今回から新版(2023年5月発売)の過去編の変更点・追加部分の紹介です。

前回紹介した現在軸の最後の一文は「そして、ただ、一つの小さな小さな白い花がゆっくり舞い降ります」で終わりました。過去編の冒頭は、「あの白い花は、満天の彩帯と歓声の中を飛び越えて、剣の上に落ちます」からスタートします。現在軸と過去軸が素敵に繋がれています。

 

・「鐘の音が大きく鳴り響くと、国師が生えてもいない髭を撫でるようにして言った p172」の部分が、「鐘の音が大きく鳴り響くと、払子を持った高冠華服の青年道者が粛然と言った」に改変されています。

 

・慕情の回答、「太子殿下はここを離れました p173」の部分が、「国師様、太子殿下は、心配無用、すぐに行きますから、とおっしゃっていました」に改変されています。

 

(以下、物語風の紹介です)

 

国師、梅念卿の元々粛然としていた表情は次第に崩れました。「なんだと?!」こんな肝心な時に、人がいないなんて!

 

ちょうどこの時、一人が漆黒の宮門を通り抜けて正面から走ってきました。

 

やってきたのは十六、七歳の少年で、背筋が伸びていて、とても背が高く、小麦色の肌をしていて、背中には黒い長弓と雪のように白い羽根がついた矢を入れた矢筒を背負っています。若さの割に目つきが毅然としています。

 

梅念卿はこの少年を見るや否や、彼を掴みます。「風信!君の太子殿下はどこだ?!」

 

「国師、太子殿下は与君山で妖魔を退治しています!」

梅念卿は、聞かない方がまだマシだったと、より一層肝を潰します。

 

「彼は一ヶ月前からそこにいるんじゃなかったのか?どうしてまだそこにいるんだ!」

 

「そうなんです!でもあの妖魔が狡猾すぎて、一ヶ月いてやっと出てきて、もうあと一歩なので、もう少し待ちたいと!」

 

梅念卿はほぼ吠えるように言いました。

 

「いつまで待てば良いんだ!私を殺すようなものじゃないか!もうじき儀仗隊が宮門道を出るというのに、華台を引っ張り出しても神仙がおらず妖魔しかいなかったら、誰一人生きられないぞ!君と慕情はどうして殿下を止めなかったんだ?!」

 

慕情は冷静に言いました。

「殿下は、今回妖魔を仕留めることができなかったら、また時間をかけて待つことになり、その間にまた何十人死ぬことになると仰っていました。悦神武者の出場前には駆けつけるので、国師は元々の予定通りに出発すれば良い、と。早く発令して出ないと、吉時に遅れます」

 

宮門道の外からは、朝早くからずっと何時間も待っていた群衆が、もうとっくに待ちきれなくて、大きな声で急かし立てます。もうどうしようもありません。

 

悦神武者がいなくても死ぬし、吉時に遅れても死ぬのです!

梅念卿は絶望しながら手を一振りします。「奏楽隊、出発!」

 

命を受けて、管弦が奏でられると、百名の皇家の衛兵が一斉に叫んで足を踏み出し、威風堂々たる儀仗隊を率いて出発します。

 

兵士が先頭を担うのは、この世の茨道を切り開くことを象徴しているのです。そのすぐ後ろには、一万人に一人と言われるような少女達が続きます。淑やかで美しく、素手に籠を携えて、天女の如く花を散らせます。

 

楽師達は黄金で作られた金車に座り、ゆったりと管弦を奏でます。

 

宮門道から出ると、歓声が湧き上がり、皆は花を奪い合います。花は落ちて泥に塗れても、まだ清い香りを放っていました。

 

しかし、どれだけ美しくて盛大であっても、それはお膳立てに過ぎないのです。華台、最後の華台がまもなく出てくるのです。

 

十六頭の金の轡をつけた白馬が率いる華台が、奥ゆかしく深い宮門道を通り抜け、ゆっくり万人の目の前に現れます。台の上には、一人の獰猛な仮面を被った黒衣の妖魔が、九尺の斬馬刀を''ドン''と重く地面に突き立て、その前に立ちます。

 

この殺伐とした雰囲気の中で、黒衣の少年が「妖魔」として、堂々と幕開きをやり遂げます。それでもまだ奇跡は起こらず、悦神武者はまだ影もありません。

 

人々は騒然とし、王侯貴族達はわずかに眉をしかめ、お互い顔を見合わせます。「どういうことだ?悦神武者はなぜ台上にいないんだ?」

 

高楼の中央には凛々しい美男子と美しい貴婦人が座っていて、この二人こそが仙楽国の国王と皇后なのです。二人とも顔には体裁の整った微笑みを浮かべているものの、どちらも眼差しの中には憂いが現れ、お互いに慰め合うかのように視線を交わします。

 

しかし、大通りの両側の群衆をなだめることはできず、今にも屋根をまくり上げそうなほどの叫び声を上げています。

 

幸い、華台にいる妖魔がは落ち着いています。数十人が妖魔を退治する道人を演じていて、一人一人台に飛び乗っては、次々と台の下に落とされていきます。

 

顔を見ても、体型を見ても、慕情は品の良い書生に見えますが、それでも比類がないくらい重い九尺の長刀を操る姿は、まるで重さを感じさせません。

 

刀剣が入り乱れる中で、彼の演武は十分に目を惹くほど素晴らしく、彼に喝采する者も少なくありませんでした。

 

ただ、ほとんどの人は「妖魔が人に禍いする」ところを見に来たのではないので、「悦神武者は?」「殿下が演じる神武大帝が見たいんだ!妖魔退散!」と口々に叫びます。

 

楼閣の上から怒号が聞こえてきます。

「これは一体何なんだ?誰がこんなのを見たいってんだ!太子従兄さまは?」

 

人々が一斉に頭を上げると、華麗な衣を着た少年が高台の方へ駆け寄り、怒りに任せて下に向かって拳を振り出したのが見えます。

 

この少年は十五、六歳で、目を奪われる美しさですが、顔には凶悪な表情が滲み出ていて、今にも飛び降りて人を殴ろうとするかのようでした。

 

しかし、この楼閣は高すぎるので、彼は無造作に白玉の湯呑みをつかんで下に投げつけます。

 

湯呑みは妖魔の後頭部に向かって勢いよく飛んでいき、今にも大事になりそうな時、妖魔は長い刀を振り上げ、その湯呑みを刀の先に乗せます。

 

それを見て、歓声が湧き上がります。

 

戚容は激怒して、また投げつけようとしますが、皇后が連れ戻すように命じて、何とか連れ戻されます。しかし、皇族たちの表情は次第に険しくなり、座っていられなくなってきました。

 

紅い紗を幕にして、幕の後ろには名門のお嬢様達が一列に座っていました。

 

皆丸い扇で顔を隠し、先ほどまでは焦る気持ちはあるものの、誰も矜持を持って言葉を発しませんでした。しかし、もう耐えられなくなったようで、小声で口々に話し始めます。「太子殿下は来ていないのかしら?」「憐兄さんは?」

 

上元節の祭天遊で悦神武者がいないなんて、別の意味で空前絶後なのです!

 

ちょうどその時、群衆から嵐のような喝采が湧き上がり、雪のように白い人影が空から飛び降りてきて、妖魔の面前に着地したのです!

 

その人が着地すると、何重にも重なる白衣は華台の上で巨大な花形のように広がり、黄金の仮面が顔を覆っています。片手で剣を握り、もう片手で輝く刃を軽く弾くと、「チンッ」と心地よい音が鳴ります。

 

この動作は、悠然としていて、面前にいる妖魔が眼中にないかのようでした。華台の上には、黒い影と白い影が対峙していて、天神と妖魔はそれぞれの兵器を持って戦い始めます。

 

戚容は両目を輝かせて、飛び上がって大声で叫びます。

「太子従兄さん!俺の太子従兄さんが来たぞ!」

 

楼の上も下も、皆が目を見張って言葉を失います。

 

この登場は、天から降臨したかのようで、大胆極まりないのです!この楼は少なくとも十数丈の高さがあり、太子殿下は高貴な身分でありながら、直接楼上から飛び降りたのです。

 

先ほどの一瞬、皆は本当に天神が下界に降りてきたと思い、頭皮が痺れ、状況を理解した今は血が沸き立ち、声が枯れるまで叫び、両掌が赤くなるまで手を叩きます。

 

国主と皇后は笑みを浮かべながら目を見合わせ、皆に合わせて拍手します。皇族達も表情が緩み、皆に合わせて喝采を送ります。丸い扇で顔を隠していた名門のお嬢様達も、もはや扇では赤らめた顔を隠しきれません。

 

何とか間に合ったと、梅念卿は額の汗を拭い、紅い紗幕に目をやります。数名の心を掻き乱されたお嬢様は幕から出てきていました。

 

彼はこの女性達がどういった者なのかを分かっていたので、密かに笑みを浮かべていましたが、突然皇后が胸を叩きながら国主に話しかけるのが聞こえてきました。

 

「あの子、また勝手なことを」

 

国主も汗を拭います。「そうだね、あんなに高いところかた飛び降りるなんて!」

 

梅念卿は得意げに言います。

 

「両陛下、どうぞご心配なく。太子殿下ですから、こんな十数丈にとどまらず、もっと数倍高い城楼でも、目を閉じて軽く飛び上がることも、飛び降りることもできますよ!」

 

上元節の祭天遊では、悦神武者は一番大事な役割なのです。武芸に優れた少年でなければならず、衣にも冠にも厳格な定めがあり、非凡なほど華麗で、身支度を終えると頭から足の先までの重さは悠に百斤を超えるのです。

 

武者はこの重装備の中で、妖魔の演者と戦う必要があり、終わるまで少なくとも三時間ある演武を、一切の間違いなく、やり遂げなければならないので、普通の人にとってはほぼ不可能な任務なのです。

 

でも梅念卿は自信を持って言います。

「見てください!太子殿下がいれば、今日はきっと有史以来、最も語り継がれる悦神武者になります!」

 

台上は、二人とも秀でた少年でした。台上の戦いが熾烈であればあるほど、台下の歓声は轟きます。刃や剣の影が行き交い、山を崩し海を覆す勢いで歓声が上がり、武器がぶつかり合って火花を散らします。

 

そして、無数の人が激しく罵ります。「殺せ!妖魔を殺せ!」

 

不意に剣が唸りを上げ、白光が目を奪う中、群衆は「あっ!」と言って息を呑みました。妖魔の九尺の長刀が、悦神武者の剣によって手から弾き飛ばされ、街の片側の朱紅の石柱に突き刺さったのです。

 

物好きがその刀を抜こうとしますが、力の限りを尽くしてもびくともせず、「なんて力なんだ!」と感嘆します。

 

黄金の仮面の下から軽い笑い声が漏れ、悦神武者が最後妖魔にとどめを刺そうとした時、上方で悲鳴が響きます!

 

悦神武者は驚き、頭を上げると、城壁からぼんやりとした人影が急速に落下する姿が見えました。

 

電光石火の如く、何も考えずに軽く飛び上がり、空に逆らって飛翔するかのようにひらりと舞い上がり、城壁で十数歩、歩きます。

 

そして武者は両袖を蝶の翼のように広げて、羽根のように軽くふわりと着地します。

 

腕の中にはしっかりと人を抱きしめて、地面をしっかり踏み締めると、やっと一息ついて、頭を下げて見ます。

 

 

顔中に包帯を巻いた、全身が汚らしい子供が、腕の中で縮こまって、ただぽかんと彼を見つめています。

 

この子供は、八歳にも満たないようで、本当に痩せていて、ちっぽけでした。あんなに高いところから落ちてきて、小さな体は腕の中で震えていて、まるで生まれたばかりの何かの動物のようです。

 

頭中に乱雑に巻かれた包帯の間から、大きな黒い目が一つ覗いていて、その目には、雪のように白い影が逆さに映っていました。

 

彼は、瞬きもせずに自分を抱きしめている人を見つめ、他は何も見えていないかのようでした。

 

四方八方から息を呑む声が聞こえ、悦神武者はまだ半分地面に跪いている状態で、顔をまだ上げていないのですが、心は沈んでゆきました。

 

視界の隅に、何かが落ちているのを見つけたのです。

彼の顔を覆っていた仮面が、落ちたのです。

 

 

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今回から過去編の紹介です。

 

改変されているところ、順番だけが変わっているところ、長い文章が縮められて簡潔になっているところなど、いろんなパターンがあるので、手探りすぎてまとめるのに時間がかかりました。

 

日本語小説と多少被る箇所が多くなっても、それでも基本的には物語風の方が読みやすいと思うんですよね。サラッと読む方は一続きで読めるし、魔翻訳で追う方も追いやすいし、丁寧に読み比べたい方も、日本語小説と読み比べることができるし。

 

でも箇条書きの方が具体的な変更が掴みやすい利点もあるので、しばらくは場面によって使い分けようと思います。

 

 

読み比べると、重要でない部分が結構削られていることがわかると思います。分量的にも全体的に過去編はだいぶコンパクトになっています。削られたところ、残されたところを知ると、作者が伝えたいことがより明確になります。

 

訳しにくい言葉は時々小説の表現も拝借しますが、前回までの文体と合わせるためにも、大枠は自分の意訳でいこうと思っています。

 

いつものことながら、一字一文きちんとした翻訳ではないので、素人の大体のあらすじ紹介と緩い意訳として、あくまで参考程度に思ってもらえたら嬉しいです。

 

 

内容に関してです。

 

旧版では演出のために遅れて登場する部分が、新版では妖魔の退治のために遅れることになっています。より謝憐らしいですね。

 

旧版には、妖魔に扮した慕情が、自分は謝憐に劣らないことを証明するかのように、力一杯刀を振り下ろして、それでも最後は謝憐に負けて、悔しくて思わず拳を握り締める描写があったのですが、その描写が無くなっていました。

 

この描写は、慕情の人物像を読み解く上で結構参考になる箇所だと思っていて、記事81の慕情の考察記事でも紹介しています。

 

こういう部分が削られると惜しく感じるので、やはり新版・旧版合わせて読むのが一番良いかもしれません。

 

 

新版には、名門のお嬢様達も見物している描写が追加されています。また後で、このお嬢様達についても説明がされます。

 

この場面は全体的に、色彩、(花の)香り、歓声、(街の)奥行き・高さ、重さなど、本当に豊かで美しい情景描写に溢れた素敵な場面だと思います。

 

特に花城と出会う前後が丁寧に描写されていて、謝憐の扮する悦神武者の舞い上がる姿も、着地する姿も、生き生きと描かれています。

 

 

個人的には、殿下にも、黄金の仮面の下から軽い笑い声が漏れる時代があったんだなぁと、しみじみとしてしまいました。この時の殿下は、まだ何も挫折を知らない殿下なのです。

 

仮面の下から漏れる軽い笑い声に、少年のあどけなさや無邪気さを感じます。無邪気な殿下は、このあたりでしか見ることができないのです。

 

 

そして、華麗な衣に身を包み、華麗に登場し、その姿は自信に満ち溢れていて、元々美しいのに、さらに着飾って美しさがより増しているこの時に、花城と出会ったのです。

 

のちに、八百年経って花城が絶の鬼王になっても、謝憐の前では自分に自信が持てず、心から謝憐がこの世で一番美しいと思うのは、まさにこの出会いの時の謝憐がずっと頭に焼き付いているからだと思います。

 

そんなことを思いながら読むと、本当にこの出会いの場面は味わい深くて、大好きですおやすみ