自分の地図
人生はひとつの旅。古今の賢人たちはみんなそんな風に語ってきた。誕生、成長、出会い、別れ……(中略)。人はみな、物語の英雄なのです。
□□□□□□□□□ 英雄の旅 キャロル・S・ピアソン著 □□□□□□□
旅人にとって大切なものは地図です。地図のない旅も憧れのひとつですが、生死がかかるような旅なら地図は手放せない。そして私たちの人生にも。
年の初めなのでおもいっきり恰好つけて言うと、私たちの人生の目的地は「志」となるのでは。そこへ向かって歩く旅。
歴史を研究する人が言っていました。「人生の地図を持て。そしてそれは【神話】にある」と。神話は物理的に離れた遠い国においても必ず共通性を持っているらしいのです。
今年の永業塾もいよいよスタートします。そこで、今年一年間歩むための自分の地図作りを今月はワークショップスタイルで行います。
どうです、「自分の地図」……なんだかワクワクしませんか。ご興味のある方はぜひ、全国8カ所で実施します今月の永業塾にご参加ください。初参加の方も今月は心底ご堪能いただけるはずです。
□□□□□ 永業塾 1月開催日程 □□□□□
9日(金)19時00分~ 福岡ステージ(天神)
10日(土)14時30分~ 宮崎ステージ(宮崎)
11日(日)13時30分~ 東京ステージ(八重洲)
16日(金)19時00分~ 北海道ステージ(札幌)
17日(土)15時00分~ 関西ステージ(伊丹)
19日(月)19時00分~ 福島ステージ(郡山)
24日(土)14時30分~ 名古屋ステージ(名古屋)
25日(日)16時00分~ 熊本ステージ(熊本)
参加費/5千円参加申し込み・お問合せ先
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そして今年の永業塾は「営業形」を追及していきます。
日本には柔道形、剣道形、華道、茶道などのように「形(かた)」があり、それは究極の「美」です。日本人として美しい営業のかたち、営業形(えいぎょうかた)しいては永業形へと進化させたいものです。
中村信仁
星になった君
「ねえ夢で君にもらった髪飾りがどこにも見当たらないんだ。そう確かにこの手につかんだ白い花を失くしてしまったんだ」 みのや雅彦 作詞・曲 星になった君 (アルバム「最高の一日」より)
なんて切なくてなんて優しい詞なんだろうと思う。夢でもらった髪飾りを目覚めてから探すんだ。だけどどこにもない。あるはずがない。夢の中の出来事なのだから。だけど探している自分がいる。その探し方も大袈裟ではなく、半分だけ覚醒した意識の中で布団にくるまれながら、どこを見るともなく……ただ頭の中で「あそこに仕舞ったのかも……いや、あっちだったろうか……」という風に真剣に、そして本気に探している。半分は夢の出来事だと分かっている。でも半分は本当にもらったんだ、確かに受け取ったんだ、と信じている。
みのや雅彦 ……シンガーソングライター
昭和56年11月1日 CBSソニー「白い嵐」でデビュー
みのやさんは歌人だが、僕には詩人に思えてしまう。誰にでもある心の音を言葉にしてしまう。感じかた、観かた、魅せかた、の中で誰もが感じることを見事に魅せるのがみのや雅彦であり、そして僕はみのやさんが作る歌を聴くことで気がつかなかった角度で人生を観ることができる。
誰もが経験したはずだ。夢の中の出来事を目覚めた後に、儚い想いの中で必死に手繰ったことを。
皆さまは、どんな初夢をご覧になりましたか。私は……。
中村信仁
平成27年の理念
今年同級生のほとんどが五十歳になる。早生まれの自分はやっと四十九歳。十八歳から営業の世界に入り、いつも「人様より老けてみせるには」と毎日考えて生きてきた。しかし最近になって、逆に若くみせようと無意識に努力している。
営業人生三十年の中で、老けてみせる努力をしてきた反動だろう。今までと価値観が真逆に働き出している。真逆といえば、やる気の源だった心の根底に眠る「怒り」も真逆になりだしている。
腹の立つこと、理不尽なこと、馬鹿にされたこと、侮辱や蔑み、不公平に差別など、様々な仕打ちに対して「絶対に許すものか」という怒りが、いつも自分を奮い立たせていた。しかし、最近になって、自分がされたことより、自分がしてきたとを顧みるようになった。
そして思う。
いや願う。
自分が人にしてきたありとあらゆるわがままな行為、振る舞い、悪行、失礼の数々。それらを、できることなら「許して欲しい」と。
もしも許されないままその人が人生を終えてしまったなら、それはどれほど辛いことだろう。
新しい年を迎えた今年の理念……。
それは「許す」ことに決めた。
自分が許されたいように、自分も人を許そうと。
昨年の暮れ、大好きな、みのや雅彦さんが京都で行ったライブ。そこに名古屋から三人の友がかけつけた。
ラストのMCで、みのや雅彦 さんはこう言ったらしい。
「人は、許してやれ。時には、許せない事もあるだろう。それでも、できるだけ許そう、そして、大きな心で生きてゆこう」
なんか、みのやさんらしい優しさを言葉で包んでいる。ふつうは心が言葉を包むものなのに、みのやさんは言葉が心を包む。今年は、許して欲しいと願う自分の数倍、人を許せる自分になろう。
大晦日の夜、紅白を見ながら食べようと思っていた大好きな黒豆煎餅を勝手に食べた娘……を、まず許すことから今年は始めよう。
中村信仁
卒業時のある先生のことば
中学を卒業する時のこと……
卒業生全員に1枚のプリントが配られました。それはすべての先生たちから卒業生へ向けたメッセージを集めたプリントでした。
その中に、下級生の学年を受け持つ先生からのメッセージに「人の価値は過去に何をしてきたかではない。今現在、何に向かって歩いているかだ」とありました。
何十人もの先生たちから……、そして何十個というメッセージの数。しかし、この一文だけが、妙に自分の心に響きました。
その後高校生になり、このメッセージの意味を「大人になり、例え成功したとしても、そこに奢ることなく、新たな目標を掲げ常に挑戦すること」くらいに考えていました。
そして社会人になりこの言葉の真の重さに助けられるのです。
「過去に何をしてきたかではない」ということばの意味は、過去にどれほど成功しようとも……という戒(いまし)めではなく、「何度失敗しても」という励ましのことばであったことに。
何度となく挫折し、何度となくしくじり、何度となく打ちひしがれるたびに、自分を救ってくれたのが、この言葉。
「人の価値は過去に何をしてきたかではない。今現在、何に向かって歩いているかだ」
中村信仁
嘘をつくことはいけないことなのか。
飢餓で苦しんでいたある村でのはなし。
働き者の父親、一所懸命働くが作物が採れない。とうとう、子供に食べさせるものが何もなくなってしまいました。大切な子供が餓え死にしてしまう。
隣の家の庭に柿の木があり実がなっていました。柿を子供に食べさせたい。飢えをしのぎたい。父親はその柿を盗み、子供に食べさせたのです。ただ、親が柿を盗むのを、その子は見ていました。
柿を盗まれた隣人は怒って警察へ訴えます。
「お前は柿を盗んだな」
「いいえ盗んでなどいません」
子どもに訊く
「父親は柿を盗み、おまえはその柿を食べたな」
子どもはすべてを知っていましたが、
「私の父はそんなことはしません。それに私たちも柿など食べていません」
そうきっぱり言いました。
さて、どう思いますか。この子供は嘘つきなのでしょうか。これは世界観によって意見が分かれるかもしれません。様々な考えや答え、感想があるはずです。深い哲学の問題かもしれません。
このことに関して孔子はこう言いました。
「お父さんは盗っていません」と父親をかばった子供が、人として正しく正直なのです。
「かばう」という行為は神さまが人間に与えたキレイな心。一方、法律は権力者が世の中を治めやすくするために作ったもの。
法律に従うより、天が生まれながらに人間に与えたキレイな心、つまり良心に従うことが本当の正直者だと孔子はいっている。
※もちろん悪さにも限度がある(人を傷つけたり、殺したりなど)。限度を超えた場合の話は別です。
「悪とは人としての良心に背くこと」人が道を踏み外しそうになった時、何を軸に判断すべきかを訓えている言葉に思えます。
※参考文献/みやざき中央新聞 2014年6月2日号 元検事 田中森一(もりかず)氏より
皆様、いかがです。
こんな素敵なお話が満載の「みやざき中央新聞 」試読してみませんか。4回無料で届きますよ。ぜひ、お勧めします。
中村信仁
人を愛しなさい
マザーテレサの言葉に「人を愛しなさい」とある。
マザーテレサは貧しい人のために働き続け、その生涯を愛に捧げたことで知られる修道女、教育者、平和運動家。
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい 。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい 。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。蹴り返されるかも知れません。でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。
あなたが善を行なうと、利己的な目的で それをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行ないなさい。
人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。
そして、愛の反対は無関心 ということばも残している。
中村信仁
道に迷うことこそ道を知ることだ
アフリカのことわざに「道に迷うことこそ道を知ることだ」とありますが、広い、広い、大平原を生きる者たちの知恵なのでしょう。
このことば……
自らの体験に照らしてみると、誰しも思い当たる節がある。
そして、北方謙三氏の小説には「踏み外した処にも、また道はある」とよく出てくる。
これが正しい道だと信じることよりも、今歩いているその道を信じる勇気。
日本では「道」のつく習い事が多くある。そしてそんな「道」の習い事をしてきた子供は軸が育っている。書道、華道、茶道、武道……。
みち【道】①人や車などが往来するための所。
④人が考えたり行ったりする事柄の条理。道理。
⑦てだて、手法。手段。
広辞苑第四版より
道に別のことばを入れ替えると……違う角度で見えてくるものがある。
「道理」に迷うことこそ「道理」を知ることだ
「てだて」に迷うことこそ「てだて」を知ることだ
「人生」に迷うことこそ「人生」を知ることだ
「恋」に迷うことこそ「恋」を知ることだ
迷ってもいんだ、そう思えた瞬間です。
中村信仁
ジョン・ロブ
曇った靴は曇ったメガネよりも恥ずかしい。
くたびれた靴というやつは、くたびれた人生しか歩かない……のだそうだ。
英国の伝統的な靴メーカーにジョン・ロブがある。
Wiki pedia によると「ジョン・ロブはイギリスの靴の製造、小売を行う企業であり、同社のブランドである。ロンドンの本店のほか、パリに支店を持つ。エルメスと資本提携をおこなっている。英国王室御用達のブランドのひとつ。主に男性用の革靴を扱うが、女性用の靴も取り扱う」そうだ。
一足20万円前後の靴。もちろん北海道には売っているお店はない。東京か大阪だ。
もし仮に、旅の途中で靴を買う場合、履いていた靴はどうすべきか……、と頭をよぎる。ボロボロの靴を履いて行って、購入後履き替えるべきか。それにしても、20万円前後の靴のショップにボロボロの靴を履いて入るのも考えものだ。
その昔、矢沢永吉は、サンダルを履いてフェラーリに乗り、歩いて行ける近所のタバコ屋にハイライトを買いに行くのが夢だったと書いていた。
ならば、私も、すぐにでも捨てられるビニールサンダルを履いて飛行機に乗り、東京の街を闊歩してジョン・ロブを買いにでも行ってみようか……、無理だ、そんな勇気は湧いてこない……。いや、その前に、20万円もする靴を買ったものなら、我が家のチーム女子(妻と娘3人)からどのような虐待をうけることか……。ん? いや、もっと前に、そんな大金……ヘソクリすらない自分を自覚しなくては。
中村信仁
