面白いサイトを見つけました。
その名も
会社で、私のまわりの和歌山、新潟、兵庫、愛知、広島それぞれの出身者に見てもらったら、バカウケ(表現、古っ)でした。
みなさんも、一度、ご覧になってみてください。
ちなみに私、高知出身なのですが、
ウケ狙いで、お土産にエチオピア饅頭を持って行ったことがある。
には、爆笑しました。
今朝、記事についたコメントで判明しました。
10000を見事ゲットしていただいたのは「びっつさん」です。
このブログのブックマークにもありますが、
びっつのお気に入り ←クリック
というHPを運営していらっしゃいます。
ご自分が、これはいい!と思ったものを思い入れたっぷりに記事にされており、それに触発されて買い物に行ったこともしばしば。
また、ご自身で音楽活動(アカペラグループ)もされておりまして、これが・・・スゴいんです。
実は私、昨年始めころから、ヤマハが運営する
プレイヤーズ王国 ←クリック
へ、自分の演奏(←クリック)をアップしているのですが、そのサイト上をウロウロしているうちに、偶然
びっつさんの演奏 ←クリック
※プレイヤーズ王国の音源の再生には「MidRadio Player(ミッドラジオプレーヤ)」というソフトが必要です。ダウンロード先はこちら。
を見つけ、聴いてみたのです。
そして、その歌声の、なんというか、春風のように軽やかで伸びやか、かつ、絶妙なハーモニーに完全にヤラれてしまい、今や、新曲のアップを今か今かと待ちわびる日々・・・。
すべてのパートをご自分で多重録音(PC上でのミックスダウン)=一人アカペラでこなされており、こりゃスゴいの一言です。是非ともお聴きになって、その素敵な歌声をご自分でも味わってみてください。
それから、最近、新しい録音機材とかの情報も収集されているようですので、どなたかお詳しい方、情報提供をよろしくお願いいたします。cguitarさんなんか、お詳しそうですね。
コメントはこちらへお願いします。
以前、歯が痛くて治療を始めたという記事
を書いた。
今日、その継続治療で通っている歯医者さん(写真はその歯医者さん)で、またも驚きの事実が。
前回、受付の女性と話していて、「実は、音楽やってるんです」と話したところ、「次に来たときにライブの予定とか教えてください」ということになった。
(というより、そうなるように強引に持って行ったのだが・・・)
そこで、今日、来る4月16日(土)ライブ予定の「ROOT」のHP
や、このブログの案内などをプリントアウトして持参したところ、その女性が固まっている。
「どうしたんですか?」
「このお店のオーナー、坂本さんて言いません?」
「えええ!知ってるんですか?!」
「ここの先生が前に診てた患者さんなんです」
世間は狭いです。
というわけで、坂本さん。16日(土)のライヴには、歯科助手さん、歯科衛生士さんたち、おいでいただけるようですよ。
ね?そうですよね?来ていただけますよね?
土曜日は5時半までですもんね。
お待ちしておりまーす。
結局、かばちゃんの歯は、くっつかなかったが、それでも気にせず、スルメイカをくちゃくちゃやっていた。そして、土ちゃん、白エッチ君が到着した。
順ちゃんは、ユースの近くではぐれてしまい、電話で誘導した。ほんまに世話がやける。
しかし、なんとか、みんな午後7時には集まった。
神戸組は、高速を160キロで飛ばしたらしい。
もし、彼らが公務員なら・・・・・・・・ヤバイところだった。
ユースのホールはとても良く、リハーサルには最高だったが、結局、宴会場となってしまった。設立以来、こんなことは初めてらしい。
そして、10時の退場は予定通り、15分遅れてしまった。管理人さんはなにも言わなかったが、
顔は怒っていた。
風呂は11時までだから、ちゃんと守ってね。と念押しされた。
と、その瞬間、風呂から大きな笑い声がする。なんとロビーまで聞こえるかばちゃんの声ではないか。
風呂へ行ってみると、案の定、かばちゃんが、湯船の真ん中でみんなを集めて、どういうわけか、30年ほど前の大学時代の話をしていた。(笑)
まれさんたちも、うなずいていたが、彼らはやさしい人たちだ。ほんとは、
湯あたりして、早く上がりたかっただろう。
さあ、風呂を上がってからが大変、部屋で大セッションが始まった。
みんな集まってきた。
まれさんとこっしーさんは、パジャマにタオル姿である。
(写真参照)
そして、マーチンD-45とギブソンJ-200(いずれもビンテージ)の贅沢なセッションである。こっしーさんは、ギターを弾きながら、タオルで顔を拭き、そして、ギターを拭いた。
もちろん、かばちゃんは、鬼平犯科帳を持参していた。
その姿を見て、まれさんが「公私混同や」と言ったが、みんな
何の事かわからなかった。
私はベッドに寝転んでいた。
そして、まれさんのバンドのギャルが2人来た。
来たー。
彼女たちは、私のベッドの前にお座りになった。しかもYちゃんは、至近距離で私に背中を向けている。
困ったことに、おしゃれないでたちで、シャツが短くて、ズボンとの間から、肌が見えている。
わし、見てへんでー!
と心で叫んだが、Yちゃんも気になる。何度も、シャツを引っ張って、肌を隠そうとする。
だから、わし、見てないっちゅーの。信じてーな。
ホンマはちょっとだけ、見てました。ごめん。
さあ、夜中も1時を回りました。ここで女性は退場。
でも、なぜか、かばちゃんまで退場。
そして、彼は、部屋で、鬼平犯科帳を朝まで読んだらしい。つづく。

リニューアルの結果が、あちこちで叩かれている。
2ちゃんねるでも批判が。
http://pc8.2ch.net/test/read.cgi/blog/1111917004/
(スレッド70以降)
私自身、不満に思っていたはずなのに、あまりにキビしいツッコミを見ると
「いや、それはそうなんやけど・・・」
と、アメブロ擁護派になったりしている。
私とて、実は、あー使いにくっ!めんどくさ!なんとかしろ!過去記事のレイアウト、苦労したのにめちゃくちゃやんけ!と心の中で罵倒している身ではあるが、ちょっと冷静になってみたい。
偽善と言われればそうかもしれない。
しかし、スポンサーからの広告で成り立っており、それゆえ、無料で使えているのだから、ユーザーとはいえ、それほど声高に権利主張をしなくてもいいのになぁ・・・とも思ってしまうのである。
もちろん、アメブロの事務局側の対応にも大きな問題がある。
それは、不満の放置だ。
「あめまにゅ」
http://manual.ameblo.jp/entry-f89415e60e877059ca2b3dbfc9dcd9da.html
に、4月1日午前7時に記事をアップして以来、130を越えるコメント(大半は否定的なもの)があるにもかかわらず、4月2日午後8時45分現在、何のレスもない。
ここは、そんなすぐには出来ないかもしれないが、「皆様のお声を真摯に受け止め、更なる改善を目指します」くらいの記事は欲しいもの。
なんでこんなことになってしまったのだろう・・・。
きっと、リニューアルを担当した人たちは、夜も寝ないで作業をしたはず。
36時間も・・・という批判の声があるが、担当者たちにとっては、「たった36時間しか」なかったはずだ。
もちろん、事前の準備もやり、期限に間に合わせるために、最大限の努力をしたはずだ。
不満のもっとも多いこの記事作成のシステムも「使いにくくしてやろう」などとは、これっぽっちも思っていなかったろう。
それでも、事態は起こった。
書き込みやすさが身上のブログが、使いにくくなってしまった。大半のユーザーが、そう感じてしまっている。
善意のパラドックス
個々の事象・作業そのものは、たぶん何も間違っていないのだろう。誰もが善意の人間ばかりなのだろう。それでも、出来上がったものは、大勢のユーザーの大半が不満に思うようなシロモノだった。
今回のプロジェクトに欠けていたものは、おそらく、リニューアルを俯瞰で見る目とユーザー側の視点ではなかろうか。
お店の利益をはかろうとするあまり、改築・増築した食べ物屋がマズくなったり、商店がサービス低下したりというのは、よくある話だ。
アメブロの本当のリニューアル完了は、この事態が収束した時であり、その収束の仕方が問われている。
アメブロ事務局の方々には、この批判の嵐を、アメブロを愛するあまりの苦言だと正面から受け止めていただきたいものである。
自分が「やるべきことはやった」と思っていても、その結果を受け止める側が満足していなければ、何もやらなかったのと同じである。
この不満の嵐が、なぜ吹き荒れているのか、冷静に分析してほしい。
アメブロ事務局がやるべきことは、事前に決めたリニューアルの内容をすべて実行することのみではない。それだけでは、36時間の壮大なマスターベーションになってしまう。
事前に計画したやるべきことはすべてやったのかもしれないが、ユーザーの期待には応えられていないのだから。
そして、我々ユーザー側は、このリニューアルを単純に責めるのみでなく、どうしたら本当に使いやすいブログになるのか、事務局へ提言していくしかないのだろうなと思っている。
さて、このあたり、みなさんはどうお考えですか?
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湯船につかりながら考えた。
「マックでは使えねー、レイアウトぐちゃぐちゃ」というマック関連のトラブルを除けば、苦情というか批判の大半は、「今まで出来てたのにできない!」というものが非常に多い。
でも、出来てたことが出来なくなったというのは、実は認識ちがいで、「これまでの方法では出来なくなった」というべきだ。要は、結果にたどり着くまでのプロセスが変わったということである。
となれば、ひどさんがコメントでおっしゃられているように、既存ユーザー向けに「新旧対応マニュアル」みたいなものを設ければいいのではないか、と思う。
新しいことは、それが諸手を挙げて賛成されることは、まずない。人は安定を求めるあまり、現状が変わることへの無意識の抵抗がはたらくからだ。
そうだ。アメブロ事務局さん。本気で「あめまにゅ」なんてやめて「新旧対応マニュアル」作ってみてはいかが?

今、東京出張中で、今夜は弟の所に泊まるため、弟のPCで更新作業中。
ちょっと手が出にくいタイトルだ。タイトルで間違いなく損をしている。
別に読みたいと思わないでしょ? こんなタイトル。
しかしである。来る新幹線の中でまたまた涙ぐんでしまった(実は号泣)。名手・浅田次郎が「鉄道員(ぽっぽや)」に引き続き、また一つの珠玉の作品をつむぎあげた。(2002年10月発行)
椿山課長。とあるデパートの服飾関係の現場バリバリの課長。それまでの企業戦士としての戦いの結果、ある日突然、取引先の接待中、この世を去ることになる。
あの世とこの世の境目で、かれは、思い残したさまざまな事柄に始末をつけるため、全く別人の姿を借りて7日間だけ現世に戻ることを許される。そのための条件は3つ。①制限時間の厳守、②復讐の禁止、③正体の秘匿。
そして、残された時間の中で、元テキヤの親分、交通事故で亡くなった少年とともに、椿山は自分の生きた軌跡をたどり始める。
重松清の「流星ワゴン」については、以前記事で紹介した。本書は、それと似たプロットであるが、「流星ワゴン」が死んだ父親との再会の中で主人公が自分自身を取り戻してゆく物語であるのに対し、本書は、主人公自身が死という現実を受け入れてゆく物語である点が大きく異なる。
書きすぎるとネタバレ、興ざめとなるので、多くは書かないでおくが、ラストでは、きっと多くの読者が嗚咽を禁じ得ないであろう。
この本を読まずして「泣けた本」は決して語れない。間違いない。















