今日は久々に人とあった。
同時移植者の人がお話をしに自宅まで来てくれたのだ。
病気のことを心から理解してくれる人はほとんどいなかった私にとって
包み隠さず自分のことを正直に話せた。
同じ病気の体験者であり、移植の体験者である彼女の話は重みが全然違った。
何事でもそうなのだがやはり実体験した人の話は全然言葉の重みが違うし、
こちらの話も同じ苦しさを経験されているから理解度も全然違うのかすごくわかったた。
、私は本当に本当に嬉しかった。
本当に理解をしてもらえる人に話を聞いてもらえると
心が本当に軽くなる。
「それ、わかるよ」と同じ言葉を言われるにしても
体験者に言われるのと、体験していない人に言われるのとでは
こちらも理解してもらえてると感じる度合も本当に違う。
数年前、眼医者に「10年後には見えなくくなっているんだから」といわれた事がある。
私は目が見えなくなることに対してすごく恐怖を感じていて、
それを考えるととてつもない不安に襲われるのだが、
実は今日来てくださった方は全盲であり、その彼女から言われた。
「見えなくなっても訓練すれが色んなことが出来るよ」
「目が見えないのは不自由ではあるけれど、不幸じゃないよ」
とても勇気を付けられた。
私が待ち望んでいた言葉の1つを聞けた気がした。
前向きで自信に満ちていて、幸せさが溢れている彼女の姿に
とても高いハードルを越えてきた殻こその素敵な彼女と思った。
尊敬の気持ちで一杯だった。
それだけ努力したから彼女は「目が見えなくてもとても幸せ」ときっぱり言い切れるのだろう。
彼女の言葉は強がりとかかそう言うのではなくて、とても自然なものだった。
彼女に出会えてお話が出来て勇気がもらえた。
久しぶりに力が出てきた。
彼女の勧めも有り、膵腎同時移植の現在の登録施設から
彼女の進める施設に登録変更出来るように早速手続きに入った。
新しい施設は随分遠いけれど、そこまで行く価値が必ずあると思った。
新しい道を一歩踏み出せたのかもしれない。
新しい人久々に出会えたし、とても大きな出会いだった。
これからも色々と相談にのっていただけたので、本当に心強く思う。