【アトピー脱ステ総集編】 | もう少しで消します長らくありがとう

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★脱ステドロドロ地獄、シングルマザーからの復活⇒再婚⇒出産への道のり全公開!

2015年2月に書いた記事の再アップです。

この頃以降に出会ったかたに、みゆきさんのアトピーひどかった頃知らないから、どんなだったかわからない、と言われるので、再度アップします♪

脱ステして2年10ヶ月。
これ書いたのは2年5ヶ月の頃。
「脱ステして10年、まだまだ波はありますが、、、」とか書いてる人もアメブロでは見かけるけど、私はこの頃以降、もう波はありません。春のデトックス時期もなんともなかった。最近は花粉もホコリも犬もなにもかも大丈夫。強くなった。
アトピーも花粉症も喘息も全部手放した♪



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物心ついたころからアトピー性皮膚炎、小児喘息。小学生からずっと結膜炎、鼻炎、花粉症、アレルギーオンパレード。ステロイドと抗アレルギー剤をずっと手放せなかった私が、34歳で何の知識もなく、独断で脱ステロイドを決行し、2年半でアトピーを治しました。




「アトピーが治ることはとても地道でまっとうなことである」



これはアトピーを自力で治した夫の言葉です。最初はその意味があまりわかりませんでしたが、今はよくわかります。


魔法のようになおる方法はありません。
どんなに民間療法や健康食品にお金をつぎこもうと、あっという間に治ることはありません。
アトピーを手放すことは、すごく地道なことで、必要なのは、時間と愛。



アトピーを手放す第一歩は、真剣に「自分と向き合うこと」から始まりました。


私は2年半前とは別人になりました。


そんな私の脱ステ、アトピー完治までの総集編です。


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脱ステロイドするまでの私

幼少期から34歳で脱ステロイドするまでは、ステロイドで症状を抑えていたため、それほど重症なアトピー患者ではありませんでした。小学校入学時、中学校入学時などの転換期に何度か悪化した時はありました。浸出液がでて、包帯を巻いて学校に行ったときもありましたが、それ以外は、ひじやひざの裏側が痒くなったりする程度で過ごしてきました。

妊娠出産時は薬を使えないので「脱ステロイド」状態になったため、症状が出たのだと今ならわかるのですが、その頃は脱ステの知識もありませんので、医者に「妊娠によるホルモンバランスの崩れでアトピー悪化する人もいる。出産したら落ち着く」と言われ、それを信じ、授乳が終わるまでひたすら耐え、終わったら、また薬漬け生活が始まりました。それが17年前。その時に気づいてそのまま薬をやめればよかったのに・・・と何度も後悔しましたが、インターネットが身近でないその頃はまだまだ「情報弱者」だったのです。

脱ステロイドする前はパッと見た感じではアトピーだと気づかれない程度でした。とくに顔に出ないほうでしたので、人にはわからないです。



色白で、皮膚がとても薄く、日焼けもしないような肌でした。皮膚が薄いので、ガリガリかきむしることなんてできません。掻くとすぐにガサガサに破れるような薄くて弱い肌でした。身体を洗う時もふわふわに泡立てた泡で優しく洗うだけで、ゴシゴシこすることなんてできませんでした。

高校生でアルバイトをして以来、手あれもひどかったので、常にハンドクリームやワセリンなどの保湿剤は手放せませんでした。旅行に行く時は、塗り薬、保湿剤、飲み薬、目薬、吸入、など、山ほど薬を準備しないと不安で出かけられませんでした。地震や戦争などが起きて、避難生活などになった時、私はどうすればいいんだろう、薬がなかったら生きていけるんだろうか、と思っていました。


3.11をきっかけに、動物愛護や環境問題、食の問題などを考えるようになりました。ステロイドが巨大な利権に絡んでいること、ステロイドだけでなく「医療」そのものにも疑問をもつようになり、アトピーとステロイドについて深く学ぶ前に、突然脱ステロイドを決行しました。誰にも相談することなく、独断で。
2012年の9月19日
それ以来、ステロイドは一度も使っていません。


脱ステロイドを決行してから

それまでの生活の中でも、アトピーの症状がそれほどでもなく、薬を塗らない時などなんぼでもあったのですが、「もうステロイドはやめた!」と決心したとたんに、ドロドロに肌が溶けだしました。

ステロイドをやめて二日後

何故か手のひらが赤ムケはじめ、

全身に広がっていきました。

運よく札幌には脱ステロイドに理解のある皮膚科があったので、そこに行き、保湿剤やモクタールという痒みどめ、抗アレルギー剤や漢方などをもらってきました。この時はまだステロイドをやめただけで、飲み薬まではやめられませんでした。なんせその時点でシングルマザーだった私は、どんなことがあっても仕事にはいかなければならないので、死に物狂いでした。

ステロイドをやめただけではどうしようもない、何かしなければならない、と、インターネットで調べ続けました。脱ステ成功した人のブログなどを読みあさりました。その中でピンと来たのが、江別で整体院をやっていて自身のアトピーを治している人のブログでした。(今の夫です♪)

脱ステロイドから1カ月、やっと何をしていけばいいのか道筋が見えてきました。アーユルヴェーダとトランスファーファクターに出会い、アトピーは必ず治る、という確信が持てました。


しかし30年以上の薬漬け生活は甘くはありません。
そこから長い脱ステ地獄が始まりました。


脱ステによるリバウンド症状

皮膚がガサガサになったり、傷だらけになるだけなら、なんとか耐えられるのですが、脱ステロイドで一番辛いのは浸出液ですね。どこから出てくるのか!?というくらい、体中からドロドロとリンパ液が流れ出ました。それでも会社に行っていた私は、会社に着替えを持っていき、一番ひどい時は下着を4回着替えて、おなかや股下にタオルを巻いて、仕事をしていました。(これを言うと脱ステ経験者はみな驚愕します。よく会社行ってたねと)
そしてここまで身体がボロボロになると、自律神経が乱れに乱れ、真夏でもガタガタと震えるほど寒く、真夏にもレギンス靴下、セーターを着て会社に行くため、さらに驚愕されます。

ここまでの地獄を見ると、人間、人生観が変わります。
私がこんなに苦しんでいるのは、なにも疑わずに母親がステロイドを私に使い続けたせいだ、薬や食べ物、環境などの社会毒のせいだ、と、人や社会を恨んで「怒り」でいっぱいでした。そんな中、アメブロやフェイスブックでアトピー治った人たちはみな「心」のことを言う。アトピーは心の問題。

私のアトピーは心の問題じゃね~!という怒り。

母に手紙をかけたのが脱ステロイドしてから11カ月くらいたったとき。
今の夫とお付き合い始めたころです。
心の変化だね♪
怒りが抜けた瞬間でした。

母への手紙


この頃から人との出会いが変化してきました。
子宮委員長はるちゃん須佐厳さんゆみ先生との出会い、その人たちからの学びが私の人生を大きく変えてくれました。
その出会いを促してくれたのも夫です。
それまで凝り固まった考え方や、たくさんのタブーを乗り越えられたのは、この出会いのおかげでした。

そしてこの後、劇的に良くなって、「お~!アトピー治った!!」と思ったけど・・・

それほど甘くなく(笑)


そこから第二のリバウンド開始。

ちょっと調子の良くなった私を見て、会社の上司から無理な異動を言われ、やむなく了承したところ、またストレスで症状爆発。生まれて初めてのヘルペスまで発症して、もう死にたいくらいでした。そのころはまだ結婚していなかった夫と、息子が助けてくれて、なんとか生き延びました。


そのころ、やっと薬中ジャンキーだった「理知の誤り」が正されてきたのか、抗アレルギー剤をやめることができ、ワセリン依存症もやめ、「脱保湿」を決行し、「糖質制限」も本気ではじめました。


そうしたら、出てくる出てくる。
症状がわっさわっさと出てきました。
せっかく脱ステロイドしていたのに、ワセリンで保湿しちゃうからでてこれなかったんですね。


ボロボロはがれおちて、はがれおちて、はがれおちて、、、、、

「脱保湿」も衝撃的でしたね。
お風呂から上がった後は、泣き叫びながら、布団にもぐりこみ、じっと耐えるしかない。

いや、思い起こせばほんとよく生き延びたな、私。



夫と結婚してから

そんな死にそうな女と、そんな一番ひどいときに結婚するという変わり者の夫。

夫と結婚してからは、食べ物のこともそうだし、運動や整体など外からのアプローチも相まって、どんどん変化していきました。症状が出たりおさまったり、波はありましたが、確実にアトピー完治へ向かっているという確信は常にありました。ですので「アトピーがまた悪化した」という言い方は絶対にしませんでした。「悪化」はしない。ステロイドを使っていない限り。「症状」が出ているだけ。


脱ステから二年がすぎた昨年の終わり12月、かねてからお会いしたいと思っていた内海聡先生の講演会に行くことができました。(そこで個人的に聞いてきたアトピー改善についてはコチラ
そのあとから、体調がすっかり安定してきて、皮膚の症状もとてもよくなり、もうドロドロ症状はでないだろうと確信がもてるようになりました。
肌がどんどん丈夫になってくるのを感じました。
今までの人生で記憶にある限り、こんなツルツルで真っ白な自分の肌を見たことがない!という箇所ができてきました。脱ステ前は掻いたらすぐに破れるような繊細だった肌が、ボリボリと爪で掻きむしっても傷も付かず、お風呂では石鹸を付けたタオルでゴッシゴシ磨いても痛くもならず、お風呂上りに保湿もしなくていい!
そして1月、脱ステが成功した人(夫を含め)が言う、脱ステの最終段階にでてくるという、ニキビのようなものが太ももやおなかにポコポコとではじめ、夫とともに喜びました。
とうとうここまできたね!と。



まとめ

「アトピーは心の問題」は確かにその通りだと思います。
でも、まず最初にやらなければならないのは、食べ物を変えること、体質を変えること、薬をやめること、洗剤などの使うものを変えること、という現実的なことをやらないと、なんぼなにかに感謝したって、ありがとうを1万回言ったってなおりません。

私たちの体は食べ物でできている。
だから口に入るものから変えるのが一番。

食べ物を変え、適度な運動をし、ストレスを減らし、薬をやめていると、「理知の誤り」は自然と正され、無理して、頑張って、やめたり変えたりしていたことが、自然なこととなり、添加物だらけのお菓子はおいしいと思わなくなり、カップラーメンやマックも食べたいと思わなくなり、運動することは気持ちよく、ヨガや瞑想を知り、少しくらい頭が痛くても痛み止めを飲もうという気にはならなくなります。ひとつも「我慢」する必要はなくなります。「アトピー症状出たくないから、我慢する、頑張る」ものなんてないのです。




私はロクに勉強もせずに、独断でステロイドをエイっとやめましたが、それはお勧めしません。

夫はアーユルヴェーダを学び、免疫力をあげることをやり、サプリメントなどで補い、それから脱ステロイドしたら、最短速度3ヶ月で脱ステドロドロ地獄から這い上がった。

私は長かった。
2年半

私も夫も、高いお金を払って、どこかの病院に入院したり、有名な温泉に湯治に行ったりはしていません。やったことはアーユルヴェーダを基本とした生活をし、あらゆる薬をやめ、食べ物や洗剤などを見直し、運動をし、人との出会いを大切にし、トランスファーファクターを摂っただけです。


自分と真剣に向き合い始めると、周りから変わってくる。周りが変わると自分のこともよくわかってくる。
今まで気づかなかったことに、気づくことが出来る。

今までいかに自分を大切にしてこなかったのか、自分の身体の声を無視し続けてきたのかがわかりました。



「アトピーが治ることはとても地道でまっとうなことである」



最後に夫に教えてもらった言葉でもう一つ


優しさは強さ
美しさは正しさ



ありがとうございます



みゆき



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