
とっても面白い。
訳者による説明を引用すれば、
「過去から現在までの著名な
作家、芸術家、音楽家、思想家、学者など
一六一人をとりあげて、
それぞれ仕事、食事、睡眠、趣味、人づきあいなどに
どう時間を割り振っていたかを紹介したのが本書」
ということになる。
特に自由業の人々にとっては
興味深い読み物としてだけでなく、
すぐに役立つ実用書にもなるだろう。
なのでオススメの読み方としては、
手の届くところに紙とペンを用意し、
「天才たちの日課」を読みながら、
自分の日課を考えるのが面白いと思う。
そして自分もその「天才たち」の
一人になったつもりで読むのである(笑)。
彼らの日課はまさに百人百様なので、
自分に合いそうなタイプをピックアップして、
それをベースに「自分の日課」に
アレンジしてみるのもいいだろう。
しかしこれを読んで思ったのは、
「みんな思ったほど
長い時間仕事をしているわけではない」
ということだ。
いや、そう書くとちょっと
語弊があるかもしれない。
僕らのような凡人からすると、
「偉大な成果を残した偉人たちは、
さぞ仕事漬けの1日を送っていたのだろう」
と思いがちである。
ところが彼らの日課を見てみると、
「1日中仕事をしている」
というケースはほとんどないのである。
むしろ1日の中にしっかりと
自分の「お楽しみタイム」のようなものを
確保している場合が多いように見える。
そうすることによって、
彼らは仕事を「やり続ける」
ことができたのかもしれない。
面白い点を挙げるとキリがないのだが、
この本の醍醐味をひとつ挙げるとすれは、
「著名な天才」の一般的なイメージと、
実際の生活のギャップだろう。
例えばあの天才作曲家・シューベルトについて、
彼の友人の一人はこう語っているという。
「彼は作曲においては
並はずれて勤勉で創造性にあふれていたが、
それ以外の仕事と名のつくものに関しては、
まったくの役立たずだった」
そのせいかシューベルトは
ピアノの個人教授のような仕事を避けていて、
「しょっちゅう友人に経済的な援助を
頼まなければならなかった」そうだ。
あの音楽室に飾られている大作曲家が、
急激に身近に感じられるではないか(笑)。
そしてこの本を読んで
かなりイメージが変わった人に、デカルトがいる。
デカルトと言えば「近代思想の父」であり、
あらゆるものを「分けて考える」という
科学的発想の原点のような人である。
彼が偉大な大哲学者であることは疑う余地がないが、
実際には世の中のものごとはあまねくつながっていて、
それを分けるのは「人間のアタマの中」にすぎない。
それを現実社会に反映させようとした「負の結果」が、
世界規模に及ぶ環境破壊などの形をとって、
いまや人間社会を破滅に追い込もうとしている。
その意味で僕はデカルトに
いい印象を持っていなかったのだが、
この本を読んで、
彼のことがちょっと好きになった。
まず、「デカルトは朝が遅かった」らしく、
「午前の半ばまで寝て、目が覚めてからも
ベッドのなかで考えたり、書いたりして、
十一時かそこらまでぐずぐずしていた」という。
なんというだらしなさだ!(笑)
しかも彼はそのだらしなさを
肯定的に捉えていたようなのだ。
本書にはこう書かれている。
「デカルトは、優れた頭脳労働をするには、
怠惰な時間が不可欠だと信じていて、
ぜったいに働きすぎないように気をつけていた」
もうこの時点で、
デカルトは僕の「友達」になっていた。
ところがである。
そんな生活をしていた彼は、
スウェーデン女王の家庭教師として
宮廷に招聘されてしまう。
本書では、
「デカルトがなぜその招きを
受け入れたのかは明らかではない」
とされているが、
「いずれにせよ、その決断は悲劇をもたらした」
のであった。
あの「ぐうたらデカルト」が、
「女王への講義を午前五時から行うように」
と命じられてしまうのである。
「その早い時間と厳しい寒さは
彼にとって過酷だった」。
そうして、
「ほんの一ヵ月で病に倒れ……
そのまま十日後に息を引き取る」。
ぐうたら生活を取り上げられ、
早起きを強制されたことによって、
あっという間に死んでしまうなんて……。
ぐうたら仲間の僕としては
親近感を覚えずにはいられない。
「ぐうたら」から「ぐうたら」を
取り上げると死んでしまうのだ。
とはいえ、
本書に登場する多くの天才たちは、
自身の「ぐうたら」をも折り込みつつ、
「決まった時間に必ず仕事をする」
ことを課している人が大多数である。
あとは、その仕事の種類によって、
仕事のやり方の傾向はかなり違う気がする。
「画家」と「作家」では、
1回に続けられる仕事時間は
かなり違う気がするし、
本書を読む限りでもその傾向が見てとれる。
これから本書を読む人は、
そうした「職種の違い」も意識すると
より得られるものが多いのではないだろうか。
最後に、僕の友人である浅井公平さんが、
まさにこの本に通じることをブログに書いているので、
そちらもぜひ読んでみていただきたい。
デカルトが考えていたように、
働きすぎるのはやっぱりよくないようだ。
■頑張りすぎてしまう人へ、参考になれば嬉しいこと。


メイソン・カリー著、金原瑞人/石田文子訳
『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』フィルムアート社、2014年。

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