今日は新幹線で移動。
偶然にも、 前の席には かの有名な・・・・・
ミッキー・マウス 様
はい、窓からの眺めを満喫していらっしゃいます。
あ、こっちを向いた・・・!
目が合うかな?
!
あ・・れ・・?
・・・ということで、実は風船
。
ディズニーランドで楽しいひとときを過ごした
とおもわれる、親子連れの方でした!
今日、ある街を歩いていて、漢方薬屋さんの前を通りすがりました。
ふと、ウィンドーに目をやると、この表示
あらら。 免疫力アップ、が必要な感じ?
日本のコドモも ストレスやら何ならで大変なのねー。
できることなら、いっぱい遊んで、自然の恵みを体いっぱいに受けながら
バランス感覚や工夫する力、自然を感じたときの心地よさ
などを学んでもらえる夏休み
になるといいなぁ。
自分自身、そんなに大それた体験を重ねているわけではありませんけれど、
小さい頃の思いっ切り遊んだキオクや、
体をいっぱい動かして学んだ感覚、
戸惑いを克服した時の感覚、
そしてその時の楽しいスマイルは
国内、国外を問わず、
新しい土地や今までの常識が「常識」ではない人に出会う機会を持ったときに
思わぬ工夫や機転、行動力などの
「人間力」、ひいては環境を作っていく「免疫力」
として活きてくるような気がするのです。
ところで、この街に向かうまでの電車に乗り合わせた子(声のトーンではおそらく小学生前くらい?)
が、戸袋に手を引き込まれたらしいアクシデントに遭遇。。
となりのドアだったこともあり、現場を直接は目視できていなかったので「らしい」と書いておきます。
駅についても、一つだけ開き切らないドア、(何かがつっかえて電車のドア・引き戸が開かない)
突如、騒然とした雰囲気
「痛いよ~」と泣き叫ぶ子供
周囲一メートルを囲む人だかり(そのドアから昇降しようとしていた人たち)
近くに居合わせた人が扉を戻すなどして、20秒ほどで
無事、ドアも開き、解決した様子でした。
突然大きな氷の塊が落っこちてきたみたいな現場の空気だけで、
その子の痛さが伝わるくらい
ドキッとしてしまいました。
「おてては大丈夫だったかな?大事には至りませんように」
などと思って、なんだかその後、かなり動揺
してしまい、
不覚にも、予定の乗換駅で乗り過ごしをしてしまいました。。
なつやすみ。
しあわせなことに、私は、この言葉には楽しい想い出がいっぱいです。
たくさん冒険の出来る機会だけれど
最近のニュースを見ていると
同時に、事故に遭うリスクもいっぱい、と感じます。
事前に、理由を教えて説明してあげたり、
大人たちが気を付けてあげる環境、そしてシステムが
整ってさえいれば弥山に防げる事故もあると思います。
ひいては子供を育てる大人の余裕。
たぶん、私たちの世代が鍵になるんだろうと思います。
子供の意識のまま大きくなってしまったり、
自分のことで一杯いっぱいになってしまうと、ついついstressfulな対応を
無垢な子供に押しつけてしまうから。
「子供との会話」や「キレない大人」を守っていくことの出来る社会
の大切さについても、ちょっと思いめぐらしてみました。![]()
+ + +
ところでこの看板、もし外国の訪問者も読むことが出来る英語表示などになっていたら
かなり外国人ウケすると思われます。
都内の朝の通勤ラッシュを体験して
「これぞ、日本~☆」
なんて、逆に楽しんじゃう人たちのツボにはまりそう。。![]()
電話の応対も、安心感が出てきました。
報告書を通しても、見聞を広めているのが伝わってくる。
そんな姿を見て
これはいい! とか嬉しいな!と思ったことは
なるべく思い立ったときに伝えるようにしています。
話の流れを中断せずに伝えることが出来る
ひとことメールは重宝。
自分にとってピンときたことが
同じ意味合いで伝わっているか、伝えることが出来ているかは分からないけれど
自分が言葉をかけてもらう立場にあったときのことを考えると
一声かけてもらうとうれしいな、と。
今後、何かの場面でその言葉を思い出してもらえるなら
すこしでも、力になれるなら
「仕事」という範疇ではなく
人間として、嬉しい、と感じる。
そして、そのプロセスも、自分自身の意識を高め
自分自身を成長させる糧にもなっている、とも思うのです。
現地の言葉が分からず、
事前情報も持たずに訪れた今回の訪問。
アルファベットを使った欧州言語はおおよそ内容の想像がつくだけに、今回は珍しい初体験が出来ました。
日本で「異文化」「読むことの出来ない言語」の世界に
飛び込んでくる人を受け入れる
通訳 という仕事にも携わっている私にとっては
日本に来られた海外の方や、
海外にお連れする日本の方などに
どのような情報を、いつ、どの程度教えてあげるとわかりやすいのか、不安が和らぐのかということを自ら体験できる貴重な体験の機会でもありました。
相手にとっても日常で使う機械のない「外国語」である英語が
今回は、私たちをつなぐコミュニケーションの手段です。
そして
、新しい土地を訪れ
その土地のことを知りたいと思う、訪れたてのとき
その土地の人の行動、
基本的な生活に使われる道具や生活習慣を
既成概念を外して観察する
「幼児の目」![]()
で物事を見がちなことに気づきました。
もしかしたら、無意識的に、
自分の持っていた文化から脱出して
「新しいものを、めいっぱい吸収したい」![]()
と感じている現れかも知れません。
ただ、気を抜くと、その弊害(?)で、
シンプルなもの、幼稚なものが妙にかわいく思える・・ ![]()
![]()
キエフに来ています。ウクライナの首都です。
空港に到着した瞬間から、高原のようなきれいな空気を実感。
街の通りは石畳。
装飾された建築の数々。
ヨーロッパ貴族風な街並み。
そして、
中心部から5分ほど離れるだけで
おとぎ話やスタジオジブリのアニメのなかの世界のような感覚にもなります。
「自分たちの歴史」を大切にすることの素晴らしさを教えてもらった感じがします。
そして、空気がとてもきれい。お肉もお野菜も地場モノの味がして、
文字通り「自然の恵み」を戴いていることが分かります。
で、一番確認してみたかった人々の暮らしは、意外と素朴。
敢えて言うなら20-30年前にタイムスリップした感じ。
店の様子も、街ゆく人のファッションも、
始めて来たのに、どこか懐かしい感じ。
「首都」の町の中心部でも、東京の生活との距離感を感じる。
ウルルン紀行(TV番組) の番組の中でいつか見かけたことのあるような風景。
まだ都市化は進んでいないけれど、
その分、時の流れが緩やか。
夏期で、日が沈むまでの時間が長いこともあるのかも知れません。
時には、ちょっと乱雑で厳しいと感じることもあるアメリカの都市に比べると、とても細やかな気遣いや繊細な心配りもあたたかく、懐かしい嬉しさを感じます。
過去の共産主義時代や、毎年の長く寒い冬など厳しい環境の中で助け合って、暮らしていたからかな?
「こころ」が通じ合いそうな分「人」としての共通点を見付けたくなります。
・・・ただね、街の表記は(もちろんのことですが)
全てウクライナ語。
今回は、打ち合わせも街中の移動も現地の方が付いてくれるので安心だけれど、
それでも一歩街に出ると
想像力と知恵と工夫をフル活用。![]()
体力的に疲れてきたときには
相づち打つときなどは、堂々と日本語![]()
も使っております。
相手は人間だからね、想いは意外と通じるらしいのよ。
ビバ!にほんご !
なーんて。
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すっかり旅行ブログになってしまいました
・・・次回からはいつも通りのペースに戻りたいとおもいます!
モスクワでは、道端でヒッチハイクしている人の姿をよく見かけます。
実はこれ市内移動のためにタクシーを探している姿。
白タクが、定着している文化、なのです。
「助け合い」の気持ちがある社会と見るべきか。
「誰にもちょっとしたお小遣い稼ぎのチャンスがある」とみるべきか。
自己判断の注意を払うとはいえ
見知らぬ人の車に乗せてもらう訳だから
ある意味では「最低限の治安は確保された社会」
と言うことが出来るのかも知れません。
今回は何と警察官が白タクを拾っている姿を目撃してしまいました。
(よく見てみると、自分のためではなく一緒にいた、
何らかの理由で助けを呼んだ人?のために拾ってあげていたようですが・・。)
今回は空港からホテル、外出時やお食事への行き帰りなど
会社のドライバーさんがアテンドくださっているので
私自身は利用する機会はなかったのですが
簡単なロシア語が出来ればロシアの生活話を
聞かせてもらえるよい機会になりそうですね。













