『ぼくの兄の場合』が貸出中なのはわかってて

サッカーのついでに寄った図書館でたまたま同じ作家の作品を見つけて借りて来た

 

序盤は読みづらく 訳者あとがきにもあったように

語り手が刻々と変わるので 慣れるまでに少々時間がかかったが

 

今日ようやく読み切った時 作品の内容はもちろん 構成の妙と

私とほぼ同い年の訳者の完璧な翻訳とに感激し 思わず泣いてしまった

 

そもそも 今頃 感激して泣いてるって だいぶ恥ずかしいことなのだが

十年以上前に出版されてるし

でも 読まずに終わるよりはよっぽどマシか

 

Die Entdeckung der Currywurst というシンプルな原題もイイ

でも直訳では 確かに ちょっとキビシイね

邦題に唸るって ワタシテキにはまずないこと

 

その人にとってのドイツやドイツ語って

様々なカタチがあって正解はないわけだけれども

中途半端過ぎて恥ずかしい私のそれらも

この作品世界に惹き込まれたというだけで 充分 正解

 

ゆっくり再読したい

昨日借りた図書室で時間潰しに少し読んで

今日寝かし付け中に一気に完読

 

おもしろかった 子供達が一斉に動くとこ なんか憶えてる気がする

かつての私が 読んでいてくれたら嬉しいのだけど 怪しいもんだ

 

『飛ぶ教室』からではなく この作品から入るべきだったのかも

ドイツの少年達の活躍と団結が 文句なしに楽しかった

この手の小説をたくさん読んで来たわけじゃないけど

『グーニーズ』とか『ぼくらの七日間戦争』とかに通じる爽快感がある

 

この訳ももちろん素晴らしいのだけど これだけおもしろい作品だと

今の日本語で 今風ではなく きちんとした品行方正な日本語で

訳したものなら たくさん読まれると思う 最新の訳はそうなってるかな

 

ワタシテキには この訳を片手に 原文を読みたいキブン

 

昨日の不安は杞憂に終わったが

マスクしてても大目には見てもらえないらしく 通常営業で

昼過ぎからどんどんおかしくなり 歩いて帰るのが精一杯

サッカーを任せた義父もほぼ同じ症状で 明日はどうなることやら

でもしばらく横になって だるさはだいぶ軽くなったし

キモチテキな問題が消えると カラダテキにも上向いた気になる

二度目の読了をして本日返却 ちと名残惜しい

 

読み始めてしばらくして愕然とした

この物語はかつての私が大好きだったラジオ講座の

「レアとラウラ」の下敷きだったのだ

講座テキストをざっと見てみたけど そのような記述はなく

でもそれを知らずに熱狂していたのかと思うと かなり恥ずかしい

レアとラウラ レアとラウラ
 
Amazon

こんなんあったんだ 欲しいなぁ

 

ただし 今の私としては

このような物語の「発展」は許されるのだろうか

なんてことにひっかかってしまう 全然いいんだろうけど!

 

私はリーダータイプではなく 切り込み隊長タイプだと

良くも悪くも自覚しているし 実際リーダーにはならなかったので

敢えて反対意見を出すことで 問題の確認や発展をしてきた

つもりだったけど

現在の社会規範からして これは明らかにルール違反だから

止めた方がいい 少なくとも許可が要る という主張に対して

うっすらマイナスの反応が出たこと また明日も出るだろうこと

に どうやらキモチがヤラれてしまったらしく

息子からうつりかけてた風邪が本格化してしまった

 

著作権の問題は線引きがしにくいからこそ

センシティヴに扱わなければいけないのに

 

もっと酷い環境だと この主張は無視されて

そのまま実行されて 後になって顧客から苦情が来て

なぜか謝りに行かされる みたいなことになるのかね

幸い私は職場でそういう逆境にさらされたことはなかったけど

こういうことか と これはツライよ

 

『ふたりのロッテ』と「レアとラウラ」に関しては

「レアとラウラ」のテキスト(本文)をもっかい読み直して

『ふたりのロッテ』をいつか原文で読んでみたい

と思えるくらい 気に入った 手に入るかな

先にこれを借りたのだけど どうも乗れないので

 

こちらを先に

母が題名に節をつけて連呼していたので覚えてたけど

内容はほとんど 歯を抜くところくらいかな 他の作品かも

 

それはともかく 間に挟まってる著者の教訓めいた言葉が

今の「少年少女」達にどう響くか そもそも読まれるのかどうか

私が読んだのは高橋健二氏の訳で 恐れながら

文体が相当古めかしいので どちらも新訳が出ているようだけど

今風におもしろおかしくしないとダメなんじゃないかなと

とはいえ読みやすい内容でもあるので こちらは一気に完読

 

でもって 『飛ぶ教室』 コメダで半分一気に読んだら乗れて

自宅で後半をまた一気に

ギムナジウムの寄宿舎 習ったから知ってるけど

うーんどうだろね どうしても大人目線で読んでしまうので

でも「少年少女」達には きっと違う形で響くのだと思いたい

文体に関しては 昔の物語は昔っぽい文体の方が

それっぽく読めるのかもしれないし

谷崎なんかまさにソレじゃないかと思うけど 違うか

 

この全集 1962年が初版で 2000年に44刷だって

今はもう出てないと思うけど Amazon で出て来ないから

でも2000年まで現役だったのか それは評価しないとな

読む人もいないらしく綺麗な状態なので

『ふたりのロッテ』や『エーミール』も読んでおこうかな

今頃恥ずかしいけど 読まずに終わるよりマシでしょう

 

あぁぁ あったあった 高橋先生 大変失礼致しました

どの作品もレビューの評価高いなぁ

不真面目に読んじゃダメだな 反省

クラバート クラバート
1,728円
Amazon

 

今だから感じられる引っかかりが多いのかもしれないが

この作品を現役の学生の時に読んでいたら

何か少しは 変わっていたんじゃないかと

いや そんな甘いもんじゃないか

 

今年の帰省は 私にとっての帰省という行為そのものを

正しく評価する初めてのチャンスに はからずもなった

 

そのようにしかなり得なかったとはいえ

私は帰省というのものを完全に捉え損ねてしまっていた
学生時代の夏休み 1年目の夏休みの時点で

誰かが強制的にでも 実家から引き離してくれていたら

私の人生は 大きくとは言わないまでも いくらか変わっていただろう

 

とはいえ 18歳の私に 新しい居場所に腰を据える力など無く

肉体的にも 精神的にも 独り立ち出来る状況では無く

あのようにしかなり得なかったじゃないか

実家に帰るしかなかったじゃないか という気持ちも強い

所詮は 後悔と ないものねだりで

 

大学の「英語」に挫折したことが一番の原因だと思うのだが

翻訳された文学作品を読む ということに

それじゃ意味がない テキな傲慢な諦めを 私は長いこと抱いていた

でも今こうやって読んでみると それとこれとは別問題だったと痛感する

文学作品を読む難しさ 言葉の表や裏にあるものを受け取る難しさは

日本文学でも十二分に難しいのであり

翻訳という工程がひとつ挟まっているとしても

その前提で いくらでも楽しく 難しく 読むことは出来るじゃないか

 

後悔してもしょうがない とにかく読破した冊数は増やしておきたい

「おぉ それも読んだかね」と いつか恩師に言ってもらいたいから