十三湖沿いをつかず離れず走る街道筋には「アイスクリーム」と書かれたのぼりが目立った。でもこれはアイスクリームじゃない。アイスクリームに良く似たシャーベットだ。
りんご味だった。
私は街道脇に停めた車の助手席で「アイスクリーム」を食べながら、遠浅の湖で遊ぶ妹の姿を、とっくに飽きながら見つめていた。
「何でも好きなものを頼みなさい」
そう言われて、妹は戸惑った。
いつもなら財布と相談して、食べるものを制限してきた我が家の外食だったから、好きなものをと言われてすんなりと答えることなど出来なかったのもしょうがないと思う。
恐る恐る「てんぷらそば食べてもいいの?」と訊く妹に、母は鬼の形相で
「好きなものを頼みなさいって言ってるのよ!なんなら、店のもの全部注文したっていいんだよ!」
と、怒鳴った。
怒鳴ることはなかったと思う。
妹は顔を伏せて泣いた。
それを見る母の目も赤く潤んでいたが、いっしょうけんめい堪えているようだった。
遠巻きに食堂の店員がこちらを窺っていた。
運転席の母は30分ほど寝て目を覚ました。
「サチっポは?」「蜆捕ってる」「何で?」「わかんない。味噌汁を作るってさ」
母はハンドルに両手を添えて、フロントグラス越しに十三湖に遊ぶ妹の姿を見入った。
やさしい顔だった。
妹が帰ってくると母は車から降り、妹の前に仁王立ちに立ちはだかった。母の向こう側に、空を反映した青い十三湖が、静かな湖面を見せていた。
「あんた、着替えは?どうするの?」
妹は俯いて何も言わなかった。
「・・・蜆、どれくらい捕れたの?」
妹は申し訳なさそうに顔を上げ、困惑した瞳のまま、脱いだTシャツにたんまりと入った蜆を母に見せた。
「たくさん捕ったね」
そう言うと母は、ずぶ濡れの妹を抱きしめた。
無言のまま、いつまでも抱きしめた。
「この蜆、あたしにくれるんでしょ?・・・蜆はね、砂抜きをしなきゃいけないのよ」
***
妹はこの秋、嫁ぐ。
結婚式には母を呼ぶのだと言っていた。
もし母が出席するなら、私たちは20年ぶりの再会となる。
披露宴のメニューにはちょっと違和感があるけれど、あのとき食べられなかった蜆の味噌汁を、出すことにした。
来てくれるだろうか。