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まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,238号)

柴田哲孝『暗殺』(幻冬舎)。2022年7月に奈良でA元首相が銃撃され死亡。本書は「この物語はフィクションである」とするが、あの柴田哲孝だ。単なるフィクションではなかった。

 

○この事件に「不審なことが多い」とし、①遺体から銃弾が消えたが捜査を打ち切った②銃創の中にY被告とは別方向からの着弾痕があるが、警察は無視している③現場検証が事件の五日後まで行われなかった④Y被告の動機や事実関係がほとんど明らかにされぬまま鑑定留置が続く。

 

○元首相の演説前には後ろ側にも警護官が居た。演説が始まった際、警護官のインカムに連絡があり、移動。元首相の背後ががら空きになる。誰からの指示なのか。

 

○あまつさえ、元首相の背後側に候補者と後援会長とスタッフが居たが、散弾銃の弾は誰にも当たっていない。手製銃は一度で弾が六発発射できるようになっていた。二発で12個の散弾が発射された筈だ。元首相に二発当たったとして、残り十個の弾は見つかっていない

 

○事程左様に「」はたいへんに多い。真相は闇に葬られる。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,237号)

○映画「メイ・ディセンバー ゆれる真実」。実話に基づくが、私はこの事件を知らなかった。36歳のグレイシーが13歳のジョーと情事に及んで実刑となり、獄中で出産。刑期を終え、二人は結婚した。

 

○23年後、映画化が決まり、女優のエリザベスが二人を訪ねる。役作りのために何度も何日も当事者を訪ね、当時の心境を聞き、自分の演出に関する思いも吐露する。演技のためとはいえ、普通ではない関係が生じてくる。

 

○エリザベスは当人に成り切らなくてはならないという思いからか、当地に滞在して彼らの生活に執拗に混じっていく。

 

○あまつさえ、エリザベスはグレイシーを観察するだけでなく、前夫や当時の弁護士などにも会い、当時のことを調査する。

 

○役作りのために実話の世界で本人になろうとし、その過程と当事者の変化と事件の真相を見ている観客(私)は、果たして何を見ればよいのか。ジュリアン・ムーアナタリー・ポートマンの真に迫る姿に見入ると同時に、女性はつくづく恐ろしい生き物であることを再確認する。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,236号)

一穂ミチの『ツミデミック』が直木賞に選ばれた。白マスク姿で登場した会見の記事をみた。選考委員の三浦しをんは「大変な状況で生きている人々の暮らしや感情を見事に書き分けている」と評した。

 

○朝日新聞のエッセーで、自分は「顔を出さない作家」とし「小説家は基本的に顔出しを求められる」。そして「今まで、顔出し不可を理由に流れたお仕事もあった」と。

 

○メディアは「どうして顔を出さないのですか」というスタンスで来る。一穂さんは「顔面の情報がなくても小説を読んでいただくのに支障はない」ので、出す理由がないという。あまつさえ、新聞などは必ず年齢を入れたがる。

 

○昭和時分、初めて着物姿の松本清張の写真を見たときは衝撃を受けた。出来るならあの(どの?)顔を見なければよかった、と思った。失礼。

 

○一穂さんは「不特定多数にお披露目したくない、ネットに情報が残るのは望ましくない」という感情は普通に理解できる。

 

○こうなったら、プロレスラー級の「ルチャリブレ文士マスク」で出てくれぃ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,235号)

パリ五輪が開幕する。昭和人間にはオリンピックと万博は別格的な祭典と思っちゃう。五輪の度に「参加することに意義がある」や「メダル数至上主義」等の意見が取り沙汰される。昭和人間はそりやメダル数やろ、と思う。

 

○各競技で辛抱・我慢して鍛錬し、泣き、競り勝ってきた。上位入賞を狙う。どこが悪いのか。むしろ死に物狂いで勝ちに行かなければ、彼女や彼に敗れて五輪行が得られなかった選手にも失礼だ。

 

○天声人語で、岸本佐知子の『ネにもつタイプ』内「オリンピックが嫌いだ」を紹介。曰く「メダルの数に固執するから嫌いだ」「閉会式と開会式だけちょっと好きだ」

 

○あまつさえ「メダルも金・銀・銅はやめにして、一位どんぐり、二位煮干し、三位セミの脱け殻とかにする」と。岸本さんは筑摩書房のPR誌でも連載をしていて、毎度笑かして呉れる。

 

○獲得メダル数は12年ロンドン=38、16年リオ=41、21年東京=58だ。否が応でもそれを超えるかどうかに注目してしまう。それがどうした。

 

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。
 

「神戸ニニンガ日誌」(第3,235号)

○映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」。人類初の月面着陸を成した1969年のアポロ11号を巡る顛末を描く。

 

○1961年、ケネディが10年以内に月へ行くことを表明し、1960年代に行く事が命題となっていた。宇宙への進出ではソ連に大きく水を開けられていて、米国の威信をかけたアポロ計画に失敗は許されない。あまつさえ、アポロ1号は発射前の事故で飛行士3名が犠牲になっている。

 

○政府関係者は「最早行くか行かないかではない。行ったように見せることが重要だ」と、失敗時の「保険」として巨大スタジオでのフェイク月面着陸シーンの作成を命じる。

 

○11号の月面着陸映像は、キューブリック監督が製作したものという都市伝説は根強く残る。映画「ムーン・ウォーカーズ」(2015)では、その伝説の裏側を面白切なく描く。

 

○また、月ではないが、火星着陸の捏造を取り上げた映画「カプリコン・1」(1977)も封切で観たが、大いに興奮した。

 

○私淑する山本夏彦翁は「何用あって月世界へ? 月はながめるものである」と主張した。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,234号)

○大相撲名古屋場所。横綱照ノ富士が全勝で九日目を終えた。今は贔屓力士はいない。

 

坂本龍一も相撲ファンだった。最期の日々を綴った番組でも病室で観戦する姿を見た。後藤正文の「坂本龍一を語る」の中では、豊真将の所作の話が出たという。近年最も好きな力士だ。

 

○春場所優勝の尊富士は十両で、夏場所優勝の大の里は4敗。大関・貴景勝はカド番で、今場所十勝で大関復帰の霧島はあと1敗しかできない。事程左様に相撲の世界は、一筋縄ではいかない厳しい世界だ。

 

○全力士がサポーターやテーピングを施している。怪我で痛いのは分かるが「国技」なのだから、せめて本場所の土俵上はそういうものを外して臨んでほしい。千代の富士が何か巻いていましたか。

 

○とまれ、七日目の照ノ富士と宇良の一戦は見応えがあった。照ノ富士の連勝を阻止してほしいし、大阪出身の宇良を自然と応援していた。

 

○超がつく激戦だった。そして土俵際に追い込んだ照ノ富士は、宇良を突くなどせずに静かに寄り切った。激しく、美しい瞬間であった。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,233号)
 

○2021年11月、受付から内線があった。「社長に来客です。社長が会議中なので」と。社長室長(私)は名刺を持ってエレベーターに乗った。背広を着た人が2人いた。7月に当選した斎藤元彦知事と秘書だった。「近くまで来たので立ち寄った」という。

 

○1月に本社を移転させた。新社屋を見に来られたのだろう。オープンして間もないミュージアムもある。

 

○「館内をご案内しましょうか」と言うと、今日は時間がないのでまたきます、と名刺を置いて帰った。

 

○ラジオに知事以前から斎藤氏を知るライターの松本創氏。大阪府庁時代の斎藤氏はソフトで物腰柔らかい好人物だった。宮城県庁時代を知る人も「パワハラ・おねだり」報道に「信じられない」という。

 

○告発した元県民局長が「一死をもって抗議する」というメッセージを残して自殺した。20日の神戸新聞は「最初から公益通報として扱うべきだった」と書く。議会は百条委を開き、検証を開始した。

 

○米国ではバイデン氏が撤退を表明した。この異常事態は斎藤氏の辞任でしか治まりようがない。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,232号)

○午後6時、学校帰りの中学生が3人ワイワイガヤガヤと歩いている。女子2人、男子1人。メチャ仲良さそうに楽しく元気に歩いている。

 

○一見普通の光景ではあるが、私の中学時分にはそういうことはあり得なかった。厳格に男子は男子、女子は女子という昭和暗黒時代。昭和40年代には、女子と男子が一緒に下校するということは少なくとも私の周囲にはなかった。

 

○仮に仲良くしたい女子が居た場合(居るんだよな、大概)に、どのように周囲に見つかることなく意志を伝えるか、が大問題となる。

 

○今であれば、何とかしてLINEのIDが分かればその娘にコンタクトができる。昭和40年代はLINEどころかスマホも携帯もない。夕暮れに待ち伏せるか、夜自宅に電話するか、手紙を書くか、である。必死のパッチである。

 

○待ち伏せた場合、変態扱いを受けるリスクがある。自宅に電話した場合、本人が電話に出るとは限らない。手紙を書いても無視されたら終わりだ。

 

○そのような昭和暗黒時代に比べれば今はバラの様な時代です。分からんのだろうなぁ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,231号)

○先日、とあるプロジェクトの決起会で、三宮の中華っぽい店に行った。開店したてか、蘭が飾ってあった。ビールを頼み、適当に注文したが、大半の料理が赤く、辛党さんのお店なのかも。

 

○メンバーにシュッとした若者が居る。神戸灘区にある畳店三代目のOさんだ。Oさんは若くシュっとしているので、何でもガバガバ食べるのかな、と思っていたら「カラいものがダメです」という。

 

○新聞によりますと、激辛ポテトチップスを食べた高校生が体調不良で14人搬送された。1枚食べただけで意識朦朧となった人もいる。あまつさえ、米国では激辛チップスを食べるSNS企画に参加した人が死亡している。インドでは武器として使用された。これはヤバい。

 

○それらの商品には「ブート・ジョロキア」という、ハバネロよりも辛く「世界で最も刺激の強いトウガラシ」が使われていた。

 

○この記事を読ませるだけで、Oさんは畳の上に寝込むのではないか。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,230号)
 

○7月4日、川西英さんのご親族のKさんをご紹介いただいた。英は「ひで」と読む。神戸の風景をたくさん描いた版画家である。明治27年生まれの英さんは、今年生誕130年。

 

○引き合わせて下さったのは明石のSさんで、8年程前に出会っていたが、それからはご無沙汰していた。SさんとKさんは、先月神戸で開催された朝会で知り合ったという。

 

○川西英さんの版画は、かつて『月刊神戸っ子』などでもお馴染みだった。淡く懐かしい神戸の風景が残されている。英さんの三男、祐三郎さんも版画家で、今年没後10年となる。Kさんは、英さんと祐三郎さんの世界を改めて広めていきたいという。英さんの作品の大半は市立博物館に寄贈してある。

 

○原画だけでなく、道具や版木なども展示すれば面白いと思う。早速に異人館や、赤塔、そして百貨店のご担当者に連絡して、相談を開始した。

 

神戸市立博物館では「川西英の木版画」を展示中である。(前期は7月21日まで。後期は7月23日~8月25日まで)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。