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まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,426号)

○京阪沿線住民なので、京都にはよく行っていた。車で行くこともあったが、電車でもよく行った。子育てが終わり、少し足が遠のいていた。

 

○コロナ禍の収束後、インバウンドの復活で京都はオーバーツーリズム気味であることも知っている。

 

○土曜日、久しぶりに京都へ。用事は6時半からであるが、早目に出掛けた。新聞に「泉屋博古館」の広告があり、丸太町からバスで向かう。ここには住友家の美術品・工芸品がある。バスも滅茶混みだ。

 

○目の保養の後、滅茶混みのバスで丸太町まで戻り「伝串」を食べ、イノダコーヒ三条店で「アラビアの真珠」を飲んだ。滅茶京都やおまへんか。

 

○コーヒーならぬコーヒを飲みながら「あっ」と思う。かつて「泉屋博古館」に行ったことがあることを思い出す。館内では思い出せなかった。歳ですなぁ。

 

○大阪には靭(うつぼ)公園があるが、京都は今や「人類のるつぼ」だ。全世界から来ている。大阪・関西万博は10月で終わるが、京都街頭は一年中万博のようなものだ。神戸にも来てね。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,425号)

○5月30日、なんばグランド花月で舞台「盲目のお蕎麦剣士が巻き起こす新喜劇」を観た。全盲の濱田祐太郎が主演の活劇だ。

 

○昨年、間寛平と会食した際、濱田が「ゆくゆくは、僕の持ってる白杖と寛平師匠の杖でしばき合いをしたいですね」と言い、そこで「何かやろうか」ということになったらしい。

 

○濱田祐太郎は、普段漫談の独白スタイルで笑いを誘う芸を披露している。R1王者にもなった。落語と同じように動かずに話芸で展開するものだ。その人が新喜劇で主役を張る、あまつさえ時代劇で殺陣も披露する。盲目の達人と言えば勝新太郎の「座頭市」だ。後にビートたけしが映画化したことにも驚いた。しかしだ。濱田祐太郎は、本当に見えていない。そして生の舞台だ。

 

○小学生時分はうっすらと見えていたようで、テレビで吉本新喜劇を見ていたらしい。当時見ていた辻本茂雄とも今回は共演をした。その嬉しさが観客(私)にも伝わってくる。

 

○本人は「全国ツアーができたらいい」と言うが、全世界ツアーで各国を巡ってほしい。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,424号)

○PRリンクの神崎英徳さんにNPOノーベルの徳増瑛子さんをご紹介いただいた。徳増さんは西日本新聞・神奈川新聞の記者という異色の経歴がある。

 

○記者時代のテーマは「性暴力、ジェンダー、原爆や核問題、外国人労働者」など。新聞社内でも幾つかのジェンダー差別を感じる。被災地に女性記者が入れない、ジェンダー関連記事をデスクに没にされる等。より当事者に近い立場で、女性活躍の推進を担える仕事に就きたいと考えノーベルに移った。

 

○ノーベルの主事業は「訪問型病児保育」である。代表の「子どもが熱を出して会社に居辛い」ケースの多さとその問題意識からスタートしている。子どもが熱を出すのは当たり前のことであるが、保育園は体温が37.5度以上で預かれないことになる。ノーベルでは午前8時までに連絡を貰えば100%駆けつける。

 

○徳増さんは日本のジェンダーギャップ指数118位や、子どもを産み育て易い国とは思えないが61%もあることをシフトさせていきたいと考えている。発信を続け、仲間を増やそうとしている。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,423号)

頻尿のN氏は、夜間尿にも苦しむ。場合によっては毎時間起きなければならない。これは重症だ。「奈良八味地黄丸錠」という漢方薬を服用するも、薬石の効はほぼない。

 

○起きる寸前に見る夢は辛い。大概が小便器を探している場面だ。生理的な事情が本人の見る夢に反映されている。

 

○例えば、広い室内。何の施設か分からない。古い洋館風の建物内でトイレを探している。靴は履いていない。ドアが幾つもあり、開けるとそこはトイレだ。床のタイルが濡れている。専用スリッパを探すが無い。

 

○あっ、スリッパがあった。しかし、無惨な程ボロボロになっていたり、半分に切れていたりして、履けない。おいっ。


○必死のパッチな捜索の結果、何とか履けるスリッパがあり、室内に入る。が、多くの小便器が潰れていたり、誰かが使用していたり、ゴミ捨て場の様になっていて使えない。こらっ。

 

○しかし、よく考えるとそこで出来てしまうと、寝小便という最悪の結果を招き兼ねない。N氏は自身のかろうじての理性に心から感謝するのであった。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,422号)
 

○大阪府M口市の広報誌を読んだ。表紙に1545号とある。月1回刊とすれば明治30年創刊だが。

 

○A4判で36頁ある。ここだけの話だが、私はB5判が好きだ。映画のチラシやパンフはB5だ。あれが好きだ。

 

○気に入らないのは、横書きで右綴じの点だ。書籍や新聞は縦書きで右開きでよいが、横書きで右開きは違和感がある。そして読みにくい。あっ、言っちゃった。創刊時は縦書きだったが、その後横書きにしたのか。

 

○以前UPU発行の「W-NOtation」という雑誌があった。右から開くと縦書き、左から開くと横書きが読める。そして真ん中で合流する。戸田ツトム氏の秀逸なデザインだ。モンゴル文字は縦書きで左から右に読む。縦書きだが左綴じが適す。

 

○広報誌には「読みやすくデザインされた」UDフォントを使っているが、明朝体が皆無なのも気に入らぬ。ここだけの話だが、私は明朝体が好きだ。

 

○広報誌は全世帯に7万部以上発行している。編集とデザインを駆使すればB5判に収まると思う。同頁数で15%以上の節約になる。


ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,421号)
 

○映画「秋が来るとき」。里山の風景と丘と川に囲まれたブルゴーニュ地方の菜園付きの家。そこで一人暮らす80歳のミシェル。野菜は自給でスープ、ケーキを作り、近所の友マリーとキノコを採る。

 

○近頃のドラマや映画は飛んだり跳ねたりだ。そしてドンパチだ。あまつさえ還暦の俳優が飛行機にブラ下がる。この作品は絵に描いたような田舎の風景に囲まれた豊かな日常を追う、筈だった。

 

○パリから娘のバレリーと孫のルカが来る。ミシェルは腕を振るい、キノコ料理とケーキを作った。が、娘がキノコの毒でエラいことになる。ミシェルは調子が悪く、ルカはキノコが苦手で食べなかった。

 

○「殺される!」と孫を連れてパリへ帰った娘が転落死する。しかもムショ帰りのマリーの息子・バンサンがパリに居た。バンサン、お前関係ないやんけ。これではミステリーサスペンスになるやんか。

 

○娘が亡くなり、マリーが病死した。あのキノコは事故だったのか。豊饒な光景でゆったりとし、ハラハラし、推理し、最後はこれでいいのだと思う。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,420号)

○「令和の米騒動」と言われた「2025コメ問題」から十年。当時の小泉進次郎農相は、備蓄米放出の後、減反政策見直し、農業従事者の若返り策、各国米の輸入等を順次実施。しかし総て手遅れであった。減反が加速し、高齢化が進み、国産米の収穫は微量となり、廉価で超不味い輸入米がスタンダードになった。

 

○日本の主食は米という時代は終わり、先の「日本主食会議」でも米は少数派であった。国産銘柄米は1キロ2万円となり、主に銀座の高級料亭や、中東石油王御用達の北新地三ツ星店で少量使用されている。

 

○吉野家松屋すき家の牛丼では「ララ物資」よろしく米国産トウモロコシ由来の「粒飯」が常識となった。酒米の収穫量も極端に減り、ワンカップ大関は今や1本3千円前後だ。左党の多くはワイン推しとなった。

 

○逆に神戸のカネテツデリカフーズが手掛けた「ほぼコメ」が堅調だ。西日本各府県での「ほぼコメ」ブームも記憶に新しい。こうなったらカネテツデリカフーズに「ほぼ酒」も開発して欲しい。(2035年6月・神戸経済新聞|副編集長)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,419号)
 

村上龍愛と幻想のファシズム」。根底には「怒り」があるのかも知れない。国がこんなになってしまったことに対して。国民がこんなになってしまったことに対して。

 

○「こんなに」とはどんなにか。大東亜戦争敗北後から続く米国の植民地化に対して、か。ソ連からの侵略前夜の状態が続くことに対して、か。鈴原冬二は静かに熱く怒っている。

 

○冬二は、ゼロと出会い「狩猟社」を設立した。冬二はハンターだ。狩猟社という「団」は、あれよという間に国(家)を超えてしまう。

 

○冬二が憎むのは、巨大な経済システムとそれに従う属人だ。敵は巨大であればあるほど倒し甲斐がある。ハンターの冬二は、特徴的な大きな角を持つヘラジカのエルクを追ったが、自身がエルク化し、独裁的な権力を持つ。エルクは標的か、目的か。

 

トランプ政権になり、より明確となった属国化を看過していいのか。この1984年発表の作品は、今も私に問いを発し続けている。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,418号)

○2020年4月に起業した。有限会社をと考えたが、新規で作ることができない。司法書士の先生と相談して合同会社にした。

 

○略称で表す場合、株式会社は(株)有限会社は(有)となる。合同会社は(合)だと思った。が、合同は(同)だという。ドウだ、と言われてもドウしようもない。

 

○合同会社以外に合資会社(資)や合名会社(名)という「合」仲間がある。(合)だけではどれかがわからない。合同会社は後発組なので分が悪い。NPO法人は特定非営利活動法人の略で(特非)だ。(N)でよくないか。

 

○カナ略になると、株式(カ)、有限(ユ)である。で、合同(ド)、合資(シ)、合名(メ)となる。合同会社アーベントという会社があれば(ド)アーベントとなり、土着感が増す。

 

○(同)アーベントと書けば何も知らない人には同人誌を出している同好会か、と思われているのではないか。正に同人誌のようなものを出している同好会のようなものではあるのだが……屈ッ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,417号)

○私は「わたくし」であり、自分であり、本人である。我の本人というか、自分の当事者というか、私は自分であるということがはっきりとしてきた。

 

○自分が私である事は私が自分である事からもほぼ明確ではあるが、ではなぜ私はあなたではなかったのか。私が私であるように、私があなたでもよかったのに。

 

南伸坊さんの「本人の人々」は、顔や容姿が似ると思考も似るのではないか、という考察である。「そう思える」という認識レベルでの考察としては正当であり、笑える面白さがある。

 

○私の謎は、私がなぜ自分なのかだ。私が私でなかってもよかったが、私は私の本人として自分をのうのうと生きている。

 

○チャットさんに問うと「深い問いですね」と①哲学的視点②心理学的視点③宗教・スピリチュアルな視点④科学的視点から詳細に教えて貰った。そして「この問いに正解はないかもしれません」と結ぶ。

 

○和歌山のニュースポーツ「バスケットピンポン」の北原さんの自動車には「結局は自分」と書かれている。嗚呼、これか。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。