はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~ -24ページ目

はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

(1981年西武ファンブックより)

1日も早くプロのスピードに慣れることだ。
バッティングフォームがしっかりしているので将来が楽しみな選手のひとり。
練習で腕を磨き、実戦で自分の持つ力を出し切ることが先決

 

【1981年の国松慶輝】
西武在籍:1年目(19歳)、※新人=大商大堺高からドラフト外で入団、背番号65
一軍成績:公式戦出場なし

 

【イースタンリーグ成績】
打撃成績:8試合、11打数2安打、打率.182、0本塁打、1打点、0盗塁

 

【1981年当時の記事写真とコメント】

基礎を身につけ早く1軍で活躍してもらいたい国松

 

負けず嫌いな性格で練習に励む国松

 

将来が楽しみな選手。

大商大堺高校の3番打者として鳴らした選手。

素質があるだけに将来性十分だ。

★2019年5月19日に掲載したブログのアップデート版です★

 

(1981年西武ファンブックより)
貴重な左腕投手として登板数も増えそうだ。
パ・リーグの打者の特徴、クセなどもひと通りわかったので期待がもてる。
中学時代、駅伝で鍛えたバネを生かしたピッチングでバッタバッタと牛耳ってほしい。

 

【1981年の大川浩】
西武在籍:2年目(25歳)、背番号48
一軍成績:公式戦出場無し

 

【イースタンリーグ成績】
投手成績:7試合、0勝 1敗 0セーブ、投球イニング6回1/3、自責点5、防御率7.50、奪三振6
打撃成績:7試合、0打数0安打、打率.000、0本塁打、0打点、0盗塁

 

前年は、移籍1年目にして主に中継ぎとして25試合に登板したが、1981年は一軍での登板機会がなかった。

 

【1981年当時の記事写真トコメント】

紅白戦で力投する大川投手も貴重な左腕

 

「左対左」はもうすっかり定説になったが、左投手が有利である。

左の強打者が多いパ・リーグで永射に続く左腕として期待されている。

 

【1981年当時のプロ野球カード】

昭和56年度(1981年)タカラプロ野球カード

 

【関連記事】

西武ライオンズタイムマシーン(第360回):1980年 大川浩

★2020年4月8日に掲載したブログのアップデート版です★

 

西武ライオンズ カルビープロ野球チップスカード【通算190枚目】

カルビー1983年 No.91(表面)

 

カルビー1983年 No.91(裏面)

 

表面は、先日ご紹介したNo.41のカードと同じ写真が使用されています。

裏面のデザインは多少異なるものの「'83期待されるプロ野球選手!」版のコメントと全く同じです。

★2020年3月20日に掲載したブログのアップデート版です★

 

西武ライオンズ カルビープロ野球チップスカード【通算189枚目】

カルビー1983年 No.88(表面)

 

カルビー1983年 No.88(裏面)

 

表面は、先日ご紹介したNo.38のカードと同じ写真が使用されています。

裏面のデザインは多少異なるものの「'83期待されるプロ野球選手!」版のコメントと全く同じです。

★2020年3月10日(火)に掲載したブログのアップデート版です★

 

西武ライオンズ カルビープロ野球チップスカード【通算188枚目】

カルビー1983年 No.76(表面)

 

カルビー1983年 No.76(裏面)

 

表面は、先日ご紹介したNo.26のカードと同じ写真が使用されています。

裏面のデザインは多少異なるものの「'83期待されるプロ野球選手!」版のコメントと全く同じです。

(1981年西武ファンブックより)

ロードワークではライオンズでも1、2を争う走力の持ち主。
バネを利用してのノビのある速球は将来を期待されているひとり。
肉がつきくい体質だが、体もひと回り大きくなった。
あとはピッチングのコツを覚え度胸よく投げこむこと。

 

【1981年の黒原祐二】
西武在籍:3年目(21歳)、背番号33
一軍成績:公式戦出場無し

 

【イースタンリーグ成績】
投手成績:4試合、0勝 1敗 0セーブ、投球イニング8回、自責点7、防御率7.88、奪三振3
打撃成績:6試合、0打数0安打、打率.000、0本塁打、0打点、0盗塁

 

西武ライオンズタイムマシーン(第284回):1979年 黒原祐二

西武ライオンズタイムマシーン(第348回):1980年 黒原祐二