◆橋本喜典さんが旭日小授章を受賞

 

平成30年春の叙勲にて、まひる野の前編集人・橋本喜典さんが旭日小授章を受賞されました。

橋本さんは1928年(昭和3年)生まれ、現在89歳。昨年は歌集『行きて帰る』で第28回斎藤茂吉短歌文学賞と迢空賞を受賞されました。

長年の芸術・文化に対する功労が認められての受賞です。おめでとうございます。

 

橋本喜典さんの近著はこちら↓

 

 

 

 

好評発売中の歌集

 

◆山川藍 歌集『いらっしゃい』

 

なんだあのカップル十五分もおる「あーん」じゃないよ あとで真似しよ 
履歴書の写真がどう見ても菩薩いちど手を合わせて封筒へ
 

 

 

 

◆田村ふみ乃『ティーバッグの雨』(短歌研究社)

 

溢れたる目薬拭い去りしのち喉に苦しひとつ春の噓

巻き貝の螺旋の尖のその先を辿れずふたりの夏を逝かしむ

 

 

近日刊行

 

◆田口綾子 歌集『かざぐるま』(短歌研究社)

 

5月末~6月上旬発売予定

帯文:堀江敏幸

 

短歌研究新人賞受賞から10年。田口綾子さんの第一歌集がついに刊行されます。

文語・旧仮名でしか表現できない、厚くなめらかな叙情の手ざわりをぜひ堪能してください。

 

海獣のかげをたたへて眠りゐる君に告ぐべし海は近いと

答へなど持たぬまま会ふ雪の日に会へば雪降ることを話して

ふるさとの明日の予報に開きゐる青くてあれは誰の雨傘

 

『かざぐるま』刊行を記念してこのブログでも特別企画を計画中です。おたのしみに!

 

 

好評連載中

 

『短歌』 島田修三「歌のある生活」

『短歌研究』 今井恵子「短歌渉猟――和文脈を追いかけて」

『歌壇』 篠弘「戦争と歌人たち」、加藤孝男「鉄幹・晶子とその時代」

『NHK短歌』 富田睦子「短歌の本」評者

『砂子屋書房』ホームページ内 染野太朗 「日々のクオリア

 

 

「まひる野」はいつでも入会歓迎です。

見本誌希望、歌会見学希望の方は遠慮なくご連絡ください。

→→お問い合わせフォームはこちら←←

 

 

 

 

チューリップチューリップチューリップ

 

 

 

6月の更新予定

※予定は変更になる場合があります

 

6/1 (金) NEW【飛び込み企画】名古屋歌会レポート(佐藤華保理)

   8 (金) まひる野歌人ノート②(北山あさひ)

  15 (金) 山川藍のまえあし!絵日記帖②

  22 (金) 麻生由美の大分豊後ぶんぶんだより②

  29 (金) まひる野インフォメーション

 

 

 

来月もぜひお付き合いください!

(ブログ担当:北山あさひ)

 

 

♪ピヨ太、チュン美、ヨウムさんの初登場はこちらの記事です♪

 

 

 

 

歌集「いらっしゃい」CM動画はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山川藍

名古屋市出身 2001年まひる野入会

歌集『いらっしゃい』(2018年/KADOKAWA)

 

 

 

ちょうちょちょうちょちょうちょ

 

 

次週予告

まひる野インフォメーション

5/21(火)更新予定

 

来週もお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。ブログ担当の北山あさひです。

まひる野ブログ二週目は山川藍さんの連載の予定でしたが、都合により次週に変更させていただきます。今週は麻生由美さんの連載第一回目をお届けします!

 

 

 

チューリップチューリップチューリップ

 

 

 

「まひる野集」の欄にいる麻生由美です。

もう何十年も昔から「まひる野」にいますが、一昨年やっと一冊目の歌集を出しました。

山の上のハイマツのように生育が遅いです。大分県の山中に生まれ、今もそこに老母と老猫とさんにんで暮らしています。 

 

 

大分豊後ぶんぶんだより① 魔の山                           

 

 

普段はすっかり忘れていますが、天然記念物のふもとに住んでいます。

うちの裏山は山頂の三方が火成岩の柱状節理の岩壁でできているのです。

それが「特異な自然現象」という要件にあたるようです。

私たちの一家が古い家に住んでいたころは、節穴から朝日が差し込んで、家の中がカメラ・オブスキュラになり、障子に岩壁が逆さに映ったりしていたものです。

ある日、夕方のウオーキングから帰ってくると、県外ナンバーの車を路傍にとめて立派なカメラを裏山に向けている人がいました。

「あの山、すごい崖ですね。どうやって登るのですか。」

「え、登る…?」

「あの崖は登れないのですか。」

「こっち側は絶壁ですけど裏側はなだらかですから、みんなそっちから登ります。」

「崖を登ったりする人はいないのですか?」

「そんな危ないこと、しないと思います。それにいちおう天然記念だから登ってはいけないのかも。」

「すごい絶壁です。きっと何か言い伝えがあるのでしょうね。」

古代生物デスモスチルスの歯のような岩の束がぞわっと垂直に聳え立っています。

<登ろうとした人は必ず落っこちてしまい、その亡霊がさまよっている…。>

そういうまがまがしい伝説があるんですと言われれば、そうですかとうなずいてしまいそうな迫力があることはあります。

「ないです。あっちの切り株型の山にならありますけど。」

「それは知ってます。こっちの山にもあるでしょう。こんなに不思議な形の崖なんだから。」

「いや、ほんっとに何もないです。」

 ネットには近頃登った人がアップした記事があると思いますから、それをご覧になったらと言ってその人と別れました。

 

 ちょうど里帰りしていた妹に、こんな人に会ってきたと言ったら、

「いっそ、とつぜん姉様被りになって腰を曲げてしわがれ声で、ああやめなされ、けっしてあの山に登ってはなりませんぞ、ああおそろしや、あの山のことは忘れなされ、とでも言えばよかったのに。」と笑いました。

祖父母は明治二十年の生まれで、「カ・ガ」と「クヮ・グヮ」をしっかり区別して発音し、「目こそ痛けれ」と係り結びを使うなど、なにかと古形を保った人々で、いろいろと昔のことを教えてくれました。

でも、その中に朝夕見上げている裏山の話はありませんでした。

念のため図書館で調べたり人に確かめてみたりしましたがやはり何もありません。

珍しい自然の造形に、神様が産屋に使ったところだの、悲恋の二人が化身したものだの、お話がくっついているのは、「ここはこのように観賞しなさい」と指示されているようで、ときに大変うっとうしいものです。

「おーっ、すげー!」「なんじゃこりゃあ!」だけで十分ではないでしょうか。

何のいわれも伝説もないというのは、かえってすがすがしくていいかもしれません。

岩山の名歌というのがないか探してみました。

 

 

   雪舟の絵を観る。

地の芯のふかきを発し盛り上がる(いはほ)のちから抑へかねつも

                                 阿木津英『巌のちから』

 

 

雪舟の絵の岩山も地球の奥底からやってきた火成岩のようですね。

 

 

 

麻生由美

大分県出身 1978年まひる野入会

歌集『水神』(2016年/砂子屋書房)

 

 

チューリップチューリップチューリップ

 

 

次週予告

山川藍の「まえあし!絵日記帖」第一回

5/15(火)更新予定

 

来週もお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

マチエールの北山あさひです。「まひる野歌人ノート」はまひる野の注目歌人を私の独断と偏見で紹介するコーナーです。第一回目はマチエールの加藤陽平をご紹介します。読んでいて決して楽しい気持ちにはなりませんが、なんだか癖になる不思議な歌人です。長くなってしまいましたが、ぜひ最後までお読みください!

 

 

まひる野歌人ノート①加藤陽平

 

 

ゴーヤーを食いし器に玉子豆腐載すれば線香花火のにおいす

何かの西わが家の西か駅の西か忘れしが小さき料理屋ありき

眉の上の汗はどっちのタオルでふくべきか吾にしかわからぬ話

部屋の前に水の入りたる箱おかれ吾はおちつかず四月の夜更け

 

 

ゴーヤーを使った料理といえばゴーヤチャンプルーが思い浮かぶけれど、まあ他にも和え物とかサラダとか、色々ある。それを食べ尽くしたあとの汚れた器に、つやつやとした玉子豆腐を載せる。自分がきれいなものを汚していることに気が付かない、あるいは気にならない主体――その無頓着ぶりにほんのりと嫌悪を感じた瞬間、線香花火のようなにおいがふと立ち上がる。夏のセンチメンタルな思い出を呼び覚ますような「線香花火」というモチーフも、句跨りのせいか「線香」のほうが目立って妙に陰気だ。消え残る線香の煙のように、読後はほのかに気持ち悪さが残る。

二首目、酩酊したときのおぼろげな記憶をたどっているのだろうか。「何かの西」なんていくらでもある。ほとんど無意味なヒントに固執する様子は滑稽で、もしかしたらまだ酔っぱらっているんじゃないかとすら思う。中身は無いに等しいけれど、誰かに「ちょっとこれ見て」と言いたくなるようなおもしろさがある歌。定型をこぼれながらぐいぐい進んで結句でぎゅっと押し込み、何食わぬ顔をするスタイルは加藤の特徴のひとつ。

三首目、「どっちのタオル」ということはタオルが二枚あるということ。タオルAで汗を拭く箇所とタオルBで汗を拭く箇所はこの主体の中ではだいたい区別されているらしいが、「眉の上」は果たしてAかBか。眉にも右左があるのでそれで分ければいいようなものだが、迷っているからにはタオルA/Bの区分けは左/右ではないらしく、上/下でもなさそうだ。本当に、こちらにはわからない話である。作品は発表されれば作者の手を離れて読者のものになる、とはよく聞くけれど、加藤の歌はいっこうにこちらのものにならない。それに、あまりこちらのものにしたくないような気もする。

四首目、そもそも「水の入りたる箱」って何?なんで部屋の前に置かれてるの?おまじない?魔除け?「吾はおちつかず」って魔除けで除けられているのはあなた?読者は四月の夜更けの暗い廊下に取り残されるばかり。

 

名古屋在住、無職。両親と姉の四人暮らし(以前まひる野誌に掲載された文章によると姉とは不仲)。引きこもりがちで、歌の舞台の大半は家の中。毎月の詠草で執拗に描かれるのは、そんな閉塞的で悶々とした日々だ。過去の挫折、将来への絶望感、家族に対する鬱屈、そこに垣間見える蜃気楼のような安らぎが、ないまぜになって狭い住居のあちこちにわだかまる。

 

 

いとおしき工作のごとく背をまるめ切手の点線いくたびも折る

階段を下る時ふと英雄的気持ちになりしが母には告げず

AVに流れおるジャズの哀愁を唯一の善として射精しつ

もう吾に夢などなければユーチューブに他人の動かすマリオを見おり

救いがあるごとくに十二年前を思う酉年は永久(とわ)に奇数年

鋏・糊の入りたる箱を道具箱ととっさに吾の呼びしは悲しも

指に触るる羽二重餅(はぶたえ)の中の黒豆はうさぎの骨のごと悲しきかも

菜の花をゆでし湯をすてし流し台はしばらく青し三月の夜

 

 

切手の点線を必要以上に折る、どこかで見た英雄の姿を思い出しながら家の階段を下りる、暇つぶしのような自慰、Youtubeの画面の中で跳びはねる誰かのマリオ――。

自分の心と行動を見つめる時間が異様に長い。水のようにさらさらとは流れてゆかず、粘着性をもちながらゆっくりと流れていくような時間の感覚に胸苦しさを覚えると同時に、その淀みの中にくっきりと浮かび上がる主体の姿から目を離すことができない。

加藤がすごいのは、モラトリアムや自己不全感にいっさいの美を見いださず、かといって自虐にも落とし込まないところだ。それらにはまるで無関心。あくまでも我が道をゆく。

羽二重餅や菜の花の歌は、加藤にしてはめずらしく繊細さと抒情がストレートに表現されている。演出は最低限にとどめつつ、体感や実景からこつこつと歌を立ち上げる。歌人としての体幹(コア)の強さを感じる二首。

 

 

最後に、加藤の真骨頂である家族の歌を紹介したい。

 

 

キッチンよりながむれば子を亡くしたる夫婦のごとく父母は向かい合う

赤飯を毎日たいてもいいですかと母は言いおり危うかるべし

不吉なることを思いながら手を洗えば鏡の奥を母は右へ行く

爪切ってから行くと母に返事せしはなにやらよろしき暮らしのごとし

階下より「ただいま」と味方求むるごとささやける父をしかし憎みぬ

水滴の音は母だけの音なれば今父がうつわ洗えるは憎し

電灯を換えたくらいで「今日からもう快適だよ」と言う父悲し

ただいまをまだ言わぬ父にキッチンの吾もわが母も息をひそめおり

悲惨なるわが家と思いて一階に下るればつくえに母の湯のみあり

今日風呂に入るは私と母のみと思えば何やら心中めくなり

鳥の図鑑買いにゆく道よ風強しよその親子はパンのはなしせり

 

 

母への屈折した感情と父への憎悪、というテーマももちろんあるが、加藤の家族詠で重要なのはそれらの背後にある巨大な喪失感だ。道すがらパンの話をする穏やかな親子の姿は、いつのまにか失ってしまった、あるいは自分が失わせてしまったかもしれない「家族」の姿でもある。

薄暗い家、洗面所の鏡、赤飯の炊けるにおい、食器を洗う母、替えたばかりのまぶしい電灯、机の上の母の湯のみ、玄関に佇む父、二階へ続く階段、廊下、パチパチと爪を切る息子――。事件発生前夜のような緊張と弛緩を繰り返しながら、家族は家族を続けるよりほかない。

 

 

父母は結婚記念日とは言わず吾も訊ねずただシャッター押す

 

 

 

※短歌は過去三年間のまひる野誌から引用しました。

 

 

ヒヨコヒヨコヒヨコ

 

来週は山川藍さんのコラム第一回です。5/8(火)更新予定です。お楽しみに!

 

 

 

 

音符おしらせ音符

 

ブログ担当の北山あさひです。

5月からまひる野のブログがプチリニューアルします。

今までの作品紹介をやめて、なんと、(ほぼ)毎週更新になります!

 

 

第一週:まひる野歌人ノート

第二週:山川藍さんのコラム

第三週:麻生由美さんの短歌日記

第四週:まひる野インフォメーション

(第五週はお休み)

 

 

ヒヨコる野歌人ノート

マチエールの北山あさひが独断と偏見でまひる野の注目歌人を紹介します。

 

猫山川藍さんのコラム

歌集『いらっしゃい』が話題の山川藍さんによる楽しくゆかいなコラムです。どんな話が飛び出すのか乞うご期待です!

 

パンダ麻生由美さんの短歌日記

大分在住の麻生由美さんによる短歌日記です。歌集『水神』で描かれた大分や九州の様子がたいへん面白かったので、そこをもっとお聞きしたいと思いお願いしました。

 

カエルまひる野インフォメーション

まひる野会員の最新情報をお知らせします。

 

 

自分で言うのもなんですが、毎週すごく面白いと思います。ぜひご覧ください!

 

 

猫しっぽ猫あたま

 

 

まひる野はいつでも会員募集中です。入会希望の方、見本誌希望の方、質問がある方、どうぞ遠慮なくご連絡ください。

mahirunokai2010★gmail.com (★→@)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作品Ⅰ

 

 

北陸は雪あすも雪どんぶりに人参だけのきんぴら乾く   中根誠

 

 

からからと笑うばかりで腹の中の本音は見せぬ胡桃のいくつ   中里茉莉子

 

 

桶屋町(おけやまち)水流町(みずながれまち)など消えゆきし街の名かぞえてさ迷うごとし   曽我玲子

 

 

のどに飴肩に貼り薬ととのへて雪降る庭を眺むるばかり   高橋澄子

 

 

海を荒らす風の織りなす波の花幾重にも咲き飛び散るが見ゆ   大林明彦

 

 

骨一本折れたる傘をまた畳むぼろぼろコンビの気安さに馴れ    相原ひろ子

 

 

 

まひる野集

 

 

生(お)ふと終(お)ふ二つのあひにひと世なる言の葉さはに茂りてゐたり   升田隆雄

 

 

雲間よりひかりの柱立ちしこと帰りて言へど誰も見てゐず   久我久美子

 

 

貝を掘るぱんつへ潮の満つるより海とふものを怖れそめにき   麻生由美

 

 

流氷は南の風に動き出し北方性のいのち交差す   吾孫子隆

 

 

 

マチエール

 

 

残業のしずかな夜に聴きたかり砕氷船の海を割る音   後藤由紀恵

 

 

眉の上の汗はどっちのタオルでふくべきか吾にしかわからぬ話   加藤陽平

 

 

撫でおろす手にたてがみの温みあり哀れな馬なり君は いや我は   宮田知子

 

 

児らの手を包むに足らぬこの手もてすべて捨てたりおもちゃの拳銃   浅井美也子

 

 

 

十七人集(作品Ⅱ)

 

 

子ではないそれは母だと教えられ何れにしてもパンダは遊ぶ   矢澤保

 

 

ひとつづつ鍵をはづしてゆく日日か大寒の空果てなく青き   秋元夏子

 

 

虹色に咲き揃ひたるチューリップ氷の間より醒めし一万鉢   藤森悦子

 

 

スーパーの隅にてタバコを吸う人ら買い物終えたる主婦と思うも   中谷笑子

 

 

 

四月集(作品Ⅲ)

 

 

寝過ごした火曜の朝は頼りなく打ち上げられたアシカの俺だ   高木啓

 

 

はじめての雪を東京に感じつつ風のあるほうが雪の入り口   狩峰隆希

 

 

洋梨の色にかがやくあの月を先に削って食べたのは誰   おのめぐみ

 

 

もう会わぬ友達につけるあだ名ならたんぽぽを吹くようなたわむれ   佐巻理奈子

 

 

 

 

作品Ⅰ

 

 

柚子一個黄のかがやきを置きたれば仏壇不意に奥を深くす   橋本喜典

 

 

黒ずめる消しゴムを指に擦(こす)りゐて次の一行を書き出さむとす   篠 弘

 

 

この部屋のどこかにあるに違いない電話の子器を探しあぐねる   小林峯夫

 

 

雨に散りしくれないを掃く石段のいずこかしるく柚子の香のする   大下一真

 

 

屈託は晴れむともせず小寒のベランダに降る光(かげ)浴びながら   島田修三

 

 

一本の木に一体の御ほとけのいますと春の日が差す林   柳宣弘

 

 

冬眠の熊と蛙の寝息など思ひ比べてをれば酔ひゐる   中根誠

 

 

今年見る最後とならむ庭の蜘蛛みづから編みたる網を動かず   柴田典昭

 

 

開く目に光の束として見えて午睡ののちの階段の柵   今井恵子

 

 

仏壇のつらなる通りどの店も燦めく黄金のお浄土がある   曽我玲子

 

 

まひる野集

 

 

家に待つ誰もなき夜の幸福感よなよなエール買へばなほさら   広坂早苗

 

 

千人が籠城すとぞ記されたるわははそんなに居る場所はない   麻生由美

 

 

くれなゐの山茶花を椿と答へたる男を信ず真顔にありき   久我久美子

 

 

マチエール

 

 

ロマンチック・ラブ・イデオロギー吹雪から猛吹雪になるところがきれい   北山あさひ

 

 

この部屋でひとりでも日々産み出せる個体のような静電気あり   山川藍

 

 

通行人Bのようなるわたしにも職場に続くあの曲がり角   小原和

 

 

十七人集(作品Ⅱ)

 

 

しばらくの雪の晴れ間をひたすらにスコツプ動かす女の力   横川操

 

 

四千年の前から夕暮れ寂しくてエルサレムの人ら皆寡黙なり   大本あきら

 

 

あら草にからむ野薔薇の実の見えて電車しづかに駅に入りゆく   稲村光子

 

 

三月集(作品Ⅲ)

 

 

産むまでは泣かぬと決めた陣痛の間際に夫がぽろぽろと泣く   池田郁里

 

 

野良猫の今までをりし枯草を温みとともに土へとかへす   石塚令子

 

 

レジの人「大丈夫ですよゆつくりで」やがてゆつくり出で来し財布   末永恵子

 

 

 

 

 

作品Ⅰ

 

 

若き友ふたりそれぞれ大声に語りて呉れる。済まないな、疲れた   橋本喜典

 

 

川底にからだ擦りあふ秋鮭の白く変はれるたまゆらを見つ   篠弘

 

 

六秒間こらえ怒りを鎮むべしかかる芸当が出来るだろうか   小林峯夫

 

 

良きことも良からぬことも掌に丸めて捨てる わけにもいかず   大下一真

 

 

冬の陽に洗濯物の照りながらただにまばゆしこの世の午後は   島田修三

 

 

大型の回送なれば空つぽのバスいつぱいに冬の陽は満つ   柳宣宏

 

 

その坂を囚人坂とわれは呼ぶ忌むにはあらず親しもよ囚人   中根誠

 

 

天空に近きはすつかり舞ひ失せて桜紅葉はその虚を支ふ   柴田典昭

 

 

池袋過ぎて車窓にたかだかと看板は見ゆ性病科とぞ   今井恵子

 

 

帰りたき時代などなけれアオサギは川の真中に首たてて佇つ   曽我玲子

 

 

武蔵野の森の小箱に泣く子猫ひろひてかへる寒月の道   大林明彦

 

 

まひる野集

 

 

白鳥のこゑにざわざわと近づきて水面光れり木立のあひに   小野昌子

 

 

ゆふやみにふと足下へ寄りてくる猫はわたしを少しだけ好き    麻生由美

 

 

偶さかに人と出会ひて偶さかの無くて出会へぬ人思ひ出づ   柴田仁美

 

 

マチエール

 

 

職場から家庭から出てわたしたちまず突き出しのマンゴー酢のむ   佐藤華保理

 

 

菊の花にかほ寄せながらわれはなにをたしかめてゐる冬のゆふぐれ   染野太朗

 

 

光るものは光らせておく主義のためカップの横のスプーンは使わず   宮田知子

 

 

十六人集

 

 

水星の欠片のように光り出す夜更けのグラスの炭酸ソーダ―   佐伯悦子

 

 

破れたるビニール傘が掛けてありなまぐさき川の鉄の欄干   森暁香

 

 

今ここに居る筈もなき猫の名で呼びかけている擦れ違う犬に   矢澤保

 

 

作品Ⅱ

 

 

石鹸をすき間につめて送りきぬ女系のつづく家系図一巻   桂和子

 

 

なにゆえか遺影のやさしき顔したる私と一緒に並んでいたから   中谷笑子

 

 

娘と犬と猫と籠れば大根は抜いてくれろと飛び出してくる   菊池理恵子

 

 

二月集

 

 

肉体を意志の力でねじふせる合わない靴を無理やり履いて   高木啓

 

 

星月夜散歩に出かけあの橋を渡りきれたら家出なるべし   立石玲子

 

 

火縄銃の取り扱いを教えてるおじさんがおじいさんにマックで   山田ゆき

 

 

作品Ⅲ

 

 

地下鉄を降りてもねむい女子高生たちがオブジェのように立つ駅   佐巻理奈子

 

 

星月夜 どこに降りても私だけはみ出た気がして踵が痛い   塚田千束

 

 

都会ではあるけれどひとのいない道で明かりが見せるしろい雨脚   狩峰隆希

 

 

 

 

 

 

※今月はショートバージョンでお届けします。

 

 

作品Ⅰ

 

見ゆるもの見えざるものに支へられここに在る「われ」全肯定す   橋本喜典

 

 

歩道橋たやすくのぼり渡りゆくその人たちに虹いろひかる   篠 弘

 

 

思い出す真綿の首まきそして姉 首筋冷えて霜月となる   小林峯夫

 

 

みほとけを彫りし人あり石段を積みし人あり山中深し   大下一真

 

 

行つてくるよ 呟きながら朝戸出の凍てつく時間に漕ぎ出でむとす   島田修三

 

 

ぢやないつて子どもら言へり坂道を来たのがわたしで悪かつたなあ   柳宣弘

 

 

口中に残れる貝の砂のごとじっと噛みいるひとつのことば   中里茉莉子

 

 

ケータイに夫と語らふ夢に覚む携帯なかりき夫在りし世は   高野暁子

 

 

のそのそと出でて座につく落語家のまづ膝元に置く秋団扇   大林明彦

 

 

まひる野集

 

子らが読む唐詩の一韻到底のさやかにひびく秋の教室   広坂早苗

 

 

モジリアニの首の女に変化(へんげ)してひとりに厭きて猫を見ている   市川正子

 

 

雲を見るのが好きですと日記(にき)に書く生徒と見たりそれぞれの雲   麻生由美

 

 

改札を抜けくる人ら散り散りに刑を終へたるごとく去りゆく   久我久美子

 

 

マチエール

 

今日はもう塗る日隣の窓口と会話しながら塗るステロイド   山川藍

 

 

灰色の空だ木枯らしこなきじじい 十八万のコートを眺める   小原和

 

 

もう吾に夢などなければユーチューブに他人の動かすマリオを見おり   加藤陽平

 

 

たらちねの耳より老いてゆく冬のはじめの電話みじかく終えつ   後藤由紀恵

 

 

十七人集

 

芋を掘り自慢せむとて里人を待てど来たらず秋の寒空   伊藤宗弘

 

 

乳牛の牛乳くさき小屋の中仔牛に頬擦りする人の見ゆ   矢澤保

 

 

傘を差すほどにもあらぬ雨に濡れコスモス手折る彼岸の入りに   稲村光子

 

 

一月集

 

衝動買いで鎮まるほどの手頃なるマグマを欲しとひたに思えり   入江曜子

 

 

自己評価シートに数字埋めながら数字のわれは切り捨てられん   高木啓

 

 

死ぬまでは死なぬつもりの父がゐた木犀の降る庭に声なし   石井みつほ

 

 

 

 

 

 

 

畚担ぎ妻と均しし田を埋めて法人施設の杭打たれゆく   佐藤昌三

 

 

蓮の花咲き終えたとき剥き出しの種子の黒さを恐ごわと見る   池田郁里

 

 

濾過されたように煌めく秋の陽につつまれ母は居眠りしおり   杉本聡子

 

 

老犬の寝息くうくう編み込んでふうわり白き冬支度する   立石玲子

 

 

この人と一生会うことないだろうフォロワーぺんちゃんのアイコンと文字   高木啓

 

 

鉛筆はこんなにも尖るそこなわれ尖るわたしはどうだっただろう   佐巻理奈子

 

 

美しき阿修羅の像も戦いの神とし聞けば人に近きか   林敬子

 

 

フレスコ画に見し面差しと仰ぎたりローマの女性消防士たち   智月テレサ

 

 

巣立ちたる野の鳥の巣に帰りくる一羽もなくて月昇りきぬ   入江曜子

 

 

Amazonより届く歌集は帯破(や)れて変色したる贈呈紙あり   大久保知代子

 

 

白髪(しろかみ)も見慣れてくればそれなりに似合うといわれピンクのTシャツ   菊池和子

 

 

西瓜喰む人はそれぞれ口を開けひとさまざまの皮残しゆく   大橋龍有

 

 

秋の夜の庭を彩る虫の音の首席奏者は時に替はらむ   浜元さざ波

 

 

黒光るオニヤンマ直ぐに飛び去るも胸もとややにざはつきてゐる   石井みつほ

 

 

種のせい天候のせいひとつきり芽が出始めた大切なかぼちゃ   松宮正子

 

 

意味もなくかなり短く髪を切りまわりの人を不安にさせる   山田ゆき

 

 

極楽鳥の求愛ダンス真似てゐし野鳥ファンの夫よまた会ひたいよ   塙宣子

 

 

「年寄は高熱なんて出ません」と絵文字の多い子よりのメール   棚橋まち子

 

 

コンビニのCM観るもこの島にコンビニはなし夕餉の鮨屋   内田剛志

 

 

騒音と言わるるままに鐘撞くを止めたる寺の宵は淋しき   奥寺正晴

 

 

悔しくて腹の底から声を出し偽息子叱る詐欺の電話に   新藤雅章

 

 

台風が来たらみんなで手を繋ぎ置いていかれぬやうにしなきやね   塚田千束

 

 

渋谷から街を眺める個の壊れピクセル化した絵画のような   久納美輝

 

 

みのうちにちからを吸いとる瀑布あり眠たきとき水涸れたる匂い   狩峰隆希

 

 

午後の陽はぬるく静かに照りて居り娘の墓に誰か参りし   末永恵子