諸々の昼休み -9ページ目

諸々の昼休み

日々の諸々

某所で菊地成孔氏のラジオを
まとめ聴きしていたら、
なんだかヒップホップに対する
興味が高まってきた。

「ブラック・ミュージック」に対する
興味は、私の中で波があって、
夢中になる時期と疎遠な時期が
交互にやって来る。

最近ご無沙汰だったけど、
そろそろ又、高まる時期に
入って来たかな。

そして、日本語ラップの世界も
どんどん面白くなっている
みたいですね。

菊地氏もご贔屓の
SIMI LAB、すごく良い。


SIMI LAB - Uncommon

数年前のMVだけど、この時期が
個人的には好きだな。
メンバーにまだQNが居て、
OMSBと並立していた頃。

いや、今のシミラボも
すごく格好良いけどね。

特に、
OMSBの作るトラックは
一聴の価値あり。


OMSB - One (OMBS)

こちらは近作。
オムスの才気がみなぎってますわ~。

私のヒップホップの趣味は
アブストラクト寄りなので、
これは大好物。
以前もお伝えしましたが、
ちょこちょこと過去記事に
追記したり、訂正を入れています。

(最近だと足利アナーキーの記事)

あと、このブログを始めて
約1ヶ月経ったのですが、
それ以前に書いた文章も
こっそり転載していたり。

影でコソコソやっています。

…しかし、記事の訂正が
いくらでも利くのは、
良かれ悪しかれだな。

きりのない作業だ。

江ノ電 線路
〈線路は続くよ どこまでも♪〉

本当は鎌倉~藤沢間限定。
江ノ電だから。
吉沢潤一づいてしまった。
今日もまた彼の話。

ギャル男 vs 宇宙人


「ギャル男 VS 宇宙人」

まあ、この作品は反社会的ですよ。
公序良俗からは逸脱した漫画。
ちょっと大っぴらに紹介するのも
憚られる内容です。

真面目な方は、
読まない方が良いと思います。

(という訳で、以下閲覧注意。
ネタバレもありますよ)

――――――――――――――――

渋谷を根城にする、
三頭身のギャル男「ムラタ」と、
サロン勤めのイケメン「テツ」を
軸とした物語。

ある日、彼等は渋谷の路地裏で、
手が巨大なハンマー状になった
「怪人」による、暴行現場を
目撃してしまう。
直前にドラッグを使用していた
二人は、「幻覚なのでは??」と
思うのだが、二人揃って同じ光景が
見えるということは
「現実」なのか…。

二人は恐怖で、すぐさま
その場から逃げ去る。

――――――――――――――――

全てを夢だと思いたい
二人であったが、
その後も「怪人=宇宙人」は
二人の生活に侵食してくる。

ムラタとテツ、二人の共通の
女友達である「ミュウ」が、
その「宇宙人」と思われる男と
一夜を過ごし、その後、ボロボロに
されてしまったのだ。

病に侵され、まるで廃人にでも
なってしまったかのようなミュウ。

ムラタとテツは
宇宙人に復讐を誓うのだった。

――――――――――――――――

「ギャル男 VS 宇宙人」の
メインストーリーはこんな感じ。
そこに奔放な性や、
ドラッグ絡みのネタが
挟み込まれています。

強靭な宇宙人には、
そこらにある武器なんて通用しない。

そこで二人はどうするかというと、
馴染みのプッシャーから薬物、
いわゆる「毒」を調達し、
それで攻撃するのです。

地球上に存在する数々の毒物で、
宇宙人に立ち向かう。

眉をしかめるような
作中のドラッグ描写も、
ここへと繋がってくる訳ですね。

――――――――――――――――

物語は終盤、
「究極のドラッグ」による酩酊描写に
多くのページを割きます。

圧倒的な情報量が詰め込まれた描写。
その内面世界の複雑怪奇さが、
漫画という表現形式で
見事に描かれているのです。

このサイケデリック表現は
圧巻ですよ。

これを見る/読むだけでも、
この作品に価値有りです。

――――――――――――――――

実はこの「サイケデリック描写」には
先駆者が居ます。

小池桂一。

彼の作品「ウルトラヘヴン」は、
これらの表現を先行しています。

ウルトラヘヴン
〈ウルトラヘヴン〉

もしかすると、吉沢氏も
少なからず小池桂一氏の影響を
受けているのではないかな、と
私は思っています。

――――――――――――――――

吉沢潤一「ギャル男 VS 宇宙人」

小池桂一「ウルトラヘヴン」

二つの作品を読み比べすると、
面白いかもしれませんね。

世の中には、自分の知らない
裏面があることに
気付かされますから。

そして、こんな
「ペーパー・ドラッグ」なら、
なにより安全ですし。
漫画家・吉沢潤一。

デビューは確か、
ヤングチャンピオン掲載の
「足利アナーキー」だったか。

「足利アナーキー」は
その名が示す通り、北関東の
中都市「足利」が舞台。

高校生の喧嘩屋「ハルキ」が、
栃木の「ギャング」たちと
抗争を繰り返し、仲間たちと
のし上がって行くというストーリー。

…なんて説明だけだと、
通俗的な「ケンカ漫画」を
思い浮かべがちですが、
実際の印象は随分と違いました。

足利アナーキーその2

「男同士の友情」みたいな、
ベタベタしたものは全否定。
そして「不良だけど根は良い奴」
みたいな逃げもなし。
ケンカは「技術論」で語られる。

リアルに近い「不良たち」が
描かれた作品でした。

特に顕著だったのは、
登場人物たちの台詞。
彼らの発する言葉の「壊れ方」に、
現場感があふれていました。

でも、
その言葉たちが「本物」なのかは
私には分かりません。
しかし、間違った敬語の使い方や
俗語の混じり方なんてものは、
時代を越えた「型」のようなものが
あると思うんですよね。

そこをしっかりと押さえた
台詞回しだったのです。

(この件、伝わりにくいですね。
記事の最後に後述します)

――――――――――――――――

作品は終盤、
メタ的な展開となります。
作者による社会学的な考察が、
随所に織り込まれるのです。

そして、
最終的に語られたのは
「日本論」と「日本人論」

行き着いた場所はそこでした。

――――――――――――――――

唐突にラストを迎えるこの作品。

その締め方には
賛否両論ありますが、
作品をもう一度読み返すと、
作者は作品の序盤より
「日本論・日本人論」を
タペストリーのように作品に
織り込んでいることに気付きます。

これはある種、
計画的なエンディング
だったのかもしれない。

今になって、そう思います。

まあ、何はともあれ
「問題作」ですよ。

――――――――――――――――

あと少し付け足し。

この作品、やたらと音楽ネタが
出てきます。

「FRUITY」
「SCHOOL JACKETS」

さりげなく、そんなバンド名を
出すところも好きでした。



〈後述・追記〉

登場人物たちの台詞回しについて。

具体的なイメージに近いのは、
キューブリックにより映画化された、
「時計じかけのオレンジ」の
原作小説が一番かも。

作中登場する不良少年たちが使う
特殊言語、「ナッドサット」

その言語としての壊れ方が
今の時代にも通じるというか。

いや、これも分かり難い例えか。
すみません…。

もし機会があったら、
チェックしてみてください。
女峰山 剣ガ峰

奥日光・男体山の北側に
そびえる山々がある。

その中のひとつが「女峰山」

上の画像は、
帝釈山から女峰山へ向かう、
尾根道から山頂を望んだもの。

ちなみに、この細い尾根は
「剣ガ峰」と呼ばれています。

ここを登ったのは、
もう数年前のこと。
またこんな所に行ってみたい。

体力が落ちたこともあるけど、
最近、趣味がオタク化している
からなあ。

とんと御無沙汰。

女峰山 山頂
〈女峰山 山頂〉

女峰山 交差点
〈クロスロード〉
4月からが新年度の始まりですが、
職場的には今日からがスタート。

新人研修がこれから始まります。

結構緊張もしますが、
受け入れるほうよりも、
新人たちのほうがドキドキして
いるでしょうね。当然ながら。

今年はバタバタしているので、
お花見を楽しむ余裕は
ないかもな。

権現堂桜

上の画像は今年ではなく、
数年前のもの。
画像フォルダーから抜粋。

多分、場所は埼玉・幸手。
権現堂桜堤かな。

北野武監督作「DOLLS」の
撮影場所のひとつだったと
思います。

権現堂桜堤その2

桜と菜の花がほぼ同時に満開になる
地域性なんだそうです。

名所ですね。

きっと今年も、
こんな景色が観れるでしょう。
小説家・梨木香歩。

彼女の代表作というと、
映画化された児童文学作品、
「西の魔女が死んだ」の名が
挙がる事が多いでしょうが、
他にも面白い作品が沢山あります。

というよりも、
素晴らしい作品が山ほどある、
才能溢れる作家さんです。

私は日本を代表する小説家だと
思っていますよ。

数ある著作群の中から、今回は
「沼地のある森を抜けて」という
作品について書き連ねて行きます。

(※ネタバレ含みますのでご注意を)

――――――――――――――――

「沼地のある森を抜けて」

沼地にある森を抜けて

設定は現代。
ごく普通の日常的な舞台より、
物語は始まる。

化学メーカーの研究員である
主人公・久美は、
親戚である叔母・時子の死により、
彼女が後生大事に抱え
手入れを続けていた、
先祖伝来の「ぬか床」を
譲り受けることとなる。

早くに両親を亡くし、その後も
長く独り身だった彼女は、
叔母が遺したマンションに
居を移す。そこで先祖伝来の
「ぬか床」の手入れを
し始めるのだが、ほどなく
「怪異」な現象が起こり始める。

ぬか床の中に
「卵」が出現したのだ。

その卵はぬか床から取り出すと、
ガマガエルの泣き声のような
不快な音を発する。
慌ててぬか床に戻すと、
それは治まる。

この現象に最初は戸惑うも、
何だかんだと馴染んでしまう久美。

しかし、最初1つだった卵も、
日が経つと2個、3個と増えて行く。

そしてある日、
とうとう卵が割れた。

そこから現れたものは
何だったのか?

「人」

完全なる実体をともなわない
「人」だったのです。

――――――――――――――――

ここまでのストーリーは、
本当に物語の序盤でしかなく、
この後、更に怪異な現象が
続いて行きます。

ぬか床から次々と現れる「人」達は、
久美を和ませもしますが、
時として苛み、苦しめます。
とても不気味に。

そして、忍び寄る「死」の影。

この不可思議な現象の謎を解く為、
久美は同僚で、亡くなった叔母とも
旧知の間柄だった風変わりな男性、
「風野」と共に探求へと
乗り出すのです。
科学/化学的なアプローチで。

そして久美は、風野とともに
自身のルーツを辿って行く―――。

――――――――――――――――

この通常のストーリーの他に、

「かつて風に靡(なび)く
 白銀の草原があったシマの話」

という、異世界を舞台にした寓話が
連作の短編として挿入されています。

こちらは
とても象徴的なストーリーで、
本編にも少なからず
関係して行きます。

――――――――――――――――

この本の主題は「生命探求」です。
出自、ルーツといったものの
先の先。

「ぬか床」から始まる生命の謎。
「奇想」のSFです。

内容的には
「優生学」や「進化論」にも
引っかかる所があり、
少々危険さもありますが、
しなやかで冷静な視点が
貫かれており、
独創的なストーリーは
心をとらえて離しません。

久美と風野の行き着く先は
一体どこなのか?

近付く死の影から逃れられるのか?

全ての謎は最後に解かれる。

これは連綿と続く、
「命」の物語なのです。



Muddy Waters - Got My Mojo Workin'

ブルーズ・ロックの名曲。

「高田漣と森は生きている」でも
カヴァーしたけれど、
割と色々な機会で耳にします。
(ルースターズの大江慎也氏も
やっていたな)

定番のナンバーです。

コーラス部分は、
誰でもすぐに唄えるしね。
以前、
「フリアとシナリオライター」の
記事(→Link)に書いた、
「確認したかった事」ですが、
それは「人間が持つ暴力性」に
ついてでした。

天才シナリオライター、
ペドロ・カマーチョが書いた
ラジオドラマのシナリオの一篇に、
「ネズミ駆除会社」の
社長の話があって、
普段は生真面目で折り目正しい彼が、
突如として、自由奔放な娘たちに
暴力を振るうといったストーリー。

普段より、害獣とはいえ、
家に巣食うネズミたちを
大量に虐殺していた彼は、
知らぬうちに「暴力性」が
肥大していた、という話です。

このことを何気に思い出したのは、
映画「アメリカン・スナイパー」の
公開があったから。

戦場という場で、どんな正当な
理由があろうとも、圧倒的な
「死を行使する者」であった
主人公。
アメリカに戻ってからの彼が、
そのギャップに苦しむという
ストーリー。

それが「ネズミ駆除会社社長」の
話と重なったのです。

――――――――――――――――

長きに亘る人の歴史の中、
「戦士」が必要とされる時代が
ありました。洋の東西を問わず。
(本当は「今」も)

西洋の「騎士」、
日本の「武士」にしても、
厳しい戒律によって
彼等は縛られていた訳ですが、
実はその戒律により、
ようやく一般社会に
溶け込めていたのではないか、
と思ったりするのです。

――――――――――――――――

プロイセン王国の軍事学者だった
クラウゼヴィッツは、

「戦争とは政治手段のひとつ」

と語っていますが、
「戦争」にまで至ってしまうのは、
途中のプロセスで政治的失敗を
いくつも重ねてのことだ、とも
言っています。
(クラウゼヴィッツ著「戦争論」より
大まかな意訳ですが)

やはり「政治」って大事なんだと
思う次第です。


…なんだか今回は取りとめのない
話でしたね。
すみません。
over sleeper demo

over sleeper has come.

春の訪れとともに、
ヤマジカズヒデの
ソロアルバムが届く。

タイトルは
「over sleeper」
約20年ぶりの公式ソロ作品だ。

dip(→Link),
uminecosounds(→Link),
qyb, そしてセッションと、
彼の多岐に亘る活動の
成果でもあり、最新の
「航海日誌」ともいえる。

その広範すぎる音の幅は、
まさしく「茫洋」

果てのない海に似ている。

僭越ながら、
現在までの音楽活動は、
彼の思考を覗く為の
「小さな窓」でしか
なかったのかな、とさえ
思えてしまう。

清廉なるギターが響く曲。
ルー・リードばりの
シンプルな3ピース・ナンバー。
ストレンジなクラウト・ロック。
映画音楽のように情景が伴う音。
フォーキー且つアヴァンギャルドで、
叙情も、激情もある。
そしてセンスの良いカヴァーも。

海は様々な表情を見せてくれる。

そして、
このアルバムの最後の曲は
「intro」と名付けられているが、
次への始まりを告げているのかも
しれませんね。

ヤマジカズヒデ
彼の航海は、まだまだ続く。

over sleeper T

Tシャツ付きを買ったよ。