営業の魔法 中村信仁と永業塾の仲間たち -49ページ目

ラジオな頃

山野楽器提供のえみこのながいつき合い…、谷村新司の青春キャンパス、城達也のジェットストリーム、松山千春のアタックヤング、中島みゆきのオールナイトニッポン……。


中学生だった僕にとって、ラジオは大人の世界を魅せてくれる魔法の道具だった。なぜ、あの頃はラジオがあんなに楽しかったのか。なぜ、あんなにも面白かったのか。


そして、高校二年生になった春(1983年4月9日)、3時間の生番組、日高晤郎ショーが始まった。毎週、毎週、聴いていた。


いつからラジオがつまらなくなったのか。
いつから若い子たちがラジオに憧れなくなったのか。

僕らにとってラジオはスターだった。

昭和の時代はラジオなしでは語れない。


聴いていたラジオ。

今は語る側にいるラジオ。

7月からは……、晤郎さんに訓えられた「覚悟」を表現しなければ。


月曜日、火曜日 朝5時30分~9時00分

中村信仁オハヨー ! ほかいどう

http://www.stv.ne.jp/radio/ohayo/index.html




中村信仁

高齢化社会とマニュアル社会

全国展開しているあるFC店でのこと……。


一人でやって来たお年寄りのお客様に
マニュアル・トークのままの接客をする店員さん。
その姿に強い違和感を感じました。


店員さんの言葉に対して何度も聞き返すお年寄りのお客様。
それに対して口調を変えず早口で接客を繰り返す店員さん。
仕舞にはマニュアル通りに新商品まで勧める店員さん。


その都度、何度も何度も聞き返しながら、

必死に店員さんの言葉を聞き取ろうとしている。



「お願いだからマニュアルを置いて下さい」

そういいたかった。


心の中で……

ゆっくり言ってあげて……

大きな声で言ってあげて……

優しく、丁寧に、語りかけてあげて……


だけど勇気のない私は

悲しげに眺めているだけだった。




中村信仁

そっと明日へ、背中を押す。

ふと……、本当に、ふと思ったんです。

自分の吐き出す言葉で、

誰かの背中をそっと押しているのかなって。

自分が無責任に吐き出している数々の言葉。

それで救われたといわれた時、

本当にすまないと思うんです。


なぜなら、

その時、その言葉を、

僕は無意識で吐き、

きっと、

その方をイメージなどしていないわけです。
ましてお会いしたことのない方が
圧倒的に多いんです


そう考えると、

無責任に言葉を吐いていても

その言葉への責任は持とう、

そう思うようになりました。


そう決めてからは、

「あなたの言葉で救われました」

そう云われるたびに、
辛かった心に、

ふっ、と落ち着きが戻ったんです。


僕の言葉で、

誰かの背中を、

そっと明日へ押し出せたなら

今は無上の喜びです。



中村信仁



そろそろ論語を本気で…

漢国の人「孔子」(孔子は中国人ではない)とその弟子たちの言行録を【論語】といいますが、そもそも、先人たちは論語をどのように活用していたのか。


論語は人間力の手本とされていたようです。
「人はどう生きるべきか」
「どのように振舞うことが人として恰好よいか」
この時の基本的な教科書として活用されたのが、この古典「論語」だったそうです。


恰好よく振舞えないひとつの大きな理由に(欲望)があります。この絶大な慾によって、いい大人がなりふり構わず醜態をさらし暴走することがあります……。


東電の放射能漏洩偽装
リーマンショック
アネハ(構造計算偽造)疑惑
賞味期限偽装
牛肉偽装…etc.


このような慾に打ち勝ち、実業の世界を正しく生き抜こうと唱えた一人に渋沢栄一 がいました。


そして、その著書の一冊に「論語と算盤 」があり、まさに利益至上主義ではなく、日本的商売人、つまり商人とはかく在るべきかと導いたのがこの論語と算盤なのです。


それを引き継ぎ(勝手にですが)、現代においての「実践する論語」を書き上げようと思っています。まだ出版社など具体的に決まっていませんが、必ずや篤い本にすることをお約束します。




中村信仁

想像力と暗記力

日本のこころの教育という本を書いた、境野勝悟先生がこんなことを云っていました。


「想像力と記憶力は十の領域しかないんだ」


つまり…

想像力 10 : 記憶力 0

想像力  9 : 記憶力 1

想像力  8 : 記憶力 2

想像力  7 : 記憶力 3

        ↓

想像力  0 : 記憶力 10


脳はこのようになっているので発明家などという人は得てして学校の成績は悪いものだそうだ。そして、世の中で必要な力は暗記力より、圧倒的に想像力。


実社会では覚えていなくても(暗記していなくても)、見ればわかる。調べればわかる。しかし、想像力はそうはいかない。


学校の勉強が良かった者が社会で挫折している要因がここにあると。なるほど…、鬱に悩むものは皆、頭の良い子。

私のように学校の成績など「どこ吹く風よ」と生きていた悪ガキはたくましいものかもしれない…。



中村信仁

歴史は親である。

生くる

執行草舟(しぎょう そうしゅう)著

講談社 2,415円
営業の魔法 中村信仁と永業塾の仲間たち-生くる


この本のあとがきに「歴史は親である」として、こう書かれている。

私は自分が考え、体験し、自らの確信となった事柄だけを書いてきた。~中略~私が信じ、その信のためには、死しても辞さずという確信を得たものだけを書いてきたのだ。

この死しても辞さず、ということばを同じものかきとして自分は宣言できるだろうか、と考えた。


そして、歴史が生ききろうとする人々の願いによって積み上げられてこなければ、自分など虫けらほどの価値もない。つまり私たちは歴史から生まれ、歴史に死ぬ。~中略~


我々現代人が信じている西洋科学思想は、いま我々に絶滅の危機をもたらしている。(中略)現代人の行き過ぎた科学礼讃こそ、非科学的な迷信の産物である。こんな危険な時代は、かつてなかった。(中略)もっと、人間が本来もつ英知に戻ることを期待して息(や)まぬ。


430頁以上の分量。読み応えのある一冊ですが、実は読み終えた後にもう一度、もう一度、と読み返してしまう一冊です。昔、二宮金次郎が「大学」を暗唱できるまで読み、その中から行政改革を方法を取り入れたように、この本は「日本人」として在るべき姿を鏡の如く映し出してくれる一冊です。



中村信仁


コツコツと。

2008年5月15日にスタートした永業塾が6年目に突入しました。早いものです。


5年間全国で開催し続けてこられたのは、各ステージごとにボランティアで運営を手伝って下さる仲間の皆様と、毎回時間とお金を投資して集まって下さる塾生の皆様のおかげです。


体力の続く限り、皆様に求められる限り、続けられたなら幸せです。



中村信仁


えび天

30年前、札幌菊水に「ふぉーく村」というライブハウスがありました。高校2年生の私が、シンガーソングライターを夢見て唄っていた店です。


そこに、ともこさんという年上の女性がお客様として、よく来て下さっていました。ともこさんは札幌すすきのにある飲食店の跡取り娘。食べ盛りの私はいつもお腹を空かせていたのですが、親のお店に私を連れて行って、ご飯を食べさせてもらったものです。


先日、ふと…。

本当に、ふと、昔のことを思い出しました。

ともこさんに恩返しをしたいな、そんなことを思い、30年ぶりにお店へ行ってみました。カウンターで天婦羅を揚げている板前さんに「こちらに、○〇ともこさんはいらっしゃいますか」と尋ねましたところ、「病で亡くなりました」と。


その板前さんは、ともこさんのご主人でした。

二年前、60歳になる年にお亡くなりになったとのこと。


昔、お世話になったまま…不義理をしている人はいませんか。
私は、不義理ばかりの人生のようです。




中村信仁

憧れへのフライト

鮮明に憶えている。

十八歳の自分が空の彼方へ飛び立ち、初めて立つ異国の地に目を見張った瞬間を。


あれから三十年が過ぎようとしている。

ポケットに入りきらない好奇心に翻弄されていた青年も、気がつけば常に一歩下がって様子をうかがう中年になっていた。


四月が終わり、四か月間のフライトを数えてみると五十六回。残り八か月間のフライト予定は丁度八十回。併せると百三十六フライトだ。


あの頃は、憧れの飛行機だった……そう、少年の頃。

空高く飛び去る飛行機を、小学校のグランドに立ち、見えなくなるまで目で追いかけていた……。

父も母も生きていた。

自分は小さな胸に大きな夢を抱いていた。

大人になったら、今の想いはすべて叶うもの、と何の疑いもなく信じていた。


でも、何度も何度も挫折を経験し、何度も何度も地べたに這いつくばり、何度も何度も打ちのめされるたび、人の優しさに助けられ、夢を捨てれば楽になれるのに……とあきらめかける自分が夜中に何度も首をもたげた。


だけど、歩いていればいつの間にか人は強くなる。いや、強くなった。
もう挫折など寄り付きもしない。

簡単に転ばない歩き方も身に着いた。

殴られる前に、そのような人間を寄せ付けない術を知った。


そして少年の頃に見た夢が、今頃になって足元に転がってくる。




中村信仁

朝稽古(日高塾~日高晤郎さん)

人物語勇気の言葉今朝の一冊……。


この三つのコーナーは自分で局に持ち込みました。
新人が企画を持ち込む…という無謀なことが許された奇跡。


人物語は「北の出会い」
勇気の言葉は「言葉のビタミン」
今朝の一冊は「私の本棚」


すべて、STVラジオの冠番組でもあり日本一の聴収率「ウィークエンドバラエティー日高晤郎ショー」 のコーナーを真似ました。


「月曜日はタクシーで移動しているから、中村君の番組聴いたよ。思ってたよりいいじゃないか。今のままやり抜きなさい」


「えー、あー、とか、あのー、とか云わないのがいい。なにが不愉快かって、この音くらい無駄な音はない」


晤郎さんから沢山のアドバイスをいただきました。
朝稽古でのことです。
コーナーを真似たことを報告すると、


「真似るはまねぶ(学ぶ)なんだから、徹底的に真似なさい。それでいいんだ。誰かが何か言ってきたら、目指しているのがそこにありますから、と堂々と云えばいい。中途半端が一番いけない。そのままやり抜きなさい。だけど人物語の語り……、まだまだ下手だねぇ」


目指す背中が目の前にある幸せ。
日本一の話芸人が師匠でいて下さる幸せ。
歩くべき道を示していただける幸せ。
間違いを正していただける幸せ。
叱ってもらえる幸せ。
鍛錬の仕方を見せていただける幸せ。
そして、

なにより、

ただそこに居てくださることが心の支えとなります。



中村信仁




毎週月曜日、火曜日 5:30~9:00

中村信仁のオハヨー! ほっかいどう

STVラジオ
ぜひお聴き下さい。そして応援してください。

メール ohayo@stv.jp