ホテル・ニューオータニの庭園
先日、この駅↓に行き、弁慶橋のボート乗り場と釣り堀を見つつ、ここ↓へ。ホテル・ニューオータニ。帝国ホテル、ホテルオークラとともに、ホテル「御三家」と称される名門ホテル。江戸時代には彦根藩の井伊家中屋敷であった場所。ホテルのシンボルでもある日本庭園は江戸時代から続くもの。1964年の東京オリンピックを2年後に控えた1962年(昭和37年)、オリンピック委員会と政府は外国人来訪を約3万人と予想して受入れ施設の確保を計画し財界に打診すると、大谷重工業社長の大谷米太郎が受諾してホテル建設に着手した。場所は東京都千代田区紀尾井町。約2万坪の敷地で、大谷家の私有地となっていた。大成建設の施工で1963年(昭和38年)4月1日に着工、わずか1年5カ月の工事期間で、1964年(昭和39年)8月31日に竣工。着工時に設計が全て終わってい たわけではなく、設計図を書きながら建設していくという突貫工事で、日が暮れても工事が続けられた現場は、不夜城にもたとえられた。庭から見た本館。地上17階、地下3階、客室数1085室。最上階には回転ラウンジがあり、森村誠一の小説「人間の証明」に出て来る。。あれが麦わら帽子に見えるとは・・・ラウンジの回転は、2018年(平成30年)3月に安全上の理由より停止されている。やはり日本庭園は、美しい。バンケットのフロアものぞいてみました。よ昔は行事でよく訪れましたが、25年ぶりぐらいでしょうか。すごい絨毯。やはり、ホテルはいいですね。