生きろ!Santa!!支えろ!MaRico!! -25ページ目

大腸がん疑いなし??

痔の手術が終わってからも彼の容態は変わらなかった

12月下旬、寒くなるにしたがって彼の冷え性もひどくなった。

特に下半身が異常なくらい冷たかった。


年越しのご馳走はほとんど食べれずこたつの中に潜り込んでいた


術後も相変わらず医者に通院していたが

先生も状態が回復しないことに首をかしげるばかりだった

年も明け1月に入りようやく大腸がん検査をした。

内視鏡調査ではなく便検査。。。

なぜここまで長引いてしまったかというと

便検査は2日間続けて出たモノを検査する

その頃

彼はどんなに頑張っても2日連続排便することが困難になっていた


肛門から10センチ離れた直腸に直径10cm強のがんちゃんが居座っていたんだから出るわけない。


そんなこんなでなんとか便検査をした。

1週間後結果が出た。

良好。

大腸がんの疑いなし。。


????????????


あの検査はいったい何だったんだろうか?

未だに疑問だ。


でも一応内視鏡検査もしましょう・・・ということで

ようやく私の人生で一番辛く悲しい日を迎えることとなる


が、

その肛門専門医、

内視鏡検査をするにも予約が必要で結局検査ができるまで1ヶ月も先になってしまった。

その間も

肛門付近の激痛と下半身の冷え、便秘に排便通、膨満感、食欲不振、激痛による睡眠不足


お陰で彼は10キロ痩せた


私は便検査で問題なしだった事もあり

内視鏡検査で腫瘍が見つかっても悪性ではないだろうと勝手に思うようになっていた









ついに手術♪

相変わらず膨満感と激痛に悩まされてはいたが

12月上旬、ついに手術の日が来た

彼も私もこれで今までどおりの生活ができるねと喜んだ


しかしこの頃から

私は彼の今の苦しみは痔だけか??

と思うようになっていた


「総合病院で大腸がん検査してもらおうよ」彼に何度言ったことか


決まって彼は

「痔の手術が終わってからね」だった

とにかく今の痛みと膨満感を改善させなければどうにもならないと言い張った


「でももし、もしもだよ。違うと思うけど大腸がんだったらどうするの?検査だけでも受けてよ!」

言っても無駄だった

何度も何度もこのことで喧嘩した



後に彼は大反省し私に謝ってきたのは言うまでもない。。。



手術は腫れ上がった痔が3個もあるので切除せず注射で腫れを抑えただけで終わった。


便秘による膨満感と肛門付近の激痛に約1ヶ月半耐え抜いたわりには10分程度と非常に短い時間で終了した。


これだけの為に1ヶ月半苦しんだ彼が可哀想に思えたが


満面の笑みで微笑んでいた。


2ヶ月ぶりの笑顔だった


その時だけは治ったと、完治したと本気で思えた瞬間だった。


が、局部麻酔がきれた瞬間いつもと変わらない激痛に見舞われていた。


2008年6月19日





内痔?との闘い

毎日がめまぐるしい><

彼の容態はなかなか落ち着いてくれず毎日色々な症状に振り回されっぱなし><

彼の体力がとにかく心配><

熱が40度を超す日々が1週間くらい続いてます

原因も様々で対処したらまた別の部位からの発熱といった具合。。

大丈夫なのか??

術後経過が良くなく未だ個室。。

早く元気になって欲しい、今の私のたった一つの願いです。



さてさてがんちゃん発覚の3月から大手術までの3ヶ月間は本当に長い道のりだった


今思えば


内痔と診断されるもっと前、食中毒になる前から彼の身体は異変があった


どちらかと言うと寒がりの私より彼の足先が冷たかった


寒さを意識する季節ではない9月だったこともあり本人も私も気に止めなかった


ここで最初のシグナルを見逃した


食中毒から彼の体調が悪化し始めた頃には更に足は冷え


そのうち肛門付近が痛み出してきた


この痛みも内診で痔からくるものだと診断された


12月の痔の手術を行う頃には日中ホッカイロを肛門にあてがい電気毛布をお尻に巻きつけて仕事をし、

寝るときは電気毛布を敷きもう1枚をお尻にまき寝ていた


年中電気毛布要らずだったのであまりにも寒がり痛がる彼をどうしてあげればいいのか解らなかった


肛門の痛みも鎮痛剤を飲んだだけでは引かず

常に肛門を温めていないと普通に会話ができないまでになっていた


それに便秘による膨満感と食欲減退。。。


時間があればとにかく熱めの湯船に浸かりひたすら身体を温め続けた


が、お風呂から上がるとすぐに痛み出してしまっていたので


湯船に浸かっているときだけが彼の至福のときだった。


そんな生活が1ヶ月続いた後、ようやく痔の手術日が来た