営業の魔法 中村信仁と永業塾の仲間たち -46ページ目

距離とスピード

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二年以上福岡は博多へ通っています。
福島にも毎月通うこと二年…。
大阪も二年が過ぎました。

全国を旅するようになって気づいたことは、遠い町、近い町、という感覚が距離ではなく移動時間に影響を受ける自分に変わっていることです。

福岡までは二時間ちょっとのフライトで、距離にして約1,500Kmです。

例えば同じ北海道の北見という町は札幌から車で約4時間。距離にして300Kmなんです。

距離は1/5なのに北見を遠く感じるんです。それは本当の距離ではなく移動時間が長いから。とても不思議なことです。

そしてもうひとつ不思議なことがあります。それは移動速度が経過する時間の速さに正比例するということなんです。

スピードが速ければ、過ぎ去る時間も早く感じる。つまり、飛行機という人類最速の乗り物で移動すると、一時間を一時間と感じないのです。一時間が20分~30分程度にしか感じない。ですから福岡までの二時間なんて、実際にはアッという間なのです。

一時間歩くことを考えてみて下さい。もしくは本当に歩いてみて下さい。なんと長いことか!

でも新幹線に乗っている一時間は、歩いている時の10分程度です。


中村信仁

矛盾があたりまえなのかも

働かなくても食べていけるようになりたい……。
遊んで暮らせるようになりたい……。

好きなことを好きなだけできる人生を手に入れたい……。

昔、私の父や母は「楽になりたい」と口癖のようにつぶやいていた。


今、一部の若者がそれを手に入れた。

まさに夢のような暮らしぶりを謳歌している。

朝から晩まで安全で楽な部屋の中で暮らし、三食三度の食事を親が部屋に届け、起きていたいだけ起きていて、寝ていたいだけ眠る。一切働くことをせずとも衣食住に事欠くことのない暮らしができる。


一生懸命働く人たちが夢にまで見た豊かな暮らし。

それが、寝たいだけ寝て、食べたいだけ食べて、飲みたいだけ呑める生活だった。汗水流して、そんな暮らしを思い描いていた。そして、この国は、そんな暮らしをのぞめば簡単に手に入れられるようになった。生活保護費でパチンコ三昧の生活すらできる。


どう考えたって、何かが違う。

違いを論理的に説明できないが、

間違いなく違っている。

ただ、こういう矛盾が真実なのかもしれない。




中村信仁

なかむらしん゛





雨の思い出

大人になった今も日曜日の雨を見るとホッとする自分がいる。



小学生の頃から日曜日に雨が降ると安心できた。友達が遊園地や観光地に出かけられないので、月曜日に自慢話を聞かないですむ。


わが家では家族そろって出掛けるという習慣がなかった。多分、そういう余裕がなかったのだろう。だから晴れた日曜日の翌日は大嫌いだった。学校で自慢話が花咲く輪の中にいるのが嫌で、休み時間は鉄棒にぶら下がっていることが多かった。


あの頃は窓辺で雨を眺めながら、その雨が激しければ激しいほどホッとする自分の心を見つめるいじけた子供だった。



今日……、伊丹の喫茶店でガラス越しの雨を見つめている。
行き交う人々のパンツは、アスファルトから跳ね返す雨のしずくで膝下までずぶ濡れになっている。

とても激しい雨。

傘はその役目を放棄している。

今日、飛行機は飛ぶのだろうか。

今日中に帰らなければならない事情がある。

そして、今日中に帰りたい場所もある。

そこには子供たちがいる。


ほとんどの週末は仕事で全国を飛び回っている。

今では子供たちも大きくなってしまったが、もしかすると自分が子供だった頃のように、どこにも連れ歩いてくれない父親を心の隅で恨んでいるのかも……。


育てられたようにしか育てられないというが、父親の子育てと同じ道を、いつのまにか自分も歩んでいるようだ。




中村信仁

なかむらしんじ

沈黙は金、口は厄

昔の人はよく云ったものです。
「口は厄の元」と。
現代では「ネットは厄の元」なんてところでしょうか。

ネット文書というものは、その人の口癖がそのまま文書になりますから、その人の話し方やその人の癖を知らない人が読むと、普通に誤解してしまう内容が多いようです。

まあ、メールでもトラブルは絶えないようなので、誤解というよりは、お互いの文書力と読解力の程度による問題なのかもしれませんが…。

なんにしても、昔は口が厄を呼び、現代はネットが厄を運ぶようです。

あの人がこんなことを言っているとか言っていないとか…。FB、blog、Twitter、LINE、などなど。

デジタルな世の中、世間は広いのに、視野は狭くなってしまいました。



中村信仁
なかむら しんじ


書き間違い、読み間違い

私の名前は信仁と書いて(しんじ)と読みます。

仁は一般的に(じん)と読むので、よく信二と人偏を忘れられることが多いのです。

先日、東京での永業塾に初めてきてくれた素敵な男性の I さんが手紙を下さいました。その後にすぐ、メールと再びの手紙を。

実は一通目の手紙での宛名が「信二」となっていたことに本人が気づき、そのお詫びのメールと手紙を下さったのです。

普段、素敵な営業人なのでしょうね。
普段の営業活動が目に浮かびます。

間違いは誰にでもあって、私なんか、しょっちゅう、呼び間違い、書き間違い、読み間違い、の連続です。


大切なことは、間違われたからといって気分を害すことなくニコッてできるかどうか。 I さん、ぜんぜん気にしていません。ポジポジでいきましょうね。永業塾で待ってますよー。


間違えた時に、強い口調で訂正を求める人がいます。逆にそういう方とは親密なお付き合いができないなと思うことがよくあります。


誰にでもある間違い !! 
いつでも笑って許し合いたいものです。




中村信仁

なかむら しんじ



インテリと恋愛

【 映画 】

第10作「寅次郎夢枕」で彼女にフラれた青年を寅さんが慰める場面がある。


寅さん「お前、二枚目だしさ、背高いんだし、家だって金持ちなんだろう。女なんて他にいくらでも見つかるよ」

青年 「そういう言い方、ぼく、抵抗感じるなあ」

寅さん「抵抗? ああ、お前、さしずめインテリだな。あっ、それじゃあ余計、女にもてないよ。あきらめな」

※参考文献/寅さんに学ぶ日本人の生き方 志村史夫著 扶桑社


慰めてるのかへこませてるのか……。

でも、このセリフの中に出てくる「さしずめ」がいい。結局、とか、要は、とか、さしあたり……などの意ですが、「さしずめ」という表現が寅さんっぽくてステキです。


さしずめ、の後にインテリと続くのですが、インテリを印象付けるのに、この「さしずめ」がじつにイイと思いませんか。


晤郎さんもよく「ことのついでに」という言葉を使いますが、こう、自分の云いまわしっていうのを確立したいものです。

※晤郎さん/日高晤郎





中村信仁

なかむらしんじ

矜持

今朝、お師匠さんに言われた。


中村信仁の矜持はなんだい? これだけはゆずらないよ、というものを持たなきゃだめだよ。そうじゃなきゃ、お客様は離れていく。なぜなら、覚悟の足りない甘ちゃんに聞こえるから。


言葉……、文書……、ここは妥協しちゃいけない。これが自分の矜持なのかな、そう思いました。

師匠っていいですね。本当に。


中村信仁

(なかむらしんじ)


半沢直樹

堺雅人主演のドラマ半沢直樹の視聴率29%だったらしい。

実は唯一私も観ているTVドラマ。


確かに面白い。


FBなら「イイネ~」をクリックしたい。


ここ数年、子供向け人気タレントを使うドラマに飽きていただけに大人な感じ !?


だけど、みながらいつも思うことがあります。


「営業の魔法」や「勇気の言葉」(拙著ですみません…)がドラマにならないかな…って。





中村信仁

生き方名人

池内 紀 著 「生き方名人~たのしい読書術」 

集英社 1,785円


驚く偉人伝とでもいえばいいのでしょうか…。

ある意味、有名で、ある意味、とんでもない偉人達。

その人々が実際にはとても人間臭く、欠陥だらけだったことを著者の広い人脈と交際の中で優しく包み込むように紹介している本です。


こんなにたくさん「ヘンな人」がいることがわかって、とても面白かった、と川上弘美さんは帯に書いています。


借金、呑み助、病気、びんぼう、メランコリー、異才、天才、人気作家の作品をひもとき、生きかた名人を探す文書の旅…。いやぁ、素敵な夏休みになりました。




なかむらしんじ


おじさん図鑑

飛鳥圭介さんが書いた「おじさん図鑑」

のべる出版から出ていますが、そもそも、この本を買ったきっかけは新聞のエッセイ(コラム?)なんです。


毎週一回だけ掲載されている飛鳥圭介さんのエッセイが、毎回妙に琴線に触れ、調べてみると本になるということを知り、出版を待って購入した次第です。


いやぁ、面白い。

どんな本かという説明を著者の言葉を借りて掲載いたします。


私は、酒場で酔うとよくこんなことを口にする。

「もしも、だよ、もしも仮に、ここに高島礼子がいたとする。彼女が酔って、あの艶麗な目で私を見つめて、『ネェ、わたし、こんばん帰りたくないの、あなたと一緒にいたいの……』なんて言ったとしようぜ。おれは、もう現在の生活を捨てるね。~中略~ 高島礼子がだぜ……。もうおれ、どうなってもいいもん!もう死んじゃうよ!」

「もしも」も「仮に」も金輪際あり得ないことを、もちろん周囲も誰もが百も千も承知している。しかし、その場にいるおじさん全員が、何の抵抗もなく、この「もしも」のリアリティを一瞬、共有するのだった。高島礼子のような「いい女」が、向こうからおじさんに愛を告白するという、あり得ないことが起こったら、どんなに素敵なことだろうと、おじさんたちの目が一斉に輝くのだ。声をそろえて「もう死んじゃうよ」と言いたくなるのだ。

こんなおじさんの妄想、夢、希望、失望、怒りなどを織り混ぜて、現実の生活の中での喜怒哀楽を「おじさん図鑑」と題して書きました。


もし、おじさんに共感したい方、またはおじさんという生き物は何を考え、どう行動したいのかを知りたい方、研究したい方……一読の価値あります。


また、ただ、何も考えず、ふっと笑いたい時の素敵な一冊ですよ。



中村信仁