朝起きる。

時間が間に合うときには、仕事に行く夫のために

朝ごはんのおにぎりを作る。

午前7時前、夫は出勤する。

見送り後、風呂の残り湯を使って洗濯をする。

少ない日は1回だが、ほとんど毎日2回洗濯機を回す。

洗濯をしている間に、窓の結露を取る。

マンションというのは、密封性が高く、外気が冷たくなった最近は

一日何回も結露を拭いている。

顔を洗って、髪を整えて、服を着替えると、

そのうちに娘が目を覚ます。

たいていは泣かずに起きてくる。

機嫌が悪かったり、意図せずに目が覚めたりすると

泣いてやってくる。

テレビをつけて娘の注意をそらしているうちに

朝食の準備をする。

自分用には食パンと紅茶を、娘には納豆ご飯を作った。

朝のニュースを見ながら、食事にする。

まだぼんやりしている娘にご飯を食べさせ、

ぬるくならないうちに自分も紅茶を飲む。

そのうちに1回目の洗濯が出来上がる。

寒いけれど、干す。

娘も、最近は、洗濯籠に入っているタオルなどを

「はいっ」と言いながら手渡してくれるようになった。

娘の可愛い成長を感じる瞬間である。

2回目の洗濯では娘のオムツを洗う。

毎日大量。

その洗濯を待っている間に、朝食の片付けをしたり、

床を拭いたりする。

娘は、床を拭く私の背中にしがみついたり、

いないいないばあをしたりして楽しそうにしている。

カーペットはコロコロで掃除する。

娘が隣で真似している。

ゆうべ、夫が散らかしたCDや本やスーツを片付ける。

いつもそうだ、出したら出しっぱなし。

ビールの空き缶も片付ける。

風呂掃除とトイレ掃除を済ませると、洗濯が出来上がり、

やっぱり寒い中、たくさんのオムツを干す。

ふと、壁掛けの時計が、10時を告げる。

早いな、と思いながら、家事が一段楽したので

娘を連れて近所のスーパーへ買い物に出かける。

天気がよければ、その近くの公園で娘を歩かせる。

娘は楽しそうだ。

寒くて、手や頬は冷たくなっていても、本当に楽しそうだ。

帰りたくないと泣く娘を抱っこして、帰途につく。

家に帰ればもうすぐ昼。

すぐに昼食の準備をしなければならない。

何にしよう。

ご飯が残っていたから、雑炊にするか。

それとも、うどんにするか。



長々と書いたのは、今日だけではなく、毎日毎日

私がしている日常生活の一部です

主に午前中のことを書いてみました。

書いてみて、

「こんなに頑張っているんだ」

と思いました。

本音を言えば、私などは仕事をしていないので、

働きながら子育てをしている母親に比べれば

大した労働ではないと思います。

しかし、最近、私は時々虚しくなるのです。

私の存在価値って何なのだろうと。

家族のため、娘のために毎日家事に育児に走っているけれど

自分のために生きていない気がする。


もちろん、娘と一緒に暮らし、娘の成長を見ることは

この上ない幸せだし、満たされているとも思う。


では、この虚しさは何だろう。

心にぽっかり穴が開いたみたいに、

すきま風が入ってくるように、

淋しくて、悲しくて、空しい。


娘が泣いたり、怒ったりすると、

私も悲しくなる。

こんなに頑張っているのに、どうしてそんなに泣くの。

お母さんはどうしたらいいの。

泣きたいのは私のほうだ。

そうして、今日はついに泣いてしまいました。

だからといって状況が良くなるわけでもなくて、

娘はさらに泣き、抱っこしているうちに寝てしまいました。


つらくて何にもする気が起きないし、

誰かに話す気にもなれない。

夕食のことを考えながら、気が滅入ってくるのが分かる。


ブログに書いたら少しは気持ちが晴れるかな。

あたたかい紅茶でも飲んで、気分が落ち着くといいな。


誰かに助けてほしいとか、どうにかしてほしいとか、

そんなことじゃなくて。

ただ、つらい。

そういう日も、たまにはあるのでしょうね。