1ユーロ170円台の頃は考えもしなかったホテルの朝食ビュッフェ

130円台ならそれほどイタくないし

ふらっと独りでレストランやカフェに入るのが苦手な私には

朝食ビュッフェは重要かもしれない とにかくこの選択は大成功

 

17時半の公演までは十二分に時間はあったわけだが

絶望的に舞台の見えない席だというガッカリ感と

とにかく暑くて暑くて 夕方まで体力を温存しなければならない緊張とで

街歩きになかなか調子が出なかった

それでも 並んでアイス買って食べたり

本屋に入って息子用の絵本をじっくり選んだり

ちゃんと思い返せば 私らしい時間の使い方はしていたと思う

食については 今回はあまりツキが無かったのだけど

あまり期待もして行かなかったし しょうがない

 

結果的には 4曲ともガッツリ拝めてしまって

日本人らしく 周りに迷惑かしら と怯えつつ

でも私このために日本から来たんですもの~(涙目)

トーマス教会の中も暑くて暑くて

君様がしきりに汗をぬぐっていた

オペラシティではまず見られないこと

演奏しづらそうな局面もあったが 気のせいかもしれない

 

それより オペラシティで聴き慣れたクリアなBCJの演奏が

トーマス教会の しかも端と端とでは 間に空間があり過ぎて

ものすごく膨らんで届いて来るもんで

聴こえ方に慣れるまでにすごく時間がかかった

満喫できたのは2日目になってからかもしれない

 

もしかしたら オペラシティで聴く方が

私の好みに合ってるのかもしれない 慣れもあるし

でも トーマス教会で聴いて来たんだよ

それってすごくない?

あの時はこんなこと まったく想像もしてなかったよね

BCJの演奏なんて聴いたこともなかったんだからさ

人生わからないもんだよ

 

脅かされて来なければ マルクトでの無料コンサートも

ビールなんぞ飲みながらしっかり聴いて帰ったと思うけど

少し立ち止まって すぐホテルに戻った 疲れてたし

部屋で瓶ビール飲んでたら けっこう激しい雨が降り出して

マルクトにいた人達どうしたかな 大変だったろうな

 

この日はドイツらしいサブレ天気

他に撮影している方がいたので下をフレームから外したけど

トーマス教会のこっち側も美しかったので

このマリアさんにはまた会いたいな

我家の環境のせいだけなのか知らんが

アメブロ 表示も編集も 不安定で使えたもんじゃない

開設当初とだいぶ状況が変わってしまったこともあり

あんなにあれこれ書いてたのに

歳とともに そっち方面もダメになっていってる気がしてならない


 

最後に飛んだ9年前は相方に成田まで来てもらったんだったか

今でいう「インボラ」でビジネスクラスに乗せてもらった時

スーツケースを預けて身軽になった後

さぁこれから独りだ! と気持ちが切り替わる瞬間が

あの時は明確にあった 心身ともに切り替わるのがわかった

だからそれが送ってもらった別れ際のような気がするのだけど

違うかもしれない それはさておき

 

今回はそれは無かった 相方と 前回はいなかった息子と

直前まで いつものプチ遠征気分で 食事して 写真撮って

息子にとって初となる空港見学を充実させることに必死で

切り替えも何も 泣かれないか 自分が泣いたりしないか

変なことに気を取られ 気持ちの切り替えも何も無かった

 

しかも 気持ちはともかく肉体の老化を甘く見過ぎており

11時間のフライトを乗り切るのがまたひと苦労

到着後すぐ3時間強の列車移動が控えていることもあって

相当緊張していたんだと思う 無事にホテルに着かなければと

 

それでも ライプツィヒ中央駅に着いた時から

それなりにドイツモードに切り替わったというか

たった4日間でも 日帰りでなく「暮らした」街というのは

やはり 嬉しく 楽しく ポジティヴに歩けるもので

前回はなかった iPhone で日本とつながっていることが

いくらか心強かったこともあるだろう

 

着いた時はまだ明るかったが20時を過ぎており

パン屋の在庫も残り少なく 1個だけ買ってホテルへ直行

とにかく身体を休めなくては それだけ

iPhone を持ちながら歩くリスク

パスポートやクレジットカードを紛失するリスク

あれやこれや相方に散々おどされて さらには

出国前日に外務省からのメールが届き

ローカル線に乗るリスク まで警告されてたもんで

ポジティヴな振りして

実はかなり警戒しながら歩いていた

ドイツをそういう風に歩かなければいけなくなったことは

とても残念だけど

前回までがラッキーだっただけかもしれないよね

 

もちろん自慢にも何にもならないけど

名古屋公演で2回使った名古屋駅より

ライプツィヒ中央駅の方がホーム感が強い というのは

何も誇れるものが無い私にとって

かなりユニークな 特長と言っていいのか これだけでも

生きて来て良かった おもしろい人生だった と

今も後も 思えるんじゃないかね

オルガンじゃなくてオーケストラにすればよかったかなー

そもそもここのもオペラシティのもそんなに好きじゃない私

パイプオルガンのこと何も知らないけど どうしても比べてしまう

ピアノトリオも聴かせたかったけど 大行列で絶対に無理だったし

こんなに並ぶならおカネ払って子供向けコンサートに行った方が

いいワと負け惜しみだが思ってしまった

でもまぁ コンサートコンサートって毎度置いて行かれてても

どんなもんかイメージ出来てなかったと思うんで

とりあえずはイイ経験になったんじゃないかと思う

 

金曜日のマタイは聴き慣れてるCDのテンポに似ていて

速過ぎるところもなく 遅過ぎるところも多分なく

終わって時計見てビックリ 3時間たっぷりやってた計算かな

今回は全くお姿が見えず 前のめって確認するのもマナー違反だし

今さら恥ずかしいんで耳だけで存在確認しようと頑張ったけど

視覚が無いとどうしようもないらしく ぜんぜん君様の音に聴こえない

パートナーがいつもと違うことも多少はあったのかもだけど

一部の終わり際にちらっと拝顔できただけで今回はオシマイ

 

気持ちの時間軸とは関係なく 人は年を取り

息子は成長し 私は老化し

慣れないスマホをいじっててたまたま自撮りモードになり

自分で引いたくらい 写してはいけない顔になってしまっていた

ずっと続いて欲しかった息子の年少の1年もあっけなく過ぎ去って

今朝ボールを注文

いま自転車のペダルこぎの練習に義父と出掛けている

サッカーと自転車と両方この年中の1年でクリア出来たら

大成功 それ以外は特に それ以上のことなんてあるのかね

 

初日は絶望したものだったが 地球上の誰もが使えているのだからと

諦めなかった甲斐もあり ってだいぶ大袈裟だけども

電話とメールとウェブと メッセージ機能も使えるようになった

現地でなくさない限りは なんとかなるんじゃないかな

でも こういう焼きっぱなしの Kuchen を探す余裕はないかもなぁ

日曜も挟まるし 中央駅に行けば喰いっぱぐれることはないだろうけど

あの頃の 言葉では言い表せない 自由さというか

自分ひとりで全てを決めて動く 動かなければならない

時間と空間と こういう感覚って誰もが持っているものなのか

私だけが鈍かったのか ともかく 息子にも味わってもらいたい

男性の方が 親が慌てなくても 経験しやすいものかもしれないけど

 

あとは 準備を進めつつ いつ伝えるかだな 難関だなー ふー

 

これだけ老けてしまうと 気持ちがいくら若いつもりでも

行動の面で どうにもこうにも 動けなくなってしまうね

去年の今頃は どんなことを考えてたんだろう

自分らの体調とか気分とか あとは天候とか

自分らの都合だけで動ける日々が終わってしまう不安が

大きかったかな

もちろん入園に向けての不安もあったけど

 

一年経って クラスの統合とか仮園舎での保育とか

一時的な新しい不安はあるのだけど それよりも

自分を取り巻く環境みたいなものと 何より自分自身が

ほとんど好転しなかったな という失望が

一番大きいかもしれない

 

本当に 友達の作り方を忘れてしまった

はじかれてるわけじゃないし 会話もそれなりにするけど

輪 の構成員になれない

これって なる「努力」が必要なんだっけか

努力してまで合わない話に付き合いたくない

なんて屁理屈こねたり ランチ会あっさり欠席したり

こちらも相当矛盾してるのだけど

 

この一年の口癖は「つまんない」だった

ちょっと気に食わないことがあると口を突いて出る

つまんないと感じるより先に口から出る感じで

本当にマズイなと思いつつ まだ治っていない

 

何が「つまんない」って

送り迎えが「つまんない」のであって 正確には

迎えに行って帰るまでの間の

かなり矛盾した孤独が待ち受けている苦痛な時間を

「つまんない」と言い換えてたんだと思う

実際はそこそこ楽しかったり 息子とぶつかって

「つまんない」どころじゃなかったりもしたのだけど

 

年長はともかく 年中ってのは どんな一年なんだろ

年長と比べて 年少と比べて どこがどう違うんだろ

と入園当初は疑問に思っていたものだったが

最近になって 年少と年中との差や違いが

よく見えるようになった

年少はまだ 自分らの都合だけでどうにでもなった頃の

息子に近いけど

年中はもう 年長や 小学生の方に寄って行くのだ

親さえいればいい状態から 既に抜け出しつつあるし

体格も行動も ただカワイイだけのコドモではなくなる

けっこう大きなターニングポイントらしい

 

今日 年少最後の弁当を作って渡して

それ自体には大きな感傷も感慨も無かったのだけど

いつか振り返って あの頃は良かった と泣くのだろう

今の私も 去年までの私達に戻りたい気持ちは薄れたけど

年少の一年間は やり直したい と思える

あんなに怒鳴らず スパルタも止めて

送り迎えがどんなに孤独でも

年少の一年間を やり直したい と思う

おそらくそれも もう少し時間が経ったら

やり直したい一年間が後ろにずれ込むのだろうけど

去年までの私がそうだったように

 

昨夜NHKのAIの番組を観てて 断片的にだけど

他人と比較しない人生の幸福度 というものを

改めて考えさせられた

先生が言ってくれたように 人間はそもそも孤独であって

毎度毎度群れたり 親の方がペチャクチャしゃべってたり

興味がないことに興味があるような顔をしたりして

「つまんない」と腹の底で舌を出すよりは

居心地が悪くても 独りでいた方がマシなのかもしれず

息子にとって楽しい一日であったなら

送り迎えの居心地の悪さなんて大したことないじゃないか

それより 更年期丸出しのイライラガミガミを我慢する方に

力を注いだ方が よっぽど有用なエネルギーの使い方だ

それに今は ピアノという避難場所もあるしね

 

毎日一緒にいると 息子がどのように成長したのか

具体的には説明できないもので 

細かい問題も多々あるのだけど

対外的には 担任の先生の言うとおり

「なーんにも問題ない」し

最近になって 親のサポートなしでやれることも増えたし

快活で 利発で 健康で

なんか文句ある? って感じだよね

 

ほんでも 子供のいる人生ってのは

自分ではなく 子供の時間割で進んで行くようで

自分の人生が まぁ年齢的に当然なのかもしれないけど

生 ではなく 死 に向かっている という現実を

実感せざるを得ない それがまた なかなかしんどい

 

子供ではなく 自分の時間割を刻むために

私はドイツに行かなければならない

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WOWOWで放送されたのを録画して やっと鑑賞

 

とってもおもしろかった

この人達のだから というのを差っ引いても

時々笑って 時々 序盤から 泣いて

それがどんどん裏切られるのが本当におもしろかった

 

あんだけ音楽聴きに行ってるけど

舞台とか演劇とかには一切行かない

どうしても抵抗感がぬぐえなくて

今 これを観た後ならどうだろう 大丈夫かな

この人達のなら是非とも観に行きたいけど

それ以外でも大丈夫かな どうだろう

 

音楽と文楽と落語はOKってことか 寄席も大丈夫だな

でも劇団四季には行けたな うーむ

 

片付かない 進まない 馴染めない

ないないづくしの中での こういう小旅行って

とても大事だなと改めて 素敵な2時間だった