くなって、、、本当に苦しかった事でしょう。

がんの辛さにもよく耐えたと思います。

本当によく頑張りました。


私も苦しいけれど、頑張らなくちゃね。

ドルちゃんも頑張ったんだもんね。


も空から見守って、応援していてね。


子供の頃のドルチェ

家族となって数日のドルチェ。15年も前になる。

抱いている私も若かったなー・・・(^^;;


一年前のマルク

2005-08-19


マルクが我が家に来て一年(今日のマルク)

2006-08-19


一年前は約700gの小さな子でしたが今は7倍の5㎏になりました。

マルクが家族となったのがちょうど一年前。

マルクと言うのは我が家の愛犬。

ミニチュアダックスの男の子で現在1歳と2ヶ月。

元気一杯ですごくやんちゃだけれど、とても可愛い。

一年前家に来たときは約700gのすごくすごく小さな子だった。

片手で持てるくらいの小ささですごく人懐っこかった。

そのマルクが今は5kgもある。

マルクはとても食いしん坊で何でも食べてしまう。。。

庭に出してあげるのだが、何を食べ始めるかわからない。


食事の量が足らないのかな・・・でも決まった量をちゃんとあげている。

これ以上食べさせては太ってしまって何処かに異常が出てしまう危険が。

5㎏まではO.Kとお医者さんからいわれているが、今はぎりぎりのライン。

石を食べたり、飛んできたビニールを食べたり・・・味がわからないんだろうか(^^;;

たけのこを掘り出して食べたりもして竹のはえていた所は見事に破壊された。

おもちゃもはじめは沢山あったのだがすぐ破壊してしまった。

今は硬いボールと縄のおもちゃが残っているだけ。

色んなものを食べちゃうからだろうけれど、時々嘔吐していることがある。

それでも懲りずになんでも食べている。

困ったマルク・・・ハラハラドキドキさせられちゃう。

元気すぎるほど元気でピョンピョン跳ねている。

吠ええ癖があったりして噛み癖もまだまだ残っていて、言うことも聞かないときがあるけれど、

食べ物を貰うときはすごくお利口さんになる。


親ばかだからそういう所も可愛いと思ってしまう。

今日も元気一杯でお庭を駆巡っている。

元気一杯、それが何よりだ。


これからもずっと元気でお庭をかけまわってくれればそれでいい。


あ、でも、まだ伏せがちゃんとできないからガンバローね。

透析に行く前は前向きな気分にもなれていたはずだし、

辛くたって頑張るぞって思っていたのに・・・。


今日の透析も血圧が下がっておなかがグルグル言い始めた。

とてもしんどかった。

透析後はお決まりの起立制定血圧。


頭はがんがん痛いし、、肩が凝り固まって大きく盛り上がっていて動かすと痛い。

背中も痛くて、自宅に帰ってすぐに背中一面にシップを貼ってもらった。


それからご飯を一時間半かけて食べた。

少しの量なのに早く食べれない。

食べ終わると深夜12時だ。


透析前のへこたれないで頑張るぞって言う気持ちは何処へ行ってしまったの?

透析中からのしんどさに、一段としんどくなってくる透析後にへばってしまった。


辛い苦しい・・・心の隅に乗り越えなきゃって言う気持ちがあったのに・・・。

大きなしんどさに負けてしまっていた気がする・・・気持ちが凹む。


本当にダメな私・・・。

午前中に臓器移植ネットワークに電話をして、

移植をする予定の施設の変更を申し出た。


何か心がとても晴れやかな感じで、一歩前進した気分だ。


登録に関しては後ろ向きになってしまったりすることが多かった。

登録がうまくいかないときは本当にイライラした。


移植手術をできると決まったわけでもなく、移植できるのはいつかわからないし、

移植は夢のまた夢の世界のお話ではあるけれど、

自分が納得できる信頼できる先生のいる病院へ施設変更するということで

ちょっと前へ進んだ感じがするのだ。


自分の大切な体だもん。

自分で納得できる病院、そして心から信頼のおける先生の所で。

そうでないと移植はやっぱり大きな手術だし、できないね。


病院選びって本当に大切だなーって思う。

病院選びより、自分にあった先生を探すことかな。

今日は久々に人とあった。

同時移植者の人がお話をしに自宅まで来てくれたのだ。


病気のことを心から理解してくれる人はほとんどいなかった私にとって

包み隠さず自分のことを正直に話せた。

同じ病気の体験者であり、移植の体験者である彼女の話は重みが全然違った。


何事でもそうなのだがやはり実体験した人の話は全然言葉の重みが違うし、

こちらの話も同じ苦しさを経験されているから理解度も全然違うのかすごくわかったた。

、私は本当に本当に嬉しかった。


本当に理解をしてもらえる人に話を聞いてもらえると

心が本当に軽くなる。


「それ、わかるよ」と同じ言葉を言われるにしても

体験者に言われるのと、体験していない人に言われるのとでは

こちらも理解してもらえてると感じる度合も本当に違う。


数年前、眼医者に「10年後には見えなくくなっているんだから」といわれた事がある。

私は目が見えなくなることに対してすごく恐怖を感じていて、

それを考えるととてつもない不安に襲われるのだが、

実は今日来てくださった方は全盲であり、その彼女から言われた。


「見えなくなっても訓練すれが色んなことが出来るよ」

「目が見えないのは不自由ではあるけれど、不幸じゃないよ」


とても勇気を付けられた。

私が待ち望んでいた言葉の1つを聞けた気がした。


前向きで自信に満ちていて、幸せさが溢れている彼女の姿に

とても高いハードルを越えてきた殻こその素敵な彼女と思った。

尊敬の気持ちで一杯だった。


それだけ努力したから彼女は「目が見えなくてもとても幸せ」ときっぱり言い切れるのだろう。

彼女の言葉は強がりとかかそう言うのではなくて、とても自然なものだった。


彼女に出会えてお話が出来て勇気がもらえた。

久しぶりに力が出てきた。


彼女の勧めも有り、膵腎同時移植の現在の登録施設から

彼女の進める施設に登録変更出来るように早速手続きに入った。

新しい施設は随分遠いけれど、そこまで行く価値が必ずあると思った。


新しい道を一歩踏み出せたのかもしれない。


新しい人久々に出会えたし、とても大きな出会いだった。

これからも色々と相談にのっていただけたので、本当に心強く思う。

「世界一受けたい授業」で武田鉄矢が先生の回で日本語の「表と裏」の話をしていた。

私が印象に残ったのは「裏」の部分についての話だ。


「裏」というのは、人から見えない所とか隠れているもの・心をあらわしているらしい。

「うら」が使われている日本語の中のひとつに「うらやましい」が挙げられていた。


「うらやましい」は「うら・やましい」で心がやましい、心が病にかかっているという意味なんだそうだ。

人を羨むということは・・・心が病にかかっているということなのか・・・。

そうかもしれない。今の私は人を羨むことばかりだ。


友人を羨み、兄弟を羨みもする。テレビで大笑いしている人を見て羨ましいと思う。

他にもいっぱいある。何を見ても誰を見ても羨ましいと思うことが多い。


今日も友人から届いた「引越ししました」の葉書を見て羨ましいと思ってしまった。

「可愛い息子2人に囲まれて幸せでーす」と言うメッセージと仲良く家族で写っている写真。

子供は大好きだけれど、無理だし、今は信頼できるパートナーもいない私。

幸せな友人を見てとても惨めだった。


人は人、自分は自分なんだ。人を羨んだりしたってどうしようもない。

人と比較したりするのは自分が苦しくなるしやめよう。


わかっているのに・・・やめられない。「うらやましい」と思ってしまう。

「うらやましい」と思う心が消えない限り、心の病は続いているという事なんだ。


どうしたら人を見て羨んだりすることをやめられるのかな。

やっぱり自分の小さな幸せ探しを続けることだよね。


透析病院での出来事。


去年の秋に私が通っている移植外科外来受診時に担当医が

「他の病院へ行くことになった。」と言った。


私はこの先生は苦手であったし、信頼感も薄かったこともあり、

(新しい先生になるのかー。今度はちゃんと納得行く説明してくれる丁寧な人がいいな)

等と心の中で思っていた。


その後、予期せぬびっくりすることが先生の口から発せられた。

「今度○○(私の通っている透析病院)へいくことになったんだよ。」


がーーーん!!!

何で寄りによって私の透析病院へ・・・小さなクリニックだし分院だし・・・。

さよなら出来るどころか顔合わせる回数がぐんと増えちゃうじゃん!


私も運がいいと言うのか悪いというのか・・・。悪いんだろうけれど。


その先生が新しい院長として透析病院にきてから昨日まで特になんとも嫌な思いもしたことがなかった。

(それほど長い会話もしたことがないからだろうが。)


その先生に透析中「最近はどうかね?」と聞かれた。


「移植の事を色々考えたり、他の事でも考えることが多くて精神的にかなりきつい」と答えた。


その後、今の私にある可能性のあるいくつかの移植方法のことも話すことになった。


どれにも長所と短所があって、答えをなかなか簡単には出せない。

こっちがいいかなーと傾いても・・・また新たな情報を聞いたりすると・・・違うほうに傾いてしまう。

だから、本当にどれが自分にとって一番最善なのかがわからなくて悩んでいる。

と、正直に自分の気持ちを話した。


そしたら・・・

「そんな文句ばかりいっとらんでスパッと決めな」

といわれた・・・まじめに話した私は本当に驚いた。


私の言っていることは文句なんだろうか・・・。

移植ってといても大きなことだし、とても大事なこだと思う。

その事とをスパッと決めれる人はどれほどいるのだろうか?


移植の選択法の方法がいくつかあって、

これはここが長所だけれど、ここがこっちの方が・・・とか

真剣に考えたりするのは移植を目の前にしている人なら当然ではないのか。


誰でも自分にとって最善な方法を見つけたい。

どんな事にも長所短所がある。

単に決めれることならそう言われてもなんとも思わない。


しかし・・・移植に関して・・・決めれないから悩んでいるのだ。

命の事を真剣に考えないで簡単に考えろと言うのか。

命を真剣に考えず・・・他の何を真剣に考えることがあるんだろう。


最後は自分自身で決めなければいけないのは勿論わかっている。


でも、それまでは家族や何人もの先生の意見を出来るだけ聞いて

多くを考え一事を為すというようにしたい。


この先生にはもう二度と相談するものかと思った。


ものには言い方があると思う。

、悩んでいる患者に対しての医師の言葉とは思えない。

しかも、元移植外来をしていた医師・・・・顔も見たくないかも。


わかってくれている医師や医療スタッフは少ない。

少ないけれど、その中で良い人に出会うしかないんだ。


同時移植の体験者の方が言っていた。

やっぱり移植は先生を信頼してたからこそ決断できた。

上手くいって、今の幸せがあるんだと。


私もそう言える様になりたい。

朝ご飯を食べている途中からお腹の調子がおかしくなって・・・

気持ち悪くなって・・・、薬を飲んだけれど、効いてこない。

昼ご飯は食べれなかった。


胃薬は毎日飲んでいるのに、どうしてこんなに調子が悪くなったりするのだろう。

今日は腸の調子も悪くてダブルパンチだ。

胃腸の調子が悪いと体のしんどさも倍増以上だと思う。


薬は毎日沢山飲んでいる。

漢方薬、胃薬4種類、整腸剤、血圧の薬2種類、リンの薬、肩凝りの薬・・・

抗鬱剤、眠剤・・・最低でもこれだけは飲む。

これに頓服で、下剤とか下痢止め、頭痛薬があって・・・多い日だと30個くらいか。

こんなに薬を飲んでいるけれど、効いているのか?いないのか?よくわからない時が多い。


前は胃薬を飲んだらすぐに胃が軽くなる感じがした。

下痢時に薬を飲めばすぐ治ったりした。


けど、今は全然きかない時がある。

それだけ体が弱ってきているということなのか。


効いているのかよくわからない薬だけれど、飲んでいなかったらもっともっと酷いのかもしれない。

薬が飲みたくても飲めなくて困っている人も沢山いる。


苦い薬を飲むのは嫌だなと思うけれど、薬が飲める環境に感謝することを忘れてはいけない。


私は色んな力に助けられて生きているのだ。


色々な人やものに助けられているのに助けることは全然出来ない。

私にも何かできることはあるのだろうか。

知らないことは恐ろしい。

膵腎同時移植の登録できるまでの過程の中で登録ができないことに関しての説明を外来の度に受けたけれど、毎回説明が違っていた。

帰るとき説明を受けたはずなのに理解できないことが必ず残っていた。

でも、難しいことで自分がきっと理解できていないからと思った。


でも、登録ができないまま日が過ぎるごとに、説明聞いてもわからないし、

小さな不信が積もっていった。


しかし、その担当医が病院を替わっていくことになった。

新しい先生になるのだから、登録のこともこれを機会にすぐ何とかできると思っていた。


しかし、の期待は見事に裏切られることとなった。

私の勝手な思い込み、決め付けになってしまった。

私は登録するまで2年ほどかかり、登録するための検査入院を2回することとなる。

2回同じ検査ををするということは費用もそれだけかかっているという事。

使わなくて済んだ医療費・・・もっとほかの病気の人の有効的な治療にまわせたはずだ。


2回目のの検査入院の際に病棟看護師に聞いてみた。

「登録するのに2回も検査入院する人はいるんですか?」

「そういうことは無いですねー。」と言う答えだった。


じゃぁ、何故私は2回も???

このとき一層不信感は増た。

その後、私は色んな情報を知ることとなる。


・登録にかかる期間は早いと数ヶ月、大体半年くらいでできること。

 (これは臓器移植ネットワークに問い合わせたときに向こうの人が言った)

・登録に時間がかかっている人もいるが私は最長の部類に入ること。

・ここの病院では膵腎同時移植の出来る施設ではあるが

 実際に移植手術は一例も行われていないし、色んな面で慣れていないのか

 どうも登録のシステムがきちんと理解されていないこと。


次はこの病院のHPをみて私が感じるだけのことなのだが・・・

膵腎同時移植が実際に行われている病院や積極敵にと言うか力を入れている先生が

いると思われる病院のHPに比べて、情報提供量が全く違う事。

腎移植だけに関してはとても立派なHPがあるのにもかかわらず・・・。

そこからも同時移植への関心はあんまり無いんだろうな、

力は入れてないんだろうな、とか実際は知らないが私はそう感じてしまった。


私の住んでいる地区ではこの病院しか膵腎同時移植の手術のできる指定施設は無い。

全国で十数施設あるけれど、他の病院は遠く、簡単に病院を変えることは考えもしなかった。


でも、最近は遠くても他の病院に変えようと考えている。

もし、移植手術が受けられたとしても、術後の管理の技術のレベルの差もあるらしく

そんなことを聞くと怖くて・・・


折角移植しても臓器がだめになったりなんてことがもしおきたら・・・

そんなことを考えると、今の病院にこれからも通い続けることも、手術をこの病院でするとも

本当に不安で不安でたまらなくなってきた。


今度の木曜日に同時移者の方が私の自宅まで訪ねてきて下さる事になっている。

色々とお話を聞いてみたいと思っている。


遠くて通うのは大変だが、多分、、、手術の指定施設を転院することになるだろう。

転院先はここからは遠い九州にあるが、一度訪ねてみることになるだろう。


自分の為にも信頼できない,不信感を持ってしまった病院に通い続けても・・・不安は消えない。

ちゃんと心を落ち着けて安定させて移植を待ちって手術に挑みたい。


信頼できる医者に会うために自分で動こう。