術後からを振り返る
今日も痛みに耐えるしかない一日のようです
術後の鎮痛剤は副作用がないので患者の早期回復の為に
我慢させない病院が多いそうですが
彼が現在お世話になっている病院は痛みに対してちょっと古い考えのようです
さすがにこの件は納得がいかなくなってきました。
明日は休日です
彼に会ってきます^^
術後1日目は軽~く書きましたが
3度も瞳孔が開き意識が遠のきました。
声をかけられていることはわかっていても
それに答える事ができなかったそうです。
腸が破裂する危険があったので、
ガラガラガラガラ・・・
手術室まで運ばれ
「このままでは人工肛門になります!再手術です!」
この声で
意識がはっきりしたそうです。
「だ、だいじょうぶ・・」
手術前から人工肛門だけは絶対嫌だ><
と豪語していましたので
よほどその一言が響いてくれたようです。
その後
手術3日目にようやく落ち着き昨日のご報告となったわけです。
よかったです!ほんとうによかったです!
手術までの道のりがあまりにも長く厳しかったので
今は心の底から喜べてます^^
2008年6月10日
結果報告☆
成功、大成功です!!
6月5日 午前10時から始まった直腸&肝臓腫瘍切除の手術は予定時刻を大幅に超えた午後7時45分、約10時間にも及ぶ大手術の末、無事終了。
肝臓は4箇所・直腸は2箇所 腫瘍切除を行ったそうです。
目視できる腫瘍はすべて摘出したそうです。
術前5日前、彼の誕生日の前日に悪性腫瘍の中でもとくにタチの悪い
内分泌細胞癌と低分化型腺癌だと聞かされ
再発は必ずあると太鼓判を押され
今ある腫瘍を全摘できる確立は20%を切ると言われ
落ち込む
さらに
手術前日にはCTを撮らされ
彼の腫瘍が特殊??
主治医が代わり
研究材料にさせて欲しいと言われる。。
どうなることかと思ったが、何とかヤマは越えたようだ
夜眠れず一人考えてしまうこともあったろうに
彼は不安という言葉を癌発覚から一度も口にしていない
だから
私も彼には不安そうな顔は一切見せない
(一人の時や心を許してる友人や妹の前は別)
彼に会うときは話したい内容を粗方整理し
話すときは脚色しながら彼が笑ってくれるようにがんばった。
ただ
彼が涙を見せてしまった時は
遠慮なく一緒に泣いてしまうんですがね。。。
さて、
大手術は成功したのですが
問題はこれから!
「腫瘍を全摘出来ても5年生存率は20%」
この見解は脅しではないと自覚し
これからの闘いに向け私も戦闘モード突入です!!!
今の彼は全身のありとあらゆる痛みとの戦いです
どうやら手術は内臓を掻き混ぜ細かくチェックしたので
メスを入れていない部分も術後の痛みとして耐えることとなったのです。
研究材料に選抜してくださってありがとう!
きっと彼の手術中は大御所の大先生方が見守ったこととでしょう。
せっかくの研究材料を
みすみす見逃すわけにもいかなかったろうし。
そういう意味でラッキーだったかな?
今だから言える言葉です。
今は立つこともままならず切ないけど1ヶ月もすれば元気に退院できるはず!!!
支えます!!!!!!!
2008年6月9日
肛門専門医院へ
二人仲良く食中毒になり
11月を迎えた頃には彼の症状は一気に下降していった
地元の肛門専門医院で内診をしてもらった
案の定
痔と診断された
内痔でしかも腫れ上がった大きな痔が肛門付近に3箇所も!!
「これじゃあお通じがあるはずない」
「とりあえず痛み止めの坐薬と下剤出しておきます」
医者に言われれば
そうか、そうだよね!
そんなに大きいな痔だったらお通じが有るわけないよね!
二人とも納得し
手術の日取りを決める
が、
その医院、
地元では名の知れた肛門専門医。
予約が常にいっぱいで内視鏡手術が早くて1ヶ月先だって><
12月上旬に痔の手術をすることが決まった。
その間
下剤と鎮痛剤でごまかし過ごす羽目に。。。
幸い彼も自営業者なので仕事仲間に迷惑をかける心配はなかったが
10分おきにトイレに駆け込む日も珍しくなかった
常にトイレが近くにないと不安だったので外出ができなかった。
以前の休日の過ごし方は
映画を観てグルメを楽しみショッピングをしたり
市場へ出かけて食材を買いに行き料理をしたり
ドライブや自然散策を楽しんだりととにかく外出が多かっただけに可哀想だった
でも
11月下旬、
私の誕生日だけは頑張って1泊2日の旅行に連れ出してくれた。。。
ガンちゃん発覚前の最後の旅行
富山県の氷見へ電車で行った。
このお話しはまた次回。。。
彼の容態はいまだ落ち着かず、
今日も術後結果をお知らせ出来なそうです。
2008年6月8日