作品Ⅰ
北陸は雪あすも雪どんぶりに人参だけのきんぴら乾く 中根誠
からからと笑うばかりで腹の中の本音は見せぬ胡桃のいくつ 中里茉莉子
桶屋町(おけやまち)水流町(みずながれまち)など消えゆきし街の名かぞえてさ迷うごとし 曽我玲子
のどに飴肩に貼り薬ととのへて雪降る庭を眺むるばかり 高橋澄子
海を荒らす風の織りなす波の花幾重にも咲き飛び散るが見ゆ 大林明彦
骨一本折れたる傘をまた畳むぼろぼろコンビの気安さに馴れ 相原ひろ子
まひる野集
生(お)ふと終(お)ふ二つのあひにひと世なる言の葉さはに茂りてゐたり 升田隆雄
雲間よりひかりの柱立ちしこと帰りて言へど誰も見てゐず 久我久美子
貝を掘るぱんつへ潮の満つるより海とふものを怖れそめにき 麻生由美
流氷は南の風に動き出し北方性のいのち交差す 吾孫子隆
マチエール
残業のしずかな夜に聴きたかり砕氷船の海を割る音 後藤由紀恵
眉の上の汗はどっちのタオルでふくべきか吾にしかわからぬ話 加藤陽平
撫でおろす手にたてがみの温みあり哀れな馬なり君は いや我は 宮田知子
児らの手を包むに足らぬこの手もてすべて捨てたりおもちゃの拳銃 浅井美也子
十七人集(作品Ⅱ)
子ではないそれは母だと教えられ何れにしてもパンダは遊ぶ 矢澤保
ひとつづつ鍵をはづしてゆく日日か大寒の空果てなく青き 秋元夏子
虹色に咲き揃ひたるチューリップ氷の間より醒めし一万鉢 藤森悦子
スーパーの隅にてタバコを吸う人ら買い物終えたる主婦と思うも 中谷笑子
四月集(作品Ⅲ)
寝過ごした火曜の朝は頼りなく打ち上げられたアシカの俺だ 高木啓
はじめての雪を東京に感じつつ風のあるほうが雪の入り口 狩峰隆希
洋梨の色にかがやくあの月を先に削って食べたのは誰 おのめぐみ
もう会わぬ友達につけるあだ名ならたんぽぽを吹くようなたわむれ 佐巻理奈子