いつの間にか5月も去ろうとしている。

 

1年でいちばん清々しい風の季節だというのに、

 

今年はそれを十分に味わえる機会は

 

少なかったかもしれない。

 

雨が多かったのもあるだろう。

 

前半は気温が比較的低いときもあった。

 

 

 

 

 

 

 

風がよく吹く年には

 

サラサラと流れる風の音が

 

一日中、心地よく耳をくすぐっているときもある。

 

今年はそんな風音にもあまり気がつかなかった。

 

それから、

 

家のリビングにいても、

 

格子窓を押し上げると、

 

むっとした室内に勢いよく入りこんでくる風に

 

なんとも生き返る気持ちがするのだが、

 

風向きが違うせいなのか、

 

そんな場面も今年はなかった。

 

 

 

 

 

 

それでも、

 

屋外にいるとき、ふいに

 

新緑の中を渡ってきた風に包まれたときは

 

とても爽快な気分になった。ラブチョキ

 

 

 

 

 

 

 

今日は風も少しあるようだが、

 

気温が高く、少し蒸している。

 

心地よい風の季節へはもう戻らないのか。

 

気象予報士によれば、

 

今年の梅雨は6月10日ぐらいだそうだ。

 

その前に、

 

爽やかな初夏の風が味わえる日が1日でもあれば

 

逃さず感じておきたい。照れ

 

 

 

 

 

神宮外苑の緑(この日もほぼ無風だった)

 

 

 

 

 

 

風がサラサラ流れる5月はこんな感じダウン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から100年ほど前、

 

神宮外苑は、明治神宮を囲む内苑と同じ頃に創建された。

 

内苑が国の予算で作られたのに対し、

 

外苑は、人々の寄付と、

 

無償の勤労奉仕によって作られたのだという。びっくりなんとビックリマーク

 

今立派に大きく育っている木々は、

 

その頃全国から集められ、

 

その当時の人々の特別な念がこもった木々なのである。

 

神宮内苑が和なのに対して

 

外苑は、洋風にデザインされた。

 

それが外苑独自の雰囲気を醸し出すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな尊い歴史を知ってみると、

 

ますます外苑は当時からの姿を

 

大きく変えてはいけない場所だと思える。

 

外苑の杜を一から作り上げた人々の思いが

 

ここには残っているのだ。

 

働かされているのとは違う、

 

自ら喜んで奉仕した人々。

 

成長する木々の未来を想像して

 

ワクワクするような気持ちもあっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

その昔の人々の思いが

 

再開発で蹂躙されるかもしれないとは

 

悲しいことである。

 

約900本にもわたる木々の伐採のあと、

 

新しく建てられる高層ビルに見おろされる地域となる。

 

ランドマークとなるタワーには

 

ショッピングモールが入って人々を集めるだろうが

 

東京のどこにでも見られる街に成り果ててしまう。ショボーン

 

 

 

 

 

 

 

すぐ近くには

 

最近、上皇と上皇后がお住まいを移されたばかりの

 

赤坂御所がある。

 

そんな御所からほど近い場所での高層建築は

 

果たして似つかわしいだろうか。

 

そういえば、お二人はご成婚のパレードで

 

絵画館の前からいちょう並木を通られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

なんにせよ、個人の願いだけでは

 

変化していく街は止められない。

 

署名を集めて、反対運動をいくらやったとしても、

 

行政がプランを見直す方向に関与してくれない限り無力である。

 

今回の再開発計画がほとんど住民にも知らされず

 

密かに進められていたことを考えると、

 

行政が業者側のほうに加担していた可能性は

 

濃厚と言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

(つづく、かもしれない)

 

 

 

 

 

その昔

 

巨木に育ったいちょう並木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月20日にNHK総合で放送された

 

「首都圏情報ネタドリ!」で

 

神宮外苑の再開発問題が取り上げられていて

 

より理解が深まった。

 

前のブログの続きとして、

 

何回かにわたってこの問題について

 

また書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

まず、なぜこの再開発が立ち上がることになったのか、

 

ということである。

 

神宮外苑は、内苑と同じく明治神宮の経営なのだそうだ。

 

外苑の様々な施設を含め杜全体を維持管理しているのだが、

 

神宮球場などの老朽化も進み、

 

施設の建て替えの予算が単独では捻出できない。

 

そこに入りこんできたのが、

 

民間の開発業者というわけである。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは私の勝手な想像だが、グラサン

 

建て替え費用をカバーしてもらうわけだから、

 

多少強引と思える大規模再開発プランでも

 

受け入れざるを得なかったのかもしれない。

 

結局大資本の業者のほうが

 

主導権を持つには違いないだろう。

 

そういった力関係が、これまでも

 

東京のどの街でも容易に変化させてきた流れがある。

 

歴史ある東京の街並みがどんどんその犠牲になっていく、

 

その負のループドクロは止められないのか。叫び

 

 

 

 

 

 

 

 

前回のブログでも書いたが、

 

以前文字起こしした

 

ジェーン・スーさんと山田五郎さんの対談の中で

 

同じような、大資本に破壊される街のことが

 

語られていた。

 

お二人が愛する文京区も昔と比べ

 

街の様子が大きく変わった。

 

かつては古い大きなお屋敷がたくさんあって、

 

風情のある街並みを誇っていたが、

 

お屋敷の持ち主や継承者は、

 

相続税や固定資産税が払えず、

 

次々と開発業者の餌食となっていくのである。

 

趣ある邸宅の代わりに建っていくのは

 

現代建築のマンション、そしてタワマン。

 

山田さんは

 

街の変化は、バブルの頃よりこの10年のほうが

 

もっとひどいとも言う。

 

たしかに高層ビルを中心に広がる

 

判で押したように同じようなデザインの街が

 

東京のあちこちに出現している。

 

 

 

 

 

 

 

話をもとに戻すが、

 

今回のNHKの放送で知って、

 

意外に思ったのは、

 

これだけ広大な敷地の、歴史的で、

 

スポーツでも都民に親しまれている神宮外苑が

 

明治神宮の単独経営ということである。

 

私の勝手なイメージだが、

 

絵画館などの文化財も含んでいるのだから

 

当然国か、都から保護ための

 

助成金のようなものが出ているものと思っていた。

 

神宮球場などの施設が老朽化したなら、

 

デベロッパーではなく、

 

都などの行政が、

 

木を1本も伐採することなく、

 

今ある古くなった施設をそのままの位置で

 

建て替えるために援助する手を

 

差し伸べてもよかったのではないだろうか。はてなマーク

 

もっとも、

 

国や都にとってみても、

 

資本を出してくれる開発業者はありがたい存在

 

なのかもしれない。

 

そのために、約100年前に

 

勤労奉仕で植えられた

 

鎮守の森の木々を

 

数多く伐採することになったとしても

 

多少は目をつむるということか。プンプン

 

(外苑の歴史と、再開発で具体的にどう変わるかを

 

次回以降に詳しく)

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

やっぱりこんな巨大な壁がいちょう並木のすぐ横に出現するのは

受け入れがたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新緑が美しいこの季節

 

神宮外苑の杜も輝いている。キラキラ

 

豊かなの緑の中にオープンエアを楽しめる

 

レストランが点在する

 

外苑のいちょう並木周辺は

 

私が何十年も前に一目惚れした場所。

 

恋をしすぎて、

 

死んで魂が抜けても、

 

このあたりの精霊(おばけ?)となって

 

棲み続けたいと思ったくらいだ。爆  笑

 

 

 

 

 

 

 

その頃から比べて現在の様子は、

 

だいぶ木々が間引や伐採され、

 

(とくに東京オリンピックのために)

 

森の深さがだいぶん変わってしまっていることはたしかだ。

 

それからレストランも変わった。

 

青山通りから入ると、

 

いちょう並木の入り口に今あるキハチのところには

 

昔、SELAN(セラン)というフランス料理店があった。

 

現在のキハチもテラスのあるレストランとして

 

重宝されているようだが、

 

SELANのお店の趣とお料理は

 

個人的にはもっと好きだった。

 

 

 

 

かつてのSELAN

 

 

 

 

 

 

 

それから、並木中程にある

 

ハンバーガーショップ、

 

シェイクシャックのところはかつては

 

CAFE SPEIRA(カフェスペーラ)

 

というレストランがあった。

 

セランより気軽に入れるここはとくにお気に入りで、

 

休日のブランチでよく利用した。

 

比較的リーズナブルなビュッフェなのに

 

素材がよくてとてもお得感があった。

 

なにより緑のパワーを感じられるテラス席で

 

休日の午前中をゆったりと過ごせたのは

 

至福の時だった。ニコニコドキドキ

 

 

 

 

かつてのCAFE SPEIRA

 

ユニークな三本に分かれた木も伐採されてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

そういった私のお気に入りのレストランは

 

残念ながら姿を消してしまったものの、

 

今もなお魅力あるいちょう並木周辺は

 

人々を惹きつけてやまない場所である。

 

絵画館前は、市民が気軽に利用できる

 

軟式野球場となっており、

 

なんとなくのどかな雰囲気である。

 

(こちらは開発後、会員制のテニスコートとなり

 

だれでもが気やすく利用できない場所になるだろう)

 

 

 

 

 

 

 

神宮外苑の良さは、都心にありながら

 

なんだかほっと落ち着ける場所であるということ。

 

それは明治神宮の外苑として作られた当時に

 

植えられた木々が大きく育っていて

 

それが人々にやすらぎを与えているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

そんな麗しい場所にまでも

 

デベロッパーは目をつけ、

 

再開発計画が進んでいるとは、

 

なんと悲しいことだろう。えーんハートブレイク

 

計画によれば、

 

いちょう並木はかろうじて残るものの

 

並木沿いにあって人々に憩いを与えていた3つの

 

レストランはなくなり、

 

並木のすぐ真横に

 

高い塀の壁が作られるという。

 

壁のすぐ下にもいちょうの木々の

 

根が長くのびるわけだが、

 

建設によって傷つけられて

 

枯れてしまわないかと専門家は心配する。

 

あの人々に人気の大きないちょうの木々は

 

おいたわしい老木たちである。

 

 

いちょう並木のすぐ横にこんな感じの高い壁が

ものすごい圧迫感びっくりマーク

 

 

 

 

 

 

そんな老木たちの行く末はわからないまでも、

 

開発計画では、

 

全体で900本近い木々が伐採される

 

予定であるという。ガーンガーン

 

そして、

 

今の伊藤忠ビルの2倍以上もある

 

200メートルほどの高層ビルも

 

2棟建てられる。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか、このやるせない気持ちを

 

どこにぶつけたらいいのかわからずに

 

ブログに綴っている次第なのである。ショボーン

 

開発反対運動に署名はしたものの、

 

抵抗もむなしく

 

議論もされないまま、

 

計画はどんどん進められていくのだろう。プンプン

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、少し前に聞きかじった

 

山田五郎さんとジェーン・スーさんの対談の中での

 

お話を思い出す。

 

お二人が愛していらっしゃる文京区、

 

かつては大きなお屋敷が多数残る

 

風情のある地区であった。

 

それがやはり開発の犠牲になり、

 

マンションが次々と建ち、タワマンが建ち、

 

現在は昔の景観をほとんど残していないと

 

嘆いておられた。

 

 

 

 

 

 

 

新しく変化し続けるのは東京の刺激的な一面でもあるが、

 

どこのエリアでも同じようなデザインの

 

高層建築物中心に街が広がるのは

 

本当に魅力的な東京と言えるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

なんにせよ、明治神宮外苑の再開発については

 

独自の雰囲気や今ある木々をできるだけ残すように

 

計画が見直されることを

 

願うばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

外苑も含めた伐採問題のユーチューブ

https://youtu.be/Qw5z44uDPyg 

 

5月20日(金)19時30分〜

NHK総合1「首都圏情報ネタドリ!」で

神宮外苑開発問題について放送されるそうです。

 

 

 

 

 

 

今のうちにたくさん写真を撮っておこう悲しい

 

現在の風景(シェイクシャック)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(少子化問題①からつづく)

 

 

さて、人口減少問題のもうひとつの解決策として、

 

それがいいか、悪いかは別として、

 

だれでも容易に想像できるのが、

 

移民の大量受け入れである。

 

(内田樹先生がより重きを置いておられた

 

こちらの話題については、

 

いろんな観点でお話しをされていますが、

 

こちらのブログで載せるのは、

 

前の①でも同じですが、

 

ごくごく一部分のお話のピックアップに

 

すぎないことをご了承ください。)

 

 

 

 

 

 

元来日本は地形的に他民族が入りにくい島国であり、

 

長らく鎖国状態の時代もあったので、

 

私も含めた一般国民の感覚や感情としては、

 

大量移民ということに対してはものすごく

 

抵抗があるのではないだろうかと思う。

 

内田先生は、そうした国民感情の前に

 

まず、人口問題のいちばんベースにあるところの

 

現実を把握してほしいという。

 

 

 

 

 

 

 

”日本の場合、今だいたい290万人の

 

外国人労働者がいるわけですけれども、

 

これからも急激に生産年齢人口が減っていきますんで、

 

今の社会システムを維持しようと思ったら、

 

毎年数十万ベースで外国人労働者を入れていかないと

 

システムが回らなくなっているということです。

 

小売店とか、医療とか、流通とか、あと農業なんかも

 

もう外国人労働者なしには成立しないというところまで

 

人手不足になっていますよね。

 

それなのに、移民を入れたらどうかとか、

 

いや、入れるのどうかなとか言ってますけども、

 

いちばんありうる問題というのは、

 

移民が来なくなっちゃうということなんですよね。”びっくりびっくりマーク

 

 

 

 

 

 

日本が断るんじゃなくて、先方から断られるというのが

 

いちばんやばいシナリオというわけである。ガーン

 

なぜならば、韓国、台湾、中国、他の東アジアの先進国が

 

日本と同じくほぼ同時に人口急減局面に入ってくるからだ。

 

中国の場合なんかでも、短期的に1億人ビックリマークぐらい減るらしい。

 

(さすがに規模感がハンパないポーン)

 

それに中国をはじめとする各国は、経済維持どころか、

 

さらに経済成長していこうともくろんでいるわけだから

 

移民労働者の激しい奪い合いが起こることは

 

火を見るより明らかだ。

 

 

 

 

 

 

 

他の3カ国には、どこからマンパワーを持ってくるか

 

についてのプランがあるらしいのだが、

 

日本だけが、ノープランなのだ。ビックリマーク

 

(他の3カ国がどこから移民労働者を持ってくるかは

 

内田先生しか知りえない

 

とてもおもしろい話もあるのですが、

 

ここでは長いので割愛します。

 

書籍化されたものをぜひお読みください。

 

クライアント様なので堂々と宣伝させて

 

いただきますが。グラサン)

 

 

 

 

 

 

だが正直、仮に日本が人口減少を補えるほどの

 

移民の獲得に成功したとしても、

 

大量移民を受け入れた後の、日本の未来への不安が

 

どうしても拭いきれない。

 

これまで高い技術と文化を誇ってきた

 

日本の美しき国の形が崩されていって、

 

衰退に向かわないだろうかと。

 

 

 

 

 

 

”たしかに移民を受け入れるというのは難しい問題です。

 

フランスとドイツはもう完全に移民政策に

 

大失敗しています。

 

多様性と包摂ということがきちんとできない社会が

 

移民問題に踏み込んでいった場合に

 

大混乱が起きるわけです。

 

だから、とにかくすべての国々のすべての社会が、

 

共生が可能なような成熟した社会になっていく

 

ということが実は、最優先なんです。

 

自分と人種も違う、宗教も違う、言語も違う、

 

生活習慣も違う人たちとでも一緒に生きて、働いて

 

一緒に良きものを作り出していかなければならない。

 

その能力が

 

これから生きる人たちにとっていちばん大事な能力、

 

共生する力です。

 

なかなかそのことを声を大にして言う人がいないので、

 

僕がいちばん言いたいことはそのことなんです。”

 

 

 

 

 

 

実は、この講義が行われたのは、

 

ロシアがウクライナに侵攻する前のものなのだが、

 

あの国の独裁者の醜悪さを見せつけられると

 

民族や国家の優位性に固執することへの

 

愚かさを思わずにはいられない。

 

人間として何が健全で豊かであるかといえば、

 

内田先生のおっしゃるように、

 

文化の違う、どんな人種の人たちとも

 

一緒に手を取り合って、

 

お互いを尊重しあい、

 

新しい国や社会を作っていくこと、

 

そこに大きな学びがあり、

 

さらに国民と国の成長があるということなのだろう。

 

 

 

 

 

 

日本列島も、

 

何千年というタイムスパンで考えれば、

 

人々が共生してきた歴史が

 

ちゃんとDNAにも残されているという。

 

3回大きな移民の波があり、

 

人種も、まったく生活のしかたも違う人たちが

 

大陸から来て、半島から来て、

 

それからポリネシアから来ている。

 

普通は、先住の民族と渡来の民族は

 

殺し合いになって、

 

どっちかが殲滅されるか、

 

どっちかが奴隷になる。

 

それをちゃんと共生して、

 

いろんな人たちの血統が混ざりあって

 

今の日本人というのは

 

できあがっているわけでなのある。

 

 

 

 

 

 

 

そんなDNAを持つ日本人は、

 

考えてみれば、

 

まさに多様性と包摂

 

(ダイバシティー&インクルージョン)

 

を見事にやり遂げて、

 

共生社会として

 

世界のお手本になるような国になっても

 

おかしくないのではないか。ラブチョキ

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、内田先生によると、

 

アメリカが今でも世界の超覇権国家でいられるのは

 

上手な移民の取り込みに成功しているからだと言う。

 

それはただのマンパワーだけではなくて、

 

イノベーターを取り込んでいるから。

 

ここも移民政策としては重要なところなので、

 

その他のおもしろいお話も含め、時間の余裕があれば

 

”番外編”でアップするかもしれませんが、

 

とりあえず、今回は②で完結です。ここまで

 

お読みいただき、ありがとうございました)

 

 

 

 

 

 

内田樹氏のウィキペディアを見ていたら、

 

氏がナイアガラーだと知りました。

 

私も大滝詠一ファンのナイアガラー、

 

勝手に親近感ドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本はいずれ存在しなくなるだろう」

 

先日、イーロン・マスク氏が日本の少子化のことを案じて、

 

衝撃的な表現でツイートしたのをニュースで聞いて、

 

ドキッとした。びっくり

 

「将来の日本の人口は6800万までに半減して

 

たくさんのゴーストタウンとゴーストシティーが現れる」

 

と今年1月にも投稿していたらしい。

 

 

 

 

 

 

外国人にも心配されるほどだから

 

日本の人口減少問題は、本当に深刻な問題なのだろう。

 

しかし、ふつーの国民にとっては、ずっと先の

 

そんな途方もない問題を真剣に考えることなど

 

まずない。キョロキョロ

 

だいたい少子化によってどんな未来がやってくるのか

 

想像力も働かないのである。

 

 

 

 

 

 

しかし、こんな仕事をしていると、

 

そんな大きな問題についても

 

有識者のお話を聞ける機会がある。照れチョキ

 

 

 

 

 

 

 

たまたまごく最近、内田樹先生の講義の録音の中で

 

この少子化問題のお話をされていたので、

 

自分なりに忘れないうちに要約しておこうと思う。

 

(あくまで、たくさん話されている中のピックアップで、

 

私個人の理解ゆえ、出版されたものとは

 

編集点や内容に

 

相違があるかもしれません、その点はお許しください)

 

 

 

 

 

 

 

もしも人口減少を補えるほどの移民を受け入れないことを

 

前提とするならば、

 

将来の日本の国の形のシナリオは大きく二つ。

 

地方分散か、都市一極集中か。

 

もともとの日本は地方分散型だったわけで、

 

人口3000万の江戸時代には三百の藩があって、

 

藩というのは基本的に自給自足。

 

”その中に城下町があって、お寺があったり、

 

神社仏閣があったり、

 

お茶の宗匠がいたり、能楽師がいたり、

 

日本中に文化的発信拠点があって、

 

それで産業を持って暮らしていた。”

 

(” ”の間は、氏の表現ほぼそのままに近い)

 

 

 

 

 

 

江戸時代はとてもエコな時代で、質素ではあるが

 

人々が心豊かに文化的に暮らしていたというイメージは

 

私の中にもある。

 

まあそれは封建時代の遠い昔としても、

 

それから近代化が進んで、

 

明治40(1905)年ぐらい、日露戦争の頃の人口が

 

5000万ぐらいで、それでも日本中に人が住んでいて、

 

固有の文化を持ってゆったり暮らしていたわけである。

 

 

 

 

 

 

”日本は自然資源も豊かだし、温帯モンスーン、

 

肥沃な土地があって、

 

そこでのんびり暮せばいいじゃないですか。

 

教育とか医療とか世界的なレベルのインフラも整備されているし、

 

資源もあるし、エンターテイメントもあるし、

 

べつにそんなカリカリしなくても、

 

のんびりと居心地のいい中規模国家という感じでやっていけば

 

いいじゃないですか。”

 

つまり内田先生は、日本は

 

”地方に離散して、資源を分散していって、全国津々浦々どこでも

 

人々が楽しく暮らせるようにしたほうがいい”と

 

思っていらっしゃるのだ。

 

 

 

 

 

 

イーロン・マスク氏が投稿で言っている、人口6800万人でも、

 

「たくさんのゴーストタウンとゴーストシティーが現れる」

 

というのは、日本がこのまま

 

都市一極集中型に進んでいった場合の未来予想図には違いない。

 

 

 

 

 

 

”資本主義が発展していって、経済成長を続けようと思ったら、

 

人口はとにかく集めるしかない。人々がいっぱい集まると

 

土地の値段も上がるし、賃金も上がるし、

 

消費活動も活発になるし、べつに人口が5000万になっても

 

5000万をぎゅーっと首都圏に集めてしまえば、

 

相変わらずみんな満員電車に乗っかって出勤していって、

 

その地域だけの経済というのは極めて活況を呈する。

 

その代わり首都圏から一歩出るともうなんにもなくて

 

広漠たる荒野が広がっているという、

 

そういうふうな未来像になるわけです。”

 

 

 

 

 

 

べつに大部分の人が経済的に豊かなのだから、

 

それでもいいじゃないかと思うかもしれないが、

 

人里離れた自然豊かなところでスローに暮らしたいと

 

思う人がいても、

 

学校とか、警察とか、消防とか、

 

そういう基本的行政サービスはコストがかかるので、

 

地方でも一箇所にコンパクトに集められて、

 

そこから離れて暮らす人は、

 

そういうサービスが受けられなくて

 

生活に支障をきたすということになってしまう。

 

 

 

 

 

 

今でさえ、里山というものがなくなりつつあるが、

 

都市一極集中になると、完全に失われてしまう。

 

価値あるものはというのはほとんど全部里山から

 

生まれているにもかかわらず。ショボーン

 

 

 

 

 

 

”この里山というものがなくなってしまうと、

 

いろんなものが失われてしまうんですね。

 

ただ過疎化、無住地化していくんじゃなくて、

 

実際には人が住まなくなった地域というのは、

 

今の流れだと

 

太陽光パネルを並べるとか、風力発電を並べるとか、

 

産業廃棄物を捨てるとか、そういう形で功利的に

 

活用されそうなんですよね。

 

そうやってこれまでずっと僕らが暮らしてきた

 

日本の里山が、そういう形で破壊されていく

 

というのはちょっと座視しがたいんですけども、

 

でも、これ止められないんですよね。

 

地域住民がいれば反対しますよ。

 

生態系を壊さないでくれと、

 

山や森や河川が汚染されたりしたら、

 

暮らしていけないからって反対運動があって

 

反対運動がある限り勝手なことはできませんけど、

 

地域住民がいなくなっちゃうから、

 

急激に日本の里山地域が荒廃していく未来が

 

見えてしまう。”びっくり

 

 

 

 

 

さらには、”前の3.11のときにわかったけれども、

 

都市部に資源一極集中してしまうと、

 

都市部がやられた時に、人も逃げようがない。

 

首都圏に大震災が起きた場合、

 

逃げた先が太陽光パネルが地の果てまで埋め尽くしているという

 

ところなのだから。”

 

 

 

 

 

 

 

実は、この内田先生の講義は

 

海外に住む中高生に向けたオンライン講義なのだが、

 

将来、人口減少問題にリアルに直面しそうな

 

子供たちに、

 

この国民的な議論なしに進んでいる都市一極集中に関して

 

お父さんの意見も聞いたりして、家庭内でも

 

もっと議論しませんかと勧める。

 

既に日本が議論もなしに、

 

都市一極集中に舵を切ってしまっていることに

 

強い危機感を抱いているのである。

 

 

 

 

 

 

(少子化問題②につづく)

 

 

 

 

 

 

それでも東京が好きドキドキ てへってへぺろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡辺裕之さんの突然の訃報のニュースは驚いた。

 

特別ファンというわけではなかったが、

 

それでもやはりショッキングな知らせであった。

 

これまでたくさんのタレントさんの話を

 

起こしてきて、

 

ほぼ内容を忘れているインタビューも多いが、

 

もう15年以上も前のインタビューでの

 

渡辺さんの長年続けられていた

 

公園でのゴミ拾いの話は、

 

とても感心したので印象に残っている。

 

ハードスケジュールの芸能人なのに

 

時間を作って毎日のようにゴミ拾いされるのは

 

なかなか真似のできることではない。

 

 

 

 

 

 

 

人気の影で、そのように陰徳を積まれている

 

芸能人の方は多いのだろう。

 

私が実際にインタビュー音声で聴いた中では

 

こちらも知られた話だろうが、

 

元プロボクサーの輪島功一さんも

 

犬のお散歩と一緒にゴミ拾いを日課にされていた。

 

 

 

 

 

 

毒舌のお笑いのイメージとかけ離れて、意外だったのが、

 

ビートたけしさんが続けられていることのお話。

 

こちらはゴミ拾いではないが、

 

外でトイレを使ったときには必ず

 

便器を拭いたりしてきれいにしてから出るとおっしゃっていた。

 

浅草の修業時代に師匠に言われたことを守っているらしい。

 

自宅のトイレを毎日ピカピカにすると金運が上がるというので

 

実践している人は多いだろうが、

 

外の便器まできれいにするのはなかなかできることではない。

 

駅などのどんなに汚いトイレでも、だそうだ。びっくり

 

 

 

 

 

 

 

たけしさんの話を広げてしまうが、

 

もっと意外に思ったのが、

 

仏壇だったか、神棚だったか、なんだったかに

 

(このへんの記憶は曖昧キョロキョロ)

 

毎日手を合わせて感謝の言葉を伝えるのを

 

習慣にしているという。

 

たけしさんといえば

 

例のあの事件と、バイク事故を起こして

 

あまりにも波乱万丈な人生を送られているが、

 

それでも現在までお元気で大御所として活躍されているのは

 

やはり日々のそうした信仰の積み重ねもあって

 

なにか大きな力に守られているのかしらと、

 

思ったりした。

 

 

 

 

 

 

 

渡辺裕之さんにしても、

 

そうやって長期間にわたって陰徳を積まれている方は

 

さぞ不動の心の持ち主だろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

実は、

 

渡辺裕之さんが亡くなる二週間ほど前から

 

早朝余裕があるときに、

 

よく散歩やジョギングをする川沿いの道の

 

ゴミ拾いをしていた。

 

それは世のためというよりも、

 

そういう小さくても善行為をすることによって

 

自分自身の心の安定につながらないかと思ったからである。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん渡辺さんの死によって、

 

そのことをやめるわけではないが、

 

いくら良いことを続けていても、

 

その当人の苦悩の深さを埋められるわけではない

 

ということを思って、

 

少しくじかれる気がすることも確かである。

 

 

 

 

 

 

(故人のご冥福を心よりお祈りいたします。)

 

 

 

 

ゴミを拾う川沿いの道すがら、見えるカキツバタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィーク前から実家に帰省していて

 

4月30日、お昼過ぎに羽田空港に戻ってきた。

 

まだゴールデンウィークの二日目、

 

空港は人で溢れかえっていた。

 

比較的空いている平日なら、

 

迎えに来てくれた夫とともに

 

空港でゆっくり食事をするところだが、

 

それは断念して、

 

空港にほど近い城南島海浜公園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

風は少しひんやりしているが、

 

前日の雨に洗われて

 

新緑もひときわ輝いて見える。

 

この青空のもとで食事をしたら、

 

さぞ気持ちがいいことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

初めて訪れた頃の城南島海浜公園は、

 

あまり人に知られていなくて穴場だったが、

 

連休中ということもあり

 

家族連れを中心にやはりたくさんの人たちで賑わっていた。

 

バーベキューやキャンプを楽しむ人たち、

 

釣りや、飛行機の写真撮影をする人もいる。

 

 

 

 

 

 

 

屋外では開放感のせいもあって、

 

室内ほど人の多さは気にならないものだ。

 

海風と新緑のまぶしさが

 

気分をより爽快にしてくれる。

 

芝生に座って草の匂いを感じながら

 

食事をするのも気持ちがよさそうだと思ったが、

 

ちょうど空いていた木のテーブル席があったので

 

そこでお昼を食べることにした。

 

 

 

 

 

 

 

空港の喧騒から一刻も早く逃れたかったので

 

お弁当は物色してこなかったが、

 

私がお土産で持ってきたのどぐろの柿の葉寿司と

 

あんころ餅に加え、

 

園内のキッチンカーで売っていた十勝豚の焼肉丼を買ってみた。

 

白米とキャベツの上にタレが絡んだ十勝豚の焼き肉が

 

のっているお弁当。

 

私は通常より小さいサイズを選び、

 

温泉卵(100円)のトッピングをして750円。

 

実はこの金額なので、お肉の量はさほど期待していなかったのだが

 

開けてみたら十分なお肉のボリュームだった。

 

近頃の物価高を思うと、このお値段は安すぎるのでは?

 

(たった5つで1200円の柿の葉寿司と、つい比べてしまう。笑い泣き)

 

お味も、少しタレは甘めであったものの、お肉は新鮮だった。

 

(すぐ食べてしまったので、残念ながら写真はなし。てへぺろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、実家に戻ると、いつも必ず行く

 

お気に入りの食事処は

 

値段は据え置きだったが、

 

量が減らされていて、少しさみしい思いをしたなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ変わる世の中の変化に思いを巡らせつつも、

 

こうやって平和な東京で、変わらぬ季節の美しさを

 

味わえる喜びを、お弁当とともに噛みしめる

 

ゴールデンウィークのひとときでした。ドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

人気もまばらな、かつての静かな城南島海浜公園ニヤリ

 

 

 

 

少しアンニュイな初秋の城南島公園にタイムスリップするならダウン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早春にはいろいろな表情がある。

 

陽の気に満たされ、気温の緩みにも

 

自然と心が浮き立つ明るい日もあれば、

 

春のもやのようにぼんやりとして、やる気が起こらず、

 

気だるさを感じる日もある。

 

(花粉症で苦しむ人々などは春を楽しむ余裕など

 

ほとんどないだろう)。

 

寒暖の差も激しく、

 

春へとだいぶん前進したかと思えば、

 

急に寒の戻りがあり、

 

なごり雪を降らせるような時もある。

 

寒暖差は1日のうちでも大きくて、

 

暖かい昼の日であればなおのこと

 

夜は寒さに震えたりもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節の中では、

 

春は、一番不安定だと言えるかもしれない。

 

春の歓びを思うのか、

 

春特有のだるさ、不安定さに意識を向けるのとでは、

 

春の印象はだいぶ違う。

 

 

 

 

 

 

 

そして、残念ながら今は、季節以外の要因も

 

春を感じる心を邪魔する。

 

終息の見えないコロナ状況、

 

さらに先のわからないロシアのウクライナ侵攻が

 

世界を恐怖と不安に陥れている。

 

ふだんの春の憂鬱にも増して

 

そんな世界情勢に心はとらわれて

 

季節の美しさが霞んでしまうのも事実である。

 

 

 

 

 

 

 

そんな春の大気をいつもより重たく感じ

 

憂いに沈みながら、

 

ただ私にできることは、世界平和へ向けて祈ることばかりの

 

やるせない早春でもある。ショボーン

 

 

 

 

 

 

 

 

せめて、災いが起こる前のブログで早春への旅をしよう。照れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の色を日々観察していると、

 

冬から春への季節の移り変わりがよく見える。

 

今年の場合は1月の半ばぐらいまでは

 

寒気に磨かれたような鮮やかな青い冬の空が続いていたが、

 

後半からは、晴れていても白っぽい空の日が多くなった。

 

そうなると、大気にも春の気が混ざってきた、ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼も夜も光がキラキラ輝くイメージの、

 

東京の冬が好きな私は

 

そんなにも短い、純然たる冬の終わりを感じると、

 

少しさみしい気持ちにもなるが、

 

季節はそうやって流れていくものだから、

 

その移り変わりも楽しいことではある。

 

 

 

 

 

 

 

2月の間はそうやって少しずつ春の気が増してきて、

 

3月が目前となった今は、

 

だいぶ春の濃度が上がってきたといおうか。ニヤリ

 

ここのところ目にする夕方の空が

 

桜色に染まって、

 

まもなくやってくる花の季節を想い、

 

自然と気持ちが高揚してくる。ラブ

 

 

 

 

 

 

 

季節や自然の変化に関心がない人々は

 

ほとんど気づかないであろう、

 

微妙な空の色の変化だが、

 

植物は少しずつ忍び込んでくる春の気配に

 

敏感に反応する。

 

そうして梅の木などのかたい蕾も

 

次々とほころんでゆくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

梅といえば、

 

ふと気づいたことがある。

 

今年は全体的に花が例年より小ぶりのような気がするのだ。

 

2月の気温が低めだったせいなのだろうか。

 

それがもし事実だったとしたら、

 

そんな小さな自然の変化を発見するのも、

 

季節マニアの愉しみの一つでもある。グラサン

 

 

 

 

 

 

 

I LOVE SPRING AIR ドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

まだ満開になっていないせいか、一つ一つの蕾が例年より

小さく思える梅の花。