娘が、

「私のコロナワクチン以外の最後の注射の思い出は」

と突然言い出した。

「多分5歳か6歳の頃だった」

 

そう言われて、突然記憶が蘇った。

保健所の待合室でちょっと不安げなおかっぱ姿の娘。待合室に沢山のお母さんが小さな子供と一緒に待っている。授乳をしている人もいる。日本と違って授乳に一々人目を気にする人はいない。

季節は夏だった。

 

予防接種はあっという間に終わった。

熱が出たり大騒ぎすることもなかったので、記憶から消えていた。

 

ってことは打ってるのか!

じゃ、この記録はなに?書いてないよ?


月曜日にならないと保健所と話ができない、ということで、月曜日に保健所に行く。

誰もいない。

控えの電話番号に電話する。

保健所ではなくて病院に来い、という。要件を言うとすぐに調べてくれて、来たらすぐに証明書を出す、と言うではないか。

 

「ほらー、あたしの言だった」

 

なんてことだ、自分の記憶力のなさが情けない。でもちゃんとデータがあるんだわね、この国ににも。

 

行くと、

 

「はいどうぞ」

 

と証明書を渡される。これで一件落着、と思ったら、

 

「ちょっと待って、念のため」

 

ともう一度目を通すと、

 

「あら、5回目を打ってないわね」

 

という。頭がが混乱する。2回目を実は打っていた、という話ではなくて、5回目をやっていない、ってどういうこっちゃ。

 

「明日の朝打ちましょう。そしたら証明書を出し直すわね」

 

車の中で、自分の持っている記録を見る。あー、確かに。もし2回目を打った、ということだったら、実は4回目まで打っていることになる。カウントの仕方はよくわからない。多分、一緒にいくつか打っていたのだろう。でも5回目は15歳になってからじゃないのかな。うちの子は13歳だが・・・

確認のため電話すると、法律が変わって5回目は高校入学前、ということになったらしい。全部ワクチンを済ませてから高校に入学してね、とした方が管理しやすいからだと思う。

 

で、火曜日にワクチンを打ち、証明書をもらい、学校に行き書類をだし、ようやく高校入学の手続きが済んだ、というわけ。

やれやれ。

法律が変わったにしても何にせよ、家族にもわかるように記録は渡しておいてほしかったな。

今回は証明書をコーピーしてもらってきたので、今度こそ大丈夫。

 

あとは子宮頸がんワクチンかぁ。


 

子供とアニメをよく見る。

最近は「鋼の錬金術師」を見ていて、これは30話ぐらい見終わったか。半分は見ていると思う。

もう放映済のアニメなので、お互い時間があるとき、見たい時に見ている。

 

「鬼滅の刃」刀鍛冶編はこの間終わった。

なので次ののシーズンまでしばしのお預け。

 

先週日曜日に始まったのが「無職転生」でこちらは2期。

娘より私がはまっている。完全に大人受けするアニメに、娘を無理やり引き込んでいる。大人の世界の話でも、子供と見るような内容ではなくても、全然かまわない。

1期の出来が良すぎて、2期がどうなるか、ファンのみんなが心配していた。だが、皆さんほぼ満足しているようだ。

が、私は、あれ、っと気になっている点がある。

絵がヘン。ダリウスの絵柄がコロコロ変わって、同じ人物に見えない。そして、手の動きがとても不自然なところがあって、正直「どうしちゃったの」と思った。すごく下手な人が担当したのか、予算の関係で適当にしたのか。

 

なぜ変なのか分かったのだが、どうやら外国と日本版で入れ替えがあったらしい。

オリジナル日本版は刺激た強すぎると判断したようで。

でも強すぎると判断したのは配信側。視聴者への余計な忖度だと思う。どうって言うことないシーンだもの。それより絵が下手なほうが気になっていつまでも考えてしまった。

あとピレモン卿がパウロの弟だとすると、息子のルークはちょっと大きすぎないか、と思った。パウロはアラサ-で10代の息子がいる。と言うことは20歳で父親になった。弟の息子がそれより大きいのはおかしくないのか、、、

多分原作とアニメで設定が違うのだろうけれども。
 

こういうことは人が作った妄想の世界の話で、つじつまが合わなくても本当はどうでもいい事だとは思うが、その妄想から抜け出せない。楽しむ分にはいいのだと思うけれど。

 

 

風が気持ち良い。昼寝最高。

夏がこのままの気温だったらいいんだけど。

年末に日本に帰った頃も、背中が痛いと言っていただろうか。私達がいた時はそれほどでもなかったのかもしれないし、痛みをごまかせる程度だったのかもしれない。
私達がこちらに戻ってから急に父の背中の痛みが増したらしく、診断を受けたところ「脊柱管狭窄症」ということだった。年齢を重ねた人には良くある症状なんだろうと思う。

病院の指導を仰ぐにはもちろんだが、家で何かできることもあるだろう、とYou tubeでできる運動を探して、「こんなのを地道にやるといいかもね」と送っておいた。結構そういう努力が嫌いな父には珍しく「今回は本気でやる」との返事だった。
その動画だけでなく、色々自分で探したら色々できるエクササイズがあるので、自分で探してほしいな、とこれは勝手な娘の願いだった。そもそも私は痛みの加減が分からないので、どんな動きができるかわからない。こちらがあれこれ探して送るより、自分でできそうなものや気に入ったのをやればいいだろうし、病院のリハビリでも教えてもらえるはず。

ところが、である。
どうやら痛みは減るどころか増す一方だったらしく、痛みに耐えかね藁にもすがる思いで病院とは別に整体師のところに行って、さらに悪化。

もう動くと痛いから横になっていることにしたんだそうだ。

 

これを知って妹が腹を立ててしまった。そんな勝手に民間の整体師なんか行って。これでは本当に寝たきりになってしまう。どうするつもりなんだろう、あの頑固じじい。こうなったら手術も検討してくれる病院を探して連れて行く、と鼻息荒い。

 

言えば言うほど父は言うことを聞かなくなっている。多分。
父は怖いのだと思う。寝たきりになるよ、手術をするようになるよ、と言われれば余計に怖い。父の年齢を考えたら当然だ。もし寝たきりになったら、その先に何があるのだろうか?だからもう現状は見ない。とりあえず横になっていよう。そんなところか。寝たきりが嫌なのに寝ている、とかなり矛盾しているけれども。

 

もちろんそれだと状況は余計に悪化していくし、痛みは増していく一方だろうから、本人もつらいと思う。

 

どうしたものかな、と思っている。

 

 

抜歯をしてから5日経った。

首の凝りは、固形物を食べ始めてから楽になってきた。やはり顎を動かすことは大事なことらしい。
今度は、抜いた歯の上の歯がちょっとうずく感じになってきている。やはり下の歯とかみ合わないということは、だんだん上の歯にも影響が出てくるのかもしれない。


黒柳徹子のYou tubeチャンネル「徹子の気まぐれTV」は好きでよく見ている。
好きな理由は置いておいて。
徹子さんの歯が気になってしまった。とてもきれいだけれど、ご自分の歯なのだろうか。
失礼ながら調べさせて頂いたら、総義歯ということだった。

なるほど、だから昔と比べるとあの早口言葉のようなおしゃべりではない訳だった。
あまりに早くしゃべると、多分入れ歯が外れてしまう。

それがこそ彼女らしいことなのに、総入れ歯を決意した時はさぞかし落ち込んだりしたのではないだろうか。

入れ歯に慣れるのも相当苦労されたのではないか。

でもそんなことは微塵を感じさせないし、いつも笑顔の彼女は素敵だと思う。

 

そして入れ歯でも本当に美味しそうに食事をされる。

固いものは食べにくそうだけれども。

 

「どうにかなるわよ」

と徹子さんがいつも言う言葉を、私も言えるようになりたい。

うちの子は日本の中2だがこちらでは6月に中学を卒業し、9月から高校に入学する。

日本とは入学までの勝手が違うので色々戸惑う。

いつ入学手続きなのかよか分からないまま過ごしていたら、今日突然学校から連絡があり、7月4日までに書類を提出するように言ってきた。メール連絡ではなく電話、というのが腰を抜かす。一々各家庭に電話で連絡しているのだろうか。暇な仕事ぶりだ。

 

その中にワクチン証明書を出すように言ってきた。

これが問題なのだった。

ワクチンと言ってもコロナではなく、いわゆる日本の7種混合のことである。今まで中学入学の時も、高校の入学願書を出すときも、打った、と書類には書いていたが、実は打ってない。いや、1回目は打ったけど2回目は打っていない。

打ったけど50%だから、打った、と書いた。それだけの話だが、半分だけ打ったのでは多分証明書は出ないと思う。

打たなかった理由は、保健所から連絡が来なかったからだ。

他の州に住む日本人の友人に聞いたら、普通に連絡が来た、という。だから、うちの州の保健所がいい加減なのである。

こちらが気付いたら行っただろうが、最初に打ったのが1歳前でその後5年後に来てください、とメモは見つけたが、そんなことを覚えていられるほどこっちは暇ではない。気が付いた時は娘はすでに10歳だった。それからモヤモヤとしながら3年が経ってしまった。

娘は「お母さんたちのせい」とブーブー言っているが、まあ、多分夏休み中に打って、それで証明書を出してもらう流れではないかな、と冷静に考えてそう思う。

夫は「犬の予防接種のシールを貼って出せば?」とか言っている。それで通った時代もあったらしい。と言ってもそんな昔話からはすでに半世紀は過ぎている。
 

時代は変化する。

 

普通は「ピンピンコロリ」とか言って、突然あちらに逝ってしまいたい、などと言うけれど、数日前に友人が本当に突然あちらに逝ってしまって、それってどうなんだろう、本当にそれが最高の理想なのかな、と思ってしまう。

友人と同じ整体師のところに夫が通っている。その整体師の話だと、亡くなる前日にもやってきて、
「ああ気持ちが良い、これで大丈夫。元気になった」
と満足そうだったらしい。

友人は不服や批判をしないとても穏やかな人で、たとえ元気になっていなくても、相手への気遣いからそういう言葉を言う人だ。お金を払っているんだから、いまいちだったらいまいち、と言えばいいものを、絶対に言わない。だけど、本当に気持ちよく治療を受けたんだと思う。

75歳だったが、まだまだ現役で仕事をしていた。夫とも共同の仕事があって、数日前に打ち合わせをしたばかりだった。先があると思って生きていたのに、パツン、と電源を切られたようにいなくなってしまった。

 

もし魂が体から抜け出て自分の肉体を見ることができたとしたら、
「そんなはずは」
と相当驚いていると思う。

でも不幸せな一生だったかと言うと、そうではないのかな。

それと比べて病気でいつか逝くと分かっていたら、それはそれで、いつかの日までの毎日を大事に生きるのかもしれない。

 

結局みな「いつか」があるわけだから、大事に生きろ、ということなんだと思う

左の下5番の歯はもう10年ぐらい前に抜いて部分入れ歯をしていて、今回抜いたのは6番。

なので、今は5番6番に大穴が開いている。

虫歯の嫌な痛みがなくなってくれたのは良いけど、今度は舌の位置をどこに置いていいのか分からなくて、煩わしいだろうな、とは思っていたけれど、やっぱりかなり煩わしい。そしてそれに伴い首や肩が凝って頭が痛い。

ちょっと前までそれでパニクっていたけれども、もういつか死ぬ命が色々体の部分が欠けて不調になるのは普通のこと、と思っていれば、大丈夫。そしてこれは永遠ではないので、頑張る。

幸い、寝ている時に唇は閉じているけど、常に口を緩めて寝る人なので、寝ている間に緊張は少し解けているらしい。ただ眠りは浅くて朝ちょっとだるい。

 

何でもリラックス、どうせ死ぬんだから、細かいこと気にしないでビクビクしない。

スマナサーラ長老の講義のお陰で少し楽なので、今日は1年に一度のインタビューの日だったけれど、リラックスした気持ちで対応できたと思う。幸い、今回はビデオも写真もなかった。というより、断ったらあっさり引いてくれた。良かった。ビデオや写真を撮るなら、スタイリストを連れてきてほしいものだ。

昨日抜歯をした。
抜歯をしなければならないと説明を受けた時、意外にも事実を受け入れた。これは避けられない、と思った。
ダメになったのは根なので、傷みはそれほど強く感じなかったけれども、食べるときに力を加えるとこれはまずいな、このまま放置したら手に負えなくなるな、という感じが自分でもしていたからだと思う。

あとはこの後の処理をどうするか、だ。
入れ歯か、インプラントか。
インプラントでトラブっている身としては、インプラントを避けたいが、インプラントを避けたがために、部分入れ歯の雑菌から虫歯が発生した可能性も否めないと言われて、それも否定できないものがあると感じていた。もともと1年前まではあまり問題のない歯だったのに、これは自業自得なのかもしれない。
でも悔しがっても仕方がない。もう起きてしまったことだから。

抜く日が決まってから、You tubeで歯医者チャンネルや歯の治療を報告した人のチャンネルをあっちこっち梯子して、ここ数日はたまたまスマナサーラ長老を知ってお話を聞いているうちに、段々心が落ち着いてきた。
別に大したことじゃない、体が老化してどこかの機能が失われていくのは、当たり前のこと。
一生懸命やったと思うから苦しむ。一生懸命歯を失わないようにしていたのに失っていくのは確かに悔しいけど、でもしょうがない。


歯医者との出会いが悪かったのもある。それは結構世の中にどこでもある。私の住んでいる国のせいでもない。
今、自分で探した先生は誠実だと思う。ダメだと思ったらまた考えればいい。

それにしてもスマナサーラ長老のお言葉は厳しいな。
と思いつつ、でもそれもそうだ、とも思う。

昨日見た友人の亡骸が、何度もふと頭の中をよぎる。

この間まで一緒に話をして食事をしていたのになぁ。

夫は父のような兄のような人だった、と涙をこぼす。


ちょうどスマナサーラ長老の話を聞き始めたところでの知らせだった。

何というタイミング。

死ぬのはもう決まっている。それは誰もが避けられないこと。

一つとして同じ物はなく、皆変化していく、無常である。

 

私も、周りも。

 

夫の定期検査は、一昨日のこと。

やはり病気は進行している。

これもまた避けられないこと。


今できることは、一緒にいる時間を愛おしむこと。

 

私も自分の変化を怖がらないこと。

 

自分に言い聞かせている。