
デュア・リパの「FUTURE NOSTALGIA」。レコードです。
このデュア・リパのアルバムなんですが、以前自分は生意気にも次のように書いていました。
Bebe | ヒマジンノ国 (ameblo.jp)
↑、「FUTURE NOSTALGIA」は、デュア・リパの2枚目のアルバムなんですが、ここで自分はかなり酷いことを書きています(-_-;)。恥ずかしい。
ビービー・レクサのアルバムを聴いてから、聴くアルバムがなくて、このディア・リパのアルバムを繰り返し聴いていたんですが(CD)、かなり良いと思うようになりました。スイマセン(-_-;)。
意見を変えます。これも良いアルバムだと思います。今さらなんですけど。

Dua Lipa - Levitating (Official Animated Music Video) - YouTube
↑、ということでリンクです。彼女は日本のアニメが好きで、日本人アーティストによる動画制作となりました。1980年代ぽいですね、ミンキーモモとかの感じでしょうか。

ディア・リパは宮崎アニメなんかも良く観ているようで、昔はインスタグラムに観ている様子なんかをアップしていましたが、今はもう削除されているようです。

ドイツ・グラモフォンによる、久石譲のアルバム、「A symphonic celebration」。
旧EMIの流れを汲む、クラシック音楽の老舗レーベル、ドイツ・グラモフォンが日本の作曲家久石譲と契約して作った、本格的な映画音楽のアルバムです。グラモフォンは少し前に、ジョン・ウィリアムズのアルバムも制作しています。
本来ならクラシック音楽の話題にすべきですが、色々今後書いていきたいこともあるので、試しに、ここに書いていきます。
これらの論題になるのは、まずジョン・マウチェリによる「20世紀の音楽を取り戻す」という著作によります。詳しい話はまた別にするつもりですが、今日のクラシック音楽の衰退を止めるために、如何にしたらよいかという問いになります。
興味のある方は1度この本を読んでみることをお薦めます。マウチェリは映画「TAR」の音楽アドバイザーを務めており、最近のドイツ・グラモフォンの方向性についてもアドバイスを与えているのではなかと想像されます。
TAR | ヒマジンノ国 (ameblo.jp)
↑、映画「TAR」を初見した時の感想です。「TAR」に対する意見も、自分は変えようかと考えています。なぜラストがああだったのか?その疑問の答えがこの本の中にあります。

↑、ジョン・マウチェリ著「20世紀の音楽を取り戻す」。松村哲也訳。
手前味噌でなんですが、他のSNSで自分は、簡単に本の内容をまとめたのですが、以下のようです。
<ジョン・マウチェリ20世紀のクラシック音楽を取り戻す、を読みました。1930年から既に1世紀近く、クラシック音楽の巨匠(作曲家)が現れていない理由を探ります。
世界戦争と冷戦によって、音楽は極度に政治化されました。ナチスはユダヤ人や新鋭の音楽を退廃芸術として追い出しました。ソヴィエト共産党は古典的な芸術観に囚われます。そして、ナチス亡き後西側は、ナチスやファッショに関係した音楽を全て追い出します。ヨーロッパではナチス前までの音楽は認めましたが、戦後はそういった旧態の雰囲気を残す音楽を全く認めなくなりました。前衛のブーレーズらの登場です。
ブーレーズは果たして巨匠なのでしょうか?レポンは優れた音楽なのでしょうか?彼らは昔の巨匠のように大衆に認められなくとも、学者として生きていけました。生活に困らない音楽家の登場です。そういう人が戦後、学者や批評家を率いて次々と旧態の音楽を批判していきます。そうなればもう、誰も育ちません。
ショスタコーヴィチに対するソヴィエト共産党の仕打ちは有名ですが、実は西側も同じことをさらに狡猾にやっていたのではないか?という疑念を抱かせる内容です。そして、それが多分現今、いわゆる巨匠がいない理由かと思います。
最近ドイツグラモフォンなどが変わったアルバムを制作していますが、何故なのか?その理由がここに書かれていると思います。新しい動きは始まっているように感じました。>
もうすでに1世紀、大衆を代表するような作曲家が生まれていないんです。こんなことが今まであったでしょうか?いくらなんでも長すぎるのでは?こうした現象の原因が、実は人材の枯渇によっていたのではなく、人為的な行いによって生まれた空白、であった可能性が指摘されています(洗脳の一種であった可能性があります)。
演奏家にしてみても、同時代の音楽がないことが、どれほど彼らの能力を生かし切れていないか、という疑問を持ってもおかしくありません。ベートーヴェンの演奏については、指揮者たちは未来永劫、フルトヴェングラーやトスカニーニと比べられるでしょう。
しかし、例えば、旧ソヴィエトの指揮者たち、ムラヴィンスキーやコンドラシンなどは、同時代にショスタコーヴィッチという天才作曲家がいたことの強み、これは紛れもないように思えます。彼らはどうしようもなく、自分たちが表現しなければならない心の声と、それを表現した作品を持っていました。
ところが、第2次世界大戦以降、西側諸国の私たちには同時代の肉声を伝える作曲家が全くいなくなってしまいました。
マウチェリはこの方向性に対して、新しく「クラシック音楽」というものを再考すべく各種の提案を行っています。その1つが映画音楽によるコンサートです(ここには大量のストックがあります)。ハンス・ジマーなども独自にコンサートを開催しています。
世界大戦によって、大量の音楽家の移動が起こり、ヨーロッパで高度な教育を受けた多くの音楽家が米国に渡り、クラシック音楽の語法をハリウッド式の映画音楽の中に落とし込んでいきました(ワーグナー風ランゲージが生き残った道)。他方、ヨーロッパは歴史の連続性を認めづらい状況となり、歴史そのものを失っていきます(過去のヨーロッパの歴史は悪と思わせられた、日本と同様です)。
従来から映画音楽はクラシック音楽よりも、下に見られる傾向があり、マウチェリ自身、自分が開催する映画音楽のコンサートに対して、クラシック音楽の指揮者から心無い言葉を受けたことを告白しています。
<しかしながら、ロサンゼルスで育った指揮者たちの場合、映画音楽で働いたことのある指揮者(アンドレ・プレヴィン)、自分の家庭がスタジオ・オーケストラで演奏していた指揮者(レナード・スラットキン)、さらに、ズービン・メータやローレンス・フォスター、マイケル・ティルソン・トーマスなどを見ても、自分の育った音楽を擁護しようという者はほとんど見当たらない(プレヴィンの場合、コルンゴルトだけは例外なようだが、4つのアカデミー賞を手にハリウッドを後にしたのち、映画音楽とかかわる気がなかったのは明らかだ)。1990年代にロサンゼルスで出た記事には、映画音楽を復元し演奏しようとする私の仕事について、「キャリアを棒に振る行為」と書かれていた。
古典名作音楽の音楽監督だったネーメ・ヤルヴィから、「今度戻ってきたら、次は本当の音楽を指揮しなくちゃね」と言われた。私がニューヨーク・フィルにデビューしたすぐあと、ニューヨークのレストランで出会った音楽監督のクルト・マズアはしばし考えてから「えーと、君は映画音楽の指揮者だったな」と声をかけてきた。>
当然映画音楽が、どの程度のものかはまだこれから議論があると思います。オペラやバレエの伴奏は映画音楽にも近いですが(「標題音楽」であるという事実)、しかしこれらの音楽は映画音楽に比べれば、より「音楽寄り」かもしれません。
映画音楽は「音楽」が主体になることがほとんどないからです。つまりかなりの程度まで、「映像」側に、あるいは「物語」側に、依存しているように思えます。
オペラやバレエ音楽が「音楽寄り」ということは、映画音楽に比べれば、「絶対音楽」に近いともいえるかもしれません。
となってくると「絶対音楽」とは何か?、という再定義が必要になってくると思わせます。また何を「クラシック音楽」と呼ぶのか?という、難しい定義付けの問題が出てきます。
何でも他業種の音楽を「クラシック音楽」と認めてよいのかは疑問でしょう。やはり音楽に「啓蒙的」、「教示的」要素はどうしても必要になってくる気がします。ストラヴィンスキーの「春の祭典」などは、音楽上の啓蒙があったということは論を待たないでしょう。
映画音楽だけではなく、ゲーム音楽なども最近は流行しており、日本ではドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどの音楽の、オーケストラ版による演奏会も、定期的に行われており、お客を集めています。ゲーム音楽の特異性もマウチェリは指摘しています。これらは、少なくとも「現代音楽」よりも人気があり、これらのオーケストラ作品は、はたして「クラシック音楽」なのかどうかという疑問が提出されます。
物事がすぐに、ショスタコーヴィチとムラヴィンスキーとの関係、のような、いかにも「クラシック音楽」的な感じになるとも思えませんが、最近のドイツ・グラモフォンの活動などから見ても、新しい「クラシック音楽」の道を切り開こうとする努力を見て取ることができます。
その中で日本の久石譲の作品が取り上げられたことは、非常に面白いと思います。元来、彼は音楽的にミニマリストですが、映画音楽を書くことによって、大変に感動的なものを作り上げることに成功したと思えます。
このアルバムは、米国のビルボードでも1位を獲得しており、これは確かに宮崎アニメの認知度のせいもあるのかもしれませんが、この売れ行きも異例でしょう。
これらの音楽を聴くには1度原作映画を観たほうが良いに決まっていますが、それでも確かな感動がこのアルバムにはあると思います。従来のヨーロッパ風の「クラシック音楽」とは違う何かですが、感動の質は決して低くないと思います。
[Highlight Medley] 히사이시 조 - 지브리 애니메이션 음악 │ Hisaishi Joe - A Symphonic Celebration (youtube.com)