tanakasrのブログ -14ページ目

「ちゃんこ若問題(2)」付加金支払い命令

昨日のつづきです。あまり知られていませんが、サービス残業の未払い分を支払えば解決ではありません。今回の裁判でも付加金の支払い命令が出されました。経営者のほとんどは付加金の知識がありません。したがって、決定が出されてはじめて「付加金??」って何ってことを知り、ことの重大さに気がつくのです。仮に裁判所で1000万円のサービス残業の支払い命令が決定されたとして、裁判所は原告の請求に基づき、付加金も同額の1000万円まで支払うよう命令をし得るのです。

今回の事件では、未払い分と認定されたのが約2300万円で、その他に付加金が約1100万円ということでした。いかに付加金の存在が大きいかわかります。再度事件を以下に引用します。

元横綱若乃花の花田勝さんがプロデュースする創作和食料理店「Chanko Dining 若」などの元従業員ら6人が、残業代が支払われなかったとして、関西で同店を運営していた飲食店経営会社「ディバイスリレーションズ」(大阪府吹田市)に未払い分など計約3400万円の支払いを求めた訴訟の判決が17日、京都地裁であった。

辻本利雄裁判長は「時間外労働として支払うべき賃金が認められる」として計約2600万円の支払いを命じた。判決によると、6人は2005年2月~07年10月、同社に採用され、京都市下京区と大阪市北区などの店で勤務していた際、ほぼ毎日、1日8時間の所定労働時間を超えて長時間の残業をしていたが、1人あたり88万~425万円の残業代が支払われなかった。

同社は「支払った賃金には残業代も含まれていた」と主張したが、辻本裁判長は「実労働時間を少なく算定し、就業月報を改ざんするなど悪質な行為もみられる」と指摘、未払い賃金に付加金計約1100万円を加えて支払いを命じた。(読売新聞 917日)

 

付加金は、労働基準法114条に根拠があります。未払い賃金の支払を求めて労働者が裁判を起こした場合、裁判所は未払賃金の支払を命じるのと同時に、それと同一額の付加金の支払を命じることができると規定されている金額のことを指します。条文を素直に読めば、裁判所はいつでも10割の付加金の支払を命じるように読めます。

実態はどうなのでしょうか。

判例では、「労基法114条所定の付加金は、使用者に労基法違反行為に対する制裁を課し、将来にわたって違法行為の発生を抑止するとともに、労働者の権利の保護を図る趣旨で設けられたものと解すべきである。そして、同条が付加金については、裁判所が『支払いを命じることができる。』と規定していることに鑑みれば、裁判所は、使用者による労基法違反の程度や態様、労働者の受けた不利益の性質や内容、右違反に至る経緯やその後の使用者の対応等の諸事情を考慮して、その支払命令の可否、金額を決定することができると解すべきである」(大阪地判平8.10.2日・労判706号45頁)と解釈されています。

したがって、原告の請求に基づき、裁判所の裁量で決定ができる仕組みになっているのです。ですから事案によっては付加金支払を命じない場合も当然あります。今回の事件は、判決文を読んでいませんので確定的なことはいえませんが、タイムカードの改ざんなどがあったようですから、裁判所の心証が良くなかったのではないかと思われます。

「ちゃんこ若問題(1)」労組員不採用、不当労働行為

若はいい迷惑だという論調には賛成できませんな。以下報道によれば、

 

元横綱若乃花プロデュースの店「Chanko Dining 若」などの元従業員ら6人が、残業代が支払われなかったとして、同店を運営していた飲食店経営会社「ディバイスリレーションズ」に未払い分など計約3400万円の支払いを求めた訴訟の判決が17日、京都地裁であった。

裁判長は「時間外労働として支払うべき賃金が認められる」とし計約2600万円の支払いを命じた。判決によると、6人は2005年2月~07年10月、同社に採用され、京都市などの店で勤務していた際、ほぼ毎日、1日8時間の所定労働時間を超えて長時間の残業をしていたが、1人あたり88万~425万円の残業代が支払われなかった。

同社は「支払った賃金には残業代も含まれていた」と主張したが、裁判長は「実労働時間を少なく算定し、就業月報を改ざんするなど悪質な行為もみられる」と指摘、未払い賃金に付加金計約1100万円を加えて支払いを命じた。(読売新聞 917日)

 

これは単なるサービス残業問題ではありません。背景には組合員に対する不当労働行為問題があります。

事件の概要は次の通りです。

(1)2009年8月12日、京都府労働委員会は、08年11月1日まで元若乃花・花田勝氏が代表を務めており、ちゃんこ鍋店等を営業する㈱ドリームアークに対して、「Chanko Dining若」京都四条店に勤務していた組合員3名の採用と、同人に対して08年11月1日以降の給与支払命令を出した。

(2) 「Chanko Dining若」京都四条店は、もともと、ドリームアーク社の関連会社からフランチャイズを受けていた㈱ディバイスリレーションズが営業していた。ディバイス社では従業員に対して、残業手当、深夜手当等を全く払っていない中、多い月には300時間も労働を強いていた。

(3)08年7月以降、「Chanko Dining若」の従業員を中心に労働組合を結成し、残業代等の請求を行う動きがあったが、ディバイス社が団体交渉に応じず、08年9月末には店舗の経営をドリームアーク社に譲渡するなどの動きに出た。そのため、従業員らが残業手当等を求めて訴訟を提起。

(4)ドリームアーク社は、ディバイス社から4店舗の事業譲渡を受ける際、残業手当等の請求をし、訴訟を提起していた組合員らのみを不採用とし、その他の希望した従業員すべての雇用を承継した。

(5)組合員らは、08年11月8日、雇用継続等をもとめ京都府労働委員会に申立をした。

 

京都府労働委員会の命令要旨は次の通りです。

(1)ディバイス社からドリームアーク社への雇用の包括的承継の合意は認められない

(2)雇い入れの拒否は、一般的には、労組法7条第1号本文にいう不利益な取扱にも、同条第3号の支配介入にも当たらないが、それが従前の雇用関係における不利益な取扱に他ならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合に当たるなどの特段の事情がある場合には、同条1号本文にいう不利益な取扱いあるいは同条3号の支配介入に当たりうると解するのが相当である

(3)ドリームアーク社が、訴訟を提起した従業員らに対して、あらかじめ採用しないことを告知していたこと等を捉え、不当労働行為性を認め、採用を命じた。

 

命令から読み取ることができることは、形式的には包括的合意がなかったとしても、実態として組合員故に不採用としたことは不当労働行為となるということです。労働法は形式ではなく実態で判断するというわかり易い例とも言えるでしょう。結局のところ、目障りだからといって、雇用側に明らかな非がある以上、そんな簡単に不採用(実態は解雇といっても過言でない)はいけませんということです。

キャリアって何だ

失業予備軍である企業内失業が607万人。雇用調整助成金でなんとか持っているものの助成金が切れたら失業率は6.7%どころでは済まない。10%を突破するというウワサも根拠が無いわけではない。まさに雇用政策まったなし。

政権が変わった。「国民の生活が第一」というキャッチフレーズで多くの指示を得た民主党には大いに期待したい。一時議論があったが、はやり厚生労働省は分割すべきと思う。新大臣には年金で道筋を示してほしいし、インフル問題もある。雇用も最優先課題だ。問題山積の厚労省は一人の大臣では荷が重すぎるだろう。

最近の株価の行方があやしい。円高といおうかドル安といおうか、特に金融株が不安定で不穏な動きを示している。日本航空問題も大きい。日本は内需主導に転換すべきだが、そうものごとは簡単ではないので依然として外需だのみ。円高はやはりきつい。売上が上がらなければ当然雇用に悪影響がでる。失業が増えたらモノが売れない。不況のスパイラルだ。

近年やたらとキャリア、キャリアと騒がれる。大学でも就職指導部がキャリアセンターに名前を変えて久しい。若い頃に職業観を教えるのが大事だとかで名称は変わったらしい。しかし、あいかわらず大学の指導は大学に任せきりでキャリア指導も大学間格差が大きくなっている。面接時のお辞儀の角度を指導だと勘違いしている大学もあるという。まあ、今に始まったことではないが。キャリアを考えることは生き方を考えることと等しい。簡単なことではない。キャリアを考えてこなかった人達に教えられることは自ずと限界があるだろう。

キャリア研究者の第一人者の一人である神戸大学の金井教授は、キャリアを、「長い目で見たときの仕事生活のパターンや意味づけ」と定義する。これは、職歴・経歴といった「客観的なキャリア」について、本人がどう考えているかも問う「主観的なキャリア」の定義でもある。なるほど。長い目で見たときがポイントで、これまで我々はキャリアを考えなくてもとりあえず会社に勤めれば会社が用意したレールに乗って定年までいけた。しかし、もうそんな甘ちゃんな世の中ではなくなった。私達は自分のキャリアをこれまで考える必要がなかったのだ。そんな人達に向かって会社は急にキャリアを考えろという。キャリアカウンセラーが急に与えられる。転職支援会社を紹介される。急にいわれてもね…

米国スタンフォード大学の心理学教授 ジョン・D・クランボルツ氏らが1999年に提唱した理論が興味深い。「キャリアの8割は予期しない偶然の出来事で形成される」という考え方で、まさにそのとおりと思う。ひょんなきっかけから社労士の資格を取った。そしたらいままで見えなかった世界が見えてきた。資格を取るずっと前からやりたいと考えてきたことが今煮詰まりつつある。きかけは偶然が多い。チャンスに気がつき生かす嗅覚は必要だけど。

自分は何をしているときが楽しいのか。これがキャリアを考える原点だと思う。その気持ちに正直に向き合って、少しずつ準備していけば何かが開ける。良き援助者もあらわれるものだ。何事も一人では限界がある。良き仲間はやはり必要であろう。