小説と未来 -66ページ目

こころもりょうちのJFJ-愛知にて

第2章の旅も3日目、ふとこの当たり前の毎日を感じる。


目的が何だったのか、よくわからなくなる。


僕はいったい何をしてるのかな?


浜松から安城市までやってきた。

今日はそこで、Dさんと会う約束をしていた。

Dさんは安城市に住んでいて、大学時代から付き合っている彼女と結婚していて、親の会社のリサイクル関係というのか、そんなような仕事をしている。


近況の仕事としては、まずまずとの事。だけど何もかもデフレだ、という事だ。

やはりこのあたりの企業はTOYOTA関連で、TOYOTA次第で、景気はよくも悪くもなるようだ。一時期は最悪で、失業者が溢れていたそうだが、今はましになったと言う。すべてはTOYOTAが少し持ち直したおかげらしい。また多くのブラジル人が住んでいたそうだが、だいぶ多くのブラジル人が帰ったようだ、と言っていた。もう日本は仕事をする場所ではなくなっているのかもね。


さて、日本はデフレで、仕事量も減っている。それでもなくはないわけで。

結局マージンは中間業者や土地持ちに入る、なんて話もした。僕らはただ生活するため、安い賃金を得るために仕事をしてゆかないとならないんだね。

もはやあきらめるしかないのか?


お風呂に入っても、仕事の愚痴が聞こえた。日本の労働者の賃金は高い。だから中国へ持ってゆかれる。日本の若者に中国人の若者を上回る何かがあるかと言えば、多少の学はあるもののそれだけ。同じ仕事を一からさせればさして変わらない。がんばる事に関していえば中国人の方が働くかもしれない。それなのに中国の方が日本の10倍近く安い。いろいろなものが中国へ移ってゆく。安く作られる。日本でやろうとする高い賃金の仕事はない。だからデフレになる。きっとそういう事だね。


きっと僕らはもう気づいている。

時代は変わろうとしている。同じようにはいかない。

なら、今の日本に何ができるだろう?どう生活をしてゆくことができるだろう?

考えよう。想像しよう。それしか今の日本人にはできない。でもきっと日本人には他の国に勝る想像力が個々の脳に溢れているのではないかな?と僕は信じている。

それが新しい日本の未来だ。


漠然としているけどね。


Dさんとは1、2時間の食事程度だった。

最後に、「(僕の旅が)うらやましいよ」と言っていた。きっと今僕がしている事はそういう事なんだろう。だからこそ最後まで、きちんとやり遂げたいと考える。



旅とは無関係な話になってしまったので、ちょっとだけ旅の画像を。
こころもりょうちの世界-浜名湖畔
浜名湖 海辺近くの湖。水のある場所はなんとなく心が和む。



こころもりょうちの世界-旧家

こころもりょうちの世界-東海道
東海道を走ると至る所にその跡が残されている。

そんな旅もお勧めだ。


こころもりょうちの世界-八丁味噌
岡崎の八丁味噌通り。遅くなってしまったのでちょっと立ち寄っただけ。

今度はゆっくり訪れたい。


(明日へ続く)

こころもりょうちのJFJ-遠州灘

最初に、昨日、写真をUPできなかった部分です。

こころもりょうちの世界-登呂遺跡

静岡の登呂遺跡。特に何もありませんが、とおりかかった最初のポイントだったので載せてみました。


こころもりょうちの世界-大崩海岸
静岡から焼津に抜ける大崩海岸です。険しい道でした。


こころもりょうちの世界-自転車道2

牧の原付近を進む、自転車道。快適なサイクリングが楽しめます。


こころもりょうちの世界-御前崎灯台

御前崎灯台。写真の撮り方の問題だけど、ものすごい輝いてるねえ。


そして本日、御前崎から浜松へ、遠州灘をひた走った。

そしてら、16時には浜松に着いてしまった。

チャリでも結構早いものである。

こころもりょうちの世界-浜松

それからずっと暇だった。暇なあまり、またどうしようかと悩みが生まれる。

お金を使えば、暇つぶしはいくらでもある。やらないけどパチンコなんて典型的な暇つぶしのひとつだ。ゲーセンでもいい。ショッピングだって楽しめる。バーで酒を飲んでもいい。何でもできる。でも何もかもが勿体無い。


お金はあるんだ!使っちまえばいい。


カムバック to 小田原。

小田原の夜を思い出す。あの日も暇で、何をするか悩んだ。金はあるが使いたくなかった。

あの日はホームレスの気持ちだのなんだの言ったが、改めてお金の事を考える。


未来の不安だろうか?それともけちなだけだろうか?


お金は使う気になれば使える。確かに今のところはお金に困っているわけではない。確かに、給料がなくなって、仕事が見つからなければ、暮らすのに困る。未来への不安はある。

でもそれだけなら・・・。


お店はたくさんある。浜松名物、ウナギだのカツオだの食べる事もできる。どこかの店に入り込んだってかまわない。格好はチャリ旅で軽装にしているため汚い格好だが、お金を持っていないわけではない。一日3000~4000円程度なんて縛りはやめてしまえばいい。

そう思えば僕は少し楽になれた。


何でも買える。何でも食えるんだ。

でも、買わないし、食べないんだ。


何で・・・?

何で、食べないの?


自分に尋ねる。


今日、僕は遠州灘の自転車道をずっと走ってきた。

それはとても心地よい道のりだった。

空は青く、海は大きく、小鳥がさえずり、花々が咲いていた。風も心地よい程度で、気温も暖かい。そして現実から離れたような一本の自転車専用道がずっと続いている。

国道を少し外れ、決してきれいな道ではないので、ロードバイクにとっては走りにくい道かもしれない。この道は旅用のチャリの方が向いている。まるで自分が通るためにある道のよう。

こんな道を税金をかけて造ったのだから実に贅沢だ。世の中の多くの人はこんな道は要らないと言うだろう。僕もそう感じる。だけど、今日この日、僕にとってこの道、この上ない最高の道だった。現実を離れ、自由気ままを感じた。楽園のようだった。僕はずっとその道を走っていたかった。終わりが来るのを勿体無いと思いながら走り続けた。


思うんだ。

お金も、時間も、人それぞれ価値が違う。お金も時間も、人それぞれ、それに価値があると思えば費やすんだ。僕は今日この日この時のために、僕は無駄な旅行に出た。始まる前はそこには何もないかもしれないと考えていた。こんな事をすることはバカバカしいと考えていた。でもやりたいという想いがあった。

でも今日、本当に旅に出てよかったと思える風景に出逢えた。

こんな幸せはそう味わえるものではない。人にとってはどうでもいい場所かもしれないけれど、僕にとっては最高に感じられたんだ。



浜松を彷徨う。お金を使いたくない。それもまた僕の価値観だ。

きっとそこにお金も時間も費やしたくはないのだろう。


貧乏だからじゃない。けちだからじゃない。ただ僕の気持ちを満たす場所に至らないだけだ。

たくさんのお店があるけれど、どこも僕の気持ちは向かわない。


それならさまようだけさまよえばいい。

迷い迷って出逢うまで、きっと僕はさまよい続けるんだろうね。


人それぞれ、価値は違う。価値は違い、それほど強い想いで欲するものはいくつもない。でも時は過ぎるから、人は迷い中で何らかの答えを出す。

だから時間のある限り、自分が一番価値のある答えだと思えるものを探せばいい。


それが答えだ。


価値のあるものに出逢うまで、迷い続ければいい。

夢も、仕事も、恋愛も、きっとそういうものに違いない。


けちだの貧乏だの悩む必要はないんだな。きっと価値がないと感じているだけなんだ。


そう思えば、迷い悩むのも仕方ない。

迷い悩み、いつか心から欲する何かを手に入れたい。


そんな事を思う、今日一日だった。


写真。
こころもりょうちの世界-遠州灘自転車

こころもりょうちの世界-遠州灘自転車2
遠州灘の自転車道。海辺に出たり、木々のある道を抜けたり、ここは本当に楽しい道だった。

こころもりょうちのJFJ -御前崎

静岡を出発し、御前崎までやってきた。

ユースホステルは静かだ。世界のユースならもっと人がいて、何らかの出逢いがあったりするわけだが、今日のここにはそれがない。日本を旅する人は少ない。世界のように貧乏旅行で賑わう若者は少ない。
ちょっと残念な話だね(泣)もっと自由に旅すればいいのに。きっと日本は旅しないのかもしれない。

それでもユースのらくがき帳には、僕のようにアホな旅をする人がらくがきを残してゆく。

原付に、チャリ、日本一周だの、北から南までだの、中には歩いている奴もいる。彼らはその後、どこでどう生活しているのだろう?
ここはまだ旅の途中。答えにはまだまだ遠い場所。旅の終着駅に着いた人たちがその後、どんな生活を歩んでいるのかな?僕はよき結果を願う。そして僕もよき結果を出したい。

旅をしたっていいじゃないか。自分で貯めた自分のお金で、たまの自由をおうかする。
たくさんの人がそうあれればいい。1ヶ月といわずとも、1、2週間だけでも、自由を与えられることが人にとって、大切なんじゃないかな?
またさ異種の出会いもあったりして。

世の中の全ての人が、決まったレンキとは別に、少しだけ自由な時間を与えられるような世の中に変わればいい。と望む。今日この頃。ユースがたくさんの出逢いに溢れるような、そんな世の中じゃなくちゃ、未来は暗い気がする。
と勝手に思う本日だ。

今日は携帯なんで、デジカメの画像を取り入れられないのが残念。
明日まとめてアップしたい。

こころもりょうちのJFJ-再スタート前夜

いつもの生活の終った日に、明日の旅立つ日を待つ。

昨日と明日の間で、僕の未来夢は現実に塗りつぶされないまま不安定に浮いている。

風を感じるのはもうすぐ先の事だ。大きな山を上り、続く坂道を下ってゆく。青い空を見つめ、どこまでも続く海辺の道を駆け抜けてゆく。想像していた未来夢は明日から現実へと変わる。きっとそうなるだろうと、想像している。いつだって想像力が先立って、その想像出来る限りの場所へと足を踏み出さなくちゃならないんだ。それがいい事であっても、悪い事であっても、人は夢を見て未来を作り出す生き物だから、いつも夢見た未来へと向ってゆかなくちゃいけない。愛しい人に出逢いたいとか、より大きな家に住みたいとか、毎日好きな事をして生きていたいとか、明日の仕事を成功させたいとか、いろいろな想像がみんなの中にあって、未来はたくさんの人の意思で毎日毎日移り変わってゆく。可能かどうか、未来を作り上げよう。貴方の思うままに、未来を目指して歩んでゆこう。


2010年5月、時代はとても混沌としているかのようだ。実体のないマネーが右から左、左から右へ流れ、僕らはそんな実体のないマネーに左右される。どこからともなく溢れ出した経済効果により生活が良くなったり、どこからともなく生まれた大企業の破綻に生活が悪くなったりする。

何だかよくわからない。よくわからないものに左右されている。実体のないものに、この地球上に確かな存在する生きる我ら人たちは一喜一憂させられている。いったい何だというのだろう?いったい何がどうなっているというのだろう?僕はそんなものに左右されたくない。それでも社会が左右され、その社会の中で生きる僕は実体のない景気の変動に左右されざるをえない。やれやれ。

僕にはどうする事もできないだろう。どうにかしたいけど、どうにもできないだろう。景気がよくなって、たくさんの人が楽しく平和に暮らせればいいけど、そうしてやろうとする事はできない。そんな力はどこにもない。社会の中で生きる小さな存在だ。たくさんの小さな存在の一でしかない。重々承知。

でも僕は何かがしたい。何かをしないと、ここにあるモヤモヤした感情はいつまでも心の内に残り続けて、いつまでも溜息を製造し続ける。僕は溜息を造るために生まれたんじゃない。そんなものは一つも製造しないほうがいい。溜息なんて言葉すらなければないで構わない。溜息を造るのは止めよう。


リズムに乗って、楽しく踊り出すように、毎日はあればいい。音楽が溢れ出す。あらゆるところに溢れ出して、皆踊るように動き出す。踊るように仕事して、踊るように食事をして、踊るように歩いている。『ダンス・イン・ザ・ダーク』の世界のように。


生まれた。育った。そして生き始めた。生きて生きて生き抜こう。この世の中にある限り、生きて生きて生きたっていいでしょ?生きたいように生きて生きられる限り生きていいでしょ?権利とか義務とか、法とか規則とか、そんなものの前に、まずは生きたいように生きようよ。溜息製造機は生き物かい?ただの壊れたロボットさ。人は未来を夢見て未来へと歩んでゆく生き物なんだ。まずはそこから始めよう。それから権利とか義務の話になって、法とか規則が生まれるのさ。いい子になりすぎた社会の中じゃ人はロボットのようになってしまうよ。人は生きたいように生きればいい。

好きなように生きて、貴方は彼方と出逢うでしょう。そして話し合って、二人のルールが作られて、たくさん出逢って、たくさんの思いやりがあって、たくさんの迷惑もあって、たくさんの喧嘩もあって、それでも一緒にいたいから、貴方は彼方と規則の下に生きてゆく。



2010年5月15日、再出発前夜に僕は自由な気持ちを育てている。

明日、静岡まで電車で移動し、そこから和歌山を目指し、チャリ旅を再スタートする。

予定としては、静岡の海沿いを走り、愛知に至る。知多半島からフェリーで渥美半島を経由し、鳥羽、伊勢へと渡る。紀伊半島をくるりと回って、和歌山にいる大学時代の同級生の家まで行く予定だ。


さて、どうなる事だろう。

そんなわけで、『こころもりょうちのジャパニーズフリージャーニー 第2章』をスタートする。


【本編へ続く】

こころもりょうちのJFJ-静岡の街から東京へ

第1章の旅は、4日で終了。思ったより短期間で進んでしまい、思ったより一日にお金が掛かってしまい、思ったより大変な旅である事を実感した4日間だった。


5年前にメキシコ一人旅をして、その時にはもう二度と一人旅なんてしない!と誓って帰ってきたはずだった。そして僕はこの5年間、一人で遠くに出た事はない。友人との旅行はよくあったが。

一人旅は孤独だし、安心がない。いつも自分の荷物の事を気にしていないとならない。ホテル泊まりならまだしも、漫画喫茶なんかを周るならより一層だ。

なのになぜ、また一人旅に出たのだろう?


この旅を決める前に、僕はメキシコでの旅行記を読み返してた。よくもわるくもそこには多くの思い出が詰まっていて、その文章の中には楽しみが詰まっている。旅はその時の事よりも、終った後の思い出として強く残る。だから旅は止められない。普段出逢う事のない風景は脳裏にしっかり刻み込まれ、いつまでも輝きを保ち続ける。


『誰かのため』より、まず自分のためのものでしかない。

ただ、それは誰にも出来ること。でも、なかなか思い切れないもの。だから、人の夢となるもの。



本当は誰かに会いたい。いつも誰かに会いたい。

何度も同じ事を繰り返している。何度でも、何度でも。

だから一人旅はいつも終りにしたい。いつも終りにしたいけど、いつだって人は独りだ。


静岡では、今回偶然にM君が待っていた。

ゴールデンウィークという事もあり、誰かがどこかに出掛けているのは必然といえば必然。


本当のところ、静岡ではS君という高校時代に旧友に会い事を考えていた。高校時代の友人であるS君とは5年前に同窓会で集まって以来会っていない。彼はその当時静岡に住んでいた。5年前、そう当時ではすでに珍しく携帯電話を持っていないような生活を送っていた。僕から言わせたら彼はとても頭の良い人間だ。きっとやろうと思えばいろいろ出来るような男なのだが、当時はフリーターとして過ごしていて、こんな時代になった今となって彼がどうしているか知りたかった。

残念ながら当時の固定電話は現在使われておらず、現在S君がどこでどう過ごしているかは不明となってしまった。


代わりに、というのは申し訳ないけど、M君と会った(彼もまた高校時代の友人であり、今でも付き合いのある数少ない友人の一人だ)。

会ったのは静岡大学前。たまたまそのあたりがちょうどよかったという点もあるけれど、そこに言ってみたかったという点もある。大学を受験するときに志望として静岡大学を挙げていたからだ。残念ながら僕は失敗し、静岡大学に入ることはなかったわけだ。

18歳当時はだから静岡に住みたいと考えていた。もしもの事はないのだけど、ここに僕が来ていたら、と考える。ちなみにS君は静岡大学の出身である。

いろいろと思うところもあって静岡大学前であった。


大学前では学生がたむろっている。まあ、どこかのおじさんがキャンパス前にいるのも??なので、一応気持ちはOBという気持ちでいたりして。

車にチャリを乗せて、自分の乗り込んだときは遭難している人間の気分だった。4日ぶりに生還しました!っていう気分にさせられる。


車で着いた静岡の中心街は発展していた。ちなみに清水の駅前は完全に下火の商店街となっていたが、静岡は栄えていた。ここにはどんな産業があるのかな?僕はそんな事を少し探る。

M君との話では、愛知と東京の間であり、たくさんの工場もあり、また海あり山あり、農産物もたくさんあるという事でまとまった。

静岡はいい街である。その日、ホテルに泊って、寿司を食ったせいかもしれないが。


ホテル生活と寿司。

たまの贅沢があって、毎日の仕事がある。それが普通の生活である。

不況の世の中はたまの贅沢も失い、忙しい毎日だけが増えてゆく。人はただ疲れ、上手な遊び方も忘れてしまっている。なんて感じる部分もあって、僕は仕事を辞めてしまったのだろう。

きっと何かをしようとしなければ、誰にも出会う事はないだろう。何も変わる事はないだろう。


小さな幸せ。

そのために不況に飲み込まれてはいけない。毎日の生活。たまの休日。苛立ちや堕落を消して、頑張りや楽しみを持って過ごす。



帰りの道のりで、M君は65歳くらいの人の仕事を請けているという話をしていた。その人の仕事はかなり適当なんだけど、毎日仕事の進行状況を確認しに、わざわざ何十キロもかけてM君の会社に来るそうだ。

「あの時代の人って元気だよね。僕らは絶対無理だね。何が違うんだろう?」と僕が言うと、「僕らの時代はみんな疲れてんだよ。あの時代はやればやるだけ給料が増えてった。でも今はやったって特に増えるわけじゃない」


不況やなにやら僕らはよくわからない世の中の動向にただ左右されている。マネーゲームを制した金持ちが世の中を支えていている。そう思えばモチベーションは落ちてゆくしかない。

「あの業界はやばいし、あの業界もダメだね」なんて話も僕はする。「去年よりはましになったけど、まだ失業者も多いからね」なんて今後の就職の話。

東京に帰るにつれて、また現実に戻ってゆく。


僕らは首都高に乗らず、東京都内を下道で、世田谷の方から足立区に向けて進んだ。

「東京の空も青くなったね。排ガス規制して、グリーン化しているから、僕らが小学生の頃にはもっと灰色だったよ」

たくさんの人が東京に集まる。造られた街、東京がそこにはある。人は理想を持って、この街を理想の街に変えようとしている。人は人の想像力を持って街を造ってゆく。また20年後に、街はどんな理想に育っているのだろう。結局、僕はこの大都会に住み続けるのだろうか?

空きビルも増えている。多くの若者が帰省しているせいか、いつもの土日より東京は田舎の人に溢れているように見える。そんなギャップを不思議に感じる。


そして東京に帰ってきた。

いつもの東京にチャリを下ろし、M君と別れた。



また旅に出るのは困難だ。

困難だけど、困難は出来ないわけではない。


僕は次の旅の未来を想像する。不安と期待が入り混じる。


世の中は次の時代を想像しているだろうか?不安と期待に揺れながら、20年後とても美しい街に住めている事を。


僕はそのために、どこで何をやるべきだろう?この東京で、それとも静岡で、はたまた神奈川のどこかで。街には街の景色がある。理想を持たなければ、形は造られない。僕は何をしたいかを考えている。どんな未来があるかを想像しながら、未来へと急いでいる。


【第1章完】