ちょっと間があいちゃいました。


マメにブログをUPするのは性に合わないらしい。




えーさて、

先日お亡くなりになった原田芳雄さんの

生前最後のお姿であろう、車椅子での舞台挨拶の映像を見たときのこと・・・



父の姿と重なりました。



こけた頬と細い腕と。

髪も父と同じように短かったしね。

(まぁ、父の場合はアレですが)



農作業をする父だったので、

肌は日焼けで黒く、よく食べるので体はとてもガッチリとした人でした。



そう、

だから、

入院した姿を見たときは正直ショックだったんだよね。


事前に弟から

「前とだいぶ違う外見になっちゃったからびっくりすると思う」

とは聞いて心構えはしていたつもりだったんだけどね。




入院して2日後、

再度腹水を抜く。

8リットル。


まだ血液が混ざっているようで、輸血をする。




入院の手続きや、様々な書類の準備が必要になる。

なんの保険入ってるのかとか、

家のローンの支払いや水道光熱費の支払いとか、

ぜんぶ父任せで誰もわからない。


離婚した母にも協力してもらい、

父の部屋を捜索。


父はびっくりするくらい書類をちゃんとまとめていた。




入院して5日後、

一般病棟へ移動。



徐々に回復してきており、

自宅に電話をしては、アレもって来い、これが必要だ、

と言ってくるようだ。




それからおよそ一週間後、

あの東日本大震災が起こる。






あれれ?

大奥から部屋に強制退場になったかと思ったら
バカ殿が家にきたよ。


バグかしら???



でもなんかうれしいわニコニコ


翌日15時頃、叔父叔母と病室に入る。


HCUという重症患者室という部屋にいた。

近くにいつも看護師がいる。


鼻に管。

腕から栄養剤の点滴。

おなかにチューブをさし、腹水を抜き、

尿管から直接排尿。

オムツ生活。


話はほとんど叔母が。

痰がでるらしく、ひたすらティッシュで拭っていた。

頬はこけ、ひげはボーボー。

白目は黄色くくすみ、腕が細い。

足はむくんでパンパンだった。


昨日の記憶はないらしい。



およそ1時間ほど、ベッドのそばで話を聞いていたが、

ほとんど同じ言葉の繰り返し。

「意識を失うってこわい」

「口が渇くんだ」



その合間にぼそっと


「葬式の準備はよろしくな」


何言ってんの!


とその場をやり過ごしたけど、

病室を出たあとに、葬式ってどうして?

と叔母に質問したら、通院していた病院で余命宣告をされていたとのこと。

それも、かなり問いただして、やっと言ったと。


叔母も最近知ったようだった。




余命宣告。

薬は35日分まとめて。




これって、医者もさじを投げたってこと?


でも叔母は、

この病院の先生はまだ詳しい検査もしてないから

なんともいえないって言ってるから、

その検査結果が出るまで様子を見ようと。



余命宣告されてたのに、

周囲には何にも言わなかった。


心配させまいとしたんだね。



とりあえず、その日は熱を出した娘が心配なので、

自宅に戻った。





2/26(土) 20時半頃、弟から電話がきた。


「オヤジがやばい」・・・と。





夕方から一人では歩行不可能。


寒い、寒いを繰り返し、それでも自分の部屋に行く、と、弟に連れて行ってもらい、

布団に寝かせる。


数分後、水を飲ませようと、飲み物を持って行ったら、

四つんばいになって頭を振りながら、ストーブはどこだーとつぶやいていた。


と。。。。。。



病院に連れていくべきか、と聞かれ、連れていくべきだと答える。


近くに住む叔父に応援を頼むも、腹水がたまったおなかはパンパンで

とてもじゃないけど重くて運べない。



21時45分 救急車を呼んだ。

およそ10分で到着し、叔父の奥さんに救急車に同乗してもらい、

病院へ向かう。


救急隊だけでは持ち上げられず、

大人5人がかりでやっとストレッチャーに乗せることができたって。



ところが、かかりつけの病院に受け入れを拒否される。

たまたま空いていた隣町の病院で受け入れてもらえることになり、そこへ。


病院に着き、状態を見た医師の第一声が


「どうしてこんな状態になるまで放っておいたのか!来るのが遅すぎる!」



病気のことを最近聞き、

どんな病気かもわからない家族には、

どうすることもできなかった。

運ばれていく我が息子を見て、祖父母は座り込んで泣いていたようだ。。。




病院に着き、腹水を抜き、尿を抜く管を入れるも、

本人がはずしてしまう。

拘束することを許可するサインをさせられた、と弟から。


CTを撮った結果と症状を見ると、肝硬変はかなり悪いところまできているようで、

アンモニアによる肝性脳症のため意識がおかしくなっているとのこと。



翌日、病院へ行くことに。

しかし、娘が発熱。。。

どうしようか迷うも、熱のでた娘を車に乗せてはいけないので、

姑さんにお願いして寝かせておいてもらうことにした。

下の子だけ連れて病院へ。

片道2時間半の緊急移動。



その合間に弟から父の状態を聞く。



昨夜抜いた腹水は10リットル。

抜いた腹水は体内に戻さないと栄養失調や脱水状態になってしまうんだけど、

血液が混ざっているためそのまま戻すことはできない。

血液を抜いて戻せるのは6リットル。


まだ意識がはっきりしないようで、

のどが渇くといっては口をティッシュで拭いている。


病院に運ばれたとき、栄養がまったく体内に吸収されていない、飢餓の状態だった。


検査をしてみないとなんともいえないが、癌であった場合、

余命、半年。








2/11 毎年実家のほうで行われる「だるま市」というお祭りに行くために、

2/10~13まで実家に帰省。


父に会うが、元気がない。顔色が悪い。ほぼ無口。

寒いのか、服をたくさん着ているみたい。


孫たちが来ているのに、ほぼ自分の部屋にこもっていた。



祖父母に、父の仕事が3月末で終わりだと聞かされる。

つまり、リストラ。


気落ちして体調が悪くなっちゃったのかな・・・。

ろくに話もできず

少し心配なまま実家を後にした。



数日後の2/22、同居している弟からメールが。



父が肝硬変だったことをつい最近知った。

私は知っていたのか?と。

私は弟やみんなが知らなかったことにびっくり。


「オヤジさぁ、調子に乗ったせいか、前より悪くなってる気がするんだよね・・・」


と言っていた。



その翌日2/23、父はかかりつけの総合病院へ。

何をしたのかはわからない。

ただ、帰りは少し楽になったようで、ダンボールいっぱいの買い物をして帰ってきたみたい。



あ、ちなみに父と母は10年ほど前に離婚していまして、

買い物は父が主にしてきて、祖母が食事の支度をしています。



そして、病院からは35日分の薬をもらってきたみたい。

そんなに!?

それを飲みきるまでは病院に行かなくてもいいっていうことなのかな?


少し、病院への不信感が募る。


一方で、病院嫌いの父がなにかわがままでも言っているのでは・・・?

という不安も。


とにかく、一人で病院に行かせるのは心配だなぁ・・・




その不安は的中する。




年末年始、子供達を連れて実家に帰省。


父は以前のような食欲はなく、

あんまり腹が減らない、と、

すぐに食事をやめてしまう。


肝臓の数値が悪かったと聞いていたので、お酒は控えるように言ったけど、

みんなが来たから今日くらいは飲みたい、とビールをグラスに1杯飲んでいた。


まぁ、あとから聞いたら、自分の部屋に戻ってからも飲んでいたみたいだけど・・・。


やめろ、と言っても

「だってー」

と、いつもの調子でごまかされた。


このとき、病院からもらった利尿剤を服用していた模様。


利尿剤・・・?



あんまり元気がないなぁと思いながらも、

まぁ、仕事にも行っているし、

本人が大丈夫だと言うから大丈夫なんだろうと。


年が明け、とにかくお酒は飲まないように、体が辛かったら病院に行くように、

とだけ言い残し、実家を後にした。



約2週間後、検査に行くと言っていた日(1/19)の夜、父に電話した。


おなかに水がたまるのは水の飲みすぎだ、と医者に怒られた、と。

どうやら一日に2~3リットル飲んでたって。


飲みすぎだ!


肝臓の数値やおなかの状態もとても良くなっていると病院で言われたぞ、

ととても元気な声で話していた。


そこでサラっと肝硬変と診断されていたことを聞いた。


でも、その元気な声ですっかり安心して、

その病気がどんなものなのか、深く考えていなかった。






父が肝硬変だとわかってからもうすぐ半年。


記録を兼ねて、ここに残しておこうと思います。



物心ついた頃から、

仕事から帰った後は毎日お酒を飲んでいた父。


夕食時にはすでに酔っ払った状態だったなぁ。


でも風邪もロクにひかず、

体だけは丈夫だったっけ。


まぁ、病院が嫌いってのもあったのかもしれないけどね。



そんな父が、昨年の12月、体調が悪いと自ら病院に行った。


その時点で、おなかはパンパンの妊婦さんみたいになっていた。

つまり、腹水がたまってたようで・・・


病院で検査した結果、肝臓の数値が悪い。γGTPが480!?


色々な検査をし、最後にガンの検査をしたようだけど、「問題ない」と父から聞いた。



離れて暮らしているため、

その言葉を鵜呑みにしてしまっていた。



検査はやるものの、おなかのふくらみはそのままで、

同居している祖父母と私の弟は一体なんなのかずっと心配していた。



とりあえず、病院からもらった薬をちゃんと飲んでいるみたいだから

大丈夫だろうと。

そう思い込んでいた。

ピグをはじめたので、


久しぶりにブログを更新!!!




えー





何?1年半ぶり?





はっはっはっwww







4歳のおねーちゃん、めーちゃんと、

そろそろ2歳の弟、ぽーちゃん。



最近ポニョがお気に入り。



え?いまさら?




まぁまぁ。





め「そうすけー!ハム食べようよ~!」



ぽ「もにょ!もにょ!(ポニョのことね)」




・・・。


どうみても、そうすけ、頼りねー・・・Σ(゚д゚;)





つーか、私的には、

NHKの「みいつけた!」のほうがすきなんだけどねー。



特に、最近はじまった「ぼくコッシー」っていう歌が好き~!



ノリノリでかわいい歌~。



ぽーは、なぜかその中の「アイアムコッシー」

だけは言うのよね。




そこかー。



そこなのかー。




ぽーは最近よくしゃべってかわいい。



「気をつけてね。」



などと声をかけると、




「うん。わかったぁよ。」



って。



もぉぉぉぉぉ!!!


かわいいо(ж>▽<)y ☆




たまらんのですよ。




2歳前の幼児がっ!!




んもう~ドキドキ



あ、オチが思いつかん。



まぁいいや。


じゃまたパー

すっかりサボりまくりで・・・




うちは上が女の子、下が男の子なわけですが、



男の子ってかわいいわ~ドキドキ


いや、そんだけw