※今月はショートバージョンでお届けします。

 

 

作品Ⅰ

 

見ゆるもの見えざるものに支へられここに在る「われ」全肯定す   橋本喜典

 

 

歩道橋たやすくのぼり渡りゆくその人たちに虹いろひかる   篠 弘

 

 

思い出す真綿の首まきそして姉 首筋冷えて霜月となる   小林峯夫

 

 

みほとけを彫りし人あり石段を積みし人あり山中深し   大下一真

 

 

行つてくるよ 呟きながら朝戸出の凍てつく時間に漕ぎ出でむとす   島田修三

 

 

ぢやないつて子どもら言へり坂道を来たのがわたしで悪かつたなあ   柳宣弘

 

 

口中に残れる貝の砂のごとじっと噛みいるひとつのことば   中里茉莉子

 

 

ケータイに夫と語らふ夢に覚む携帯なかりき夫在りし世は   高野暁子

 

 

のそのそと出でて座につく落語家のまづ膝元に置く秋団扇   大林明彦

 

 

まひる野集

 

子らが読む唐詩の一韻到底のさやかにひびく秋の教室   広坂早苗

 

 

モジリアニの首の女に変化(へんげ)してひとりに厭きて猫を見ている   市川正子

 

 

雲を見るのが好きですと日記(にき)に書く生徒と見たりそれぞれの雲   麻生由美

 

 

改札を抜けくる人ら散り散りに刑を終へたるごとく去りゆく   久我久美子

 

 

マチエール

 

今日はもう塗る日隣の窓口と会話しながら塗るステロイド   山川藍

 

 

灰色の空だ木枯らしこなきじじい 十八万のコートを眺める   小原和

 

 

もう吾に夢などなければユーチューブに他人の動かすマリオを見おり   加藤陽平

 

 

たらちねの耳より老いてゆく冬のはじめの電話みじかく終えつ   後藤由紀恵

 

 

十七人集

 

芋を掘り自慢せむとて里人を待てど来たらず秋の寒空   伊藤宗弘

 

 

乳牛の牛乳くさき小屋の中仔牛に頬擦りする人の見ゆ   矢澤保

 

 

傘を差すほどにもあらぬ雨に濡れコスモス手折る彼岸の入りに   稲村光子

 

 

一月集

 

衝動買いで鎮まるほどの手頃なるマグマを欲しとひたに思えり   入江曜子

 

 

自己評価シートに数字埋めながら数字のわれは切り捨てられん   高木啓

 

 

死ぬまでは死なぬつもりの父がゐた木犀の降る庭に声なし   石井みつほ