☆夕食は味噌煮込みうどん
「春夏冬中」あきない中の看板
山本屋の味噌煮込みうどん用のミニ土鍋
天ぷら入り味噌煮込みうどん
スタミナもつ入り味噌煮込みうどん
土鍋の蓋に熱々のうどんを取って食べます。
この味噌煮込みうどんに出会ったのは36年前です。一番最初は噛み応えのあるうどんで、食べ方も独特でしたが、美味しいだし味にひかれて大好きになりました。東京では一回食べたことがありますが・・・
せっかく名古屋に来たのですから、夕食は「きしめん」か「味噌煮込みうどん」と決めていたので、皆と食べれて良かったです。
山本屋本店はお漬物がサービスで出てくるそうです。白菜も大根も胡瓜もいい塩梅で美味しかったです。
街中は季節のイルミネーションでキラキラしていました。
名古屋駅の名鉄グランドホテルに宿泊したので、ホームの電車の行き来が見れました。
東京駅の新幹線線路が6本ありますが、それぞれ次々に出発していきます。名古屋駅は4本なので、見ているとひっきりなしに車両が来ます。2本は通過待ちの車両が停まっています。
東海道本線上下ホーム、中央本線上下ホーム、関西本線上下ホームと新幹線上下ホームと8ホームありました。こんなにのんびり電車の出入りを見たことが無かったので思い出深い景色になりました。
☆三河国一之宮(里宮)
西参道石鳥居…奥宮(本宮山山頂)の遥排所として天保13年(1842年・江戸時代)に建てられたもの。昭和20年」(1945年)8月5日の豊川海軍工廠の空襲で被災し、修理を機として昭和31年(1956年)に現在地に移転したそうです。鳥居には数か所空襲の被弾した跡が残っています。
ご祭神…大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主命)
ご神体…本宮山(神体山)(豊川市と岡崎市と新城市の境。海鋒789mの山頂に」奥宮がある。
創建…大宝年間(701年~704年・飛鳥時代)文武天皇の時に天皇の病を鎮めるための勅使として、草鹿砥公宣(くさかどのきんのぶ)が派遣され、本宮山の神を迎えて里宮が創建されたそうです。
鳥居の案内に、天保12年(1841年・江戸時代)に完成した鳥居を、神主の草鹿砥石宣輝が市田市と協議して建立の場所を決めた。と書いてあったのでそのころまでの神主さんは「草鹿砥一族」が務めていたんですわね…
御本社
えびす社…大己貴命の御子神である「智徳の神」事代主命(ことしろぬしのみこと)と「体徳の神」建御名方命(たけみなかたのみこと)を祀る摂社。
神鹿絵馬殿
古来我が国では「太占(ふとまに)」という鹿の骨を用いた占い事をしており、これに使うためか、欽明天皇の時代に砥鹿山(本宮山)の鹿を朝廷に献上した記録が残っているそうです。後の時代に占いは亀の甲羅を用いる「亀ト(きぼく)」が主流となり、占いと深い関係があったことから、神紋に亀トをあらわす図案になっているそうです。
六角形の亀甲に亀卜で使う町型という区画が入っています。
さざれ石…日本一大きい。高さ2.6m、横幅3.4m。
みたらいのケヤキ…御神木。神社の南東に自生したものだそうです。高さ45m、樹齢推定600年。
御朱印帳も書いて頂きました。
☆黄葉見物で集合した女子会です
名鉄名古屋駅から、名鉄快速特急(豊橋行)で豊橋駅まで、49分。
豊橋から、JR飯田線(本長篠行)で三河一宮駅まで、17分。
豊橋駅の名鉄とJRのホームは並んでいて、乗り換えなのでホームの所にSuicaをタッチする機械が置いてありました。
ですが、降りる駅の「三河一宮」の駅はSuica対応ができなく、降りるときにバスのように、一つの出口から切符を入れて下りないとだめとアナウンスがあり、慌てて電車を降りて一度改札を出て切符を買い、乗りなおしました。
飯田線は一時間に2本くらいしかないので、この駅でランチも食べることに……
三河一宮駅。バス停もタクシー乗り場も無い、無人駅でのどかです。
駅前のカラフルなコインロッカー。
駅から大和ちびっこ広場の「大和の大いちょう」まで20分以上歩きます。
高さ約25m、枝が水平方向に10m以上。5人で手を広げて並んでも半分にもならないくらいの大きさです。
この大いちょうは雄株だそうです。ちびっこ広場のお隣の大和保育園の園庭に雌株があり、夫婦株なんだそうです。
この広場と保育園は、旧大和小学校があった場所。前身の大和尋常小学校が建てられたのを記念して、今から100年ほど前に植えられたそうです。
今年の9月雨・風の時、重たい枝が折れてしまったそうで、黄葉の葉が落ちたら剪定するそうです。
帰り道、少し雨に降られてしまいましたが、そのおかげで電車の中から虹を見ることができました。
豊橋駅で、豊橋のソウルスイーツ「ピレーネ」をお土産に買いました。私はひとつだけ♡
☆11月11日 一の酉
御祭神…天之日鷲神(あめのひわしのかみ)鶴霊神
創建…正保年間(1645年~1648年・江戸時代)
社伝によれば、江戸時代初期に三羽の鶴が飛来した。村人は瑞祥也と歓喜して保護したが、後に開村の旧家・森田文庵の屋敷地内で死んだそうです。鶴は霊鳥とされていたことから、村人は小祠を造り祀ったそうです。
「石薬師如来」は、古くより眼病治癒の霊験があるそうです。
熊手の露店が毎年同じ場所に出ます。
練馬駅からの入り口、千川通り沿いに提灯が飾ってあります。
通常は無人で、酉の市と8のつく日に御朱印がいただけます。
開運熊手御守は「かきこめ」「はっこめ」とめいわれ、福を掻き込み、幸せの御神徳を戴くものだそうです。
☆軽井沢プリンスホテルドッグコテージ
軽井沢プリンスショッピングプラザの夕日
離山の後ろに浅間山が小さく見えます。池に映った景色がゆったりと心地よいです。
姫に捕まったらおとなしく抱っこされています(笑)
夕食は腸詰屋でテイクアウトしてきました。
朝食はホテル「All Day Dining karuizawa Grill」で。姫はお子様セット。
ジュアンは朝食の間はドッグキャビンでお留守番。
いつもの場所で記念写真。
スキー場の準備が始まってます
離山(1255m)と浅間山(2568m)
お庭で拾ってきた山栗です。
☆晋山奉告法要・本堂落成慶讃法要(10/23)
菩提寺の御住職が息子さん(六十二世)に交代しました。
山門
仁王文殊楼
本堂
お祝いのお花もたくさん並んでいます。
客殿も一緒に建て替えました。
回向柱(えこうばしら)には、御本尊様と「善の綱」で結ばれています。本堂からは五色の紐が柱まで来ています。
緑、黄、赤、白、黒(紫)の五色です。それぞれの色がお釈迦様を表すそうです。緑が毛髪、黄が身体、赤が血液、白が歯、紫が袈裟だそうです。
陰陽五行では、緑が木、黄が土、赤が火、白が金、紫が水を表しているそうです。
100人以上のお坊さまと、比叡山から分燈してもらった不滅の法燈と、お稚児さんが、黒目川沿いを回って行列しました。
ほら貝と錫杖(しゃくじょう)の音が響いて素敵な光景でした。
本堂…真ん中が御本尊の「阿弥陀如来像」 右が「観音菩薩像」 左が「勢至菩薩像」
不滅の法燈
不動三尊像と、右が慈覚大師像、左が慈恵大師(元三大師)
法要が始まると護摩焚きが始まりました。
お坊さまの記念撮影一回目。
天井絵…東京芸術大学の院生に描いてもらいました。檀家の方々が思いを込めて寄進したものです。綺麗で風情があり思った以上に素敵でした。
私は「烏瓜」です。
本堂と客殿の間の中庭です
引き出物は、輪袈裟と腕輪念珠とお菓子(たねやの最中)
腕輪念珠は、旧本堂で使用されていたケヤキの柱を研磨して仕立てたそうです。
津多屋の「のり弁」をお昼に食べました。
約260年ぶりの本堂建て替えを見ることができ、完成のお祝い法要に出席できたことは貴重な体験でした。
2018年1月1日の本堂。
旧本堂は明和二年(1765年・江戸時代)建立。この建物を2019年に解体して、新しい本堂が2023年に完成しました。
(金剛組施工・世界で最古の企業。飛鳥時代(578年)創業)