生きろ!Santa!!支えろ!MaRico!! -24ページ目

治療開始。。。

直腸がんの診断を受け翌日には総合病院で精密検査を受けた


10㎏痩せた彼は病衣が似合っていた。一晩でどこから見ても完全な病人になっていた


1週間後には直腸から肝臓に複数転移していることも判明した


手術の必要は必至だが

直腸に出来たがんちゃんがあまりにも大きすぎるため

この病院では執刀できないと言うではないか。。


更に今後の治療法として


①今すぐ手術をして腫瘍を取り除き抗がん剤治療に切り替える

②とりあえず抗がん剤治療を1クール(4回)行い少しでも腫瘍を小さくしてから手術を行う

1クール2ヶ月なので最短で手術を行えるのが今から2ヶ月先になる


のどちらかを選択しなければならなかった。


②を選択すれば抗がん剤が全く効果無ければ進行するだけだなので、病状が悪化するリスクが十分考えられる。

が、腫瘍縮小が確認できれば手術のリスクが減る。



どちらを選ぼうか彼に相談された。

が、私には正直解らなかった

ただ、彼が決断したことを信じて最善を尽くそう、そう思うしかなかった。


彼は手術を先延ばしにし、抗がん剤治療を始める事、②を決断した。


振り返ってもそれで良かったと思う。


はじめに使った抗がん剤はフォルフォックスだった。

もしこれが効果なければ昨年6月に認可されたばかりのアバスチンを使う方向で決まった。


最初の抗がん剤、フォルフォックスは効果なし。

次は新薬アバスチンを使う予定だったがその前にフォルフィリと言う抗がん剤を使ってみることにした。


これが彼にはすこぶる効いた。


副作用に多少苦しみはしたが

直腸の腫瘍からと思われる血塊が大量におしりから出た。


初めは何が出たのかわからず薄気味悪かったが

少しずつではあったが便が出るようになったので腫瘍からの出血だと確信した。


担当医もこのままフォルフィリを使い続ける決断をした。



これを機に私は抗がん剤投与後の血塊が出てくれるのが待ち遠しくなっていた。

彼にはしつこいくらい

「血塊は出た?どれくらい出た??」


ウキウキしながら聞いたものだった。


本人は副作用で苦しんでいたのにね・・・・


ずいぶん割愛してしまったが

手術前まで抗がん剤と食事療法、白血球を増やす爪もみ、赤血球が少ないと言われればレバーを食べ、そしてなにより笑いの絶えない楽しい日々を過ごすよう努めた。




運命の3月10日

彼からまた電話があったのはそれから2時間後だった

「これから行くね!」

ってすぐそこまで来てたんじゃん!!

10秒もしないでひょっこり顔をだした。


私から切り出し

「で?どんな状態なの??」


「いやぁ~、びっくりした!大きいよ!!」

「俺さ、親父の腫瘍見せてもらったことあるから解るんだけどさ。。。」


そう、

彼はお父さんを2年前に癌で亡くしている。

身体の異変を感じた時には骨にまで転移してしまっていた。

原発は彼と同じく大腸だった。

彼はお父さんの大腸の腫瘍をモニターで見たことがあったのだ


「え???それで???」

私はただ驚くばかりだった、あまりにも彼の電話の声が明るすぎたから・・・



突然 私をぎゅ---っと抱きしめ 耳元で

「俺たぶんさ、あと5年も生きれないと思うんだよね・・」


私の肩に彼の涙がにじんでいくのがわかった。。。。

身体の力がすーっと抜けていった

彼が支えてくれてなかったら倒れたと思う


「俺にはMaRicoを幸せにしてあげることが出来ないと思うからさ」

「別れてほしいんだよね」

「俺が生きてる間に幸せになったMaRicoの姿を見たいんだ。見せて欲しいんだ・・」

「お願いだから別れて・・・」


一方的過ぎだ。。

別れ話を切り出されたことが無かっただけにショックだ

たとえ彼の命があと5年無いとしても私は別れる事だけは考えられなかった。

私は人生の大半を彼と一緒に過ごしている。

彼以外の人と付き合ったことが無いと言っても良いくらい私は彼しか知らない

そんな人間がいきなり他の人と付き合えるわけないじゃない!

誰も相手になんかしてくれないわよ!

そもそも彼の言う幸せって何なの???


なのに彼は「お願いだから幸せになってくれ」って・・・


言うじゃな~~い??


ああそうですか!それなら私の究極の生き様ってやつを教えましょうか!!

私は以前から考えていたことがあった

もし、何か理不尽な出来事で、生きるということに邁進できなくなったときには

尼さんになろうと

漠然としたものだったが 決めていた

浅はかな考え方だが 自分の幸せを考えなくて良い。楽だとさえ思えた。

彼が私に「幸せになってくれ」と言うということは

彼は私を幸せにするという事を放棄したと言うことだ

とても悲しかった

それが悲しかった

癌であることがわかった以上に辛かった


どれだけ二人して泣いただろうか・・・


彼にポツリ 自分の本心を話した

「わかったよ、じゃあ私。。。」

「前から考えてたことあるから・・」


尼さんの話しを切り出した


「え???やだ!!それだけはいやだ!!絶対やめて!!なんでそんなこと言うの??なんでそういう考え方になるの???」


そんなに否定されることだったか?

私の頭の中には何年も前から隅っこにあった事だから

そんなリアクションされてしまうと逆に困惑してしまった。


それからどれだけ話しあっただろうか???

その先は殆ど覚えていない



最終的には断固別れることに同意しなかった私に彼は根負けしたって感じかな?

今後彼から別れ話しをすることは無いだろうし(がんちゃんが原因で)

私も尼さんになると言わないことに決めた



翌日から総合病院へ転院し精密検査を受けその流れで入院の手続きとなった


闘病生活の幕開けだ!!!








一転!大腸がん??

大腸がんの内視鏡検査まであと1週間という所まできた

「たけしの本当は怖い家庭の医学」という番組をご存知だろうか

便秘の特集だったので途中からだったが一緒に観た

症例は毎日快便だった主婦が突然便秘に苦しむ

そのうち食欲がなくなり下腹部に違和感を感じる

病院に行ったときには直腸がんで腫瘍がこぶし大ほどになっていた・・・


何とも今の彼に当てはまる症状ではないですか!!

彼はネットでがんについて調べだした

調べれば調べるほど気分が沈んでしまう、彼が癌だと確信できてしまうほど症状が当てはまる

今更考えても来週には判明するんだしジタバタしても始まらない

違うことを癌ではないことを祈るしかなかった



内視鏡検査当日

彼は仕事を休んで検査に臨んだ

検査結果は先生とモニターを一緒に見ながら受けるのでリアルタイムに結果が出る


検査終了時刻を1時間過ぎても彼から連絡は無かった

不安で私から電話した

出てはくれなかった

折り返しすぐにメールが届いた

「今母と話中。あとで電話する」

短い文章の中に決定的な言葉は何一つ無かったが癌であったことは想像できた。

あとは状態がどの程度だったかだ。



彼からの電話はそんなに待たずして掛かってきた

「やっぱり癌だった。MaRicoごめんね。」

第一声。。

「そっか、そう・・・・・」

「後で顔出すわ。」

一方的に切れた。。


私を不安に感じさせないよう

彼が明るく元気な声で話してくれたお陰で

彼が来るまで私はまだそんな深刻な事態だと思えなかった。。。

2008年3月10日のPM3:00までのお話しです