音楽と競馬、思ったことを書いて行きます -58ページ目

 

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記憶が鮮明なうちに、少しだけ追記しました。

 

 

清水 公望さんの演奏は、今月の初旬に、別の会場で聴かせて頂きました。その時の印象が、公望さんの本領が十分に発揮されたようには思えず、機会があれば近い時期にもう一度聴かせて頂きたいと思っていたところ、丁度良いタイミングで今日コンサートが開催されていました。個人的に「仕切り直し」と言うところでしょうか。

 

公望さんのヴァイオリンは、その音楽的な純度の高さが持ち味ですので、今日のような響きのある会場は向いていて、演奏そのものも、どの曲も一定以上のレヴェルで、ご本人もきっと満足されたコンサートではなかったでしょうか。やはり、前回のような響きの少ないデッドな会場は全く合いませんでしたね・・・。

 

冒頭に弾かれたクライスラーの2曲の小品ですが、決して造り過ぎることなく、公望さんのセンスの良さがストレートに表された、なかなかの好演でした。こういう小品を、さりげなく聴かせると言うのは、プロの奏者でもなかなか難しいもので、それを難なくこなしておられたのは、彼女が持つ音楽性の高さがあってこそだと思います。

続く、モーツァルトのト長調のソナタ、これも前回お聴きした時よりも、格段に良い演奏でした。湿度が低いこともあり、楽器が一段と共鳴しますので、公望さんもご自身の音を聴きながらじっくり進めておられ、落ち着いた安定した運びで、颯爽とモーツァルトを聴かせて頂きました。前回指摘させて頂いた第1楽章の運弓も、今日は曲の造りに合わせた運弓に変えられていて、その効果が曲の形を良く整えておられたように感じました。短い期間で曲を揉み込み、更に進化されておられたのは、やはりさすがですね。古典の作品と言うことで、ソナタ楽章の提示部をきっちりと繰り返しておられたのも、とても彼女らしいと感じました。

後半最初のバッハの無伴奏の抜粋、それ程急がないテンポの中、じっくりと響きや音程に十分に気を遣う演奏は、全曲を通してお聴きしたいと思わせるものでしたし、続くヨアヒムの「ロマンス」も、前回同様の熟成した音楽を聴かせて頂き、曲の良さも再認識出来ました。(楽譜買いたい!)

そして、今日最も楽しみにしていたブラームスの2番のソナタ、なかなか出会うことの出来ないような、大変素晴らしい演奏でした。実に中身の詰まった、豊かで充実した、意味合い深い演奏。このソナタで、このような「過」も「不足」も無い演奏には、なかなか出会えない・・・、そんなとても難しい曲です。音量の大小だけで曲の抑揚を付けて行くばかりでなく、弓の使い方、ヴィブラートのかけ方など、全てに公望さんのこの曲の譜面に対する推敲の跡が、極めて明瞭に感じ取れました。

第1楽章のコーダのあたりからは、胸が熱くなって来てしまい、不覚にも思わず涙腺が緩んでしまいました・・。公望さんは、演奏前のトークをお聞きしていてもわかる通り、楽譜の推敲に長け、運弓・運指にも大変気を遣われていますが、

例えば、第3楽章の冒頭、1の指のポジション移動をどの音でするかですが、公望さんはこの楽譜と同じ2小節目の四分音符でされ、また、6小節目のCisの音では「sul G」にはされず、D線の太い音で奏されていました。多くの奏者が、1小節目のCisでポルタメントをかけながらポジションを上げたり、6小節目のAisをこれ見よがしにG線で弾かれますが、前者のように弾かれる公望さんの音楽はとても端正に聴こえますし、節度のある音楽が曲の良さを更に引き立てるんですよね。余計なポルタメントも大仰さもなく、丁寧に音楽を紡いで行かれるのが公望さんの特徴で、今日は彼女の良さが全ての面で眼前に表れて来ました。

 

ピアノを弾かれた山中 歩夢さんの演奏にも触れない訳には行きません。公望さんに寄り添う姿勢の中にも、伴奏と言う範疇を超えた十分な自己主張が聴こえ、なかなか個性の強いピアニストだと感じました。常に音楽が前を向いていて、積極的だとも言えるでしょうか。例えば、このような場所での、躊躇の無いテンポ感や、

 

このような場所では、言い方が悪いですが、演奏相手を「追い込んで行く」ようなインテンポで(それは、公望さんの腕を信頼しているから出来ることなんでしょうが・・)、決して音楽を弛緩させないと言うような意識が充満し、聴き手にも一種の緊張を強いて行くような、少し怖さのようなものも感じさせる、そんな独特の魅力を持ったピアニストです。実際に、ここは「grazioso」であり「dolce」であり、しかも「leggero」なんですよ・・・。なのに、彼の音楽はとても「決然」としていて、でも、この場所の音楽に相応しい、そんな不思議な演奏。

 

 

 

こう言った部分では、少し主張が強すぎるような気もしないでもありませんが、そこら辺は、今回「初顔合わせ」と言うこともありますので、更に練り込んで行かれれば、飛躍的に良いアンサンブルになって行かれるはずです。彼はリスト音楽院の留学を終えたばかりとのことで、私が良く聴かせて頂いている森本 美帆さんとは同門のようで、今後、ソロをお聴きする楽しみもあります。

 

演奏後、客席に見慣れたお顔の男性がおられました。彼は、数年前まで同じオーケストラで演奏をしていたお仲間で、何でも公望さんの中学校時代の音楽の先生だったそうです。そのお話を存じ上げず、ちょっとビックリしながらの、かなり久しぶりの再会となりました。

 

今日は、ご盛会おめでとうございます。そして素晴らしい演奏の数々、ありがとうございました。

いくつかの譜面にサインを頂きました。ブラームスはもう表紙がサインで溢れてしまい、今日は中表紙にして頂きました。

竹田 景子さんの演奏は、以前神戸で行われたコンクールでお聴きしたのが最初で、それ以降、何度かいろいろな場所で聴かせて頂いているお馴染みのピアニストです。また、彼女のご家族は様々な文化活動にとても熱心で、例えば、5年前に行われた「第8回神戸国際フルートコンクール」の出場者=ジュリー・ムーランさん(アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のフルート奏者)をホームステイと言う形でお迎えになられたり(私もそのコンクールでムーランさんの演奏をお聴きし、その素晴らしい演奏が心に残ったひとりです)等々、神戸市民の多くに名が知られているご家族で、そんな繋がりもあり、これまで仲良くさせて頂いております。

 

事前に景子さんと少しやり取りをさせて頂いたのですが、今回のプログラムの「隠しテーマ」が当日までわからないままいたのですが、その種明かしを舞台からお聞かせ頂き、改めて、景子さんの聡明さに感じ入りました。当日お聴きになられなかった皆さんも、ぜひこのプログラムをご覧いただき、その彼女の思いに想像を巡らしてみて頂きたいですね。また、敢えてこちらには転載しませんが、掲載された景子さんによって書かれた「Program Note」は、ご自身の言葉と考察によって書かれた、とてもわかりやすく優れたもので、彼女の曲に対する思いを感じると共に、演奏をお聴きする良い道しるべとなりました。

 

冒頭のモーツァルトは、緊張から少しぎこちない雰囲気も感じましたが、展開部以降はこなれた感じで、伸び伸びとしたモーツァルトをお聴き出来、以降の渋い3曲も、景子さんらしい、機知に富んだ素晴らしい演奏でした。

ルーセルの本領はオーケストラ曲にあり、器楽曲では彼が思っていたであろうリズムや色彩感の良さが生かされにくいこと、また、フランクの本領は器楽曲・室内楽曲にあり、オーケストラ曲では重すぎたり練り過ぎたりで、彼の率直さが生かされにくいこと、そしてドビュッシーの本領はどの楽器編成でも十分に表現され、そして演奏の良さによって生かされることを、景子さんの優れた演奏を通して感じさせられました。ドビュッシーが現在も第一級の作曲家として君臨している理由、そして、演奏次第でいろんな解釈も可能なのだとと言うことを思い知られた、そんな意味のあるリサイタルでもありました。

アンコールも「沁みました」ね。彼女の演奏には、決して派手さはありませんが、楽譜の推敲に長け、何一つ曖昧さがありません。そして、演奏の行間から漂う「香り」は、とても個性的・独特ですよね。ご自分で弾きたい曲を、率直に並べられたプログラム。楽しませて頂きました。

 

改めまして、ご盛会、おめでとうございます。そして、いつもありがとうございます。

三年ほど前に行われたコンクールで、公望さんの素晴らしい演奏に接し、その時に共演されていたピアニストの方と懇意させて頂いていたこともあり、コンクール後にお声をかけさせて頂いたのが、彼女との出会いになります。そして、昨年お話した時に、私が書いたその時のコンクールの記事を読んで頂いていたことを知り、ビックリしたことも良く憶えています。その際、今回のリサイタルの開催について教えて頂き、聴きに伺いました。

以前も書きましたが、彼女のヴァイオリンは、少し冷たい肌触りを感じますが、かえってそれが曲そのものの構造や器を引き立たせ、しゃべり過ぎず、エッジの効いたシャープな奏法で、曲全体を引き締めている、そんな印象を持っています。ただ、時を経て、彼女のヴァイオリンも、少しずつ変化を見せていることも、今回のリサイタルで実感しています。

今回弾かれたプログラムは盛りだくさんで、一般の聴衆には少し重たい感じがあったことは否めません。加えて、この日は雨による湿気と会場のデッドな音響と言う条件が重なってしまい、あまり楽器が鳴っていなかったようにも感じ、公望さんには少し気の毒な気も致しました。

特に良かったのは、ベートーヴェンの6番のソナタでした。日頃あまり弾かれない曲ですが、とりわけ第2楽章では、一音一音大切に音を紡いで行きながらも、曲の輪郭をくっきりと描いた演奏は心に沁み、彼女の優れた音楽性が見事に発揮されていた一場面でした。また、チャイコフスキーでの伸びやかな表現は、彼女のまた別の側面を見せてくれた素敵な演奏だったように思います。

 

一方で、冒頭のモーツァルトは、譜面の推敲(例えば、上にあげた楽譜、第一楽章の147小節目から3回続く同じ音型の弾き方ですが、公望さんはアップボウから開始、音量が増して行く3回目の149小節だけはダウンボウで開始されていましたが、これが曲が本来持つ「軽さ」を表現しようと言う意図でされていたのであれば別ですが、この曲はいわゆる古典の曲ですし、基本的に拍の頭はダウンボウで弾かれるべきと思っています。そうしないと、同じ音符で書かれた音型の聴こえ方に違和感を感じ、音楽的な統一感に欠けるように聴こえてしまうからです。ですので、この音型は3回ともダウンボウによって統一感良く弾いて頂きたかったと言うことです)、また、この曲ではピアニストとの合わせが幾分不十分だったように感じ、何か手探りの中で曲が表面的に進行して行ってしまうように聴こえていたのも少々残念でした。イザイの無伴奏も決して悪くはありませんでしたが、冒頭のバッハの引用部分は、音量が小さくとも、もっと音そのものをしっかりと正確に弾かれないと、その後に出て来るイザイによる変形が活きて聴こえず、そういう点を含め、曲をもう一度見つめ直され、これまで以上の素晴らしい演奏を期待したいですね。

メインのR・シュトラウスのソナタは、ピアニストとの合わせの時間を十分に取られた跡が良く感じられ、素晴らしい一体感のあるアンサンブルが聴こえて来ましたが、第3楽章は、作曲家の「作為」が少ししつこく感じてしまうように、曲そのものの出来がもう一つにのようにも感じ、公望さんの素敵な演奏も、この部分ではあまり演奏効果が上がっていたようには思いませんでした。フラット系の曲と言うことに加え、この日の湿気で楽器が思ったように鳴っていなかったことも、そのように思った要因かも知れませんね。

アンコール、ヨアヒムのロマンス、この曲は初めてお聴きしたんですが、とても美しい曲で、前半でお聴きしたベートーヴェンの第2楽章に通じるものがあり、その繋がりもあり、彼女のしみじみとした演奏が、この日の良い締めくくりとなりました。

全体的に少し辛口な評価になってしまいましたが、以前お聴き出来た彼女の持つ「緻密さ」(表現的にも、技巧的にも)が、この日の演奏からは感じられ難く、もっと曲数を絞るなりの工夫をされながら、1曲1曲に神経を集中され、より公望さんらしさが表れるような演奏をお聴きしたいと思いました。

共演されたピアノの秋元孝介さんも、私にはお馴染みのピアニストで、良く聴かせて頂いています。力強くも繊細な演奏スタイルは、この日も健在でした。大学の「有森クラス」で学ばれた成果が良く出ておられたように感じ、併せ物もとても上手ですよね。公望さんの良きパートナーと言った感じで、とても良いデュオだと思います。来年3月には、西宮の兵庫芸文の「ワンコイン・コンサート」にご出演も決まっていますし、ご活躍の場がどんどん広がって行かれます。また、お父様にはいつもお声をかけて頂き、とても有難く思っています。

 

お二人の、今後益々のご活躍を、祈念しています。お疲れ様でした。

三か月毎に、兵庫県神戸西警察署の生活安全課と言う部署から、定期的に連絡を頂いています。一昨日も、いつもの定期連絡を頂きました。その連絡とは、ある男に対する「兵庫県迷惑防止条例」の適用について私が相談している件で、その男から直近何か迷惑な行為をされていないか、その事情確認を兼ね、連絡を頂いていると言うことになります。

 

まあ実際に、その男と直接行き会う方が、解決も速い=私の方こそ、その男に何らかの行為をされた時点で、すぐに近隣の警察署に連絡して下さいと言われている、のですが、私も、そんなつまらないことに関わっていても時間の無駄ですし、そうこうしているうちに、警察署に相談に伺って以降、その男と遭遇しなくなり、もう一年以上経ってしまったと言うところです。

 

最近、大手匿名掲示板にて、その男がいまだに行っている「迷惑行為」について、いろいろ書きこみがされていますが、そもそも、その種を捲き、大きくしてしまったのは、「兵庫県立芸術文化センター」にあります。私が、その男の「迷惑行為」を「モラル」の側面から見て、やめてもらえるよう、直接その男に話をした上で(この時に、その男を呼び止めるために、肩をポンと触れた行為が「暴力行為」とされ、以降、その男に騙され交番に連れて行かれ、結果「暴行罪」で訴えられ、取り調べを受けることとなりましたが、結果不起訴処分でこの事案は終了しています。要は、その男は、平気でそのようなことを考え、行うと言う、とても「小賢しい」男です。)、その男と連れだって、会場の職員にどちらの言い分が正しいのかを問うために行きましたが、その時対応された女性職員は、その男のしていることは、単なる「演奏に対する賞賛」であり、特に問題ない、と言う答えで、私の「負け」と言う結果でした。全ての発端が、この時対応された一職員の判断に拠ると言うことです。ただ、その時にその男からもらった「各種暴言」に怖くなったこと、また、その時のその男の態度などから、その男に関わることは私にとって大きなマイナスになることを悟り、以降その男に関わることを一切やめたのに、大手匿名掲示板に書かれたその男に関するものが、私が書いていると決めつけられ、行き会う度に追いかけられ、行く手を遮られ、迷惑を受け続けてきた、と言う、過去4年程を簡単に振り返ってみると、そんな流れになります。

 

今、会場の職員に、その男の「迷惑行為」について苦情を言われている方も多いと言うことは良く知っていますが、一度、その男の「迷惑行為」が、「迷惑行為」ではないとの「お墨付き」を会場職員が与えてしまったことで、いくらその男の「迷惑行為」を掲示板に書き込んだり、職員へ苦情を言っても、上で書いた通り、それは無意味なことで、会場職員がその都度その男を「諌める」ぐらいしか出来ないのも当然なのではないでしょうか。その男は、私立ち会いのもと「免罪符」を手に入れてしまったからです。繰り返しますが、一会場職員の判断で、その男の行為を(たった一度であっても)認めてしまった訳であり、不本意であっても、現に私はその場でそれを聞いてしまっています。(だから、私に対してそのような対応を取ったその場所には、抗議の意味を込めて、二度と行くことはありません。どれほど怖い思いをした私が助けを求めても、何ら親身に対応すらしてくれませんでしたし。公共施設と言うところは、そういうものだということも、この件を通じ良くわかりました)

 

会場でモラルに反する不快な行為に遭遇している皆さんには大変気の毒ですが、もっともっとその男の「迷惑行為」がエスカレートしていかない限り、同じことの繰り返しでしょうし、当然のことですが、会場の職員が自ら捲いた種は、自分たちで刈り取って行かれるしかないでしょうね。そして、この厄介な問題に関わりたくない人は、その場所に行くべきではないでしょうし、そうやって抗議でもして行かない限り、会場側は、その男の「迷惑行為」を「迷惑行為」だと認めなかった過去を、(いくら今、その男の行為に困惑しているにしても)取り消すことは今後も出来ないでしょうね。この会場へ聴きに行かれる皆さんも、そこのところは良く承知されて行かれるべきだと思い、今日は敢えてこのことについて書かせて頂きました。

 

その男の行為に対し抗議し、排除しようと心から願う、良心をお持ちの方であれば、掲示板などにちょこちょこ書き込まず、会場職員と一体になり、ぜひ行動を起こしてみて下さい。もうそうするしか、あの男を会場から排除することは難しい時期に来ていると思います。

会場側も、そう判断してしまったことは「ミス」だったことを率直に認めた上で、その男に対し更に毅然とした態度を取らなければ、多くの善良な聴衆から見放されることになるでしょうし、実際の会場ロビーの雰囲気からそれを感じ取っていないようでは、「サービス業失格」です。

 

この3月末で東京芸術大学をご卒業された、オーボエ奏者の早川 萌子さんからお誘い頂き、聴きに伺いました。

彼女とは、3年程前に、同じオーケストラのメンバーとして、ベートーヴェンの交響曲第九番他を演奏(私はヴァイオリン)したご縁からお知り合いになり、以来何度か彼女の出演される公演に伺って来ました。

(3年前の「第九」の演奏は、下記サイトからお聴き頂けます

https://www.youtube.com/channel/UCwsXZe30zKdyDBRcMjRbt1w

奏者が思うに、第3楽章が最も良い演奏のように思います)

 

今日は、彼女の大学卒業記念も兼ねたご出演で、共演されたピアノの田村 果林さんも、東京芸術大学の同期で、早川さんと一緒にご卒業なさいました。

やはり、他の出演者の方に比べ場数を多く踏んでいる分、全てにおいて余裕を感じ、実に堂々と実力を発揮されたステージでした。音色は透き通り、技巧は完璧、高音の安定感も申し分なく、また息継ぎの回数を極力少なくし、音楽が途切れないよう十分配慮された、オーボエと言う楽器らしい味わいを感じる、大変素晴らしい演奏でした。

関西ではなかなか素晴らしいオーボエの演奏に巡り合えないので、ぜひ関西を中心に活動して欲しいと思いましたが、残念ながらこの秋からドイツ方面へ留学を検討されている由。やはり更に上を目指されるのですね。ピアノの田村さんも、少しの充電期間ののち、ポーランド方面への留学を検討しておられるとのこと。更なる成長の期間と思い、ご帰国後の演奏までお待ちしましょう。

 

萌子さん、今日は素晴らしい演奏をありがとう。そして、ご卒業おめでとうございます。お母様も、お気遣い頂き、わざわざお声をかけて頂き、ありがとうございました。これからも、どうぞよろしく!