毎日、洗濯物を干すのは寒くて大変です。

量も多いですし、寒いし。

でも、ここ最近はそのめんどくさい作業が

楽しい作業になりつつあります。


娘が、洗濯籠から洗濯物を渡してくれるようになったのです。


「はいっ! はいっ!」

と、元気良く、洗濯物を持ち上げてくれるのです。

それだけで、私は背中をかがめなくていいので、

だいぶ楽なのです。


一枚ずつではないし、順序もばらばらだし、

私の干すスピードよりはるかに速いので、

急かされることもしばしばですが、

それでも、こんなに嬉しいことはありません。


寝てるだけで、何の手伝いもできない赤ちゃんだったのに、

赤ちゃんを卒業した今、彼女なりに、母を気遣ってくれる。

いやいや、そんな高尚なことではなくて、

ただ単に面白がってやっているんですが、

それでも、母としては、嬉しいです。


ありがとう、ありがとうと言いながら、

毎日の洗濯物干しが楽しくなるのを感謝しています。


ありがとう、母を癒してくれて。


朝起きる。

時間が間に合うときには、仕事に行く夫のために

朝ごはんのおにぎりを作る。

午前7時前、夫は出勤する。

見送り後、風呂の残り湯を使って洗濯をする。

少ない日は1回だが、ほとんど毎日2回洗濯機を回す。

洗濯をしている間に、窓の結露を取る。

マンションというのは、密封性が高く、外気が冷たくなった最近は

一日何回も結露を拭いている。

顔を洗って、髪を整えて、服を着替えると、

そのうちに娘が目を覚ます。

たいていは泣かずに起きてくる。

機嫌が悪かったり、意図せずに目が覚めたりすると

泣いてやってくる。

テレビをつけて娘の注意をそらしているうちに

朝食の準備をする。

自分用には食パンと紅茶を、娘には納豆ご飯を作った。

朝のニュースを見ながら、食事にする。

まだぼんやりしている娘にご飯を食べさせ、

ぬるくならないうちに自分も紅茶を飲む。

そのうちに1回目の洗濯が出来上がる。

寒いけれど、干す。

娘も、最近は、洗濯籠に入っているタオルなどを

「はいっ」と言いながら手渡してくれるようになった。

娘の可愛い成長を感じる瞬間である。

2回目の洗濯では娘のオムツを洗う。

毎日大量。

その洗濯を待っている間に、朝食の片付けをしたり、

床を拭いたりする。

娘は、床を拭く私の背中にしがみついたり、

いないいないばあをしたりして楽しそうにしている。

カーペットはコロコロで掃除する。

娘が隣で真似している。

ゆうべ、夫が散らかしたCDや本やスーツを片付ける。

いつもそうだ、出したら出しっぱなし。

ビールの空き缶も片付ける。

風呂掃除とトイレ掃除を済ませると、洗濯が出来上がり、

やっぱり寒い中、たくさんのオムツを干す。

ふと、壁掛けの時計が、10時を告げる。

早いな、と思いながら、家事が一段楽したので

娘を連れて近所のスーパーへ買い物に出かける。

天気がよければ、その近くの公園で娘を歩かせる。

娘は楽しそうだ。

寒くて、手や頬は冷たくなっていても、本当に楽しそうだ。

帰りたくないと泣く娘を抱っこして、帰途につく。

家に帰ればもうすぐ昼。

すぐに昼食の準備をしなければならない。

何にしよう。

ご飯が残っていたから、雑炊にするか。

それとも、うどんにするか。



長々と書いたのは、今日だけではなく、毎日毎日

私がしている日常生活の一部です

主に午前中のことを書いてみました。

書いてみて、

「こんなに頑張っているんだ」

と思いました。

本音を言えば、私などは仕事をしていないので、

働きながら子育てをしている母親に比べれば

大した労働ではないと思います。

しかし、最近、私は時々虚しくなるのです。

私の存在価値って何なのだろうと。

家族のため、娘のために毎日家事に育児に走っているけれど

自分のために生きていない気がする。


もちろん、娘と一緒に暮らし、娘の成長を見ることは

この上ない幸せだし、満たされているとも思う。


では、この虚しさは何だろう。

心にぽっかり穴が開いたみたいに、

すきま風が入ってくるように、

淋しくて、悲しくて、空しい。


娘が泣いたり、怒ったりすると、

私も悲しくなる。

こんなに頑張っているのに、どうしてそんなに泣くの。

お母さんはどうしたらいいの。

泣きたいのは私のほうだ。

そうして、今日はついに泣いてしまいました。

だからといって状況が良くなるわけでもなくて、

娘はさらに泣き、抱っこしているうちに寝てしまいました。


つらくて何にもする気が起きないし、

誰かに話す気にもなれない。

夕食のことを考えながら、気が滅入ってくるのが分かる。


ブログに書いたら少しは気持ちが晴れるかな。

あたたかい紅茶でも飲んで、気分が落ち着くといいな。


誰かに助けてほしいとか、どうにかしてほしいとか、

そんなことじゃなくて。

ただ、つらい。

そういう日も、たまにはあるのでしょうね。




自分の表現力のなさを、最近痛感します。


昔からのことだけど、こうして、ブログを書いているうちに

そのことを考えずにはいられません。


昔から自分の表現力が乏しいことは知っていました。

ありきたりの言葉しか知らないし、書けない。

それを補うために、より、ものを書いたり、読んだりすることは

それなりにしてきたつもりですが、

やはり、足りなかったのでしょうね。


毎日、ブログを書くことは楽しいし、娘の成長や自分のことを

少しずつでも言葉にしていくことは大事だと思っています。

拙い文章でも、そのうち上達するだろうと思っています。


小さい頃は文を書く人になりたかったけれど、そのうちに

自分にはその才能が欠けていることに気がついて、

かなりあっさりと諦めたのを覚えています。

諦めずに努力していたら、もう少しマシなものを書けていたかもしれません。


今更ながらに思いますが、本を読むことが一番大切で、

次に、諦めずにたくさん書くことが大切だと思います。


最近読み返した本の中に、こんな言葉がありました。


自分の好きな文体を自分の近くに引き寄せておいて

その文体に守られるようにして、自分の言葉を書く


ああ、そのとおりですね。

こんな簡単なことが、この年になるまで分からなかったなんて。

もったいないことをしたと思います。

もっと恥じずに、読んだり書いたりすれば良かった。

公開の念だらけです。


しかし、そうは言っても、まだ遅すぎることはないと信じ、

とにかく好きな本を読むことにしました。

義務ではなくて、読みたいから読むという程度ですが、

こうやってブログで文章を書いているうちに、

少しは上達したらいいなと、と思います。

いつか、死ぬまでには、自分の納得するような文章を

書いてみたいと思います。



今朝は、すごい雷雨だった。


洗濯物を干そうと外に出ると、すでに雨が降っていた。

激しい雨ではなくて、まだ、しとしと降る程度。

しかしながら、空気がとても冷たくて、

ああ、冬のにおいだ、と思った。


部屋の中に干していると、突然の雷鳴。

久しぶりに聞く、すごい音だった。


夏の間に、ゲリラ豪雨と言われたあの時のように、

ピカッと目の前に閃光が走ったかと思うと

続いてごろごろという大きな音が空中に広がる。

時には、その音は、バリバリと激しさを増す。

空を引っ掻くような、かきむしるような音。

雷様が踊っているんだ、と昔祖父に言われたことがあるけど、

とてもそんな楽しい空想が浮かんでこないような

怖い音がする。


娘はちっとも気にしていない様子で、

おもちゃ箱をひっくり返して、所望の品を探している。

私は、そんな娘を目の端に見ながら、

外に目を向けた。


外を行く人たちが、傘を差したり、カッパに身を包んだりして

足早に歩いていくのが見える。


今日に関して言えば、私たちは家から出る必要がない。

食材は冷蔵庫にまだいくらかあるし、

急ぎの用事もない。

暖かい家の中で過ごそうと固く決心するほどでもないが、

それでも、こういう日に家から出ないで済むというのは

なにか格別のような気がした。


この雷雨を境に、季節がぐっと冬になると

天気予報士が言っていた。

そのとおり、今夜は冷えて、お風呂が心地よかった。


暖冬と言われることが多くなった近年だが、

それでも、少しずつ季節が寒くなってくると、

ああ、冬が来たんだな、とちょっと懐かしくなる。

昨年の冬を思ったり、もうずっと前の冬のことを思い出したり。


毎年、冬という季節が来ると、無性に学生時代を思い出す。

夕方どんどん寒くなっていくのに、

飽きもせず、学食やカフェ、或いは寒い教室で

友人と語った冬のことを。

懐かしく、くすぐったく、大切な思い出。

あの頃に戻りたいという気持ちもあるが、それよりも

あの頃の友人たちが今はどこでどうしているのか

ということの方が気になったのは、

私が年をとったからだと思う。




今日は、ママ友と一緒にランチをしてきました。

以前にも行ったことのある、おしゃれなイタリアンです。


ランチにしてはちょっと高いのですが、

久しぶりだし、日頃の頑張りにご褒美!ということで

二人で満喫しました。


しかし、ふたりとも、子連れ。

これがどんなに大変か。


幸い、平日ですし、私たちが案内されたフロアーは

子連れが多かったので、泣き声や叫び声に恐縮する

必要がなかったので、気楽でした。


ランチ、美味しかったです。

娘たちには、家から持ってきた母の手作り弁当を。

母たちは、優雅にイタリアンでマダムを気取りました。


そこで友達と話題になったのが、

「次の子、どうするか」でした。


彼女は、2歳違いの姉妹にしたいらしく、

来春までには妊娠したいと言っていました。


私は、まだ考え中です。


確かに娘に妹或いは弟は必要だと思うし、

私自身、弟がいて良かったと思うことが多々あります。

何より、私だって、もう一人産んで育てたい。

家族は多いほうが楽しいと思います。

でも、今の、娘との時間が、子育てが、私には大切で、

それ以外のことを考えられないようなのです。


娘が少しずつ赤ちゃんを卒業して、子どもになっていく。

お姉ちゃんになっていく。

私だって、娘が小さかった頃みたいな、

もう一人の赤ちゃんがほしくなる。

でも、なにか踏ん切りのつかない、決心できない私が

彼女の話を黙って聞いていました。


私にはもう少し時間が必要なようです。

子どもを作るって、焦る必要はないと思うのです。

計画性は必要だけど、計画に縛られる必要はない。

自分の年齢や夫の年齢を考えれば、

確かにあまりのんびりしているわけにはいきませんが、

それでも、まだ娘に向き合っていたいのです。

娘との生活をもっと楽しみたいのです。


母のエゴだと思います。

でも、もうちょっとだけ、今の子育てを楽しませてください。



さて、ランチはとっても美味しくて、ミニコース仕立てだったので

かなりお腹いっぱいになってしまいました。

かなり満足して、その後は二人でベビーカーを押しながら

ショッピングモールをうろうろ、試食も立ち読みも満喫です。


彼女とは、ママ友として、親友として、

楽しみながら、悩みながら、

そしてたくさんの考えや意見を出し合いながら、

ぶつかり合うことなく、互いを見つめなおすきっかけとして

これからも仲良くしていきたいです。