小説と未来 -65ページ目

こころもりょうちのJFJ-本州最南端

和歌山の太陽は明るく、静かな時が流れた。

那智駅前のタクシーの運転手さんの勧めで、那智滝まで山道を上った。


こころもりょうちの世界-那智大社
熊野那智大社


こころもりょうちの世界-那智の滝
那智の滝


こころもりょうちの世界-那智全景
那智の全景



太地町では宇都宮から来た4人組の方々の写真を撮り、ご婦人と軽くサイクリングの談笑をした。


こころもりょうちの世界-太地町くじら
太地町入口 くじらのモニュメント


こころもりょうちの世界-太地町海
太地町の海



串本ではお店屋のおばちゃんがこの先の海水浴場とか綺麗や、と話しかけてきた。

こころもりょうちの世界-串本橋杭岩

串本の名所 橋杭岩


その他も道行くおばちゃんが話しかけてきたり、ハーモニカを吹くおじさんに手を振られたりした。

遠いところまで来たせいか、関西気質になってきたのか、少し南国ののりなのか、よくわからないけど明るさを感じる。



友人のM君から電話があって、上海に行ってきた話をした。上海は活気に溢れているという話をしていた。
明るい暗いではないけど日本は静かだ。駄目だとか悪いとかじゃなく、日本はいろいろな物事がすでに整っているせいかもしれない。爆発的なエネルギーはないから、過去はどうのこうのと言ったって何もならない。

日本はもうバブリーには行かないけど、それでも明るく毎日を送ればいい
。那智でも中国人観光客を多く見かけた。少しずつ観光地化してゆく日本の姿がある。日本人はもてなしもいい。明るく、気前よく、世界の魅力ある国日本である。
きっと日本には魅力がある。そう思えば日本は実に素晴らしい。魅力溢れる日本を誇りに持ち、世界の中の日本を作ってゆこう。世界の経済大国でなくなりつつある日本、美しい魅力ある姿が本来の日本の姿なのかもね。
本州最南端の地でそんな日本の未来を思う。


こころもりょうちの世界-潮岬灯台
潮岬灯台


こころもりょうちの世界-本州最南端
本州最南端の地



こころもりょうちのJFJ-熊野

新宮までやってきた。
こころもりょうちの世界-新宮駅

いくつもの峠を越えると、そこにはまた僕の知らない町が広がる。


峠の合間にも小さな集落があり、人が住んでいる。新宮は想像した以上に大きな町だし、尾鷲に熊野市も過ぎてきた。


尾鷲から熊野市には大きな矢ノ川峠が待っていて、熊野市から新宮までは七里御浜がずっと続く。

こころもりょうちの世界-尾鷲の町

尾鷲の町並み


こころもりょうちの世界-峠

矢ノ川峠を越えて、熊野市へ。



こころもりょうちの世界-獅子岩
熊野市の名所 獅子岩


こころもりょうちの世界-七里御浜
熊野市→御浜町→紀宝町と続く七里御浜



僕は何も知らなかった。熊野の歴史も知らない。太古の歴史がこの地にはある。


熊野速玉大社は建物こそ新しいが、2千年近くの歴史がある。様々な神々の伝説が残っていて、今にまで受け継がれている。改めて日本の歴史の深さを感じる。
こころもりょうちの世界-速玉大社

熊野速玉大社



時代は変わり、今は様々な都市が日本列島の北から南まで続いて点在する。日本人は本当に増えたなあ。と神々も思うことだろう。

でも未来の予測では日本人の人口は徐々に減少してゆく。僕が年老いて亡くなる頃には、おそらく人口は一億人以下になっているようだ。
不思議な事に、人は減ってゆく。何もしていないのに、自然と減ってゆく。

限りあるエネルギー。

人は確かに増えすぎてしまったのかもしれない。減ってゆくのが、正しい未来かもね。

きっと新しい時代がやってくる。自然減の世の中。少しずつ、小さな村はなくなってゆくのかもしれない。

止めることはできないだろうし、しない方がいい。


まだ先の未来だろうけど少しずつ日本はそうなってゆくんじゃないかな。


都市部と都市部をつなぐ間はなくなってゆく。村がなくなってゆく。


2千年の間にたくさんの町ができた。

また少しずつ淘汰されてゆく。ある意味、人のいない自然が広がってゆく。


2千年の歴史、そして今があって、未来があって、僕はその合間にいる。


さて、僕らはこの2千年の歴史をさらに未来へどう繋げてゆけようか?


僕らの想像が未来を作ってゆく。だからいつも未来のイメージが必要だ。

こころもりょうちのJFJ-南伊勢

5月22日、南伊勢を越えて、紀伊長島までやってきた。
こころもりょうちの世界-紀伊長島駅
紀伊長島駅

南伊勢はどんな田舎か、と想像していたけど、この時代、そんな恐ろしいまでの僻地なんてあるわけない。

自転車で来るから大変だけど、車ならまあ峠を越えるのは大変だけど、一時間も走れば町に辿り着く。


チャリ好きはこんな所だって、走っているんだ。

二人ほどロードバイクの人を見かけた。

時代の流れ。田舎な事は田舎。何もない。過疎化だって進んでいる。


でも道は確実に良くなっている。新しいトンネルの工事もしていた。

こころもりょうちの世界-トンネル工事中

工事中のトンネル=これができれば狭い峠を上り下りする必要がなくなる。


こころもりょうちの世界-栃木トンネル
いくつもあるトンネルの一つである。


こころもりょうちの世界-広いトンネル
新しい広いトンネル。

自転車も安心して歩道を通れる

(歩行者や自転車が通るよう場所ではないかもしれないが)

全てが平らになるわけじゃないけど、日本はどこにでも楽に行けるように工事を進めている。

狭い道より便利な広い道。田舎を走れば公共事業が必要なところだってあることを感じる。
作りかけのトンネルに、作りかけの幹線道路、通れば確かに楽チンだ。

それでも田舎は過疎化、高齢化が進んでいるようだ。みんな都市部に移り住んでゆく。
田舎は都会に比べて何もない。ただ休日をのんびり過ごす場所だけど。
また来るのはいい。でももう二度と自転車では来ない。今度は車で来たい。もしくは電車とバスを乗り継いで。

都会で働いて、田舎で骨休め。

都会と田舎の関係。全てが平坦になるわけじゃない。だから上手に両立できる社会になればいい。


過疎化、高齢化、それでも田舎はなくならないように残っていてほしい。


老齢なら田舎リタイアも悪くない。

今の僕にはまだ都会で働く事が合っているんだろうけど。

こころもりょうちの世界-海
南伊勢の海辺。何もない場所だが、海は綺麗。


こころもりょうちの世界-川の水
南伊勢を流れる川の河口で休憩。水はとても綺麗。

トンネルを通したからといって、自然が崩れるとまではいかない。

自然はとても大きく、道は自然の一部を通しているだけだ。

だから南伊勢は海も川も水がとても綺麗だ。

こころもりょうちのJFJ 伊勢志摩



世の中は便利になっている。様々な技術の進歩、効率化。道も良くなり、日本全国、あちこちにさほど時間を要せず、行くことが可能だ。

『昔は違った。高速もない頃は下道をだらだら行き、途中ドライブスルーで休みを取りながら、時間をかけ、移動したものだ』
というのは、ユースで出会ったIさんの話だ。
Iさんは昔、運送業をやっていて、忙しく毎日どこかへ出かけていたが、そのぶん途中途中の休憩や地方に泊まり遊ぶ事もあったと言う。
今は定年して、日本全国バイク旅をしている。

下道のバイク旅も途中途中で休憩が必要。

チャリ旅行はなおさら。
僕たちはこの世の中で効率的に進むことができる。

無駄な事はしなくても。

伊勢から志摩へと山道を抜けてきた。

止まる場所もない車の抜け道。チャリの通る道じゃない。極めて危険だ。


僕は上り坂を休み休み上った。


途中途中、休むとここは太古の昔、なんとかの神だのなんだのが暮らす山だったんだなって事に気づいた。


こころもりょうちの世界
伊勢の山奥。神秘的な雰囲気をうかがわせる。


空気も綺麗だし、風景もいい。
でもただの抜け道です。


こころもりょうちの世界-抜け道


便利だけなら何も気づかない。
歩く道、チャリの道、バイクの道。その無駄には途中途中の経過がある。高速で目的地だけを目指せば、せいぜいサービスエリアしかない。
世の中は単純化してゆき、途中途中は廃れてゆく。

無駄はない方がいいのかな?

僕はなんとなくそんな生活に疲れてゆく。時間に追われる生活。
でもチャリ旅行は非効率の楽しみ。

無駄が作る無駄な時間。でも本当は何一つ無駄じゃない。



こころもりょうちの世界-志摩チャリ道
志摩にあった自転車道。ホトトギスの鳴き声を聞きながら、ここちよくサイクリング。

世の中はもう少し、非効率でもいいんじゃないかな?

そこにある楽しみ、そこにある気づくこと、時間に焦ることはない。

目的を達成すればいい。時間の短縮ばかりじゃない、道筋のある世の中がいいんじゃないかな?

Iさんと話をし、そんな事を感じる志摩の一日だった。


こころもりょうちの世界-志摩の海

自転車道を抜けるとある国府白浜。



こころもりょうちの世界-志摩の道

志摩立神のこんな道を抜けると、


こころもりょうちの世界-志摩の漁村

入り組んだ海岸沿いの漁村の風景が浮かぶ。


便利な場所じゃないけれど、その分、とても雰囲気のよい場所でした。


こころもりょうちのJFJ-伊勢湾


こころもりょうちの世界-伊勢神宮

伊勢神宮までやってきた。


神の国日本!と誰かが言っていたような・・・。



伊勢神宮には不思議な雰囲気がある。大きな木に囲まれているそうだろうか?きれいな小石の敷き詰められた広い道のためだろうか?何か大きなものに包まれている感じがする。


神がいるか、いないかという話になれば、僕はどちらかといえば信じていない方。人がそれぞれどう思うかは自由だし、いると思う人がいると思うことを否定はしない。でも科学的な観点から言えば現実的じゃない。だから僕はどちらかといえば信じていない。


でも昨日は神がかり的な事があって、神の力を感じた。

昨日は1日中雨だった。朝早く、友人の住む安城市を出て、途中まではよかったけど、やがて強く雨が降り出した。何とかいけるところまで行きたいとチャリをこいだ僕だけど、やがてどうにもならないくらい雨は降ってきた。どこかへ雨宿りを考えたんだけどなかなかいい場所が見つからない。

ふと車の流れやなんやかんやで中心道をそれた僕の目に神社が見えた。


こころもりょうちの世界-神明神社


ここで雨宿り。神社の木々は本当に自然の雨宿りになるからすごい。

もうやまないかとは思っていたので少しでも弱まることを願っていた。

20分後、雨は突然降り止んだ。奇跡に近い。そんな感じを受ける。


そして僕は師崎を目指し、知多を南下。
こころもりょうちの世界-知多南下

結局、途中から大雨となったけど、なんとなく不思議な力を感じたのだ。



神の話になったのは、伊勢神宮に来たのもあるが、その前に伊良湖で泊まった民宿の女将さんが変わった人で、ちょっと神よりな話をする。幸せと神と笑うこと、まあいかにあれ、幸せそうな感じである事っていいことだね。


伊良湖は、伊勢と姉妹的な大きな神の聖地であったそうだが、今は継ぐものがいなくなってしまい、大きな神社はないというような事を女将さんは言っていた。それでもこのあたりは聖地だから不思議な力を受けるのだ、というような事を、女将さんは言っていた。


こころもりょうちの世界-伊良湖山系
伊良湖の山並み。


そんなエネルギーを感じて、チャリで旅行していた女性は、ここまで来て帰っていったという。

「どうして私は彼氏ができないんでしょう?」という悩みだったそうだが、「思いつめてもよくない。好きなことをやっていればいい」というような女将さんの意見と山々を見ていたら、何かに納得したらしく、帰っていったそうだ。


また、別のチャリ伝説がある。

それは75才のおじいさんで、おじいさんは背中に妻の位牌を背負い、四国を目指し、鳥羽を渡り、紀伊半島を回って、チャリで進んでいったそうだ。本当は、生前の妻とそのルートを車で旅行する予定だったそうなのだが、亡くなってしまい、なぜかチャリで。富士山を見て止めようかと思ったけど、妻に背中を押される思いで伊良湖までチャリで来て、この先を目指す決意をした。

そんな話を、この先の不安を口にした僕に対して、女将さんはしてくれた。


それから残念な事に、伊良湖~鳥羽ルートのフェリーは今年の9月で廃業になるそうだ。毎年24億の赤字を出していると言う。それはそれでしかたないが、海のルートとは魅力的だ。


こころもりょうちの世界-フェリー

こころもりょうちの世界-フェリー客室
自転車はほとんどいないが、車で行き来できる。時代の流れというわけで仕方がないのかもしれない。重油をかなり排出するらしく環境にもよくない。女将さんと電気自動車ができるんだから電気船もできればいいのに、というような話もした。


たしかにフェリーはでかい。でかい割には繁忙期を別として、人が対して乗らない。それは赤になるさ。でもこの道は魅力的だ。時代の流れだけど、無くさずに何らかの形で守る事も大切なんじゃないかと感じる。


世の中では民主党が事業仕分けをしているけれど、ただ廃止していく社会でなく、守り行きつつ、変化してゆく世の中を作っていく必要があるんじゃないかと感じる。

太平洋自転車道もそうだった。僕は元来新しいものに移り、古いものは捨ててゆくことを考えていた方だけど、伊勢湾フェリーや伝統ある伊勢神宮を見てきて、それも違うんじゃないかな?という気持ちにさせられた。守ることの大切さ、守り、移り変わること、世の中はそうある方へ進めようと。そのために出来る事とは何なのか?


歴史古き、よき日本、それが何なのか、改めて、考えてみたい。


〈つづく〉