自分はなんのために生まれてきたのだろうと

 

いくら自問自答しても、

 

明快な答えが出るものではない。

 

最近はようやく、

 

そんな疑問を持つ必要はないのだという

 

ことがわかりかけてきた。

 

 

 

 

 

 

ただ生きて、経験して、

 

その経験が楽しかろうが、つらかろうが、

 

それを感じ尽くすこと

 

それで十分なのだ。

 

 

 

 

 

 

広い地球で、たまたま日本に生まれたのは、

 

なんという幸運だっただろう。

 

美しい四季のある国。

 

どこか遠い星から降り立った地球外からの旅人のような

 

いつも新鮮な目で

 

季節の移り変わりを味わっていこう。

 

 

 

 

 

 

そうすると、

 

微かな季節の変化も

 

とても愛おしく思えるようになるものだ。

 

例えば冬から早春への変化なら、

 

深夜であろうと、

 

往来を通る車の音の響きの違いにすら

 

春の兆しを感じることができる。

 

そして、

 

春の気を含んだ闇はしっとりとしていながら

 

同時にふわふわしていて、

 

眠りに身を沈めるときの特別な悦びがある。

 

 

 

 

 

 

陰翳礼讃ドキドキ

 

 

 

 

空気が澄んでいて、透明な陽の光をふんだんに享受できる

 

東京の冬がとても好きなのだが、

 

年末年始の慌ただしい時期を含んでいるせいか

 

まるで駆け足で通り過ぎるかのようである。

 

もっとも人々の認識の中では2月中旬はまだ冬の範疇に入るのかもしれないが、

 

立春を過ぎると、空や大気の様子にはっきりと春の気配が感じられて

 

そうなってしまうと、私の中では純然たる冬は終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

今年も、2月3日の節分の日は4月上旬の暖かさとなり、

 

それを境に春のヴェールが大気を包むようになった。

 

晴れていても空の色は一段薄くやわらかな水色となり、

 

雲も多くなったりして、天候が不安定になってくる。

 

上空がうんと冷えていると雪になる日があるが、

 

それは東京の場合は冬の雪ではなくて、

 

天候不順を呼んだ春の気がなせる技だと私は思っている。

 

 

 

 

 

 

 

他の季節同様、いやそれ以上に早春を特別な季節だと思っている私だが、

 

季節の変わり目にはどうしても前の季節に対する

 

うっすらとした後悔を残してしまう。

 

ああ、日常の忙しさを言い訳に

 

この季節をちゃんと味わい尽くしたのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

だが、去りゆく季節への名残惜しささっさと捨てて、

 

次の季節を楽しみにするように切り替えたほうがいいには決まっている。

 

季節はめぐるものだからまた価値があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

本日の日曜日は、風が強いせいか、

 

吹き払われたような青空が広がっている。

 

それでも冬のパキッとした空とはちがうが、

 

むしろ冬と早春がブレンドされた大気の中を

 

季節の微かな変化を探しながら散策するのも愉しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

過去の早春のスケッチは下のブログでドキドキ

 

 

陰翳に感じる春の兆し

 

静かに忍び寄る春の気配

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年明けよりも、年の瀬押し迫った時が好きだと言ったら、

 

呆れられるだろうか。

 

人々は仕事や雑事に追われ、慌ただしくて余裕のない頃である。

 

しかし、街は、まもなく終わろうとする1年の最後の独特の活気を帯びていて

 

そんな街全体を包み込む、

 

黄昏時の光がなんとも神々しく、美しいのである。

 

低い高度から差す暖かみのある黄金のひかりは

 

ああ、今年も暮れゆくのだな、という感慨を自然に起こさせてくれる。

 

ときに運良く

 

澄んだ大気の中にきらめく大きな夕日を目にすることがあれば

 

その感動は筆舌に尽くしがたい。

 

暮れの太陽はなぜこんなにもありがたく感じられるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の故郷である北陸地方ではこんな恩恵にめったに預かれない。

 

冬の間はほとんど分厚い雪雲か雨雲に覆われていて、

 

年の瀬に光を目にすることは稀であるからだ。

 

もちろん、雪国にはまた別の冬の趣があり、

 

それが美しく感じられることもあるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この時期ほとんど晴れの日が続く東京では当たり前のことだが、

 

1年の終わりをこんな美しい光とともに過ごせるのは、

 

とても贅沢な自然の恵みかもしれない。照れ

 

 

 

 

 

 

 

I LOVE TOKYOドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木枯らしが吹かなかった今年の晩秋、初冬。

 

12月初旬までの、季節にそぐわぬ暖かさは

 

過ごしやすいのはよいのだけれども、

 

どこか落ち着かないものがあった。

 

そうして、その後の急激な気温の低下とともに

 

ようやく冬を実感する日々がやってきた。

 

寒いのは得意というわけではないが、

 

やはり冬は冬らしくあったほうがむしろほっとするのだから

 

不思議なものだ。

 

冷たい風に身震いしながらも、

 

あらかたの葉を落として

 

堂々とした黒い幹をあらわにした

 

冬の木々の間を、サクサクと枯葉を踏みしめて歩く

 

ただそれだけのことで、

 

初冬ならではの趣に浸れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

このブログは、東京にあっても、そんな季節感を嬉しむ

 

文章スケッチをしていこうと始めたものだが、

 

更新が少ないためか、

 

ほとんど訪れる人がいない。爆  笑

 

にもかかわらず、

 

訪問人数を超えるいいね!の数が集まることもしばしばなのは

 

誰かが使っている自動いいね!ツールのせいとはわかっていても、

 

実は、自然の精霊たちが

 

こっそりいいね!を押してくれているものと

 

勝手に空想している……。てへぺろ

 

 

 

 

 

 

 

妖精たちよ、

 

いつもありがとうドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の日はつるべ落とし

 

夜が長く感じられる季節の始まり。

 

 

 

 

 

 

つい先日のこと、夫が知人から

 

ステンドグラスのランプを貰い受けてきた。

 

なんでも軽井沢の別荘にあったのが、

 

インテリアを一新するためにお払い箱になり、

 

それをいただいてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

ステンドグラスにもランプにも特段興味を抱いていなかった私は、

 

さしてありがたがりもせず、

 

「もらってくるよ」という夫の話をただ聞き流していた。

 

 

 

 

 

 

しかし、我が家のリビングにそのランプが灯った瞬間、

 

私はそのなんとも趣のある光に魅了されたのである。

 

こんな小さなたった一つのランプのマジックで

 

場が一瞬にして変わってしまうとは。

 

その美しさをまったく予期していなかった私は

 

まるで、マッチ売りの少女が擦ったマッチの先に別世界が現れたかのように

 

衝撃を受けたのだ。びっくり

 

 

 

 

 

 

そのレトロなぬくもりを持つあかりは、周囲の闇にも深みを与える。

 

その漆黒の闇の中に軽井沢の森の静寂を私は確かに感じとったのだ。

 

そして、壁や天井に映るステンドグラスの不思議な形の影も

 

非日常の世界にいざなってくれるようだ。

 

 

 

 

 

 

そんなふうに、突如リビングの主役の座についたランプは

 

蛍光灯やLEDの照明器具を脇に下がらせ、

 

いつもうるさくわめいていたテレビに沈黙を与え、

 

秋の夜長の読書に私をどっぷりと浸らせてくれたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪天候と台風に泣かされた今年の初秋、

 

9月は季節を味わうゆとりもなく

 

あっという間に過ぎ去っていた。

 

 

 

 

 

 

10月の最初の日曜日である今日は、

 

澄み渡った青空が広がり、

 

ようやくほっとできる休日を過ごせている。

 

 

 

 

 

 

日中の気温こそ、まだ夏のように高いけれども、

 

秋風の爽やかさがしっかりと感じられる。

 

 

 

 

 

 

そして何より夏と違うのは雲の模様。

 

なんと繊細で美しい鱗雲よ。

 

光に白く浮かぶ雲を、サングラスをして見上げていると

 

かなりの確率で彩雲に出会う。

 

いつも空のことを気にして歩いている私は

 

彩雲を見つけるのが得意なのだ。

 

この10月に入ってからだけでも今日で2回目。ウインクチョキ

 

 

 

 

 

 

美しい雲に見とれて、

 

彩雲にならないかしらと思っていると、本当に

 

みるみる雲の一部分が色づいていく。

 

もしかしたら、これは念写!?びっくり 

 

いやいや、透き通った秋晴れの光線の為せるワザだろう。照れ

 

 

 

 

こんな雲に見とれていると、、、

彩雲が見えてくるから不思議。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真では濁った色に見えるけれども、

 

実際は、透明感のある五色に染まる雲がうつろい、

 

夢のように美しいのです。ラブラブラブ

仕事に追われて、まとまった休みなどとらなかった今年の夏、

 

それでも、毎日がどこか夏休み気分で、

 

普段よりスローダウンして進めている仕事の合間に

 

夏の季節感を十分楽しんでいたのだ。

 

そうして、いつの間にか夏も終わりに近づいている。

 

 

 

 

 

 

二階の仕事部屋の水平にした木製のブラインドの間から

 

向こうの栗林全体が風に大きく揺れているのが見える。

 

猛暑のエネルギーをたっぷり吸収したたわわな実も

 

風に翻弄されている。

 

薄い雲が張った淡い水色の空は、盛夏の頃の力強さを失ってしまったようで、

 

夏が過ぎゆくというだけで、

 

なぜだか少しせつない気分になる晩夏。

 

 

 

 

 

 

山下達郎の「さよなら夏の日」をBGMにかけてみようか、

 

学生の頃大好きだった作家、レイ・ブラッドベリの

 

「さよなら僕の夏」を読み直してみようか。

 

いくつになっても大人になりきれない心のどこかの部分が

 

去りゆく夏の景色に感応している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京地方の梅雨は異例の早さで明け、

 

梅雨時の陰鬱でじめじめとした不快な天気から

 

突き抜けたような夏空。

 

 

 

 

 

 

空の青さに映えるまぶしいほどの白い雲、

 

吹き渡る風が草木を騒がせ、

 

光と影のコントラストがくっきりした鮮やかな夏の風景は

 

子供時代の夏休みのわくわく感を呼び起こす。

 

 

 

 

 

 

日本人なら誰の心の中にもある夏の原風景、

 

そんなノスタルジーに浸るなら、どこに車を飛ばそう。

 

緑の中で生きかえるような涼しさを享受するのに

 

東京を拠点にいくつかの避暑地はあるが、

 

普段はあまり行かない奥日光に向かった。

 

 

 

 

 

 

東京から2、3時間のドライブ。

 

青々とした美しい男体山が出迎えてくれるこの時期の奥日光は、

 

期待にたがわず、私を郷愁の夏へといざなってくれた。

 

 

 

 

 

 

最初に立ち寄ったのは竜頭の滝。

 

せせらぎを耳と目で楽しみながら歩けば

 

沢と森林を走る風が涼やかに通り抜けていく。

 

見上げれば、白い入道雲がもくもくと立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

滝つぼが正面に眺められる茶屋で一息つき、

 

さらに奥にある湯ノ湖まで、車でほんのひと走り。

 

有名な中禅寺湖よりずっと小さな湯ノ湖だが

 

訪れる人が少なくいのが、かえって落ち着けるのだ。

 

ボートの上から釣り人がのんびりと釣り糸を垂れている。

 

そんなの湖の静けさを感じながら、水際の草の上に寝転んで

 

ただ、移りゆく雲を眺めているだけの時間。

 

 

 

 

 

 

大人になったらなおのこと、

 

こんな時間が一番贅沢なのかもしれない。照れ

 

 

 

 

 

 

ドライブ中のBGMは、例えば、井上陽水の「少年時代」

 

「♪私の心は、夏模様♫」ドキドキ

 

(6月29日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉がさわさわと音を立てて

 

風が流れ続ける。

 

5月から6月にかけて梅雨入り前までの乾燥した日々は、

 

1年でもっとも清々しい季節。

 

今年は天候不順で、いつもよりそんな日が少なかったように思うが、

 

たとえば空気の澄んだ昨日はそんな気持ちのよい1日だった。

 

 

 

 

 

 

それにしても、屋内から外に出て、

 

予期せずふいにそんな風につかまるときの、

 

あの心地よさときたら……。

 

 

 

 

 

 

夜もまた、水銀灯の下で濡れたように光る葉っぱが

 

風にあおられるさまを目にしながらの散歩も

 

なんとも気分がよいものである。

 

 

 

 

 

 

夜風をスケッチした、去年のブログ。

 

「夜風の音に耳を傾けて」

 

 

自然や季節の変化をとても愛おしく思うが、

 

さりとて、

 

美しい自然あふれる土地でも、永住しろと言われたら、

 

あまり気はすすまない。

 

そういった場所に旅行で訪れるのは大いにうれしく思うが、

 

それはそういった非日常の喜びのためにとっておきたい気がする。

 

普段は都市の中で生活するからこそ、

 

たまにどっぷりと自然に浸る環境が心底の安らぎにつながり、

 

いっそうありがたく思えるのだ。

 

 

 

 

 

 

それに、東京という都市に自然がまったくないわけではない。

 

季節の変化が感じられないわけではない。

 

むしろ限られたものだからこそ、

 

ことさらに強く、身にしみて感じるということがある。

 

むしろ、私は都市で発見する自然や季節の変化に

 

格別の喜びを感じるタイプだ。

 

 

 

 

 

 

そしてまた、

 

モダンな人工建造物とグリーンの組み合わせというのも

 

実は美しいのである。

 

そういう意味では、東京は至るところに緑が配置され

 

あるいは昔からの緑の場所もよく保存され

 

本当にすばらしいデザインの都市と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

I LOVE TOKYOドキドキ