ベッドのきしむ音は興ざめか、それとも、それなりのロマンチックを伴うものなか。断言するのは難しい。野獣の如きこの行為を、たびたび繰り替えすうち、ベッドのきしむ音すらロマンチックの香りを放つのだろうか。
彼女の上で、彼は想像した。
春の日の、ロリポップキャンディ色の透過する光線、夏の夜の艶めかしい、湿気を伴ったやさしい夜風、秋の枯れ草の、いよいよ土と溶け込んでゆく間際の腐臭、誰もいない冬の夜道の街灯の下の、降り続く牡丹雪・・・
ロマンチックを感じさせるさまざまな現象のその先に、我らが原始から受け継いだ特定の行為があるのだとしたら、感受性とやらは、我らに「その行為をせよ」とリビドーを起動させるためのスイッチじゃないか。
ロマンチックという独特の感情が、人間だけにプログラムされたものなのか、ほかの動物にもあるものなのか、それは彼にはわからない。
ただ、ひとたび行為が終了すれば、今まで脳内を支配していた「ロマンチック」が跡形もなく消えてなくなるのは、それが原始の習性であることを立証しているのだ。
ロマンチックがあるからエロチックがあり得るのか、エロチックがあるからロマンチックが派生するのか、とりあえず彼は彼の行為を堪能し終えてから考えることにした。
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お仕事をする際に一番必要かと思われる作業が「MEMOを取ること」だと思っています。
実はこのMEMO、お仕事だけに限らず「生活する上で最も必要な作業」なのではないでしょうか。
記録する生き物は恐らく人間だけでしょう。
記録する技術があったからこそ人間の進歩はあった、と思っています。
他愛ない小さな事でも、それをメモする事によって大きな成果を得られるのです。
例えば、このblogだってMEMOの一種です。
これを読み返す事によって、今の自分に欠けている事や進むべき道が再認識されたりもするでしょうし、小さな悟りのヒントになるかも知れません。
昨日、帰宅途中の車の中で、とてつもなく美しい物語を思いついたのですが、帰ってから書きとめておけばイイや、と思って放置しました。
然し、帰宅した頃にはすっかり忘れていました。
思い立ったらスグMEMOする習慣をつけておかなければダメですね。
筆記用具に拘るのも、MEMOを取る事に重きを置くからです。
睡眠中に見た夢ですら記録する位MEMOが好きです。
自分が大好きだから、自分の記録は余すところなく残したい、そんな気持ちが強いのでしょうね。
世の中にさまざまな優劣の基準があるが、思うに、優劣を決めたいという思惑があってこそ、優劣という考え方が産まれるのであって、そもそも優劣という概念の実体など、この世に存在しないものなのだ。
幻想なんだ。便利な幻想。
少なくとも、人類が誕生し、社会を形成し、支配するものされるものの歴史が無かったら、存在しなかった概念だ。
劣だと決めつけたものが、実は人類の宝かもわからないよね?わからないのに捨ててしまうのは浅はかだし、何といっても「もったいない」んじゃないか、でも、それを疑うことなく捨ててしまうのは、愚かしいことなので、劣を捨てる人=劣、ってことでいいんじゃないかな、とか、俺は、思ったりする。
人は今も、これからも、何かを比べ、優劣を決定し、劣を排除しようと躍起になるに違いないんだ。
比べる内容なんて、けっこうお粗末な基準だったりするよ。
今、劣だと思っても、ひょっとしたら評価が変わるかもしれないじゃないか。人って生き物は、大勢に流されやすいという弱さを持っているから、気をつけなくっちゃね。
そうだな、たとえばゴッホ。
あの人、もうちょっとコミュニケーション能力があったら、生前、劣と判断されなかったかもわからない。孤独で悲惨な死を迎えることなく、売れっ子になれたかもわからない。
それとは対照的なルノアール。
彼は成功した。
駆け出しのころは「腐乱死体」だの、散々ないわれ方をしていたらしいんだ。でも、ゴッホに比べてコミュニケーション力があったから、生前に一時代を築きあげられたのかもね。
些細なことさ。
二人の才能の間には、当然、優劣なんて無い。ゴッホはゴッホだし、ルノアールはルノアールなんだ。
でも、彼らの周囲に居た人たちは、ゴッホなりルノアールなりを吟味し、優秀な作家なのか、アホなのかを「断罪」した。ゴッホは死に、ルノアールはたくさんの子孫に恵まれた。
俺からすれば、この理不尽も運=運も才能のうち、なのかな、なんて考える。
ああ、願わくば、芸術に優劣をつけることなく、作品のパッションと共鳴出来る優秀な鑑賞家にあふれた世の中でありますように。
どんなにくっだらないと思われる表現にも、どんなにチープな仕掛けでも、それらには魂が宿っていることを忘れませんように。
簡単に優劣の判断を下すようなてんぷら評論家が絶滅しますように。
「神様がいる夜は、なんでも震える。めちゃくちゃ震える」
サヌール、プラ・ダルムと呼ばれる黒い寺の参列から天を仰ぎ見た彼は、月が大気の湿気に乱反射する光線のあたりを指差し、つぶやいた。
「震える?」
大量に供えられた線香の煙に涙を流しながら、俺も月を見上げた。
「震えるって、どういうこと?」
「そうだね、ダンスね」
少し考えて、彼は辿るように言葉を繋げた。
「波があるよ・・・静かなときの波と、お祭りのときの波ね・・・神様が来ると嬉しいから、お祭りやりたいね。人、物、なんでも。世界にあるもの全部。それで、満月の晩に神様が来ると、みんなダンスするね。それって波が高い。たくさん震える・・・満月が終わって神様が帰ると静かになる・・・その時、波は低いね・・・休憩してるのね。波の無い静かな海ね・・・」
月を見上げながら、彼はしばし沈黙し、何かを想っているようだった。
参列が少し前に動き、彼は振り向いて話を続けた。
「人も、騒ぎたいとき、あるでしょ?嬉しくてワーッて騒いで。それ、神様がいるからだよ。騒ぎたくないときは神様は近くにいない、疲れちゃうから・・・普通の日はいつも空から見ている。人間も動物も、機械も木も石もみんな休むね」
善男善女の群れは頭にお供え物を載せ、順繰りに神殿の前に進み出ては祈り、僧侶の振りまく聖水に身も心も清められる。
掌を僧侶の前に差し出すと、聖水を注いでくれた。俺たちはそれを三度飲み干した。
「あのね、日本も同じだよ。お祭りの日、みんなでお神輿かついだり、踊ったりするんだよ」
「うぉ!日本も神様とダンスするの?やっぱり世界中の神様は同じですね」
ダンス。振動。
存在するもの全て、生物、無生物関係なく、全ての存在が細かく震える。
今夜のような素晴らしい満月は、嬉しさのあまりいつも以上に共振し、皆が足並みをそろえ、言い得ぬ独特の周波数を奏でるのだ。その周波数がまた、それを知らず遠くに聞く者たちを、ダンスにいざなう。
揺れる、震える。
共鳴するものが多いほど、振幅が大きいほど嬉しくてダンスする。
十三湖沿いをつかず離れず走る街道筋には「アイスクリーム」と書かれたのぼりが目立った。でもこれはアイスクリームじゃない。アイスクリームに良く似たシャーベットだ。
りんご味だった。
私は街道脇に停めた車の助手席で「アイスクリーム」を食べながら、遠浅の湖で遊ぶ妹の姿を、とっくに飽きながら見つめていた。
「何でも好きなものを頼みなさい」
そう言われて、妹は戸惑った。
いつもなら財布と相談して、食べるものを制限してきた我が家の外食だったから、好きなものをと言われてすんなりと答えることなど出来なかったのもしょうがないと思う。
恐る恐る「てんぷらそば食べてもいいの?」と訊く妹に、母は鬼の形相で
「好きなものを頼みなさいって言ってるのよ!なんなら、店のもの全部注文したっていいんだよ!」
と、怒鳴った。
怒鳴ることはなかったと思う。
妹は顔を伏せて泣いた。
それを見る母の目も赤く潤んでいたが、いっしょうけんめい堪えているようだった。
遠巻きに食堂の店員がこちらを窺っていた。
運転席の母は30分ほど寝て目を覚ました。
「サチっポは?」「蜆捕ってる」「何で?」「わかんない。味噌汁を作るってさ」
母はハンドルに両手を添えて、フロントグラス越しに十三湖に遊ぶ妹の姿を見入った。
やさしい顔だった。
妹が帰ってくると母は車から降り、妹の前に仁王立ちに立ちはだかった。母の向こう側に、空を反映した青い十三湖が、静かな湖面を見せていた。
「あんた、着替えは?どうするの?」
妹は俯いて何も言わなかった。
「・・・蜆、どれくらい捕れたの?」
妹は申し訳なさそうに顔を上げ、困惑した瞳のまま、脱いだTシャツにたんまりと入った蜆を母に見せた。
「たくさん捕ったね」
そう言うと母は、ずぶ濡れの妹を抱きしめた。
無言のまま、いつまでも抱きしめた。
「この蜆、あたしにくれるんでしょ?・・・蜆はね、砂抜きをしなきゃいけないのよ」
***
妹はこの秋、嫁ぐ。
結婚式には母を呼ぶのだと言っていた。
もし母が出席するなら、私たちは20年ぶりの再会となる。
披露宴のメニューにはちょっと違和感があるけれど、あのとき食べられなかった蜆の味噌汁を、出すことにした。
来てくれるだろうか。
夜。
ソファにもたれ、恐らく居眠りしたのだろう。国境を渡る夢にすっかり魅了された。
白い民族衣装の武装キャラバンに紛れ砂漠を越える、そんな夢だった。
目覚めると、ソファの向かいにはつけっぱなしのテレビにスポーツニュースが流れていた。最後に時計を確認した時から約2時間が経過していた。
夢とうつつの狭間で、いつしか国境を越えることを忘れた俺を発見した。
俺は少しうろたえた。俺の生き方は、これでいいのか。あの頃探しあぐねていたエル・ドラドに続く道を、まだ見つけていないじゃないか。
テレビを消し、飲みかけのジムビームをいっさんあおり、空のグラスに新しい一杯を注いだ。
俺は誰だ。確か探求者だったはずだ。俺はエル・ドラドを探していたのだ、まだ目的は果たされていないじゃないか。それを忘れてはいけないはずだろう。
探求者だからこそ、自由の価値を分かっていたつもりだった。
俺は今、自由の価値を分かっているか。
すぐそばにいたレゲエ好きな風体の男達に「おにいさんいけてるね」と言われ、俺はちょっと得意になって、さらに激しく腰を振って見せた。でも彼らが「いけてる」と言ったのは、どうやら俺の踊りではなく、着ていたシャツの事らしかった。
大きなストライプのコットンのシャツは、もうずいぶんと長く愛用しているものだった。
「15年ものだよ」と言うと、彼らは訝しそうな表情で「おにいさんいくつ?」と訊いた。
「いくつに見える?」
お決まりの質問返しをすると、「う~ん・・・ 28くらい?」
「40だよ」そう言うと皆一様に驚いた。どこからか女の子を連れてきたレゲエ男は、彼女に「このにいさんいくつに見える?」と訊いた。
「30」
「いや、40なんだってさ。」
「え~っ!うそぉ!」
若く見られるのは悪くない。
彼らは女の子の一人を俺に紹介した。にいさん、せっかくの土曜日なんだからナンパしなきゃだめじゃん。とりあえずこのコなんてどうよ?レゲエ男は大人の雰囲気を漂わせる、かわいいと言うより綺麗と表現するのがふさわしいB系の女の子を、ぐいっと俺に押し付けた。
「・・・アゲハにはいつも来るの?」
彼女は「たまに来ます」と応えた。
「ふーん・・・俺、いつもココらへんに居るから声掛けてね。」
それ以上話す事なんて無かった。ナンパするつもりなど無かったのだからそりゃ話なんてあるわけない。
色々考えあぐねた結果、仕方ないので「あのさあ、俺の最近の趣味って『雲を消す』事なんだけど、あの中からどれか適当な雲を選んで。消すから。」と言ってみた。
当然、彼女はぽかーん、としてしまったが、そりゃそうだよな、唐突に「雲を消します」なんて言われて困らない人が居るものであろうか。
しかし彼女は、「じゃあ、あの雲」と俺の話に乗ってくれた。
ありがたい。君はいい子だ。
「よし、じゃチョッと待って」
いつもやるように雲を消しにかかった。
・・・
・・・ 消えた。
・・・
「どうだ!」とばかり彼女を見た。
彼女は更にぽかんとして、何を言ってよいやら、と言ったふうだった。
・・・
・・・
・・・俺と彼女の話はこれでおしまい。シャツの話から始まって雲を消す話で終了。
本来、クラブで出会った二人の会話とは、普段何して遊んでいるの?とか、好きな音楽は何?とか、そんな事を話しているうちに一緒に酒でも飲もうか、って事になって、そこから色々発展していくものだ。
でも「雲を消す」なんて、ちょっとどころか大分ぶっ飛んだ事になったらそりゃ早々に切り上げたくもなるだろう。
俺は昔からこんなだった。チャンスに弱いんだよ、もうちょっと上手くやれば美味しい話なんかごまんとあった筈なのに。今までの俺の歴史を振り返ると、そんな状況ばっかりだった様な気がする。
俺は基本的なところが弱い。基本的なところを疎かにしている。
もし時間が戻るなら、今までの失敗を全てベストな方法で覆す事が出来るのになあ、なんて誰でも考えつく様な愚かな事を考えた。
朝方になってローラーガールをしている晃代ちゃんと顔を合わせた。
彼女には俺の後輩の個人的な事情で何かと迷惑を掛けていたので、その事を詫びると
「それはいいんです。彼の純粋な気持ちでしょうから、悪い事ではないです。でも西村さん、西村さんはダメですよ。夜中にあたしに電話してきたでしょう、ほら、西村さんがやってるインターネットラジオの生電話のコーナーかなんかで。あたしはプロだから、歌っているときはみんなのあたし、プライベートな時間は誰だろうと完全にわたしだけのわたしなんです。西村さんがやっている事に突然付き合わされると、どうしていいかわかんなくて困るんです。お互いに迷惑を掛けあう事はあるでしょうけど、アレは困りますからホントやめてくださいね。」
期せずして俺自身のことで怒られてしまった。
もう「ごめんね」としか言えなかった。カッコ悪いし恥ずかしい。
まわりの事は良く見えるが、自分の事となると全くわからない。色んな失敗をしてその都度勉強していくのが人間だろうけど、今夜のいろんな出来事を振り返ると、なんとなく居心地の悪いばつの悪い思いに完全包囲された。
落ち着いて考えれば、昨夜があったからこそ、これから先は同じ轍を踏まない様に生きられるのかも知れない、と考えるべきなのだろうが、それにしても俺は40、分別盛りもいいところじゃないか。
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