生きろ!Santa!!支えろ!MaRico!! -27ページ目

きっかけは私。。

手術結果は出ています。

でも

今はまだ彼の容態が落ち着いていないので

お知らせできるのは次回になりそうです。。


ちなみに

昨日は3度

死の淵を彷徨いました。


体温が41度から36度にいっきに下がったり

血圧が70-60になったり

痛みにより全身が硬直したりと・・


とにかく

今はまだお知らせできる段階ではないと判断しました



言うことで

今日はがんちゃん発覚までのお話しでも・・

長くなるので途中までになりますが読んでね。。



話しは今から8ヶ月前、昨年10月までさかのぼる

その1ヶ月前から私は彼のために手作り朝食を作るようになった

軽食ではない

毎朝4時に起き

だしをとる。

そのだしで味噌汁や煮物、炊き込みご飯を作ったり

お手製ぬか漬けにその頃はまってた保存食をたしなむ

海苔の佃煮だって自分でつくる

ある意味贅沢な朝食。。。


「なんか私たちって健康そのものだね♪」

なんて言いながら彼も喜んで食べてくれてた


そんな生活を送っていたある朝、

前日に作っておいたかぼちゃのポタージュを朝食に食べた。

10月だったし冷蔵庫に入れずなべのまま1日置いていた。

何か味にコクがあると言うか、まずくなってるというか・・・

私は5・6口食べてやめたが彼は残さず食べた。

「何か味が変だったよ」

「そう?チーズが入っているみたいで美味しかったよ」

って・・

無理すんなって思ったが嬉しかった。


と思ったのもつかの間、

二人して下痢と嘔吐に苦しむ羽目に。。


私は丸1日で治まったが彼は下痢が3日続いた。


食べた量が私の3倍だったから治るのも3倍なんだね、ごめんね。

単純にそう思った。


しかし、彼の体調はその日を境に狂い始めた


下痢が治まったかと思ったら今度は激しい便秘に。


毎日快便だった彼なだけにおかしい。


便秘は5日続く日もあった。


下剤を飲み浣腸をし食物繊維を摂ればよいかと思い野菜中心の食事にし

お茶を沢山飲んだりもしたが一向に改善されない。


そのうち

彼自身に気力がみなぎらなくなっていった。

休日はベットに横になることが多くなった。


美食家の彼が食事に興味を示さなくなった

膨満感に悩まされ続けたことで食事量がめっきり減った。


この時点で総合病院で精密検査をするべきだったが

そうしなかった要因、

彼は痔持ちだった


彼も私も痔が悪化したものだと思い込んでしまっていた。。。


2008年6月7日





サボタージュ★本題★

さてさて今日は運命の手術日。

10時からはじまり18時まで、8時間の大手術。


まだ連絡無いから予定通り進んでいるのかな?


もし

手の施しが無く開腹のみだったらもう終わってるはずだから。

まだ連絡無いってことは順調なんじゃないのかな?

彼の今の姿を想像してしまうと

胸が張り裂けそうに痛む。

成功をただ祈ることしか出来ない歯痒さを感じつつ

今日の結果はまた後日。。



本日は予告どおり先週日曜日のサボタージュ~★


前夜 彼から宿題を出された


「彼が撮った私の写真 トップ10をセレクト持参すること」


写真の数も膨大だし

彼は私を実物以上に撮ってくれるからえらく悩んでしまった。


結局 10枚までは前夜に選んだが

順位付けはバス内で。

それ以外にも彼や2人で写った写真も一緒に持っていった。

写真を見るだけで涙が出る。


もうすぐ会えるのに、嬉しいのにね

なんでだろ・・

まだ現実を受け止めきれてない証拠なのかな・・


病院のバス停に降り立ち病院へ向おうとしたらさ

彼が出迎えてくれてた。

たった5日ぶりの再会なのに歩道で抱き合いまた泣いてしまった。


「お誕生日おめでとう」

そう言うのが精一杯だった。


シャイな彼から手を繋いでくれ病院に入った。




病院は綺麗で設備も揃い展望台があって新潟市を一望できる

ん~~、さすがに以前お世話になってた病院と違うわ。


病気を忘れることができそう

というか

病気がちっぽけに感じれるそんな展望台。

天気も良かったので展望台にその日の大半を過ごした。



その展望台で

彼に宿題の写真を見せると

少しばかり遠い目をして懐かしそうに眺めてた。

手術に向け絶食中の彼。。

栄養剤の点滴が日光に反射し

そんな姿がまた涙を誘う。。

いかんいかん!!

今日は彼を励ましに来たんだから私が泣いてどうする!


写真は彼に渡すつもりで持ってきたが

携帯に画像を残すから良いと言って全部撮ってた

その方が寝ながらでも見やすいからって


なるほどね



で、

気になるベスト10は彼も納得できるセレクトだったみたいでホッ


最終バスまでって言っても18:30だけど

それまでずっと一緒に居た。



こんなに穏やかでゆっくり時が流れた日ははじめてだった。


文にすると特に何があった訳ではないので書くことが無いが

お互いが同じ呼吸で無心になれてた。

そんな感覚。


帰りのバスでは泣かなかった。


先週の日曜日はそんなサボタージュ。。










サボタージュ★

昨日は6月1日。


彼がこの世に生誕した彼と私にとってかけがえのない一日。


彼は今

新潟市内の総合病院に入院中。

この病院で手術を受けることになっている

その手術は今週の木曜日。


私たちの住む街から高速バスで1時間半。


仕事もあるため

毎日会いには行けない距離・・


彼に最後に会ったのは先週の火曜日、5月27日。


手術が終わるまで会いに行かないと二人で決めていた


その代わり

自営業者の強み

毎日リアルタイムに何十回もメールをし電話もいつだって出れる。


雇われ人生じゃなくて良かったと、幸せだと思える瞬間のひとつだ



土曜日、初ブログを書き上げ

ひと息ついたところに

どんなことを医者に言われてももう泣かないと思っていた彼が

泣きながら電話をかけてきた。


ちょうど喧嘩してたから

私の第一声はとても冷ややかだった。


でもそんなことお構いなしに彼は泣きながら

「会いたい、会いたいよ」って。


喧嘩の仲直りがしたいのかと最初は思ったが


執刀医から手術の説明があったそうだ


手術内容は粗方 下調べはしていたし

もともと今ある

直腸のがんちゃんが握りこぶしほどまでお育ちになっているから

簡単な手術ではないことくらい分かっていた・・・


執刀医はこう言ったそうだ

「今あるがんちゃんを全部取りきる可能性は20%」

「がんちゃんの中では一番タチの悪い種類のものらしく再発は必ずあるであろう」

「手術で取りきれて5年生存率20%、開腹のみの場合1~2年・・」


絶句した。


がんちゃん発覚から3ヶ月。

抗がん剤治療も受けたし

食事も気をつけた。

後は術後次第だね♪

なんてお気楽気分だった私。


次回ブログは発覚から書こうかと思っていたがそれどころじゃあなくなった!!!



私は昨日 日曜日にもかかわらず

お店を休んで彼の居る新潟市へ行ってきた。


サボタージュで御座います^^



このお話しを次回はしようかと。。。


2008年6月2日