今になってこの作品を読んでいると恩師が知ったら

どう言うだろう

半分は呆れて ハハ 今頃かね と でも

半分は 喜んでくれてるんじゃないかな

 

冒頭の 本の中に広い広い別の世界がある という感覚は

かつての私が実際に感じたことだし

後半の 元の世界に戻らなければいけない という主題は

先生が授業で語ってくれたことで

作品の構成や内容も含めて 得るものがたくさんあった

先に『モモ』を読んだのだが 少々駆け足だったこともあり

二度読めたこちらの方が 今のところは気に入って

出来れば原書を取り寄せて対訳読みに挑戦してみたいけど

私のこと いつものように途中で飽きてしまうだろうから

もう少しいろいろ読んでからにしようかな

 

昨日Eテレの哲学番組のまとめ編を観ていて

毎週観たかったけど毎週見逃していた番組で

まとめくらいがちょうど良かったかもしれないのだが

「老い」の回で 40歳を境に生き方を変えるのが当然なのだ

というようなことが出て いろんなことが腑に落ちた

自分の値踏みをし直す という言い方だったか

 

私がドイツに行くのは

束の間 ドイツでの生活を味わうためであって

いつか ドイツに住むための練習ではない

私が暮らしているのは 日本の この町であって

どこか他の土地に住むことは おそらくもうない

 

片付け法と同じで

読んでみたかった本を読むことは おそらくもうない

でも 今なら読める と思った本は 読んでいいわけで

まずは児童書から というのは 悪い選択ではないと思うし

独りの時間があり余って というなら 対訳読みもいいだろう

それなら恩師に頼れなくても何とかなる はず

 

エンデの2作品を読んでみて この2作品は

ぜひとも息子に 適切なタイミングに 読んでもらいたいと思った

ただ 誰かに本を勧めるというのは 本当に難しい

勧められた本は読む気を失くす というのが自然な気がする

どうしたものか

 

それと 今の私にちょうどよい「レベル」ではあったが

これで満足していては 本当はいけないんだ とも感じた

ファンタジーは素晴らしく 一度はどっぷり浸かるべき世界だが

「大人」になったら ここから一歩先へ

世界のあり方や 人間の内面など

出来れば触れたくないところへ 一歩踏み込むような

読書を 本当はしなければならないのだと

そう思えただけ 今はマシだと考えよう

蜜蜂と遠雷 蜜蜂と遠雷
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相方が待って待ってやっと借りて CDまで借りたと思ったら

また借りて来た こういう「おもしろい」本は読まないよ と

珍しく本を借りて来ていた私は最初断ったのだが

ちょっとだけでも と珍しく勧めるので 読んでみたら

 

なるほどおもしろい

コンクールとか〇〇展とか 採点競技にとても抵抗のある

負け戦はやらない負け犬=私から 抵抗感をいくらか拭ってくれた

登場人物ひとりひとりに注がれる温かい目も嬉しかったし

今はもう 本を読んでまで 誰かの不幸に遭遇したくはないので

 

それと 私自身が演奏を聴く際の姿勢を 正してくれると思う

せっかく買った電子ピアノには2ヶ月以上さわっていないし

自分が弾く際の刺激には残念ながらならない レベルが違い過ぎて

ただ BCJを聴く際には 君様ひとりとっても

今まであまりにのんべんだらりと聴き過ぎていた と反省しながら

君様が今の高みに至る過程を少しだけ想像しながら 読んだ

 

相方が借りたCDが iTunes に入ってるので読みながら再生したけど

なるほど~なんて納得しつつ いまいち興味が沸かないというか

私はどうしても バッハにしか気持ちが向かないみたいで

こないだ息子に 「おかあさんは ばっふぁがすきなんでしょ?」と言われ

訂正しながら照れた 私はこれで バッハが好きだと言えるのか?

 

48時間で33曲の「カンタータ・リング」が話題に ~ライプツィヒ・バッハフェスティバル

 

何もトラブルが起きなかった後の祭り的に というより

着いて半日ほど経ち 「いまドイツにいる私」をいくらか取り戻せた頃から

あ~ もっとチケット買って もっとガンガン聴きに回れば良かった~

と贅沢な後悔をした このコラムを読んでまた同じことを思った

そうではなく BCJの2公演に絞ることが 様々な面において

ベストであることを確信して出発したはずなのに 懲りない奴だ

 

確かに 教会中が好意的に聴き惚れていた

このソロ巧いな~と ほとんどの聴衆が思っていたはず

ほぼ同じ年数だけど質が全く違う 君様はどんな時間を重ねて来たのか

これからは正しく 敬意を払わなければならない

それと バッハの銅像やお墓があるほどのライプツィヒで

BCJのバッハを聴いて来たのだぞ ということを 私は

良くも悪くも フツウに捉え過ぎだった

そのマヌケさが 私のイイところなのかもしれないが

 

こんなのあるんじゃん 借りて来たのは曲数少なかったし

NAXOS のプレイリストもコピーしてやったぞ 聴くのか知らんけど

ひと月前の今 私は飛行機の中 息子にとっては私と離れる初めての5日間の始まり

後になっていろいろ影響が見えたけど プラスになったこともいくつか垣間見えたし

ひと月後の今 君様はスイス いいなぁ h-Moll Messe 聴きたいなぁ

 

これ見たの? と指摘され 昨夜やっと帰国会見を視聴

34だって 34かぁ 時間ってホント なんつーか うーん

結局1試合も観に行かなかったんじゃないかな 代表17番の試合は

その頃はもう 私達の中でも 日本国民の中でも 両極端な意味で

代表戦の在り方が変わってしまっていた

 

面倒なことも 自分から買って出てやってたんだろうなと思う

終わってしまってやっと気付くって つくづく私は ヌケた人間だ

 

あの磐田戦での決勝ゴールを超えるプレーが

あの後 生まれたかどうか は 今となってはあまり意味がない ただ

ああいう 自分でゴールを奪いに行く姿が

ポジション的に または立場的に 見られなくなってしまったことは

私にとっては 残念 もっとやって良かったんじゃないかと思うけど

それは私にはわからないことなので

 

そして日本代表は また4から0に戻ってやり直し の繰り返し

そんなことを2回 3回か 主将として支えて来ただけでも

本当に尊敬に値する ファンになって良かった

 

帰国後の時間の経過がものすごく速い なんだか加速した感じ

そしてものすごく眠い ナグモ先生の本読んで

早く寝るようにしてるんだけど その分だけ早く起きることが出来ない

一番身体を休めたい午後のひと時 灼熱の中 息子を迎えに歩く

車が無いから仕方ない あったら車に頼っていただろう

ライプツィヒ滞在の捉え方が 非日常から 贅沢な日常へと

変わった気になってたけど 単に じっくり反芻出来てないだけかも

だとしたら ちょっともったいない でも

これくらいが 浸り切らないくらいが ちょうどいいのかもしれない

 

まこPって協会のトップにふさわしいと思うのだけど

政治と一緒で 上がなかなかいなくならなそう

そういう意味では 早く時間が経てばいいと思う

 

完全なる移動日 ホントもったいなかったな~と帰国後に後悔したものの

今になって考えると このフライトの場合 どうしようもないんじゃないかと

空港駅でなく中央駅の付近に泊まっていれば

朝食後に旧市街の散歩くらいは楽しめたかもしれないが

搭乗口まで 羽田と比べて少し時間がかかることを考えると

まぁ 私の手際が悪いこともあるけど

中央駅から空港駅の移動もあるし 列車が停まったらアウトだし

結局 何も出来ないまま乗り込んで終わり な日なのかもしれない

 

ここ数日 これをかきながら2009年のライプツィヒ滞在中のブログを

読み返してみた Karstadt は当時からあって買い物までしていたのに

今回行きそびれたことは それこそホントもったいなかったわけで

土曜日の午前中にあそこに行き着いていれば

もっと充実した食生活を送って帰って来られたのに それはともかく

 

やっぱりキモは「人」だったなと

今回は一度も 日本人と日本語を交わさない旅 となったので

2009年とはだいぶ意味合いが異なるのだけど

君様がいたから いるだろうと踏んでいたから ガンバれたのだと

出国ギリギリまでその確認が取れず

まさか事務局に「〇〇さん行きますよね!?」なんて聞けないし

パリ公演さまさまだったが 逆に言えば 私という人間は

街歩きをしたいがためだけに フランクフルトまでは飛べないのだと

改めて認識させられた

街や 建物や 正直に言えば音楽そのものも

私にとっては 飛ぶキッカケになり得ない

誰か 強く引き寄せてくれる「人」がいないと

情けないようで でもそれが人間のあるべき姿ではないかとも思う

 

昨夜のポーランド戦を振り返りつつ 先生にメールを書いている間

フランクフルトの素通りが 非常にもったいなく感じて来た

中央駅から歩いて行けるスタジアムには

当然この日は 誰もいなかったわけだけど

昨夜 まさかの戦法のために投入された彼の姿を見たら

また 「サイン下さい」と言いに行きたくなって来た

当時と比べればだいぶ薄く不安定なヤル気 だけど

この人のようになって欲しい と息子に言える唯一の存在である

日本代表のキャプテンに ドイツで もう一度会ってみたい

 

いつかne-さんが 日曜の散歩が好き って言ってたっけ

お店は閉まってて不便だけど 人通りが少なくて

確かに歩きやすい この頃には大胆になってて

このニコライ教会の鐘の音を録音したり

FaceTimeで自宅に生中継したり スマホの恩恵に与ってた

 

ライプツィヒに馴染んだと言っても 私の行動範囲は

Innenstadt と言っていいのか いや Altstadt か

しかも中央駅の周辺のみ 今回は移動手段乗り放題だったのに

中央駅までの1駅分 何度か路面電車に乗っただけ

土地勘が無いのに 遠くまで行って戻って来られなくて

コンサートに遅れでもしたら大変なんで そこは我慢した

あと1日いられたら 月曜日もここで過ごせたのなら

路面電車乗って終点まで行ってみたり

ちょっと高価なもの奮発して買ったり

Karstadt で食べ物買ったり ここについては昨日

自分のブログ見て思い出すという大失態

いや メインイベントを外さなかっただけ良かったとしないと

バチが当たるよね

 

2回目ということもあり この日は

トーマス教会でのBCJの演奏 をしっかり満喫できたと思う

席に関してはいろいろあったのだが 結果的には

これ以上ない という場所でお姿を拝めたこと とても幸運だった

アリアでは教会中を魅了し その空気を味わいつつ私も魅了されていた

1曲目では この曲をここで聴けることが嬉し過ぎてニヤニヤし

2曲目では その喜びに感動し過ぎて少し涙し

3曲目では さぁこれから家に帰るぞ と 違う意欲が沸いて来た

 

トーマス教会の出入口にいる石像クン 石かな? 木じゃないよね

左下の説明書き撮ってくればよかった 名前がわからない

リハーサル中だったもんであまり自由に動けない雰囲気で

ともかく 彼に再会できたのは嬉しかった

石像に話し掛ける日本人 傍目ちょっと変な感じだったかもだけど

私がライプツィヒで穏やかに過ごせるのは

たくさんの人達のおかげ それと

ここに彼がいるから と勝手に信じている そしてまた会いに来ようと思う

 

午前中の散歩だけじゃなく この日もやっぱり自分らしかったなと

時間は無いのに時間を持て余し 同じとこ何度も歩いて

後ろ髪引かれつつアッサリICE乗って しかし

前回は1日ドレスデン行きに費やしたのだけど

今回もう1日あったら ドレスデンまで行っただろうか

あ~ドレスデン行けたのにな~ と口では言うものの

実際に行動に移せただろうかと

なんとなく 気力体力がそこまで至らないような気がする

来ている目的が違うからか もちろん年齢的なこともあるだろうし

30代にしたことと同じことは

もしやろうと思っても出来なかった としても

あまり悲しまない方が 精神衛生上良さそうだな