騎士道と武士道 | 諸々の昼休み

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以前、
「フリアとシナリオライター」の
記事(→Link)に書いた、
「確認したかった事」ですが、
それは「人間が持つ暴力性」に
ついてでした。

天才シナリオライター、
ペドロ・カマーチョが書いた
ラジオドラマのシナリオの一篇に、
「ネズミ駆除会社」の
社長の話があって、
普段は生真面目で折り目正しい彼が、
突如として、自由奔放な娘たちに
暴力を振るうといったストーリー。

普段より、害獣とはいえ、
家に巣食うネズミたちを
大量に虐殺していた彼は、
知らぬうちに「暴力性」が
肥大していた、という話です。

このことを何気に思い出したのは、
映画「アメリカン・スナイパー」の
公開があったから。

戦場という場で、どんな正当な
理由があろうとも、圧倒的な
「死を行使する者」であった
主人公。
アメリカに戻ってからの彼が、
そのギャップに苦しむという
ストーリー。

それが「ネズミ駆除会社社長」の
話と重なったのです。

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長きに亘る人の歴史の中、
「戦士」が必要とされる時代が
ありました。洋の東西を問わず。
(本当は「今」も)

西洋の「騎士」、
日本の「武士」にしても、
厳しい戒律によって
彼等は縛られていた訳ですが、
実はその戒律により、
ようやく一般社会に
溶け込めていたのではないか、
と思ったりするのです。

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プロイセン王国の軍事学者だった
クラウゼヴィッツは、

「戦争とは政治手段のひとつ」

と語っていますが、
「戦争」にまで至ってしまうのは、
途中のプロセスで政治的失敗を
いくつも重ねてのことだ、とも
言っています。
(クラウゼヴィッツ著「戦争論」より
大まかな意訳ですが)

やはり「政治」って大事なんだと
思う次第です。


…なんだか今回は取りとめのない
話でしたね。
すみません。