大崎市にある理容室 床屋ダンキ経営:阿部万亀雄 -286ページ目

店舗開店まで⑤

とこやのネタ帳  ちょっと横道にそれますが・・・


 私は親に小さい頃から、『床屋は次がなくて言い』と言われてきました。しかし、そんな私は物心付いた頃からじいちゃんの店(現在は私の店舗)で髪を切っていました。当たり前か・・・

 私はじいちゃんの家から車で20分くらいの所に住んでおりましたので、当然車やバスなどで床屋に行っていたものです。カットサイクルは月イチ以上!!さらに、実家に誰もいないときはじいちゃんの店に預けられたこともあるので実際はもっと訪問(?)していたことになります。

 最寄のバス停まで小学校当時の歩く速さでも15分くらいはかかったと思いますが、歩いて行き、バスに乗り、じいちゃんの店に行きました。親と一緒に行くこともあれば、兄と行くこともありましたが、今の車社会を考えるととんでもない通い方だったなーと思います。幸いじいちゃんも店の近くにバス停があったのでその辺は助かりました。

 盆、正月の親戚が集まる時期はもちろん、エンドーチェーン(ローカル?)に行ったり、佐藤模型(えっ、もっとローカル!?)に行ったり、近所の八百屋さんに行き猫を見に行ったり(付いていけない??)


 えー、何を伝えたいかと言えば


『私が(たぶん)一番床屋に行ってたんだぞ!!』


です。恐らく親戚の中で、一番床屋エキスを吸っていたのが私だったのではないでしょうか?したがって私は自然の成り行きで床屋になりました、とさ・・・


 もちろん、理容師を目指すきっかけはありましたよ。その話はまたいつか。

店舗開店まで④

とこやのネタ帳 さて、不動産屋さんではどのような場所を提案したのでしょうか?
 
 『大きなショッピングセンターのある地域』

まさにそこです!!古川地域には現在イオン系列やヨーク系列のお店が5,6店舗ありますが、その中でも比較的新しい土地に立てられたショッピングセンターです。何という事でしょう!!これこそまさに『先見の目が無い』と言うものですね・・・今では新興住宅地になっていたり幹線道路が出来たりと古川の中心市街地以上の賑わいになっています。

 当然当時は回りは家がぽつぽつとあるだけで提案された土地の向かいが田んぼだったり、舗装されていなかったり・・・駅から遠くの土地でしたが、坪単価は比較的安く広さもまあまあ(広い?)だっただけにかなり迷いました。
『駐車場を3台くらいは確保して、取り合えす店舗と、あと余裕があったら住む所もあるといいよね。』

と言うようなイメージを膨らませてはいましたが、提案された場所は全て候補から外れました。繰り返しの話になりますが、当時はまだ『経営』の知識、経験が無く、はっきり言って怖かったです。当然莫大な費用がかかりますし、集客もしなければいけないし・・・その計算が出来なかったのです。(まぁ、今もできるかと言えば、当時よりは・・と言うくらいかもしれませんが。)

 結果、保守的な考えの私は無難な線を突き進みます。
 
 『そうだ、じいちゃんの家がいいよね』

 実は私の母方の祖父は今から約20年位前まで、古川で理容室を経営しておりました。区切りの年齢(確か77歳だったか)を最後に廃業をし、その後何年かは理容室として貸しておりましたが、借り手が廃業してからは空き店舗になっていました。それから10数年の月日を経て孫である私が同じ場所で理容室を経営しようとは誰も思わなかったでしょう・・・。
 

店舗開店まで③

とこやのネタ帳 店舗を実家の辺りで開店することになった私は早速場所決めに入ります。当初は素人的な考えのもと、経験上の知識はありましたが、今のような企業経営的な知識は皆無だったので、ほぼ『勘』です。もっとも、それは大切です。しかし、センスのある『勘』であれば結果オーライになりますが、そうでなければ・・・分かりますよね・・・大変です。

 今だったら、多少の費用を使ってでもリサーチ業者にお願いしたりとか、人が集まりそうな場所・・・そう、コンビニ跡地とか○○と△△が交わる所とか(←ナイショです)もっとたくさんの候補があったのですが、当然のように不動産屋に行き

『床屋やりたいんですけどどこかありますか?』

のような会話になるわけです。やはり不動産のプロですのでお客さんの要望(立地、広さ、金額など)に沿った場所を案内して行きます。3箇所くらいの候補地を紹介され、当時古川の町並みを理解していなかった私は

「ふーん、周りにあまり何も無いなー」とか

「区画整理したばっかりだからあまり家が建ってないなー」とか

今考えればはっきり行ってどうでもいいような事しか考えていませんでした。
当店オープンして4年が経ち、今当時案内された3箇所の場所を思い返すと、とんでもない好立地の場所であることに気づくのでした・・・