今回は、ず~~っと「これって二世の心だよな~」
って思っていたことを書いてみます。
キューブラー・ロスという
アメリカの精神科医の「死の受容課程」です。
医療関係のお仕事をされている人なら試験にも出るからご存知でしょう。
末期ガン患者との対話で、
人が「死を受容するまでの心の葛藤」には5つの段階がある
という説です。
↓ちょっと読み応えあるボリュームですが
「否認」→「怒り」→「取引」→「抑うつ」→「受容」という、
5つの心理的段階を経て、人は死んで逝く。
というものです。
ガン患者は告知を受けて最初はそのことを「否認」する。
やがてそれは「怒り」に代わり
「神との取引」になり、
それもかなわないと分かると
「抑うつ」状態になる。
これらの課程を経て、やっとすべてを受け入れ
「死を受容」し、穏やかな最期を迎える。
といった内容です。
どうでしょうか。
私たち宗教二世のようじゃありませんか?
この過程を聞くと私はいつもそう思います。
「死」に限らず、受け入れるということでは
課程が似ている。
この順は 自分の人生を受け入れるプロセスみたいだと私は思うのです。
この5つの課程は
「喪失を受け入れるプロセス」としても有名です。
どういうことかというと
ネガティブな物事を受け入れる場合、
私たちはこの5つの段階を経過しながら進んでいくのです。
悲嘆のワーク=グリーフワーク として
実際心理の場で使われていたりします。
私たち宗教二世は、
宗教の中にいた時、
宗教を捨てた時、
捨てた後も
多くのものを失いました。
この喪失体験は、
まさに5つの受容課程を経なければ
最後の「受け入れる」つまり「今の自分を受け入れる」
という最終的に落ち着ける段階まで
行けないのかもしれませんね。
「怒り」とか「抑うつ」とかで留まってしまうと
いつまでも受容に至らない。
いつまでも苦しいまま。
心が穏やかになれない。
以前書いた
「宗教をやめた後、幸せにしている二世」
ってみんな「受容」できている人たちなのかなとも思うのです。
(もちろんなにもかも受容できてるわけじゃないとは思います)
だけどね、それくらい「受容」は大事。
自分を受け入れる、今の自分を受け入れる、って大事 だと思うのです。
それが、楽に生きられるかどうかの分かれ目なのかもしれない。と思ったりしてます。
参加までに
↓キューブラーロスの5つの課程です。
◆第1段階:否認と隔離
予期しない衝撃的なニュースをきかされた時、
現実に起こった時、
そのショックをまともに受けないために、まず否認がおこる。
◆第2段階:怒り
喪失(死)という現実を認めざるえなくなると、
次に怒りや恨みがこれに取って代わるようになる。
「なぜ俺だけこんな目に会わなくてはならないのだ!」
この怒りが八つ当りとなって他者に向けられる。
◆第3段階:取引
次に人は神や仏に対して、
失ったものをどうしたら取り戻せるか、
又は、延命できるか取引し始める。
例: 「もう何もいりませんから家族を還してください」
例: 「この出来事が夢でありますように(夢であって下さい)」云々。
◆第4段階:抑うつ
以上の段階を経て、それらが無駄であることを知り当事者はうつ状態に陥る。
現実を直視し、無力感が深刻となる。
それとともに「かけがえのないもの」との永遠の別れを覚悟するために、
他人から癒されることのない絶対的な悲しみを経験しなければならない。
◆第5段階:受容
自分自身の現実、現状を、静かに見つめることのできる受容の段階に入る。
最終的に「喪失」を静かに、そして穏やかに受け入れる段階。
私たちの生きづらさを何とかしたい気持ちは
結局、この 自己受容 がゴールなんだと思います。
自分のアンテナに引っかかった事だけでいいので読んでみてください。
≪宗教二世のための相談会≫
☆某公的機関教育相談員10年間
(電話相談)
☆精神対話士 20年間
(対面相談)
☆私立幼稚園連盟相談員
今まで傾聴カウンセラーとして
およそ800件の相談を受けてきました。
これからのカウンセリングは
傾聴からもう一歩踏み込んで
≪自分の問題の根っこを見つけにいく≫
というスタンスでお聴きします。
自分の ”生きづらさ” が
どこから来ているのかを
様々な手法で見つけていきます。
少しでもラクに生きていけるよう
心を込めて聴かせていただきます
インスタもみて欲しいな。




