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まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,229号)
 

トランプ氏が演説中銃撃に遭った。氏の右耳から出血が見えた。私の感想は「よく助かった」である。弾が耳を貫通している。あと数センチ差で頭部を撃ち抜かれていたということだ。紙一重のところで助かった。

 

○あまつさえ、共和党支持者も一人犠牲になっている。弾が散弾状のものであれば、聴衆の被害者も更に増えたのではないか。

 

○1月、韓国「共に民主党」の李在明。5月、スロバキアのフィツォ首相。6月、メキシコの候補者が多数殺害された。

 

○日本でも一昨年、安倍元首相が銃撃に遭い、昨年は岸田首相が襲撃を受けた。政治の舞台がショー化し、過激度を増しているからなのか。

 

○トランプ氏は共和党の大統領候補者であり、前大統領である。これまでも大統領や候補者が銃撃を受けた。リンカーン、ガーフィールド、マッキンリー、ルーズベルト、ケネディ、そしてレーガン。

 

バイデン×トランプの討論でも相互の非難合戦に終始した。政治に「言葉」が戻ってこない限りこの風潮は止まない。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,228号)
 

○思えば会社を退職して2年半が経った。もうボーナスに未練はない。ほぼない。未練はないと思う。ないもんはない。ほんまは欲しい。誰か呉れ。どっちやねん。

 

○38年間務めた会社を2021年12月28日に退職し、2022年1月4日から三宮駅上に行き、独職を開始した。既に起業していたとはいえ、ほぼすることはない。

 

○会社には自分の机というものがあり、仕事の資料や文具などの道具を置いていた。また、コーヒーカップや、飴ちゃん、常備薬、本や雑誌、充電器、鼻紙、年賀状、その他私物も溜まっていた。はっきり言うて。

 

○三宮駅上はビジネススクエアであり、その中のワークスペースなので、当然自机はない。なので上記のものを全て持ち込まねばならぬ。これが退職して判明したリアルな事実だ。

 

○そういう意味では38年間当たり前だと思っていたもの無しで、持ち運べる範囲のもので勝負せねばならぬ。退職して3年目に入り、漸く慣れてきた。知らんけど。

 

○シニアのおっちゃんは、ボーナスと共に自机にも憧れるのであった。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,227号)
 

○N氏は午前5時に起床する。還暦も4年を過ぎると年季というのか老成というのか耄碌というのか、何時に床についても5時に目が覚める。当然ながら目覚ましもスマホアラームも不要だ。そういう意味ではエコなのかもしれないが、単に眠る体力が無くなっただけとも言える。

 

○用を足し、洗顔し、着替える。靴下を穿く段でソファに座る。両足に靴下を穿くだけの作業だ。本来であれば十数秒で完了することだ。しかし、N氏は靴下を穿くためにソファに座った時点で急に靴下を穿く気がしなくなる。

 

○思い返せば小学校低学年、あいや、ややもすると幼稚園時分からそうだったのかもしれない。そうだったというのは、靴下を穿くのに何分もかかるというヤマイだ。

 

○この靴下を穿くということは、この後服を着て、鞄を整えて、靴を履くということだ。靴下を穿いてしまえばそれで夢の世界は終わり、世知賢い世界に入っていかざるを得ない。

 

○N氏は今日も両の靴下を穿くのに5分かかった。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,226号)
 

○ドラマ「燕は戻ってこない」が終わった。桐野夏生の原作は吉川英治文学賞と毎日芸術賞を受賞。代理出産がテーマで、重い。主演の石橋静河は、石橋凌の娘。ということは母は原田美枝子か。

 

○リキ(石橋)は卵子提供のバイトに誘われるが、実は代理出産であった。稲垣吾郎内田有紀の夫婦に代わり、二人の子を産む。

 

○夫婦でないと「子」にならない。吾郎と有紀は一旦離婚し、吾郎とリキが婚姻する。その間リキが男と関係を持ったり、吾郎と有紀が不仲になる。

 

○桐野夏生は6月に『オパールの炎』を上梓。1972年から活動した「中ピ連」の榎美沙子がモデルだ。桐野夏生はその活動に「主張は正しいと感じていた」(9日日経夕刊)

 

○主張を訴求する方法論などで失敗し、今で言う炎上となって、彼女は表舞台から消えた。日本のピル解禁は1999年である。

 

○「国は状況によって生殖を管理しようとする。だからこそ、50年以上前に女性の自己決定権を主張した人がいたことを知ってほしい」という。どちらも強烈に読みたい。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,225号)

○7月5日、私は新梅田食堂街の「吉野寿司」で穴子の箱寿司を買った。「穴子の日」と知り、思わず立ち寄った。寿司が押されるのを待った。通路を挟んでガチャの台が並んでいる。時間潰しに眺めていたら「JR時刻表」があった。

 

豆本サイズの時刻表。87年4月号、13年4月号、22年10月号、23年5月号の4種。夫々「新旅客会社開始」「創刊50年」「鉄道開業150年」「創刊60年」の記念号である。

 

○気にはなるが、私はガチャ人ではない。あまつさえ五百円もする。小銭入れに百円玉が5枚あれば買おうと思ったら、5枚ある。数年ぶりにハンドルを回す。SLが表紙の2022年10月号が出た。

 

○豆本にも色々あるが、これは小さい部類だ。50mm×38mmで106頁ある。同日、古書店で文庫『インシテミル』(米澤穂信)を買った。484頁。文庫は148mm×105mmだ。総紙面積7.5㎡で110円、豆本は0.2㎡で500円だ。古書が安過ぎるのか豆本が高すぎるのか。

 

○とまれ、豆本版時刻表は小さくて読めない。こうなったら「豆時刻表読解専用ルーペ」をガチャして呉れぃ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,224号)
 

○俺のシャツの袖口は擦り切れている。着ているうちにコスれたりスレたりするのであろう。左の袖口は時計に当たり、右側よりも劣化がきつい。

 

○よく見ればそう見えるのだが、電車内の隣でスマホをいぢっている青年には、俺の袖口がビビッたりしておっても何も感じないし、そもそんなところなど見ていない。やはり俺自らが気になっているのだ。

 

○しかし、向いに座っておる若女子のジーパンはズタズタに破れておる。あまつさえ、裂け目から糸やら生地やらがヒラヒラしている。あれのどこがオシャレで格好いいのか教えて欲しい。昭和だねぇ、俺。

 

○神大教授だった吉田順一先生が着ていたのは、襟と袖口部分が切り替わるクレリックシャツだ。襟や袖が擦り切れたときは、そこを修理(交換)するのだ。本当のお洒落はそのように大切に着ること、だという。

 

○ダメージのジーパンの場合、最初から破れているものを買う。それであれば使い倒して本当に破れている方が或る意味格好よいようにも思うが、どうか。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,223号)

が飛んでいる。私の頭上70cm斜め45度上空を旋回中だ。ヘリやオスプレイやドローンであればホバリング状態か。いや、あれは静止で旋回はしない。

 

○蠅は選りに選って私の頭上を飛び続けている。空は無限だ。無限にある空間の中から俺の頭上、あまつさえ俺の身体の幅分で旋回しなくてもよいではないか。例えば隣にボンヤリ(失礼)座っているオッサンの側に30cm程右に移ったとて、誰からも一切咎められない。

 

○それともナニか。ワシは蠅が好む類のフェロモンを発しているとでも云うのか。蠅は厠の糞や芥の滓に飛来し、揉手のように細い両手を相互にすり合わせ、佇む。

 

○するとナニか。ワシが熟女向けフェロモンと自認する香ほりは、実はクサいだけの加齢臭だと云うのか。

 

○こうなったら、ワニワニパニックの蠅版、蠅叩きでハエを追うハエバエパニックというゲームを開発しようか。

 

○何でもええので、頼むから俺の前で遊覧飛行するのはやめて呉れないかなぁ。ぶ~ん。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,222号)

大谷翔平が2日に27号本塁打を打った。メジャー500打点は日本人として松井秀喜、イチローに続き3人目である。

 

○過去6年の年間平均打点は72打点である。松井秀喜は760、イチローは780打点。計算ではあと4年でイチローをも抜く。

 

○「イチローをも抜く」どころではない。本塁打数はリーグ1位、打率3割2分も1位、
打点64は3位である。

 

○日本の野球では今年「球が飛ばない」と言われている。現時点で「3割打者」はセリーグではサンタナ(ヤクルト)と(巨人)のみ、パリーグは近藤(ソフトバンク)と田宮(日ハム)のみである。

 

○本塁打となると、セ1位は村上(ヤクルト)の15本、2位岡本(巨人)の13本、パ1位は近藤(ソフトバンク)の13本、山川(ソフトバンク)の13本だ。

 

○あまつさえ、我がオリックスで言うと最多はセデーニョの8本。昨年首位打者の頓宮4本、2021年本塁打王の杉本3本である。嗚呼。

 

○オリックスのチーム全体では28本で、これも大谷選手一人に抜かれる可能性もある。嗚呼。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,221号)
 

○小学校のときに、同級生にMさんという女子がいた。Mさんは細く、白く、華奢だったが運動はできたと思う。そして、ウイッグを着け、メガネをかけていた。

 

○何かの症状か副作用で髪や眉がなく、そのようにして登校していた。昭和40年代、今あるような自然な気の効いたウイッグではなく、丸わかりの人工的なものだった。

 

○彼女は気丈だった。他の女子に混ざって普通に過ごしていたし、よく男子に文句も付けていた。

 

○覚えていないだけかもしれないが、私は、Mさんとまともに喋ったことはあまりないように思う。接し方がわからず、結果的に無視するような態度をとることが多かったように思う。

 

○小学校は2クラスしかなく、どうあがいても同じクラスか隣のクラスになる。顔を合わせない日はない。しかし、私はたぶん6年間そのような態度をとった。

 

○先生からも何の説明もなかったし、たとい説明があったとしても結果は同じだったと思う。

 

半世紀以上経った今、そんな事を云っても仕方ないが、もし今後出会うことがあったら一言謝りたい

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,220号)

○今日は「うどんの日」ラジオに麺通団の田尾和俊氏。元は1989年香川のタウン情報誌で「ゲリラうどん通ごっこ」という讃岐うどんの穴場探訪記を連載し、ブームになる。

 

○連載をまとめた『恐るべきさぬきうどん』が刊行され、麺通団を結成。県外から讃岐うどん巡りに香川に来るようになった。

 

○香川に650軒あるうどん屋の1~2割に当たる製麺所が冷凍うどんなどに押され「絶滅寸前」だったが、ブームで息を吹き返した。

 

○田尾さんが「レジェンド6」と呼ぶ店がある。①山越(綾川町)釜玉の発祥店②蒲生(坂出)ド田舎立地③中村(丸亀)軟体の腰伝説④山内(仲多度郡)怪しさ大爆発⑤谷川米穀店(仲多度郡)出汁がない⑥田村(綾川町)「神の手」が先代から引き継がれていた。

 

○昨年行った、三豊市でも地元の旨いうどん屋に連れていってもらった。野趣あふれる本当に旨いうどんであった。

 

○うどんは、蕎麦と比べてこだわり要素に欠ける。それだけに蕎麦以上の情熱や思いや発明やサプライズやエンタメ性が要るのであろう。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。